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人生に疲れました。

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月24日(水)22時13分8秒
  2010/9/2521:45:20


人生に疲れました。

どうしたらいいですか?



>>>管理人


貴方は人生に疲れたくないと云う幻想を追っています。誰でも疲れたり癒されたりしながら、人生は前に進んでいます。今の貴方には『疲れた』と云う意識の虜になっているだけです。

という事は『疲れていない自分を』知っているから、疲れたことも知っています。

疲れていない時の自分を忘れただけと言えます。自分の心の状態を見失っているいるだけです。

思い出してください、その時の貴方とは『自分の心の状態に関心を持っていない、或いは自分の心の状態を観察していない』だけです。

心の在り方そのものを追求していなかっただけです。心を病むという事は『自分の心を正常にしよう』としている事です。

心を正常にしようと云う『意識』が、正常にさせなくなっています。正常かどうかさえも忘れた時『本当は、心は正常になっています』

子供の時を思い出してください、歩く事を想像してください。人間の意識は時によって『障害になってしまいます』

野原を独りで歩く事を想像してください、自由にのびのびと歩く事を想像してください。人間の自由とは『意識していない時の事です』つまり歩く事に意識が使われていない時に、自由に歩く事が出来ます。

他人が注目する所で歩く時には、自我意識が出て自由には歩く事さえ出来ません。意識する事と、意識しないですることの違いを学んで下さい。

意識して考える事と、意識しないで考える事の差が、分らなくなっているだけです。質問があったら受けますので聞いて下さい。
 

再掲-『飽きる人』と『飽きない人』の心理を教えて

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月24日(水)22時05分8秒
  2010/12/1409:26:49

『飽きる人』と『飽きない人』の心理を教えて下さい

閲覧数:2,574



>>>管理人


2010/12/1506:00:03



『飽きる人』は物事を自分の事とは切り離して、他の事として関心を持たない興味の範囲が狭い人、或いは自分の事としても余り物事に対して関心が無い人かも知れません。

『飽きない人』は物事に対して常に興味があり、物事に対しての遊び心、或いは冒険心が豊富なのかも知れません。次から次へと湧き上がる興味の虜となって止められなくなる様なところが在ると思います。



 

管理人さんへ

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 1月24日(水)10時34分31秒
  本当なら苦労しないのですよ。医者が患者からそれを聞いた場合、
そうですかと返事するだけです。何れ分かる時が来るでしょう。
 

信用するにはあまりにも良すぎる

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月24日(水)07時36分30秒
  斎藤さんへ

『ある日本屋で、本を見て、その瞬間に治った。』という文章を見た事が在ります。私から見たり貴方から見ても『信用するにはあまりにも良すぎる 』と思いませんか。
 

信用するにはあまりにも良すぎる

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 1月23日(火)20時03分8秒
  「もうかなり昔になります、今69歳ですので42年前に鈴木知準先生のお世話になった事があります。講和という時間があって、----------------当時の症状名は『死に対する恐怖症』ですが、このために生きた心地がしなくなって『離人感』で苦しんだ事、生き難い想いがまるで嘘のように思われます。毎日を安楽に過ごせています」


どうもこの話は出来過ぎていて信用出来ない。こんな緩解の例は過去20年見たことありません。
私の経験によると、神経症を治すにはどうしても体の動きを必要とします。
体の動きなしに、単に悟りだけで治ったは、信用するにはあまりにも話が出来過ぎています。
 

森田療法に救われた方いますか?

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月23日(火)19時31分18秒
  森田療法に救われた方いますか?


>>>管理人


もうかなり昔になります、今69歳ですので42年前に鈴木知準先生のお世話になった事があります。講和という時間があって、何時も話が始まる前に『今は分からないかも知れませんが聞いて置くように、分る時が来たらピタリと分かるようになる。』と前置きをして本を読んで下さいました。

仏教の本とか剣道の免許皆伝の話とか、弓道の極意の話とかです。そうして『知的理解では治らない、或は悟りを開かないと治らない、』と口癖のように言っていたと思います。

何の話か?当時ではちんぷんかんぷんでした。2か月ほど生活指導を受けて、退院をしてその4年後に悟りを開くといった体験をした事が在ります、32歳でした。

自身の自意識が『無意識の自分の意識』と出会うといった体験でした。日記は書かないのですが、その日だけは書きました。『無意識の意識と出会った』と書いたように記憶しています。

この日を境に『ノイローゼが完治した経験です。』この日以後自分が神経症だった事とか、ノイローゼの不安障害だった事も全て、すっかり忘れ果てて、ノイローゼだった事も治った事も忘れて毎日の生活に勤しんできたと思います。

そうして39歳で独立をして商売を始めて、一応今も続けています。入院費用もかなり掛かりましたがとっくの昔に森田療法で掛かったお金の元は取ったと思います。

32歳のあの時に得た安心感というもの、或は生死の問題が解決したという事で、死に対する不安感が全くなくなったことについては感謝しています。

当時の症状名は『死に対する恐怖症』ですが、このために生きた心地がしなくなって『離人感』で苦しんだ事、生き難い想いがまるで嘘のように思われます。毎日を安楽に過ごせています。
 

吃音を治すのに有効的なのは?

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月22日(月)21時43分24秒
  取引先と打ち合わせをしている時、緊張している時は勿論、家族や仲間と話している時まで吃音になってしまったりで、どうすればいいのか悩んでいます。
吃音になると周囲の反応が微妙になるのでそれも怖いし、自分でも音が出てこなくなる感覚が嫌でたまりません。
ご存知の方がいらっしゃった教えてください。


>>>管理人


『逆説志向』というものがあります。これなら必ず治ると言われています。簡単です、貴方が吃音で話をする練習をします。たったこれだけです。

神経症は意識をする事で自分の行動の自由が阻害されて社会生活に支障が出ています。

手の震えが気になってしまった時、手が震えないように意識の力、或は意志の力で手が震えないように努力をする事です、こうする事が手の震えを招き寄せています。治療には『わざと手が震えるように努力をしてもらう方法があります。』手が震えるように努力をした場合では、手が震える事が無くなっています。

吃音も同じ方法が有効です。吃音で話をする練習をするというものです。吃音で話そうとした場合では言葉が詰まる事が無くなっている筈です。

是を毎日やっている間に吃音が出たとしても出なかったとしても、もうそんな事なんかどうでもよくなってくると思います。吃音がもうどうでも良くなった時、貴方の意識には吃音がいなくなっています。意識に吃音が上がらなくなった時点で、貴方は吃音から卒業しています。

その理由は貴方が吃音を心から受け入れた事によります。吃音で話をする練習が『逆説志向』に当たります。
 

再掲-精神科医へ行かずパニック障害を自力で治す

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月21日(日)19時56分53秒
  反響が多かったものを取り上げています。


質問日時:2012/09/29 10:26


20代男性です。内科を受診し、現在の症状がパニック障害の疑いがあると言われ、うつ病の可能性もj含めて一度精神科を受診することを勧められました。

しかし、私は精神科を受診せずに自力で治癒する方法を探しています。

一つ誤解しないで頂きたいのは、私は別に精神科に対して何の抵抗もありませんし、寧ろ一刻も早く受診したいということです。行きたくないのではなく、行けないのです。

精神科に行くことを勧められたのは今回が初めてではありません。しかし、今まで私の生活圏内にある精神科医院で予約が取れたことはただの一度もありませんでした。どこの病院に何度電話しても予約がいっぱいで、電話を何十件もかけるうちにこちらが疲れ果ててしまい、病状が悪化の一途を辿ります。

医者はそれを理解してくれません。「予約の電話をかけてみてください」の一点張りで、日本の(少なくとも私が通える範囲の)精神科が事実上機能不全に陥っていることを知らない、若しくは無視します。

私に残された道は、もう自力で治す方法しかありません。因みに私の症状は、朝と夕方の激しい虚脱感と、不眠・過眠、今まで好きだったことへの突然の激しい嫌悪等。そして、過換気症と動悸、時折それに伴う失神です。これが一か月ほど続いています(病院を探し始めてからを加えると、さらに長くなります)。

これらの症状を自力で治す方法を教えて下さい。



>>>管理人



回答日時:2012/10/02 23:53
  .
神経症が完治した経験から貴方に書いてみます、自力で治すと言う貴方の態度は『本当の意味で正しいです。』

自分の不安や悩みや疑問を『他人任せにしたところで』大事な事は、自分自身が不安の正体を見つけて、自分自身が対処しないでいる事は、長い人生では反って損をすると思います。

パニック障害は『神経症』に分類されているものですので、神経症を学ぶ中で、解決出来ると思いますので、神経症が発症するメカニズムと、神経症が完治スルメカニズムと、パニック障害から『離れる方法を書いてみますので』足りないところは、自分で学んで下さい。

神経症が発症するメカニズムは、人間の脳内に意識が二つあるためです。一つは『自我意識』つまり、『意識する自分』です、もう一つは、自我意識に情報を送っている者です。

この者を始めに説明するために、動画を載せてみますので見て下さい。脳科学者が脳の障害によって、二つの意識の情報交換の様を語っています。

URL:https://youtu.be/ldSoKfFYKqM

この場合の右脳の意識が、情報を送っている者に相当します。もう一つ人間の脳内に意識(人格)が二人いるという科学的な情報を載せてみます、ウイキペデアからです。

『”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”』

人間の悩みや疑問や、苦しみは、二つの意識(脳の機能)の食い違いや矛盾や仲違いを『漠然とした不安』として感じています。

自我意識は生まれてからの生い立ちや、学んだ事を学習しながら『言葉で考える機能』で出来ています。

是とは違って『右脳の意識は』動画で説明されている通り、何も学ぶ事無く、働いている人格です、言葉にするなら『命を働かせている人格』です。

命あるものが全て親からのの遺伝子を引き継いでいる事に通じています。生命として生じた段階から働き始める事を知っている働きの事です。植物でも昆虫でも動物でも全ての命あるものがその命を働かせている『源とも言える性質です。』

『命そのものの働き』という言い方になります。桜ならその種に備わった形でも、色でも、においでも再現出来る機能です。

ライオンはライオンとして、蜘蛛は蜘蛛として、人間は人間として身体も心も行動も、全て備わった機能として働かせている者です。

身体の機能では、心臓も肺も、ホルモンも神経系統も、学ぶ事無く働かせている機能です。

こういった機能を人間は生まれながら持っています。この機能は大まかに分けるなら、

『身体の生命維持装置としての機能』

『人間の行動を通して生命の維持をする働きをする機能』

『人間の心や精神的な働きを介して、生命維持をする機能』と分ける事がが出来ます。

ですが一人の人間の全てを引き受けている事からするなら、元から分けて考えるべきではない事柄も多々あります。それは『身体と心をばらばらに切り離して考える事になってしまうからです。』

神経症は右脳の機能の中で『主に行動面』の機能に関係しています、ですが心理面や精神面が関係していないわけではありません。

神経症が発症するメカニズムは『意識するところからです。』その意識する事柄は『自我意識が、嫌だと感じている事柄や、とても受け入れられない事柄』としているものを『意識上に上げて、否定する事から発症しています。』

貴方の場合では『とても小さな不安感』からです。貴方の深層心理(脳梁の中=意識の根底)の中で右脳からの情報が送られた瞬間に『耐えられないと判断をして、否定して心から追出しをする事が原因です。

右脳の機能は、脳梁を介して、全ての情報を送る機能がある事から、受け取ってもらえない情報を『拡大して送る機能があります。』

従がって全ての恐怖症は『右脳からの情報を受取ろうとしない事によって発症しています。』そうして、自我意識たる心が『その情報を嫌って受取りを拒否する場合では、嫌えばその嫌う程度に比例してその情報は大きく拡大されて再送される事を意味します。』

不安症害や恐怖症が発症するメカニズムです。パニック障害はもっとこの情報を嫌っている事を意味します。

不安症害や恐怖症やパニック障害は、『外部の環境が原因ではなくて、自身の心の感じ方や反応の仕方で、反応する現象です。』

従がって治る場合や治す場合は、本人の反応の仕方に変更がある場合のみです。医師が治すのではありません。飽く迄も本人の考え方や受止め方が関係しています。

神経症には様々な症状が報告されていますが『原因は一つだけです。』その原因が『意識する』です。そうして意識した内容が『症状名になっています。』

従がって神経症が完治する場合は『意識しなくなる』です。意識した内容を常に意識して『意識地獄の状態になっています。』

この意識地獄からの開放が『完治です』

完治の説明をします。右脳の意識は確かに一人の人格として働いています。自我意識が意識する事を機能として持っている事に反して、『無意識の時の人間の心と身体と行動を預かっています。』

眠る事を説明すると判り易いかも知れませんので、『眠り』のメカニスムを書いてみます。

眠るのは『自我意識ではありません』眠る場合では『自我意識は朦朧として、段々と。意識が薄れてゆくだけです、完全に意識が無くなった段階とは、無意識の自分が身体と心の支配権を譲り受けた事を意味します。』

そうして身体と心は支配権を無意識の自分が握って『自我意識は本当の意味で休んでいます。』朝になって支配権は『自我意識に戻されています。』

自我意識は自分の意識が無くなった事を意識出来ないでいます。

こういった現象は日中でも頻繁に起きています、その証拠は『意識した瞬間から身体でも手でも震えたり、ぎこちなくなった経験はありませんか?』それは自我意識が『機能としては備わっていない、身体と心と行動する機能』を行使しようとするためです。

神経症の完治とは『意識しなくなる事』と書いていますが、そのためのメカニズムは『症状らしきものを受け入れる事』です。受容れられなくて否定するために『自我意識が出たままになって、意識地獄になっているだけだからです。』

そのための方法は『逆説的志向』を学ぶ事です。

パニックになりそうな時に『もっとパニクっテやろう』と望む事です。只それだけで解消します。

聞きたい事があるようでしたら質問を下さい。

good
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斎藤 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月19日(金)09時03分11秒
  今の曹洞宗も貴方と同じことを言っているようです。悟りなどないという事です、もしもそうだとするなら、禅宗の問答とか、或は無門関などの禅の本の内容はなにを言っているのか?という事になると思います。

禅宗の眼目とする事は、ただ一事を目指していると思われます。それは『生死の問題の解決』です。この他には宗教としての目的は無くなってしまうと思います。

悩みとか苦しみとはその元をたどってゆくならば、必ず『自身の生死』に辿り着きます。自身の生死の問題が解決する時、全ての人生の悩みとか苦しみとか、疑問は解消します。この一事が禅の眼目とするところだと思います。

斎藤さんとは見方が違うかも知れませんが、そういう違いがお互いの個性を形作っていますので、それはそれでOKと考えています。
 

悟り

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 1月18日(木)20時21分46秒
  鈴木大拙が言っているね。そもそも悟りなんてものは最初からないのだと。
なら、そんな所でぼさぼさしていないでどんどんやったらどうかと言う。
ぼやぼやしていると警策が飛んでくる。
 

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