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オリンピック今昔

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 8月24日(金)13時15分8秒
編集済
   今から50年以上前、正確に言うと58年前、東京オリンピックを二年後に控え、日本の国道は、まだ「酷道」と呼ばれるガタガタ道だった。
 二桁の国道はまだ満足に開通していないある日、四国11号線を松山から高松まで車で行ったことがある。狭い山道は、離合の度に車が動かない。運転手が車から降りて弁当を広げる。これは冗談ではない。
 その後数年して、同じ道をマンホールの「蓋鳴り調査」で走ったことがある。蓋鳴りとは国道に敷設された長距離電話ケーブルのマンホールの蓋が、がたつきとき出す音のことである。
 当時まだ多くの長距離電話は針金の裸線で、市外通話は繋がらないかもしれないことを承諾の上で受け付けていた。
 公衆便所の整備も重要課題だった。公衆便所は「不潔」の代名詞だったから。
 特に東京駅がその面で大問題だった。
 成人式を迎える前、私はその東京駅で「金の卵」として仕事をしていた。「金の卵」とは底辺を支える若年労働者のことである。
 戦後生まれの「段階の世代」と呼ばれた人達もオリンピック後に登場し高度経済成長を支える。その人達もリタイアして久しい。
 このとき生まれた子供も、還暦を迎える。
 あの混乱の中から、「先進国」と呼ばれるようになったのだが、この60年間世界には、多くの戦乱があった。日本の平和に感謝する。

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ゴミ今昔

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 8月21日(火)12時55分46秒
編集済
    ベンツの横で、人品卑しからぬ男性がごみ箱を漁っているのを見て、これが世界第二の経済大国の庶民の実像と、皮肉を込めて思っていた。
 今私がすんでいる所は、高層建築20棟ほどが立ち並ぶ中規模団地である。お隣のLさん夫婦は、お二人とも65才前後、ある工場の退職者である。
 毎朝「食事はすみましたか?」と昔ながらの挨拶を交わす仲だ。このお二人が毎日数回団地内の全てのごみ箱を、キャリーを引いて回っている。中国のごみ箱は、一応不燃物と生ごみの区別はあるが、実際はごちゃまぜに捨てている。その中から、僅かに換金可能な、ペットボトルや、段ボールなどを回収するのは、結果としてごみの弁別をしているのだ。
 綺麗に整理したごみ箱の横の畳三枚ほどの小さな空き地で、ネギや大根等を作っている。ある日奥さんが、土の香りがする葱を一束お裾分けして下さった。
 お二人は裕福ではないかもしれない。しかしこの明るさと優しさは、少なくとも心貧しい人の物ではない。
 それにつけても思い起すのは、昔旧満州の日本人住宅街に、中国人の女子供が群れを作ってごみ箱を漁りに来ていたことだ。旧満州はやはり植民地だったのだ。彼らは真に貧しかった。

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水鳥から学ぶ

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 8月 1日(水)09時59分15秒
   二羽の水鳥が遭遇したとき、まず行うのは、自分の持っている一番高い姿勢を保つことだそうである。そのまま睨み合ったら戦闘開始だが、多くの場合、双方が僅かに目をそらす。それは、「私は貴方に関心があります。今認識しました」という友好のシグナルなのだ。
 私も40年の宮仕え、チビデブの体を必死に伸ばして生きてきた。水鳥と少し違ったのは、そのまま相手に食らい付いたことだ。
 先日ある会合の宴席で、「貴方は人徳が有る」と思いがけないお言葉を頂いた。「そうなんです、私には人徳しかありません」とひねくれた返事をするのだから、およそ人格とは程遠い。
 雀百まで、それが最近こんな嬉しい誤解を受けるのは、私が歳をとって腰が曲がったからだ。腰が低くなったのではない。生理的に腰が伸びなくなっただけだ。
 最近の大国外交を見ていると、この水鳥の世界を思う。まず威嚇して、鼻面で危機を回避する。
 しかしやはりこれは危険が。一度二度なら友好のシグナルかもしれないが、一触即発の危険が常にある。
 結論は飛躍する。「非武装中立」の普遍的な正しさを自然界から学んで立証できないか。
 21世紀が、人類に残す誇るべき哲学として。

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独裁と庶民

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月21日(土)21時38分32秒
    習近平氏が、規約改正で三選可を採択したときのテレビ報道を見たときのこと。
 司法、行政、立法、それに軍事権を一手に握るその人が、議長席で採決の槌を振る。
 「反対者はいるか」と叫ぶが、誰も反対しない。すべて満場一致で、採択される。
 戦後初めて民主主義なるものを教わったときの話だが、満場一致になりそうなときは、それを避けるために、敢えて誰かが反対意見を述べると。そしてそれを孤立埋没させないために、誰かが「We support」と表明し最小の複数意見として記録すると。一見茶番のようだが、独裁を嫌う民主主義の儀式だ。
 100%の満場一致は科学的にあり得ない。しかし中国人は魔法使いだ。京劇の役者宜しく一瞬で、お面が変わる。かつて、国共内戦のグレーゾーンでは、庶民は二本の旗を持ち情勢の変化のその都度持ち替えていた。嘘か本当か、庶民は万一に備えて日の丸も捨ててなかったとか。
 

民の声

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月10日(火)10時42分18秒
   中国は、独裁国家です。歴代の独裁王朝も、もっとも恐れたのは、蝗と流言飛語でした。
 だから、為政者は「民の声」を吸い上げるのに腐心した。
 周王朝の「詩経」はそれに基を発し、現在は社会科学院の重要な任務の一つに庶民の本音の収集がある。日本人の庶民の本音もその一つの対象であり、ここでは比較的自由に私の見解を述べさせて貰っています。
 私は庶民が必ずしも正義の代弁者だとは思わない。しかしこの中に潜む小さな正義を正しく拾い上げるのが政治だと思っています。
 私は、「日中友好」の言葉を注意深く使いません。普遍的な友好は、この言葉を軽々しく使うときの思惑とは別に、もう少し高い次元にある。それは、もっとも低い庶民レベルの本音の中に存在する。ここには右も左も無い。
 一民の声「けんさん」の声が、中国当局に届き検閲が通ることを切に念願しています。
 

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右翼左翼

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月 9日(月)22時44分43秒
編集済
   尖閣列島に上陸して、日の丸を掲げる人達と、伊勢神宮に行って一緒に「天皇陛下万歳」を三唱するのですから、私も右翼に見えるかもしれない。
 然し私は左翼です。現体制へ批判的な考えも持っていますから。
 歴史認識だけが、右左の踏み絵ではない。
 私は、洋の東西を問わず、政治体制の如何を問わず、戦争に依存する経済体制そのものに批判的です。悲しいかな、中国の富の形成背景にも、「軍備」がある。富国強兵は資本主義国家以上にそれが貧富の格差を生んでいる。勿論「産軍共同体」の中で生きている私達にそれを非難する権利はない。
 今回中国で出版したいと準備している本は、オブラートに包んではいるが、検閲でここが触れるかもしれない。





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ローラさん有り難う

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月 9日(月)22時18分30秒
編集済
   閑古鳥が鳴いていたーハオ広場が、久し振りで賑わいました。
 ローラさん一つ誤解していますよ。
 私は人を恨んだことはありません。恨まれることはあるかもしれないが・・・。
 私はプライドが高いのです。上から目線で哀れむことはあっても、下から目線で恨むなんてみっともなくて出来ない。
 それと、掲示板のようにヴァーチャル空間では嫌われ者ですが、実社会では恵まれすぎるほど、皆さんに優しくして貰っています。
 子供達が、遊びに来てくれる。今日も隣のおばーちゃん(私より若いが腰が曲がったいる)に、空き地で作っている葱を貰いました。
 女性が皆さん親切。これ本当。そんな中で、振り分けかき分け清く正しく生きています。
 

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Re:よろずのこと

 投稿者:ローラメール  投稿日:2018年 7月 9日(月)20時57分8秒
  けんさんはPC歴も長く、様々な経験をお持ちのようですね。
昔、けんさんの事は神様のように思い、まさか満洲談話室においで下さるなどとは思いませんでした。
個性の強い方は、それだけ風当たりも強いのだろうと想像しております。
どうぞ、他人を恨んだりせずに、まっすぐご自分の道を歩いて行ってください。
それが、一番けんさんらしいと思います。

談話室15周年に対するお祝いの言葉ありがとうございました。
後何年続けられるのか、神のみぞ知る、です。
それまで精々頑張りたいと思います。この細腕で・・・。

満洲談話室はその性格上、右寄り(保守的)の考え方の人が多いようです。
でも、皆さんそれなりに紳士だし、親切だし、まじめです。

思想信条、世界観を問わず仲良くして行きたいと思っています。
ただし、戦争を美化したり、再び戦争を!と叫びだすような方が出てきたら、素早く退場してもらうつもりです。
これまでも、そうして来ました。
そんな折、ノーラさんは強い味方でした。

しばらくお邪魔しました。風のように来てまた風のように去ります。(*^_^*)

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よろずのこと

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月 9日(月)19時59分55秒
編集済
   昔(1998年頃から2007年頃まで)上海エクスプローラーの「よろず」という掲示板に張り付いていたことがあります。
 不徳の致すところ、「アンチけんさん」グループに取り巻かれ、いつも孤軍奮闘していました。
 その事自体はむしろ望む所だったのですが、ある日誤爆をやってしまい、「老頭児さんごめんなさい」という言葉を残して一度去りました。
 結論から言いますと、誤爆ではなかったことが分かり「天知る、地知る、己知る」という言葉と共に復帰させて貰いました。
 それと関連するのですが、2010年(だった思う)満州談話室で、セクハラ嫌疑を受け、弁解するのも煩わしく、「もう来ません」と、去りました。
 そのときです。ノーラさんに、「貴方は以前ももう来ませんと言いながら、来たことがあるのだからまた書いたら」と言われて、「あれっ?」と思いました。心当たりは「よろず」の件ですが、ノーラさんもよろずは読んでくれていたのだと。
 満州談話室は、ずっと気になっていたのですが、何故か閉店になっていました。新装開店とともにまた寄せて頂いた次第。開店第一号の客?
 満州談話室は、誰に追われた訳でもありませんが、思うところあり書き込みは暫く自粛しています。読むのは読んでいますから今後とも宜しく。

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尺八演奏会

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月 8日(日)22時30分36秒
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   今年は日中国交条約締結40周年です。
 それを記念して、「日中伝統音楽交流会」と銘打って、尺八と古琴の演奏会を企画しています。
 日本からは、大萩康喜氏。今年全国邦楽演奏会で最優秀賞を得た、若手の尺八演奏家。
 中国からは、張聴氏。中国を代表して国際的な演奏会にも出演している中国の尺八のプロです。
 このようなことは、大勢な方の協力がないと出来ないのですが、幸い職場も友人も、日本の企業家にも最大の協力を頂いています。10月27日を予定しています。

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中国で出版

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月 8日(日)22時13分39秒
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   2005年に「けんさんの中国ぶらぶら」を出版して以来、13年。中国は本当に変わりました。その後実際に中国で暮らす中での体験を書き溜めた物、それと寧波西安、漠河葫蘆島など中国各地を自転車で回った写真などをまとめて出版したい。
 それも、中国で中国語で出版したい。中国で出版するとなると検閲というハードルがあります。庶民の本音は是々非々。検閲当局の気に入らないこともあるかもしれませんが「実事求是」の姿勢を貫いているつもりです。
 中国語の翻訳は、幸い松山在住の二十年来の中国人の友人で、「けんさんの中国ぶらぶら」の翻訳もして下さった方が、今回も引き受けて下さいました。
 目下、検閲の前段で、日本語の原稿を、日本語の堪能な共産党幹部の友人に目を通して貰っています。検閲が通ることを祈っています。

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不恥下問

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月 8日(日)09時42分55秒
編集済
   ローラさん。まずは「満州掲示板」の15周年お目出度うございます。
 私も最近拝見はしていますが、書き込みは遠慮しています。
 それは、皆さん粗探しに汲々とされているからです。量と精度はどうしても矛盾します。それに早く書くとどうしても推敲不十分になる。
 「瑕瑾を問わず」は間違った方が使う言葉でないことは承知しています。
 「過ちを改めるに憚る事勿れ」。ご指摘を受けた間違いは、有難くすぐ改めています。
 然しときには間違いとは思えないとき。「何処が違うのですか?」との問いかけに返事が無い。見ていないのかと思うと、とんでもないところで蒸し返される。
 「古本屋の常連」を名乗る方からは、2チャンネルにお誘いを受けた。謹んで参上して、「名無しのゴキブリ」共のご高見を伺ったのですが、私の反論に論理破綻した彼らは、「アクセス禁止と、記事全文抹消」という暴挙で応じた。
 ここにもお誘いしているのですが、来て下さらない。
 「不恥下問」は元々目線が高い。私のこの姿勢は「雀百まで」でしょうか?
 ひたむきになるほど、孤立する。

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祠の傷

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月 8日(日)08時41分59秒
   もう前世紀になるかな?今世紀初頭かな?
 上○エクスプローラ」という掲示板に「けんさん」というHNで張り付いていたときのこと。
 「美麗」さんとおっしゃる常連の才媛に、色々と中国語のご指導を受けていました。
 ただ微妙にずれていたな。
 例えば「対不起」は、「きまり悪くて前に立っていられない」が元の意味だとか。
 「バーリンホウ」は正しくは「年代」です。間違って使っているから洒落なのです。
 古い記憶は祠の傷。それが消せないのも一種のボケかな。

 

http://www.ken-san.jpのの

 

もっと悲しいこと

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月 8日(日)07時50分32秒
編集済
   「あんたもかい わたしもよ 傷を見せ合う 豊予海峡♪」

 「お前もか? 俺もだよ 愚痴を述べ合う 同窓会」

 実は、私の悲しみはもっと深い。

 「人並みに 枯れてくれるか 老いの春」

 この業は、灰になるまででしょうか。

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Re: 悲しいこと

 投稿者:ローラメール  投稿日:2018年 7月 8日(日)06時14分40秒
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  >こんなの確かアルツハイマーと言うのですか?認知症ですか?

全然ちがいます。
私も同じですから・・・(*^_^*)

中国で暮らしていたら、日本語が少しずつ出にくくなるのは当たり前。
まあ、強いて言えば「八十台」はゴルフなどのスコアーの表現に使うので、この際は「八十代」の方が適切かな?
まあ、どっちだって通じれば良いのです。

自分の携帯番号、私は1度も覚えたことがありません。あんな物携帯が教えてくれますから覚える必要なんかないと割り切っています。

でも、麻雀のアガリ役や点数は忘れないよう、繰り返し覚えています。少しでも脳トレと勝負に勝てるようになりたいから。

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悲しいこと

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月 8日(日)00時06分2秒
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   最近悲しいというか、辛いこと。
 (1)一局の碁を最後まで緊張が保てません。絶対にポカをやる。
 (2)黒板で漢字が書けません。先日なんか、「愛媛」が書けなくて狼狽えました。
 (3)時々日本語が出てきません。特に外来語がいけない。
  こんなの確かアルツハイマーと言うのですか?認知症ですか?どちらも言えなくて、中国語で「健忘症」と言ってしまいました。
 数字は全然駄目です。自分の携帯電話番号すら忘れる。

 嬉しいことに、歳も忘れました。80を幾つ越えたのかな?
 中国語では洒落た言い方があって、{80後」(バーリンホウ)と言います。
 元々は、1980年以後生まれから1990年未満までの世代を言うのですが、私の場合は「八十台」という意味合いで使わせて貰っています。

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ぼけました

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月 7日(土)11時20分16秒
編集済
   ご指摘を感謝。
 × 1942年
 ○ 1952年

 これはタイプミスですが、数字そのものの感覚が最近おかしくなっています。
 どこが間違えているのか、暫く考えました。

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何だか変だわ

 投稿者:ローラメール  投稿日:2018年 7月 7日(土)10時43分58秒
  けんさん、

>1942年に初めてNTTに奉職したとき、このルートはまだ現役で保守したことがあります。キチンと五十キロごとに設置された中継所のルート図は今もあります。

1942年は私が北安で生まれた年です。まだ戦時中。
けんさんは子どもだったはず・・・・・。

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私と韓国北朝鮮

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月 7日(土)09時35分27秒
編集済
 
 戦前満州と内地は、関釜連絡船がもっとも普通だったと思います。
 私も子供とき、金剛丸でここを渡り、安東で時差調整をしたのが、朝鮮半島に関する一番古い記憶です。
 私は母の故郷が長崎だったので、大連長崎の淡路丸も乗りました。

 1992年と1993年、北京語言学院に短期留学したときの同級生の多くは韓国の若者でした。
 故郷から送って来た食べ物のお裾分け。重い荷物を持っていたら、遠くから駆けつけて持ってくれた若者。冬至の日に伝統料理パッチュを一緒に食べたこと。紅葉の香山に遠足に行ったこと。囲碁の強い若者が居たこと等々、楽しい思い出ばかりです

 1993年、中国棋院で、北朝鮮から来ていた当時八才くらいの男の子と一局打ったことがあります。やられました。写真はありますから、会えば分かると思います。

 1999年、北朝鮮への観光団に中国人の偽パスポートで紛れこもうと企んだのですが、ばれて止めました。
 同年、瀋陽工業大学の韓国人学生と、瀋陽から松山へ帰国途中三日間、ソール旅行をしました。

 2000年。「二十一世紀アジア囲碁祭りin松山」と銘打って、囲碁大会を開催し、瀋陽、韓国、北朝鮮の関係者を招待いたしました。但し北朝鮮は、在日の北朝鮮会の人達です。そのとき、打ち上げの席で、韓国北朝鮮の関係者が、涙でアリランの大合唱をしたのが、忘れられません。

 2003年。ソール経由で中国へ行き、韓国で囲碁を打ちました。


 東京。甲州街道、四国、山口、釜山、安東、瀋陽、長春、ハルピン。ここに世界初の無装荷搬送ケーブルによる、長距離電話回線が通っていました。実は私、1942年に初めてNTTに奉職したとき、このルートはまだ現役で保守したことがあります。キチンと五十キロごとに設置された中継所のルート図は今もあります。

 以上が私と朝鮮半島の関わりの全てです。中国に比べここは私にとって、近くて遠い国です。

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微妙

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月 5日(木)23時30分55秒
   確かに八路軍の軍紀はしっかりしていました。
 只対象が味方です。例としては微妙です。
 従軍慰安婦問題は、河野談話に始まり、日本政府は一貫して謝罪しています。
 この種の問題は、相手が赦してくれるまで誠実に謝罪を続けるより仕方がない。


 

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クリーンな軍隊?

 投稿者:ローラメール  投稿日:2018年 7月 5日(木)20時46分55秒
編集済
  >この点に関して、クリーンな軍隊はあるのでしょうか?

けんさんからこの様な質問を受けるとは想像もできませんでした。
だから仕方がないのだ!とでも言いたいのでしょうか?

私は他の国のことは知りません。(ソ連兵は別)しかし、第二次世界大戦が終わった頃のパーロ(八路軍)では、軍律厳しく民衆から借りた物は必ず返すし、女性に対する暴行などは厳重に禁止されていたと聞いてます。
国府軍の兵士たちは贅沢な食材を用意して、母たち日本人婦人たちを使役にして料理を作らせました。それに対し、八路軍の兵たちは自分たちで料理したそうです。

現に、長春・国務院ウラの官舎に住んでいた母の元に八路軍の若い兵隊がザルや鍋を借りにきましたが、撤退前にはきちんと返しにきたそうです。母はその事に大変驚いたので覚えていたのです。
身なりは政府軍の兵士に比べてひどく貧しかったけれど、心は潔白で革命の希望に燃えていたのだろうと私は想像します。

まあ、これは釈迦に説法でしたね。(*^_^*)

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ごめんなさい

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月 5日(木)16時52分30秒
   戦争花嫁に対する私の考えと表現は、不十分でした。
 確かに満州の悲劇も一緒です。
 ただ多くの軍隊は、慰安婦を従軍させるだけでなく、現地調達もしている。
 聞けば韓国軍の兵士も、ベトナムで多くの悲劇を残しているとか。
 勿論「悪」を相互相殺しようというものではありません。
 戦争そのものに内在する悪も、客観的見地から問われるべきだと思います。

 この点に関して、クリーンな軍隊はあるのでしょうか?








 

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Re: 戦争と性

 投稿者:ローラメール  投稿日:2018年 7月 5日(木)11時27分35秒
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  >戦争という異常な状態の中にある、兵士という健康な牡の集団。そこが無菌室か。
その客観的な背景を無視した議論は、難しい。

やはり、けんさんは牡の立場で物事を考えるのですね。
銃後に残された主に花嫁たちは健康な雌ではなかったのでしょうか?
彼女たちは子どもを育てながら、夫の両親につかえ黙々と働きながら夫の帰りを待ちました。
それはどんなにか寂しく、つらい生活だったでしょう。やがて夫は戦死。遺骨も帰りません。
空襲で家も焼け、子どもを失っても彼女達は生きるために働かねばなりませんでした。
養わねばならない家族を抱えていた人もいたでしょう。

自分の私腹を増やすばかりで、女・子ども達の生活を守ろうともしなかった日本政府の役人たち。
彼女達にとって、外人は肌の色はちがっても優しく接してくれる異性だったのではないでしょうか?
私は、自分のお腹の子どもの命を守るために満洲で中国人の元へ嫁入りした女性同様に、進駐軍の兵士と結婚した彼女達の勇気に拍手を送りたい。

韓国の従軍慰安婦の殆どは、良い仕事があるからと騙されて戦場へ連行されました。
何も知らないいたいけな乙女たちにとって、その仕事がどんなに苦痛でどんなに重労働だったか、けんさんに想像できますか?
都合の良い時だけ日本人扱いされながら、その実虫けらのように扱われた彼女たちの性。
私は涙なしには写真の像を見ることが出来ませんでした。

写真には写っていませんが、ちょうど反対側には大きなテントが張られており、その中で数人の若者の男女が寝泊まりしているようでした。

不測の事態に備えて少女像を守っているのでしょう。
署名とカンパをお願いされたので、それに応じますと記念のバッチをくれました。
今、私はお気に入りの白い上着の襟にそれを付けています。

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戦争と性

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月 4日(水)12時06分47秒
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   それぞれに、重たいテーマです。
 戦後「戦争花嫁」として、進駐軍の兵士と結婚し、アメリカに渡った女性が4万人から5万人居たそうです。
 私は、戦後10年経た立川に住んでいたことがあるのですが、錦町界隈は当時もバラック風の建築が何百軒も軒を連ねていました。進駐軍相手の特殊飲食施設です。府中、調布、横田、等々関東各地にありました。
 勿論戦争花嫁さんは、そのような施設に従事していた人ばかりではないでしょう。然し5万人は、分子です。花嫁にはならなかったが、このような仕事に従事していた分母の女性がどれくらい居たのか。
 今、皆さんご健在なら九十才を越えているはず。
 これから、従軍慰安婦問題に何らかの結論を導くものではありません。
 戦争という異常な状態の中にある、兵士という健康な牡の集団。そこが無菌室か。
 その客観的な背景を無視した議論は、難しい。

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ソウルのお土産

 投稿者:ローラメール  投稿日:2018年 7月 4日(水)07時13分18秒
  日本大使館の前にある従軍慰安婦少女像です。
彼女は裸足でした。
足の前に小さな可愛い布靴がお供えされていました。

ここへ行きたいと言ったのは、45歳になる娘でした。
私は驚きましたが、彼女の心の成長を喜び、一緒に小さな花束をお供えしてあげましたよ。

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景観と心理

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 7月 1日(日)09時45分50秒
   瀋陽総領事館の美観について、もう少し愚見を加える。
 領事館前の公道は、中国の領土だ。ここに張り巡らされている鉄条網は、当然中国政府が施工したものだろう。
 然しこれが、美観を損なうだけでなく、これを見る中国人に、少なくとも友好的な感情は生んでいない。先のタクシーの運転手でないが、日本が排他的と誤解を与えている。
 領事館周辺の好ましくない施設の撤去は、日本政府としてアクションを起こすべきだ。
 正式な時間は知らないが、治安対策上の限度はとうに超えている。
 外務省を代弁する領事館の任務は「友好」だけではないだろうが、友好は通常業務の基盤をなすはずだ。そして友好の根底に有るのは庶民感情だ。
 

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瀋陽総領事館

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 6月29日(金)20時19分48秒
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   先日瀋陽の領事館に行くため、タクシーに乗った。
 運転手が、日本領事館を知らないと言う。「アメリカ領事館の隣だ」と言ったら、アメリカ領事館なら知っている」と言う。すっかり不愉快になった私は、「私は日本人だが君は抗日派か。えらい非友好的だな」と言ったら、「不!不!」と、慌てて打ち消す。
 そして「行ったら分かるけど、あそこはタクシーが近づけないようになっていて、道を知らないのです」と言う。領事館の正面の通りは、鉄条網が張り巡らされていて、車は勿論、人間も反対側の歩道しか通れない。
 これはいつからだろう。2003年の北朝鮮からの亡命者は正門から入っていた。例の2005年の抗日デモからか。そういえば2012年に用事があって行ったときは、今の裏口だった。
 ならば、以来十年以上領事館の門戸を閉ざしたままというのは、外務省の怠慢でないか。
 それとも尖閣に抗議する嫌がらせか。「領事館の治外法権も不安です」という無言の抗議メッセージか。ならばそれ自体が、消極的戦闘行為だ。
 日本の外務省は、ユーモアがある。外交センスが良すぎる。

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「小日本」

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 6月 2日(土)10時04分56秒
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   多くの日本人は、これを差別用語だとは知らない。若者は、もしこれを差別用語だと知っても、「その通り」と歯牙にもかけないのではないだろうか。
 昔、日本人が中国のことを「支那」と呼んだ時代の酷い差別用語は、既に死語になっているからここには書かない。
 中国が眼中に無い彼らにとって、中国に対する差別用語すら無い。恐ろしいことだが、「中国」または「中国人」という言い方そのものが、差別と軽蔑の意味合いを含んでいるのだ。
 彼らの概念の中にある中国=独裁暗黒横暴であり、中国人=不潔、嘘つき、マナー知らず、である。
 中華思想を「自己中」(自己中心主義)と同義語に使う彼らから見たら、「一帯一路」もその延長線上にあるとしか見えないのではないだろうか。
 実は私も、尖閣問題に対する中国共産党の見解、即ち「尖閣は一帯一路の終着点」を見る限り、その危惧を深くする。
 「中国人お断り」と言った高級料理店が「差別」と物議を醸していたが、実はこの店は、これまで何度も中国人のドタキャンに悩まされていた。この店は、一般に富裕層が利用する。
 金を持ったら傲慢になる。力を持ったら横暴になる。これが中国政府が掲げる「富強」か?
 「小日本」は、「大中国」のそれを嫌う。
 

独裁の是非

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 5月26日(土)19時23分32秒
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   中国はプロレタリアの一党独裁国家である。その是非について、論ずることすら許されない。中国も自由を標榜しているのだが、自由主義国家と言わないのは、国家体制に関する批判を許さないからである。
 自由主義国家に生きる私達は、独裁の是非について論ずることは問題ないが、「独裁は論ずるまでも無く非」というのが、共通の価値観である。私も勿論「独裁は非」である。あの軍部の独裁と、天皇主権の中から、敗戦という高い代償を払ってやっと手にした、と言うか与えられたと言うか、思想信条の自由は、何物にも代えがたい。
 中国人は、「体制の批判をしない限り、私達は自由だ」と言う。これを檻の中の自由と笑えるか。中国の独裁体制は、抗日戦争で流した人民の血という高い代償を払った結果だ。血を流した人に独裁という絶対の権限を与え、国の舵取りを任せ、現在の繁栄を享受している。
「プロレタリアに全ての権限を委ねたということは、究極の主権在民」というのは、些か詭弁めくだろうか。ともかく今現在中国人民は、現体制に満足している。だから現体制に更に強い権限を与えた。ただ権力は強大になるほど、矛盾も拡大する。次の体制がどんな形で生まれるか。
  誤解しないで欲しい。体制批判をしているつもりはない。これは現体制の理論的根拠、唯物弁証法的科学である。
 いずれにしろ、中国のことは中国の人民、即ちプロレタリアが決める。

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中国恐るべし

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 5月18日(金)00時57分15秒
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    いつも利用する若夫婦二人でやっている、麺専門の店がある。30席ほどのこぢんまりした客席と厨房。動線設計が悪いのか厨房が狭いのか、外に置かれた冷蔵庫と厨房の間を、ご主人がこまめに動いている。
 髪を無造作に後ろに束ね、少し細めの体に切れ長な眼差し、25才前後の女将さん。何がそんなに楽しいのか、いつもニコニコ笑っている。
それが自然で、スキップを踏むような足取りで、よく拭き込まれた床の店内を飛び回っている。
 もし「幸福」を絵にすることが出来るなら、これがそのままその風景ではないだろうか。
 これが本来の中国人の姿なのだ。以前初めて解放後の中国に来たとき、国営書店で、本を投げ渡されてカルチャーショックを受けたが、中国はどんどん変わっている。
 なにより、人が変わっている。
 社会体制という入れ物が変わったから、人が変わったのか、人が入れ物を変えつつあるのか。
 それは、相互に作用しているのだろう。
 かつて日本が不幸のどん底から這い上がったように、中国がこの有り余る「幸せ」の輸出国になる日も近い。
 強力なライバルの出現を喜ぶべきか、恐れるべきか。

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蓋州の町所感

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 4月 3日(火)23時13分11秒
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   所用で蓋州(遼東半島の付け根にある小さな沿海都市)に行ってきた。
 少し時間があったので、旧市街を案内してもらった。ここは明時代の古城があり鼓楼が保存されている。

 多くの旧城内が撤去された中で、ここはまだ昔の面影は僅かに残っていた。
 路上市場の雑踏は、これも昔のまま。
 70年前の撫順城内を思い出していて、ふと気が付いたのだが、「臭い」だ。

 あの全ての生活臭を醸成した、独特の臭いが無い。つい最近の瀋陽の路地裏でも有った中国各地にあった臭いだ。これは行政が末端まで機能していることを意味する。

 小さな仏教のお寺があったので、入ってみた。
 中年のご婦人が本堂で腹這いになっている。変わった形でお祈りをしているなと思ったら、仏壇の下を拭いているのだ。よく見たら境内には塵一つない。

  掃除と言うものは、綺麗にすればするほど、小さな汚れが気になるものだ。逆にちょっと油断したらすぐ手がつけられなくなる。仏壇の下の埃が気になるところまで、ここの清潔感は向上している。

7210

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森友問題の功罪

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月31日(土)16時24分29秒
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  「権力の乱用」という最大の問題を「官僚の文書改竄」とこれに限定して卑小化することで一旦幕は下ろされそうである。

 それはそれとして、この問題の「功」の一面は、憲法改悪が少し遠のいたことだ。
 憲法改悪の一番の狙いは、武器産業の合法化と振興である。

 洋の東西を問わず、社会体制の如何を問わず、武器産業は、桁違いに儲かる商売だ。
 そしてこれが、権力と結託している。

 この産業の悲しい点は、再生産の行き先が戦争しかない。
 アメリカだけでも4000発を超えると言われる核弾頭の数。それでもなお作る。
 核拡散防止以前に核廃棄をすべきだが、それをやらない。やれない。
 逆にそれで不安を煽って、兵器産業に力を与えている。

 私はこの矛盾は、洋の東西社会体制の如何を問わないと言った。
 実は中国の「富国強兵」「一帯一路」「独裁体制強化」と「貧富の格差の拡大」は、必然に近い密接な関係がある。アメリカも似たよう問題に悩んでいる。

  近代史的にみれば、かつて日本が歩んだ道であり、今は他山の石だ。
 これを好機に、平和憲法について多角的に考えることが出来たら、森友問題は無駄でない。

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官僚の真骨頂

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月27日(火)18時32分38秒
   太田理財局長と前国税庁長官佐川氏の国会証人喚問の様子を、ネットで見た。
 さすがだ。
 太田局長は堂々としている。佐川氏は一見なよなよとしているが、芯は強いとみた。
 「官邸からの圧力」に対しては、「無い」と言い切っている。しかしあれだけ明白な改竄の履歴を残したのこそ彼のしたたかさだ。
 質問者のレベルが低いのもあって、国会は猿芝居だがそれでいい。
 捜査機関が証拠を出せるか。お手並み拝見。

 話しは関連するが、可計問題で職を追われた前文部次官の前川喜平氏の座右の銘が「面従腹背」と知って唸った。
 先に旧満州国の中国人官僚の面従腹背としたたかさを紹介したが、優秀な官僚はそうなくては。真の主人公を知っていればよい。

 暫くは、日本の官僚王国は続くだろう。政治家がぼろすぎる。
 

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安倍さん辞めて下さい

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月25日(日)16時12分47秒
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  報道によると、安部さんは行政の長として改竄の責任を謝罪していた。
それもあるが、内閣総理大臣として、職権乱用の責任が問題なのだ。
「あれは妻がやったことで知らない」という逃げ道を自ら塞いだのは立派だ。
改竄は、その逃げ道との整合性を保つために行われた。
「内閣総理大臣の妻がやった」という証拠が出たら困るから改竄したのだ。

誰が改竄を命じたか。当時の理財局局長佐川氏より上には辿れないだろう。
本当の責任者は、証拠なんか残さない。殿の為なら腹を切る忠臣が「忖度」してやった。
実際に「腹を切った」のは、国民の忠僕が、良心の責に駆られて亡くなった。
悲惨だ。
安倍さん、事実は明白です。せめて「内閣総理大臣も議員も辞める」と言った立派な言葉は実行してください。
国民の為に亡くなった方の冥福を祈るためにも。

改竄という由々しき問題すら卑小化されるほど、貴方のしたことは悪辣だ。

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尊敬する中国国家主席習近平様

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月25日(日)10時54分50秒
   日本のネットの片隅から一老人が、この度の「中国夢」への新しい門出を心から祝福申し上げます。
 併せて、僭越ながら提言させて貰いたいことがが二つあります。
 1
 靖国に中国要人の参拝は出来ませんか?
 いきなり参拝は無理でも、中国公使の靖国お花見会開催は如何でしょう。
 ここは桜の名所で、中国庶民も大勢来ています。
 歴史は不幸なことも沢山ありました。
 しかしここに眠るのは、多くが無名戦士です。彼らは親も子も妻も友もある。
 戦争が何であれ、彼らは彼らの愛する人の為に戦い命を落とした人達です。
 今年は日中友好条約締結40周年。主席の大きな度量で大国中国の寛容さを見せて下さることを期待します。
 2
 尖閣列島(中国でいう釣魚島)を共同開発しませんか?
 私はこの地域の領有に関する国際的な客観情勢は日本有利だと思っています。
 だから日本からこれを提言することはないでしょう。中国から提言するのも少し回り道がいるかもしれない。
 共同の学術調査から始めませんか?
 「一帯一路」の終着駅は日本です。
 この地域の軍事的緊張を除くことは、日中両国の平和愛好者にとって望ましい事ではないでしょうか。

 この日本の一庶民の希望が、雲の上に届くことを願いながら、貴国の更なる発展と日中両国の友好発展を念願しています。

  2018年3月19日 けんさん こと 山崎献 敬白

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癒着の風土

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月23日(金)00時37分49秒
   森友問題は今のところ、改竄を誰が命令したかが、問題になっているようだ。
 勿論これも大事だが、政治家と官僚の癒着の風土こそが一番問題だと思う。

 組織のためという美名は本来は美名では無いはずだ。
 「国民のため」その当たり前のことが出来る為には、国民も個人の良心を権力から守ってやらなくてはいけない。
 こういうことが起こると、所謂世論は皆検事席に座って、目先の目に見える不正を叩くが、視点を変えて見るのも大事だと思え。
 そうでないと「個」が埋没してしまう。

 一匹狼で裸にならないと、本当の事が言えないような風土は、私達が世論で変えなくてはいけない。個人の良心を一匹狼にしてはいけない。
 佐川氏が、役人を辞めなくても本当のことを言えるか。癒着の風土に対する国民の態度が問われる。辞めさせるのは、あの人だ。

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はい元気です

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月21日(水)13時45分3秒
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   最近は、腹は立たないが、腹の下が立って困ります。

 我不惑の年を重ねて過ぎる
 未だ知らず天命
 ようやくにして知る「三十にして立つ」

 森友問題。全然驚きません。
 私の生涯の半分は、腐った政治家と、ぼろ官僚の狭間で仕事をしていましたから。
 私もボロだったから、下っ端の実行者として、書き換えも談合もお持てなしも心付けも全然罪悪感無かった。お陰で自殺もせず、今も元気です。

 その功績かな。最後管理者の端くれになったのですが、13年間管理者をして、13段ある出世階段の一段も上れずに退職しました。

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お元気ですか 

 投稿者:にっちゃん  投稿日:2018年 3月21日(水)13時14分41秒
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  もう3月下旬になろうとしています。我が家の庭の樹高≒1.2mの鹿児島紅梅が、満開を過ぎて、桜の開花を待つ時期になっています。
ボチボチ、黄砂が目立つ4月にもなりつつあります。
黄砂は、ゴビ、タクラマカン砂漠あたりから、ジュエット気流に乗って、はるばる、日本に来るようです。この時期、車のバンパーにうっすらと、砂の微粒子の膜ができます。
微粒子が、身体によくないといわれています。

つい先日、近所の交差点で、一旦停止されましたか? で、職務質問があって、年甲斐もなく、立腹、声が大きくなりました。
腹を立てると健康に響く年に、私もなろうとしています。もうすぐ古稀です。

最近、新聞を賑わかしているのが、森友学園問題で、新聞のちょい読みですが、
国有地の払い下げで、約8億円の値引きがあって、≒1億数千万円で森友学園が購入したそうです。 値引きの適否が言われていて、国会で、問題化された中で、安部首相は、本人・家族は関係していないと言い切ったのですが、財務省出先の払い下げに関する決済文の書き換えがあったようで、国会で問題になっています。
関連して、国税庁の長官の辞任問題も起きて、辞任した前長官の両院での予算委員会での証人喚問をすることになったようです。

ホットニュースでした。

季節の変わり目で、雨模様で、少しですが、冬の方に振れたようです。
サクラが待ち遠しいこの頃です。




 

面従腹背

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月11日(日)01時12分58秒
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   撫順社会科学院の研究員は、時折街に出て庶民の声を拾い上げるフィールドワークをやっている。それに同行させて貰った時の話。

 老人に昔の話しをして貰うのだが、「漢奸」(日本人に取り入る裏切り者)という言葉が何回か出てくる。そこではただ記録するだけだが、それを元に参加者一同で研究会のとき、私も率直に「この程度の人を漢奸というなら、当時の中国人は皆漢奸でした」と言わせて貰った。

 父がよく言っていた。「満人は、なんでも逆らわずに唯々諾々と命令に従った。只一言、今は満州国だからというのが、耳障りだった」と。

 先日、調べ物をしていて旧満州国国歌を見た。「天地内有了新満州」で始まるこの歌は今でもハミングで歌える。

 調べていて驚いたのは、この中に「無苦無憂造成我國家」という歌詞があるのだ。漢字から普通に読めば「苦しみも憂いも無い我が国家が造られた」と、読める。

 この国家の作詞者は初代総理大臣鄭孝胥。彼は関東軍にも直言する硬骨漢だったそうだが、実はこの歌詞にはその反骨と恨みが込められているのだ。

 正しい中国語では、「建立我国家」である。「造成」は日本語では、宅地造成など普通に良い意味で使われるが、中国語では災難など望まないことが起こったとき使う言葉だ。

 もっと凄いなと思うのは、当時この歌を式典の度に歌わされた中国人は、皆この意図的な間違いを知っていたはずだ。それが誰一人として指摘していない。日本人に教えていない。
 一見唯々諾々と従った「漢奸」は、一癖も二癖もある硬骨漢だったのだ。

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町の評論家

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 8日(木)16時55分4秒
   タクシーの運転手さんは、日本も中国も大体話し好きである。
 彼らは仕事柄、話題も豊富だし、知識も見識もある。

 特に中国の大都市の運転手になるためには、運転以外の試験もあり、インテリが多い。
 二人だけの空間では、政治的な話題もむしろ歓迎される。

 ただ私の中国語では、議論にはならない。まず自分の意見をはっきり言って、あとは教えを請うといった態度で接すると、彼らもしっかりした意見を返してくれる。

 先日久し振りで北京でタクシーに乗って、日頃気になっている中国の汚職の天文学的数字の大きさについて話題にしてみた。

 私「中国の汚職は凄く大きいですね。私の見方は偏っているかもしれないが、あれは一種の内戦だと思っています」
 彼「汚職は何処の国にもあります。汚職を内戦というなら、日本の汚職がらみの政権交代は内戦ですか?」と、噛み合わない。
 私「重慶の汚職はもの凄かったですね」
 彼「あれは汚職でない。政治闘争です」
 私「政治闘争とはうまいことを言う。一国を動かす規模の汚職はやはり内戦でしょう」
 彼「内戦という言葉が私にぴったりしなかったが、そうも言えますね」と、暫し沈黙の後、同意してくれた。

 静かに話すと、彼らは評論家というより哲学教授だ。

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差別と偏見

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 7日(水)06時51分31秒
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   少しナウな話題を割り込ませて貰う。

 今年の「春聯」(日本の紅白歌合戦)でのコントが炎上していた。中国人女性が顔に炭を塗り黒人女性に扮し大きなお尻を付けコミカルに演じていたのが、「黒人差別」だと。

 面白いと思ったのは、「差別でない」という反対意見だ。
 「没関係、中国人は気にしていない」と言う。
  反対者に、その認識自体が差別だという自覚がない。

 中国で暮らしていて、日常生活で何かクレームをつけると、相手に「没関係」と言われて戸惑う。「お構いなく、私は気にしていませんから」と言われているようで、振り上げた拳のやり場がない。差別は見下して行われる。

 関連して思い出すのは、「支那は差別用語ではない」という論法。
 いつだったか、日本で相撲を見ていたら、画面が国会中継に切り替わり、石原慎太郎氏が党首質問をしていた。

 彼は制限時間一杯使い、持論である「支那は差別用語ではない」を展開し、最後にこれに対し「どう思いますか?」と安倍首相に尋ねていた。
 「学問的にも国際的にも差別用語ではない。自分も差別的な意図は無い」。学識と経験に基づかれた文人論客の論旨は明快だった。しかし彼はたった一つ大きな間違いをしていた。差別された側の視点を欠いたこと。差別された側の胸の痛みを「私は没関係」と無神経に踏みにじっている。
 質問の相手も場も違う。中国人に聞くべきだ。

 率直にいう。大国中国の小国に対する差別感も根強い。大国としての優越感。それは小国に対する、もどかしさ。もっと言えば劣等感の裏返しになっていないか。
 まさか芥川賞作家の文人慎太郎氏に、中国文学への無理解があるとは思えない。まさか国文学への変な優越感があるとも思えない。
 「差別」と「偏見」の裏には、往々にして屈折した劣等感の変形した優越感があり、それが民族意識を曲げ、国家間の全ての不幸の原因になっている。

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共同開発

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 6日(火)13時18分43秒
   私は、尖閣は積極的に共同開発すべきだと思っている。

 1970年代のいつだったか、この地に地下資源が発見されて、領有権を巡る対立が顕在化した。対立点が明らかということは、いいことだ。解決点も明確だから。

 これを、変に複雑化することはない。地下資源に限って共同開発することだ。

 もう一つ明るいことがある。それは、鄧小平が提唱した「棚上げ論」である。これは賢い。日本側から見たら、現に領有権があるのに「共同開発」は譲歩だが、譲歩したらよい。譲れる物を持っているというのは幸せだ。

 かつて、奪った者と奪われた者が作った悲しい歴史をここで解消しよう。

 いまや、日中両国は世界的に経済大国だ。ここで奪い合う物はない。金持ち喧嘩せず。
 仮に軍事的価値があるなら、共同開発した平和施設でそれを無力化出来るはずだ。

 地下資源は所詮限りがある。有限の資源で、無限の平和を失う愚は避けよう。
 数百年の先、掘り尽くした跡のリゾート地に「かつてここで、日中両国が地下資源を巡り対立したことがある」という記念碑が建っているだろう。

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大国外交

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 6日(火)12時24分42秒
   最近南海諸島海域が静かだ。
 中国による、軍事基地の強行建設、それを牽制するアメリカ海軍の「航行の自由」作戦。フィリピンもベトナムも主権の侵害を強行に抗議してかなり焦臭かった。

 中国外交部のスポークスマンは、「当事国同士の問題だ」と、アメリカなど西側諸国がこの問題に口出しすることを牽制していた。

 ここは、中国が大国外交を推進している、「一帯一路」の海のシルクロードの重要部分である。もし「元」の力で当事国解決をして、この平穏をもたらしたのなら、それは中国外交の成功だ。仮に関係国の権力者に裏で何らかの力が働いていたとしても、武力の覇権で解決するよりずっとましだ。

 日本の外交は、この種の「駆け引き」が苦手なような気がしてならない。
 その典型は、リットン勧告を無視して国際連盟を脱退し、満州事変に突入させた松岡外交だ。
 「満州の共同経営」という勧告の裏で仕組まれた、アメリカの腹黒さを蹴ったのは、格好よかったかもしれないが、外交としては未熟だった。松岡洋右自身回顧録の中で「外交的敗北」を認めている。
 

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尖閣問題と井上論文

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 5日(月)19時45分47秒
   私は、尖閣は日本の領土だと思っている。
 然し両方の主張の中にそれぞれ自己矛盾がある。

 日本は1895年以来内閣公布で領有権の宣言をして、国際法上有効な領土だと言っている。それは同時に、1895年以前は日本ではないということを意味しないか。

 中国側の言い分は、明の時代から中国の領土だったということ。私は国際法の専門家ではないが、これ国際的に通るのだろうか。

 仮にこの言い分を認めたとして、1895年の日本の領有権宣言を放置したのは、主権の放棄にならないか。その後少なくとも講和条約締結のとき異議を唱えるチャンスはあった。
 中国が初めてこの地の領有権を主張した時期と、この地に地下資源が発見された時期が重なるのは、中国の主張を不透明にしていないか。

 社会科学院のしかるべき地位の人と、尖閣問題で私的な場で話したとき、彼は「日本も魚釣島を中国と認めている」と、その論拠として所謂井上論文を持ち出した。

 井上論文とは、京大名誉教授が書かれた、尖閣中国領有論である。これは間違いと私はすぐ断定的に言えた。

 この論文が間違いと言うのではなく、まず日本政府の公式見解ではない。中国領有の結論に到る「帝国主義的侵略」手法についても各論がある学術論文である。それとこの論文には、日本の実効支配の詳細が述べられている。

 第三者機関例えば国際法廷に持ち出したとき、実効支配の有無が重要な判断根拠になるのと違うだろうか。だとしたら中国側にとってはやぶ蛇だ。
 この種の問題に関する最高の権威、社会科学院も明確な定見はないようだ。
尖閣に関しては、中国のインテリが冷静なのもむべなるかな。

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靖国の本質

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 5日(月)13時38分3秒
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   私は、靖国問題は本質的に日本の国内問題だと思っている。

「近い将来、中国の要人が靖国に参拝している」という私の持論は、20年近く言い続けてまだ実現していないが、その近い将来はどんどん近付いていると思っている。この持論は願望でも予言でもない。科学だ。異常状態が平常状態に戻るだけだ。

 中国では革命教育のテーマとして扱われて久しいが、中国当局自体が持て余しているのではないか。靖国で農民の腹を膨らませることは出来ない。今や多くの中国人若者が靖国に花見に来ている現実の中で、革命教育はナンセンスだ。

 対外的にも、中国の大国としての度量と寛容さを損なっているこの問題は、今こそ中国が主導で解決すべきだ。この種の問題は賞味期限がある。
「何を今更」となってからでは逆効果だ。

 大国外交を目指している中国当局に心から提言する。一帯一路は、シルクロードの終着駅日本で完結する。そこで中国指導者がお花見をしてこそ「一帯一路」だ。そこが靖国神社であることを心から望む。

 この持論は、社会科学院のシンポジウムで述べて、「ご高見です」とは言われても、非難されたことはない。

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中国の靖国報道

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 5日(月)11時05分6秒
   関係者が公人であること。時間が経っていること。それに事件がよく知られていることなので、実名で書かせて貰う。

 2003年5月18日、当時の中国公使武大偉さんが松山に来られた。愛媛中友好協会の会長をされていた、石水伴清さんのお招きに応じて来られたのだ。
 おりしも5月3日、瀋陽の領事館で、北朝鮮からの駆け込み亡命があり、その対応を巡って、国会では「中国公安に治外法権侵害があった」など言い出す議員がおり、日中間は少し緊張があった。

 日本の外務省から公使の携帯に電話が入った。電話の向こうには、「この大変な時期に何処に行っているのですか」と詰っている雰囲気があった。
 私が「外交メッセージですね」と笑いながら言ったのに対し、公使は「中国側はこの問題を重視していません」と間接的に答えられた。

 その夜の宴席。私も愛媛日中友好協会の理事として末席に座らせて貰った。昼間のこともあり、少し軽い雰囲気で公使は私の中国感を尋ねられた。私も率直に日頃思っている靖国問題について語った。

 「中国の靖国問題に対する報道は、過激で偏っている。あれを見た中国の友人は私に、日本はまた戦争をしたいのですか?と聞くから、私はいいですね、今度は徹底的にやつけてあげましょうと答えています」と言ったら、周囲のお歴々は凍り付いた。しかし外交メッセージを巧みに使う公使は、それを理解する私のブラックユーモアを正しく理解してくれた。

 「そうなんです。私達も一部右翼の動きに過敏になり過ぎたことを反省しています」と、率直に答えられた。その所為ばかりではないと思うが、靖国=軍国主義と短絡した報道は見なくなった。

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独裁者と庶民

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 4日(日)18時38分54秒
   詩経は、孔子が編纂した周時代の詩集である。その中の「国風」と呼ばれる一編は、民間の俗謡に当たる物の集成。

「為政者は民の声を、この俗謡から求めた。それがまた詩経の母体になった」と、昔北京語言学院で教わった。

 話しは変わるが、中国の社会科学院は、幾つかあるジャンルの中で、人文科学を扱う分野があり、所謂中国の「歴史認識」はここで生まれている。

 私は平頂山事件の民事訴訟を支援する団体の方とお付き合いしている関係で、撫順社会科学院の関連するシンポジウムに何回か出席させて貰った。
 私は歴史学者ではないし弁護士でもないから、研究論文を発表するようなことは求められない。それを求められても出来ないが、断片的に意見を求められることはある。

 その中で、靖国問題、尖閣問題、南京問題関連、漢奸、移民、万人抗について私見を述べたことを順に紹介させて貰いたい。

 独裁体制は、ただ圧力釜の蓋を堅く閉ざすだけでは維持出来ない。
 中国共産党も、周王朝がやったように、民の本音を拾い上げる試みは色々とやっている。
 日本の庶民の本音も、その一つだ。

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造波抵抗

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 4日(日)10時56分19秒
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   名無し、ゴキブリ、デマネット。
 短い付き合いだったが、テーマは私が2チャンネルに抱いたイメージである。
 ここを追われたことは、私にとってはむしろ勲章だ。

 「晒すぞ!」と脅迫まがいのことを言われたが、それはむしろ望むところだ。
 誹謗、中傷、脅迫は恐れないが、無視されるのが困ったから。

 造波抵抗は、船の進行を妨げるものばかりではない。これが無いとスクリューは空回りする。彼らは「埋め立て工事」とやらの業界用語で、まず私の意見を抹殺した。私はここに存在する意義を失った。

 もう20年も前、「上海」が頭についた中国関連の掲示板があった。私は「けんさん」の名前でここの常連だったが、いつも「偽けんさん」のなりすましと、「アンチけんさん」グループに取り囲まれていた。だから書きやすかった。
 ここを去ったのは、セクハラまがいの中傷である。

 「天知る、地知る、己知る」の言葉を残して去ったのは、この掲示板の論敵でもあったが旧友でもある、この掲示板の主が真相を知っていたから。

 「古本屋の常連」さんと知り合った掲示板でも、私は敵(造波抵抗)を作っている。
 私の言うことを「違う」というのはいい。しかし彼は「どこが違うのか」という私の反論に無視したままだ。だから本論は議論にならない。
  それもいい。しかし全く場違いの「セクハラ非難」が彼の口から唐突に出たとき、私も呆然とするしかなかった。「天知る地知る己知る」の世界は弁解も反論も出来ない。またその必要もない。

  「一个巴掌拍不响」(一つの掌では音は出せない)。一人で力み返ってもしかたがない。造波抵抗を待つ。

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やらせの片棒担ぎ

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 3日(土)17時48分24秒
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   やらせと知ってその片棒を担いだら、やらせよりもっと罪が重い。

 2006年、9月30日。チベット国境近くのナンパ・ラ峠で中国国境警備隊による、越境者への銃撃射殺事件が起きた。これは時事通信でも報道された事実である。

 それが_偶然_ある登山家(ルーマニアだったかな?詳しくは失念)のビデオに撮られたという映像がネット上に流されて炎上した。
 S新聞はその炎上したという「事実」を報道した。しかしこの_偶然_はあまりにも出来過ぎていた。

 好意に解釈しょう。この記事を書いたS新聞の記者は頭が悪かった。だからこの作為が見抜けなかった。

 私が古本屋の常連さんのお招きで2チャンネルにお邪魔したのはこの時である。けんさんはS新聞の記者よりは頭が良いから、この次々に起こる_偶然_の蓋然性の乏しさに疑問を持った。

 しかし2チャンネルの人達は、素直だからこの作為に疑問を持たなかった。
 「このビデオが作為の必然ならそれこそ犯罪だ」と主張するところから議論は出発した。

 議論が進行する程、偶然性は乏しくなった。挙げ句「必然で何故悪い」と居直ったとき、彼らは自己矛盾に気がついたのである。つまり論理が破綻した。

 その後がいけない。議論のプロセスを全て抹消し、私をアクセス禁止にした。
 今回こうして、古本屋の常連さんをお招きして、僭越ながら「歴史教室」を開催することになった所以である。

 古本屋の常連さんが言われるように、中国に言論の自由は無い。しかし翻って我が国の自由はどうなのか。私の見解は先に「自由とは」で述べているので、重複は避ける。
 私を抹殺したのは、自由主義社会の代表である。

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マスコミと「やらせ」

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 3日(土)16時53分49秒
編集済
   暫く日本のテレビを見ないので、番組名を失念したのだが、NHKの時事解説番組で、解説と合わせて視聴者の意見をツイッターで紹介しているのは、まだやっているのだろうか?

 私は日本であの番組を見たとき、不思議に思ったのはあの視聴者の反応の異常な早さである。アナウンサーが喋ったとたん、まさに間髪を入れずに画面に返事が書かれる。本当にあの早さで文章が書けるのだろうか。NHKは、それをなんのチェックもせずに流すのだろうか。

 もし事前に特定の視聴者に内容を示し回答を準備させていたとしたら、これぞ「やらせ」である。仮に百歩譲って、視聴者が神業を駆使出来る人だとしたら、一般視聴者の意見とは言えない。

 所謂ネット与論という客観的意見を装った「やらせ」をやっていないだろうか。

 先日A新聞の依頼で、撫順を案内した。まずコースを説明したら、「もっと効率良く回って下さい」と言われて、私の言葉もきつくなった。「私も70年前の場所に行くのです。行ってみないと分からない場所もある。先に答えがあれば、効率という意味は分かりますが、先に答えを用意して記事にしたら、それを(やらせ)と言うのです。まず私と一緒に事実と向かい合って下さい」。

 以上は私がマスコミに対して常に思っていることである。

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