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玉本奈々 成るべくして成った人 小吹隆文

 投稿者:小吹隆文  投稿日:2021年 5月18日(火)09時32分36秒
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  玉本奈々 ― 成るべくして成った人

私はとりわけ運命論者ではないが、世の中にはその仕事に就くべく定められた人がいると思っている。スポーツのトップアスリートはその典型だし、役者や歌手、職人にもそんな人がいる。経営者や政治家の中にも、人の上に立つべくして立った人がいるはずだ。

もちろん彼らは漫然とその地位を得たのではない。人の何倍も修練を積んだ結果である。だが、世の中には同じ努力を重ねても報われない人の方が圧倒的に多いのだから、やはりそれは運命であり使命なのだろう。

玉本奈々は、美術家に成るべくして成った人だ。

幼い頃目が悪く、ほとんど物の輪郭が分からない色彩だけの世界で過ごしたこと。中学生の時に奇跡的に視力が回復し、世の中に直線が多いことに驚いて夢中で絵を描いたこと。高校時代、週末毎に地元の富山から京都に通って絵の勉強をしたこと。就職後、オーバーワークで体調を崩し、死線をさまよった後に美術家への道を確信したこと。様々な経験が現在の彼女を形成している。

作品は、板などの上に布や糸を貼り付けて作った凸凹な面の上に、鮮烈な色彩を塗り重ねて作られている。毒々しいまでの色彩は人の血や肉を思わせ、画面を覆う目や顔、繭玉のような突起、細胞のような形態は、我々の精神の奥底にある名状し難い感情を呼び覚ます。人間の表と裏、美と醜、生と死、様々な感情が撹拌され、一つの画面に昇華されるのだ。その姿はまるで混沌とした宇宙、或いは全てを包み込む慈愛が具現化したかのようでもある。

また、非常に個性的な作風ゆえ、作品を見た人の中には深い感動を憶える人と拒絶反応を見せる人がいるそうだ。そういう点で彼女の作品を一種の劇薬と見ることも出来るかもしれない。

ほどよく小ぎれいで理論武装され、流行への目配せも抜かりない。そんな作品が幅を利かせる現在のアート業界で、美術家に成るべくして成った人=玉本奈々の表現は明らかに規格外だ。しかし、優れた芸術作品が持つ普遍的な力を宿しているのは果たしてどちらだろう。

その答は観客である皆様自身でご判断いただきたい。

偏見を排し、まっさらな精神で作品と対峙すれば、自ずと結論は導き出されるはずだ。

美術ライター
小吹隆文

https://ntmint.jakou.com/

 
 

玉本奈々の作品について

 投稿者:玉本奈々の作品について 富山県立美術館 麻生恵子  投稿日:2021年 5月 5日(水)07時15分4秒
返信・引用
  玉本奈々の作品について

玉本奈々の作品をみていると、人の存在を強く感じる。もちろん、作品は、人が生み出すものだから、多くは作家の人間性が現れる。
あるいは作家のテーマそのものが“人間 ”という場合もある。玉本もテーマは“人間 ”である。ときにユーモラスに、ときに重く、人間の内面を映し出した作品を作る。

例えば、「永眠」(2001年制作)は、 玉本が祖母の死を悼み、一気に描いた作品だ。輝くような銀色の中に、鮮やかな赤い形態がぽっと浮かんでいるように描かれている。よくみると、大きさも色もさまざまな布や羊毛、ガーゼなどが縫い付けられ、油彩やアクリル絵具で着色されている。 完全な抽象というより、具体的な何か-人の細胞、宇宙の元素、あるいは魂のようなものを描いているようにみえる。

色も、形も、技術も、全てが至妙というわけではない。 むしろ激しく自己の内面を剥き出したようにみえるもの あるいは素朴さを感じるものも多い。しかし、そうしたものを感じさせる、いびつな形や毒々しいほどの色、独特のマチエール一つひとつが 眼を通し、心に入ってくると、結晶のように澄み、重なり合う命のざわめきのように感じられる。

玉本は美術大学を卒業後、アパレルメーカーでの勤務を経て、2000年から本格的に制作活動を始めた。 病気が原因での転機だったが、自分を見つめ、生を見つめ、作品に向かうことになった。作品数は決して多い方ではない。 しかし、「ニョ体」、「み」、「くされ縁」、「迷宮」、「慈悲」、「私欲」、「情」など、自身の病気や家族への想い、生への執着と、一点ごとに異なる、彼女の中の意味、必然性があって生まれている。

現代の日本において、“人間 ” を直視し、自己の表現を貫こうとしている作家は珍しい。なぜなら、私たちのまわりには、多くのものがあふれている。全てが選択肢となって、私たちを取り囲んでいるように思える。心地よいもの、楽しいもの、かっこいいものが、今にも手に入るような気がして、手を伸ばす。けれども、本当に必要なものは何か、と問われて、大切なもの一つひとつと純粋に向き合うことができるだろうか。選択肢ではなく、拒絶ではなく、真っ向から、人間を、自分を、直視することができるだろうか。

玉本の作品には、伝えたい何かがある。それは、誰もが夢想し、欲にかられ、固執する現実の中で、自身と向き合い、自らの中から削りだすように生み出したものだ。それが、この時代において、稀有な魅力として、人をとらえるのだと思う。

今回の展覧会は、江戸、明治時代の遺構を残した豪農の館(内山邸)・薬種商の館(金岡邸)を会場にして行われる。祖母の家が大きな農家だったこともあり、日本の古い民家に人の営みやつながりを感じる玉本の強い意向から、実現することとなった。

この会場に展示される新作の「心眼」と「千里眼」とは、眼には見えない何かを見通すことの出来る眼のことである。二つの異なるまなこを見開き、玉本は何を見ようとしているのだろうか。「大切なのは、濁らないこと」と玉本は言う。作品も、人も、世界も、大きなつながりの中で、澄んだ眼で、とらえようとする玉本の試みに注目したいと思う。

富山県立美術館 学芸員
麻生 恵子

https://ntmint.jakou.com/

 

Works of Nana TAMAMOTO

 投稿者:Works of Nana TAMAMOTO Keiko A  投稿日:2021年 5月 5日(水)07時10分33秒
返信・引用
  Works of Nana TAMAMOTO

Facing works of Nana Tamamoto, what I sense vividly is the existence of something deeply human.  Of course, artworks are the result of human creation, so there is no wonder many artworks reflect humanity of artists.  In some cases, the theme of the work itself is simply “human.”  Tamamoto is no exception: she depicts “human” in her works.  They always reflect the inner world of human beings, sometime with a sense of humor, and some other time, with seriousness.

Take a look at “The Eternal Sleep” of 2001.  This is the work Tamamoto painted at a brush to mourn over the loss of her grandmother.  Something in a bright red shape is painted as if it was floating in the sparkling silver.  Looking at it very carefully, you’ll see fabrics, sheep wool, and gauzes in various forms and colors sewn on the painting, and colored with oil and acrylic paints.  To me, it seems that it’s more of a painting depicting something specific such as a cell of a human being, an element of the universe, or soul of a human, than a painting depicting something completely abstract.

Talking about colors, forms, or her artistic skills, not everything is perfect.  Rather, some of her works give us the impression that she is showing her inner world so passionately.  Others may look somewhat unsophisticated.  However, though they evoke such impressions, once those awkward shapes, heavy-looking colors, and unique textures touch our heart through our eyes, we will begin to find each one of them so clear as crystals, and to feel our heart resonate with those images.

After graduating from university of art and design, she had worked for a clothing company for a few years.  Then in 2000, Tamamoto began her career as an artist, and since then she has focused on creating her artworks.  It was her losing health that changed the course of her life, and this experience made her look deep inside of herself, try to realize what life means, and express herself through her creation.  She hasn’t created many works so far.  Each work, however, was born because it had to, and the reason to be born was different in each case.  Works such as “Woman Body,” “Body,” “Inseparable,” “Labyrinth,” “Compassion,” “Selfishness,” and “Affection” are good example.  Each of them reflects various emotions inside of Tamamoto, such as her feelings for her illness, her love toward her own family, and her strong attachment to life.

In Japan today, it has become difficult to find artists who are trying to face what a “human being” is and to stick to their own style to express themselves.  I think it’s because we can get everything we want in this modern world.  It seems we can choose whatever we want since the world is full of choices.  We even think we can easily get what looks nice, fun, or cool, and try to grab them.  However, being asked about what we really need, can we sincerely face each of the things we consider truly precious?  Can we face human nature, or face ourselves, without turning our eyes away?  Can we really do so without feeling obligated, or refusing to do so?

Tamamoto’s works have their own voices.  She has found such voices in the process of facing and cutting deep inside of herself, while living in this reality where everyone fantasizes, acts by greed, and clings to many things.  In this modern world, we hear her voice through her artworks, and find something really rare and precious in them.

Two old Japanese houses have been chosen to be the venues of this exhibition: “the House of Uchiyama,” which used to be a farmhouse of a wealthy farmer, and “the House of Kanaoka,” which used to be a house of a pharmacist.  Both of them are remains from Edo and Meiji Period.  These venues have been chosen because Tamamoto expressed her strong intention to exhibit her collection at such old Japanese houses.  Being a great-granddaughter of an owner of a nice and big farmhouse, she feels the trace of human activities from such houses as well as a bond with them.

“Mind’s Eye” and “Clairvoyance,” both of which are latest works and will be exhibited at this exhibition, represent human eyes that can penetrate what is hidden and cannot be seen from our eyes.  What does Tamamoto try to see with her eyes different in shapes and colors wide open?  “Don’t let your eyes be clouded: that is important,” says Tamamoto.  Taking her words to my heart, I want to fix my eyes on the coming artworks of Tamamoto, who tries to see her works, human beings, and the world as something organically linked, with her unclouded eyes.

Keiko ASO
Curator, The Museum of Modern Art, Toyama

https://ntmint.jakou.com/

 

ナナのためのナナ(子守唄)和歌山県 田辺市立美術館 学芸員 三谷 渉

 投稿者:玉本奈々  投稿日:2021年 4月18日(日)21時53分33秒
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  ナナのためのナナ(子守唄)

玉本さんの作品は 「描かれた」 ものというよりも 「作られた」 ものといえよう。(だから個展会場で?密閉?のような立体的な作品に接したときも、とても自然な制作の流れのように思えた。だがここでは壁に掛けられる玉本さんの主たる作品に限って記したいと思う。)玉本さんの作品は板の上に様々な布や糸が張り込められ、幾重にも色彩が重ねられて、具体的とも抽象的ともいえる形が浮かび上がっている。この形象にまといつく素材の質感と重層的な色彩を目で追ったとき、何か得体の知れない感覚がこみあげてくるのを感じた。多分それは得体はしれないが、確かに在る、有機的な運動をもった「生」を感じていたのではないかと思う。玉本さんの作品の奥にはそうした「生」の深淵とどこかで結びついている部分があるように思う。多分にそれは玉本さんの個人的な体験が根ざしているのだろう。

しかし、作品の表層にあるものは、けして生々しいものではない。間違っても自分の内面を乱暴に画面に投げつけたようなものなどではない。まるでおとぎ話か寓話の世界のような、架空の形、架空の色の園である。この、作品の深層から表層への転調こそ玉本さんの作品の魅力ではないかと思っている。そしてそこに介在する「作る」という行為にどうしても思いを馳せずにはいられない。

玉本さんの作品の制作にはたいへんな時間と労力が要されることは容易に察せられる。しかし、その行為、手作業の過程は、たとえ困難なものであったとしても、自身の内面を客観化し、慈しむような、 例えば自分自身の魂への子守唄をうたうかのような行為としてあったのではないかと思えてくるのだ。そうでなければ破綻をきたすことなく、あの手の込んだ、時には重い主題を扱う作品群を完成することができただろうか。もし完成できたとしても、その表層は自身の内面を拡大して形にした、とげとげしいものにすぎなかっただろうと思う。

玉本さんの作品は女性に人気があるのだと聞く。奈々(玉本)のための奈々(子守唄)が、それぞれのナナのためのナナ(子守唄)として聴こえ、響きあっているのではないだろうかと、想像をたくましくしている。

玉本さんの郷里、富山の長い年月を経た屋敷にて作品が公開されると聞いたとき、 何と良いゆりかごがあたえられたことかと思った。玉本さんの作品は人の「生」の営みの記憶がある場所にこそふさわしい。私には美しく響きあう唄が聴こえてくる。

和歌山県 田辺市立美術館 学芸員
三谷 渉
 

NANA TAMAMOTO Inspired colorist ? Intense happiness of painting

 投稿者:Dominique CHAPELLE  投稿日:2021年 4月 3日(土)08時01分12秒
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  NANA TAMAMOTO
Inspired colorist ? Intense happiness of painting

NANA still paints with the spontaneity and the instinct of a child who would have grown right in the middle of a studio where paintings, papers, rags, wools and colors of all essences pile up. She is a painter of the feelings.

Her Art shows us an artist possessed by a concern of the compositions. Intensity of the page layout and the multiple materials which serve her immense imagination so well. Her paintings are nourished and vibrating of materials, even richer in colors than abstract works, in general.

All the inventive pallet of NANA gives birth to a same passion, dynamic like a salsa. The artist understood an essential thing: in order that a form has an esthetic value, it should not cause an emotion of beauty and of sublime in us, but she should satisfy to some major targets of the intuitive conscience.

NANA is stranger in the world of the traditional art and is mostly close to the Art Brut. She carries out a lot of research and uses a great variety of supports. Each form of character is emphasized, the used pallet is jubilant and irradiates. We are really in front of a work which reaches its greater autonomy, its most intense and most magic “modernity”!

Sensitive work, NANA lets herself taken by pure internal emotions and puts the Woman in all her splendor. She is inspired by the Woman who suggests to her the supreme harmony with the fabrics, the threads and the darkness of color, which show a breakthrough to the ultimate abstraction. The perfect mystery of the bodies and the faces will generate a long quest towards a mystical course like “Statue of the Mother“ and “Furtive Look“. These works produce an emotional intensity. A kind of internal accomplishment and of serenity invades you.

NANA TAMAMOTO builds while following the appeals of inspiration, seeks stylized or colored balances, the plastic consistencies or the decorative chains like “Personal interest “ and “Surrounded from all sides“. Through this Art, the artist reminds us that the imagination of the painter does not relate only to the color expression or the line characteristic, but above all, she is an imagination of structures forming a frame for imaginary. Each painting is firstly an arrangement of forms, a labyrinth for the look of the visitor who owes decipher all collages learnedly applied. It is a kind of theorem of lines, forms and colors which are superimposed.

This beautiful artist expresses her passion through a rare technique. A slow and patient work where the fabrics play with wool and gauze, to create poetic gardens and extraordinary dreams. By dwelling on it, one discovers in these palpable treasures, surprising and extravagant bas reliefs. NANA, with her multiple assemblies, reaches to make the collector to develop a privileged relation between the vibrating idea and the object. Sometimes she lets get away colors or she emphasizes the red or the relief: scratches, slashed lines, cuts, breaks, bulges, sprinkle the support like as many unvoiced comments of an unknown world.

But the figures, lively in the most extreme meaning, are the great magic of this artist. They impose their presence and the visitor becomes the interlocutor of a dialogue that they cause without any violence but on the contrary with a kind of evidence: -figures charged with humanity and going back to the deepest origins of the Art. -An universal Art, of all the continents and all eras.

The volume of the sculpture-paintings of NANA, we will never say it enough, reach to them blissfulness by raising the color to such a density, that the alliance between these two dimensions challenges us. The color does not simply decorate the surface that it covers, it is itself a part of the sculpted figures. There is also humor; a humor which does not make fun of nothing, a humor which comes from the joy and from the surprise which is not tired of meeting with the eternal youth.

The bodies of the Woman are shaped by sculptor way, as if the artist more sought to show more the movement of the expression than the result of the creation. She seeks to reach a truth of the Art with “tricks“ of the profession and thus she finds the precious moment where all is to invent, to restart! Creations which are not without recalling of the modern icons in a vast theater.

This artist is a charming lady. Her painting is happiness which carries you. She is an invitation to travel and to the life joy. Marvelous work to discover and whose success, awards and distinctions are deserved. To be followed with interest........

Dominique CHAPELLE
President and Founder of the National Federation of the French Culture
Critic of Art, Expert in Modern Art
 

玉本奈々 ひらめきの画家 描くことの至福

 投稿者:Dominique CHAPELLE  投稿日:2021年 4月 2日(金)13時52分27秒
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  玉本奈々 ひらめきの画家-描くことの至福

玉本奈々はいまだにカンバスや紙、布切れ、毛糸、そしてあらゆるエッセンスを備えた絵の具の積み重なるアトリエの真ん中で大きくなった子供のような率直さと直感とで描いている。正に感覚の画家である。
その芸術からは構図に心を配るアーティストの姿が見えてくる。強烈な構成と様々な素材とが彼女の広大な想像力に大いに寄与している。彼女の作品は、一般的に抽象作品がそうである以上に色彩豊かな素材に育まれ、生き生きとしている。

玉本奈々の創意に富んだあらゆる色彩は、ダイナミックな驚くほどの同等の情熱を生み出す。アーティストは本質を理解したのだ。つまりある形が美的価値を持つために必要なのは、その形が私たちに美と崇高さへの感動を引き起こすことではなく、形が直感的意識の主要ななんらかの狙いを満たすものでなければならないということだ。

玉本奈々は伝統的な美術界とは無縁であり、明らかに「生の芸術」に接近している。彼女は素材の変容に身を呈し、懸命に追い求める。人物のそれぞれの姿は強調され、用いられた色彩は喜びあふれる。私たちは真に、自律の極に達した作品、最も激しく最も魅惑的な「現代性」に達した作品を目の当たりにしているのである。

玉本奈々の作品は感覚的で、彼女は内なる純粋な感動に身を任せ、女性の素晴らしさに心をとめる。女性は彼女にインスピレーションを与え、布や糸、そして深い色彩で絶妙な調和を示唆し、その調和は抽象の限界まで達していることを示している。体と顔の完璧なまでの神秘は「母像」や「覗き」のような神秘主義的行程への長い探究を生み出して行く。こうした作品は感動的とも言える強烈さを生じさせる。一種の内的成就、そして静謐さに満たされるのである。

玉本奈々は「私欲」や「四面楚歌」のように、霊感のおもむくままに構成し、様式化された、あるいは生き生きとした調和、素材の質感や装飾的連鎖を追求する。この芸術を通してアーティストは私たちに、画家の想像力は単に色彩表現や線の特徴に及ぶだけでなく、何よりもまず想像世界のための枠組みを作りだす構造としての想像力であることを想い起こさせる。それぞれの絵はまず形の配置であり、巧みになされたすべてのコラージュを読み解かねばならない鑑賞者の根差しに対する迷宮である。それは、線、形、色が織りなす一種の定理である。

このすばらしいアーティストは稀なる技法を通し、ひたむきに自己表現する。詩情溢れる庭園と途方もない夢を創造するため、布が毛糸や紗と遊ぶ長く根気ある仕事である。ずっと見ていると、手で触れることのできるこれら貴重な宝物の中に、意表をつく驚くべき浅レリーフが浮かんでくる。玉本奈々は様々なアサンブラージュによって、収集家に心に訴えかける思いと対象との間の恵まれた関係を広げることに成功している。時折彼女は自然の流れのままに任せ、あるいはまた赤レリーフを際立たせる。細い筋、引き裂かれた線、傷、裂け目、ふくらみが、未知なる世界の多くの語られなかった言葉のように画布を飾りたてるのである。

しかしこのアーティストの偉大な魔力は、言葉の最も強い意味において、その精彩あふれる人物画にある。それは強い存在感を示し、鑑賞者は暴力ではなく反対に一種の明白さでもって引き起こされる対話の相手となるのである。芸術の最も深い源と再び結ばれる人間性ある肖像。あらゆる世界、あらゆる時代に共通の芸術である。

決して十分に伝えることはできないであろう玉本奈々の彫刻絵画の量感、その色彩はあまりにも高い密度に掲げられてこの二者の関係が私たちに強く訴え、最高潮へと達している。色彩は単に彼女が埋める表面を飾るだけでなく、それ自体が彫刻された像を構成しているのである。またユーモアもある。何事もロ嘲笑することのないユーモア、喜び、そして永遠の青春に飽くことなく出会う驚きからくるユーモアである。
女性の体は、まるでアーティストが創造の結果よりも表現の動きを表そうとしているかのように、彫刻されるが如く作りだされる。彼女は職人の「こつ」で芸術の真実に至ろうと務め、このようにしてすべてが考えだされ、再び始められる貴重な時を見いだすのである。その作品群は広々とした劇場における近代的イコンを思い起こさせる。

魅惑的なアーティストである。彼女の作品は私たちの心を奪い、幸福へと導く。そして旅へといざない、生きる喜びへと誘う。見出されるべきすばらしい作品、そして成功、褒章、栄誉に値する作品である。関心を持って注意深く見守るべきだろう。

国立フランス文化連盟創立 会長
美術評論家
近代美術専門家
文化ジャーナリスト

Dominique CHAPELLE
 

交差するまなざし-玉本奈々の作品に触れて Crossing Gaze -- A mention of the work of Nana Tamamoto

 投稿者:宝田陽子 Yoko Takarada  投稿日:2021年 3月24日(水)10時43分14秒
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  交差するまなざし-玉本奈々の作品に触れて

《内と外》(2011)という作品がある。外観は黒く塗り込められ、内側の様相を何ひとつ暗示しない。扉を開けようと、それに手をかけるときの気持ちはいかなるものだろう。隠されたもの、謎めいた何かに、われわれはどうしようもなく惹かれる。だが、もしそのままにやり過ごし、扉を開くことなく背を向けたなら、その人は秘められた真相を知ることはない。

この作品は、モニュメンタルな風格すら具えて、これまで作者が一貫して取り組んできたテーマを象徴的に示している。人は誰でも、外見を取り繕うことはできる。しかし、その内面はそう単純ではない。そのことを暴きだそうと挑むのではなく、あくまでも生のありのままの姿を冷徹にみつめながら、作者は描写を続けていく。

幾重ものプロセスを経、人間の内面にある複雑さの再現を作者は試みる。まず、樹脂や、布に羊毛を詰めて縫い合わせた丸い突起物が、板の上に貼り詰められていく。どれひとつ同じものはない。これらは表面をなめらかになぞろうとする視線を妨げて、ときに鑑賞者の感情を乱す。凹凸のある下地が出来上がると、情熱を思わせるつよい色彩が塗られ、しかしその輝きを全否定するように、ひとたびは塗りつぶされてしまう。

制作の過程をひとつひとつたどっていくと、この作品のなかには驚くほどの時間が籠められていることに気づく。繰り返し重ねられる行為は、はたして無駄なのだろうか。私はそうは思わない。執拗な施術を重ねながら、声無き声との対話を繰り返し、寄り添うように生の真実を紡ぎだそうとする、作者の真摯な姿勢がそこに感じられるからだ。優しさ、と呼ぶのがふさわしいかはわからないが、複雑に入り乱れ、醜態すら曝してしまう生を慈しむようなまなざしが印象に残る。赤から黄、青、そして紫へとかわる虹のような色彩に包まれて、最終的に、作品にはある種の救いの表情が浮かぶ。

文字どおり生来的なアーティストがいるとすれば、玉本奈々という人はそう呼ぶにふさわしい。そして、その歩みを年譜でたどることは、あまり意味がないのかもしれない。生そのもののように、その人の作品は流転するものだから。これらを同時代に目撃できることは、幸いだ。新しい場所で、新しい局面をむかえ、その作品はどのような様相を帯びるのだろう。そのことが、鑑賞者を惹きつけてやまない。

高岡市美術館 主任学芸員
宝田陽子

Crossing Gaze -- A mention of the work of Nana Tamamoto

There is a work entitled "Inside and Outside"(2011). It suggests nothing about the inside with its outside painted all over in black. I wonder how you feel when putting your hand on the door to open it. You cannot resist being attracted by something concealed or mysterious, but if you let the chance go past leaving without opening the door, you will not be informed as to the truth locked in there.

The work even shows a monumental appearance, and presents a symbolic expression of the theme that the artist has consistently worked with. Everyone can keep up appearances, but things about the inside do not go so simply. Tamamoto continues to draw while seeing persistently a life as it is with cool, realistic eyes without daring to reveal such condition.

The artist tries to create a representational expression of human inner complexity through several processes: firstly, resin pieces and round projections made by filling cloth with wool and stitching up the cloth are covered over on a board. Each object is different from every other one. These objects prevent spectators' gaze from trying to trace smooth the surface, which sometimes disturbs their emotion. After the uneven ground is completed, passionate, strong colors are painted, but the colors, as if the brilliance were totally denied, are once painted out.

Following each process of the production, you will find that a remarkable amount of time has been put into this work. Are the repeated practices a waste of time?  I don't think so: because I feel there is artist's sincere attitude coming close to the truth of life as if spinning something from it through accumulating persistent treatments while repeating conversations with unvoiced voices. Her gaze, or gentleness, though I do not know whether or not it is appropriate for me to call so, impresses me as something likely to treasure a life that are complicatedly jumbled and can even reveal its disgraceful condition. Covered with colors changing like rainbow from red, yellow, blue to purple, the work finally emerges as an expression of a kind of salvation.

If there is a literally born artist, Nana Tamamoto is the very person worthy to be called so. And, it might not be so significant to follow the chronology of her artistic path, because artists' work constantly changes like their life itself. It is lucky that you can observe their oeuvre as a contemporary of them. I wonder how Tamamoto's work will begin to look when facing new phases at new places. This never stops attracting appreciators of her work.

Yoko Takarada
chief curator, Takaoka Art Museum

http://ntmint.jakou.com/takarada_yoko.html

 

Crossing Gaze -- A mention of the work of Nana Tamamoto

 投稿者:Crossing Gaze -- A mention of t  投稿日:2021年 3月24日(水)10時32分42秒
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  Crossing Gaze -- A mention of the work of Nana Tamamoto

There is a work entitled "Inside and Outside"(2011). It suggests nothing about the inside with its outside painted all over in black. I wonder how you feel when putting your hand on the door to open it. You cannot resist being attracted by something concealed or mysterious, but if you let the chance go past leaving without opening the door, you will not be informed as to the truth locked in there.

The work even shows a monumental appearance, and presents a symbolic expression of the theme that the artist has consistently worked with. Everyone can keep up appearances, but things about the inside do not go so simply. Tamamoto continues to draw while seeing persistently a life as it is with cool, realistic eyes without daring to reveal such condition.

The artist tries to create a representational expression of human inner complexity through several processes: firstly, resin pieces and round projections made by filling cloth with wool and stitching up the cloth are covered over on a board. Each object is different from every other one. These objects prevent spectators' gaze from trying to trace smooth the surface, which sometimes disturbs their emotion. After the uneven ground is completed, passionate, strong colors are painted, but the colors, as if the brilliance were totally denied, are once painted out.

Following each process of the production, you will find that a remarkable amount of time has been put into this work. Are the repeated practices a waste of time? I don't think so: because I feel there is artist's sincere attitude coming close to the truth of life as if spinning something from it through accumulating persistent treatments while repeating conversations with unvoiced voices. Her gaze, or gentleness, though I do not know whether or not it is appropriate for me to call so, impresses me as something likely to treasure a life that are complicatedly jumbled and can even reveal its disgraceful condition. Covered with colors changing like rainbow from red, yellow, blue to purple, the work finally emerges as an expression of a kind of salvation.

If there is a literally born artist, Nana Tamamoto is the very person worthy to be called so. And, it might not be so significant to follow the chronology of her artistic path, because artists' work constantly changes like their life itself. It is lucky that you can observe their oeuvre as a contemporary of them. I wonder how Tamamoto's work will begin to look when facing new phases at new places. This never stops attracting appreciators of her work.

Yoko Takarada
chief curator, Takaoka Art Museum

https://ntmint.jakou.com/masaki_yahagihara_nana_tamamoto2.html

 

集積 あるふぁべっとのかたちたち 玉本奈々著

 投稿者:著書寄稿  投稿日:2021年 3月18日(木)14時13分23秒
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  Every artist has a unique vantage point: a singular approach and trial-and-error practice for expressing their reality. Also crucial is the act of determining just what to depict, and what to relate through that depiction.

Tamamoto Nana gives one the real sense of a perspective whose focus is not determined by what can be seen with the eyes. It’s turned inward, rather, toward that which is hidden within the artist’s own deepest heart.

It is perhaps for this reason that from her creations emanates such a particular sense of something out of the ordinary. From those hues in particular, whose strength can leave the viewer with an unsettled air verging on repulsion, they cause such provocation to the retina. And the uncanniness of form conferred to each of the images, like strange wriggling creatures. This particular blending of unsightliness and passion, this world that does look like madness, dominates the work.

Surely this is an inner voice crying out from the artist, an energy endlessly breaking the surface. And it is the artist’s unenviable lot to commit these sensations to canvas. In Tamamoto’s own case, what it is to make art is directly linked to what it is to live. Continuing to create may well be essential to the preservation of balance between the physical and the spiritual aspects of self.

This time Tamamoto has undertaken a collection with ‘alphabet’ as its subject. From A to Z, a work created upon the theme of each of the 26 English letters. These pieces differ somewhat from her previous work. That is, her  brushstrokes are based in the fixed shapes of the letters: the images painted each with one shared promise and restraint. The artist has made this deliberate move into such a world, into this method of controlled production from which her first impulse must be to flee.

And it’s from these works that a fresh new world unfolds, with new aspects like a sense of restraint. The colors go softer; light, refreshing neutral tones, pleasant. What’s more, the shapes come to evince something intellectual, architectural. One fascinating example is Half Moon from the letter D. O is designated  Wheel, and U is made a Magnet. What’s suggested by the shapes of each of the letters here is distinctive of the artist’s own sensibilities.

Finally, to each of the pieces is dedicated a poem. Included with the image inspired by each letter, this composition expresses words from the interior. It creates a compilation of poetry and pictures: along with an expression of this new step of Tamamoto Nana, it could be called the culmination of her work to date. It is my hope that this anthology will come into the hands of very many people indeed.

Yanagihara Masaki
National Museum of Modern Art, Kyoto

 

玉本奈々~命の力をとらえる Edward M. Gomez

 投稿者:阪神百貨店  投稿日:2021年 3月17日(水)07時06分51秒
返信・引用
  玉本奈々 ~ 命の力をとらえる

富山県出身の若手アーティスト、玉本奈々は、美術大学でファイバーアートを学び、卒業後はファション業界で働いていた。その後、人生と仕事に対する 意識に重大な影響を及ぼした病を患ったことで、持てる時間とエネルギーのすべてを創作に充てることを決意した。

玉本は、奔放さと慎重さとの見事な調和によって色鮮やかな抽象的作品を創り出す。色彩、形、質感がもたらす表現の力を彼女が本能的に体得していることは、概して神秘的で不確かな情感に包まれたその作品を見れば明らかだ。彼女は各作品に創作時の感情や心理状態を表す題名を付けるが、それでもある意味、創造への衝動から湧き上がるパワーそのものこそ、彼女の作品の真の主題であると言えるだろう。

このような玉本の絵画の特性は、数々の古典的なアール・ブリュットの作家の精神を思い起こさせる。彼らは皆、深く個人的な事情から作品を生み出した。そして大抵、自分が創作せずにはいられない理由を説明できなかった。しかし、魂から流露する創造の力を、触覚的、視覚的に形作らなければならないことは分かっていた。

玉本は繊維素材の断片を縫い上げ、破けたドームのような形状の丸いもの、あるいは木の根や生物の組織にも似た筋状の帯を造形し、それを絵画に用いる。強烈な絵肌と異様な素材による彼女の画風には、ヨーロッパのアンフォルメルや日本の具体美術協会の作家たちのような、戦後間もない頃の前衛芸術との親近性を見ることができるだろう。当時の作家たちは、変わった材料を用いて実験を行い、新しい構成を考え出して、絵画の内容や外観がいかにありうるかという様式化された既存の解釈に戦いを挑んだ。絵画の表層は、絵の具と様々なコラージュの素材が取り合わされる実験室(または戦場)と化した。時にキャンバスは切り裂かれ、また絵画というよりは彫刻に近いオブジェとなった。

同じように玉本の絵画の表面も、抑えきれないエネルギーと魔法のような変容によって息づいている。画家は自らの信念を語った ---「純粋な心」を持つこと、そして真摯な姿勢で世界と向き合い、哀れみと思いやりの気持ちを育んで生きることが大切だと。玉本奈々の絵画と人生観は、彼女が創作によって祝福する不滅の生命力を見つめる営みへと、鑑賞者を誘ってくれる。

ジャーナリスト
作家
評論家
キュレーター

エドワード・M・ゴメズ

https://ntmint.jakou.com/masaki_yahagihara_nana_tamamoto2.html

 

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