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再掲-うつ病と精神バランスを崩すの違いとは?

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 2月 5日(月)07時44分41秒
  反応が多かったものを再掲として載せています。質問日時:2014/09/09 19:28

タイトル通りの質問なんですが、うつ病と精神バランスを崩すの違いってなんですか?


>>>管理人




回答日時:2014/09/09 22:44
  .
うつ病は『自分の心を正常に戻そうとしている場合の事です。』

精神バランスを崩すとは、『自分の心を正常に戻そうとしていないながらも、おかしいと思っている状態』と思います。

処が『自分の心の正常さ』と言う課題は、何処を探したところで、そんなものは何処にもありません。こう云った無いものを探す行動や心理ですので、治り難くなっています。

人間の心の最上な状態とは『自分を忘れている時の事です。』最高な表現で言うならば、人間が天国にいる状態と表現するならわかり易いと思います。

聖書によるならば、天国に一番近い存在は『幼子』です。仏教的に表現するなら『嬰児』です。この理由を書いて見たいと思います。

幼子や嬰児が天国に一番近い存在と言う理由は『自分の心を正常に戻そうとしていない』処にあります。正常が何か?異常が何か?にさえも気が付かないからです。

自分の心に頓着する事が無いからです。この理由は『自我意識』と普通の大人が言っている意味での『自我意識』が未だ芽生えていないからです。自我が芽生えていないと言う意味は『心が一つの者として働いている状態』を指しています。

この事が崩れる事を『失楽園』と聖書は表現していますが、その理由は『自我の目覚め』にあります。自我が目覚めた場合にだけ『自分は何者か?とか、人生とは何ぞや?』と言った疑問がわきあがる様になります。

こう云った疑問が湧き上がる事を『知恵が付いた』と表現しています。その理由は『心が二つの者として働き始めたからです。

幼子の時は、人生は何ぞや?とか自分は何者か?と思考する事はありません。そう云った知恵が無い状態を天国と表現しています。

この意味は『自分の心が一つの者として働いているからです。』簡単な表現で示すなら『見ている自分』だけしか心の中に存在していないからです。その為に自分の裸を見られても『恥ずかしい』とさえも思わないことが多いと言う意味です。

それに対して、人間が成長するに伴って身体と脳が成熟して来ます。主に脳の成長におっていると思いますが、『心が二つに分かれて来ます。』このために恥ずかしいとか、疑問とかの、感情が沸き上がる様になってきます。

簡単に表現するなら、『見ている自分』の他にもう一人の自分が加わってくる事になります。新しい自分とは『見られている自分』です。

見られている自分が『自我が目覚めた姿です。』詰まり『自意識』という事になります。

こう云った関係性に気が付く人の事を『不安に成りやすいとか、神経質な人』と表現しているようです。詰まり自分自身に敏感と言う意味です。

こういった関係性を知らないで、闇雲に不安が多い場合を仏教では『無明』と表現しています。自分が自分を怖がらせている事に気が付かないでいる、と言う意味です。

是は無理も無い事だと思います、誰もこういった関係性を教えてくれる人も学校もないからです。

うつを治す医師免許を持った専門家でさえも『内因性の精神病の本態が、今日まで分っていないのは精神医学の恥辱である』と言っています、1,950年代の話です。

その後でも同じです。医師の自殺率で最も高いのは精神科医という報告もあります。心の苦しさを救うための知識を持つ筈の精神科医が『自分の心の苦しさに対処できる知恵を持たずに』他人の心の苦しさに立ち向かっているのが実情です。

そういう原因があってうつには完治とか根治が存在していないように見受けられています。

心を病むと言う意味は『自分自身の心同士が争っていたり矛盾を起したり』している事です。

人間の心の正体を科学的な証拠で示したいと思います。それは脳です、ウイキペデアからのコピーです。


『”ロジャースペリー 分離脳』
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究
ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”』

この場合での右脳の役割と左脳の役割を脳卒中の為に『体験的に体感した脳科学者の動画を載せて置きます。

URL:https://youtu.be/ldSoKfFYKqM?t=18
もし出ないようでしたら、ジルボルト、テーラ脳卒中と検索して下さい。

今のコピーでお分かりと思いますが、一人の人間には『人格が二人存在しています。』この二つの意識の間の食い違いを人間は悩みとか苦しみとして受け取っています。

詰まり欲しいとしている願望が手に入らないもどかしさが、悩みや苦しみや疑問になっている事です。


此処で話の結論に入ります。うつ病と精神バランスを崩すの違いとは?と言う問いの答えは、始めに書いたとおりです。

うつ病は『自分の心を正常に戻そうとしている場合の事です。』

精神バランスを崩すとは、『自分の心を正常に戻そうとしていないながらも、おかしいと思っている状態』と思います。


人間の心が正常に働いている状態とは『正常さを求めていない時だけです。』


精神バランスを崩すとは、『自分の心を正常に戻そうとしていないながらも、おかしいと思っている状態』と思います。

分った様で分かり難い話をしていますので、切り口を替えて説明します。

人間の心は二つの機能から成り立っています、一つは『意識している自分の意識=自我意識』ですがもう一つの意識とは『自分が無意識の状態の時の無意識の意識』です。

無意識の意識とは聖書では『神』、仏教では『仏性』と呼ばれているものです。動画で説明されている通りです。

もう少しかいつまんで説明するなら、自我意識という心を働かせている意識です。人間を内発的に突き動かしている張本人です。

恋愛と言う関係性で説明するとわかり易いと思います、この人と一緒になったら幸福に成れるのかという場面では『自我の特質である、欲とか得とか見栄が入り込まないでいた時にだけ真実の姿が見えています。』

明日のことさえ分らないのに『この人と一緒にいたい』とお互いに思えた時『二人の間で赤い糸が見えています。』自我の働きを無くして見えた時です。

逆に自我が強く働いた時『こんなはずではなかった』と時間が経つほど思うようになります。

人間は大抵の場合『自我』が出ているのか『無意識の自分の意識』が出ているのかを知る事は出来ません。何故ならお互いの関係性は『没交渉』になっているからです。

女史のような事は稀なケースと思います。ですが毎日毎日『脳梁の中では』お互いに出番争いをしています。

うつ病の場合では『自我意識』の出番が多くなってしまって、心が苦しくなっています『自意識過剰』の状態です。無意識からの交替要請が『罪悪感』に代表されるような『何処から押し寄せているのか分らない心的な圧迫感です。』

この圧迫感のゆえに尚更『自意識過剰』が続いています。出番争いに置いて『自意識が勝っている時、逆な言い方をするなら、無意識の出番が無い時』をうつの状態と言います。

心的な圧迫感による不安が強いために、不安感がますます強くなっています。

悪い状態を書いてきましたので、良くなった状態を書いてみます。

心の安定を捜し求めて来て、ついに得る事が出来ないと諦めた場合です、自我意識の万策が尽きて全てを諦めた時、右脳の意識『神』の出番が来る事になります。動画に有るとおりです。自分の身体も心も無意識の意識が占領する事になります。

心の矛盾が解消する瞬間がやって来ます、動画で語られている内容です。この体験の後では二度と『出番争いをする事がなくなります。』

この出番争いをしなくなった状態を『神の僕になる』と表現しています。

神とは右脳の意識の事です。他の言葉で表現するなら、赤ん坊が生まれる前から生命維持活動をしている働きと、生まれてから『何も学ぶ事無く、不安でも安心でも恐怖をする事さえも知っている”働き”』です。

脳梁の中での出会いを『悟る』と表現しています。是以後『自我意識』はでしゃばることが無くなるからです。見ている自分と見られている自分が合体して、『見させているう者に従う』と言う意味になります。

死が目の前に迫ったとしても、幸福感に包まれて死んでゆく事を意味します。誰にも奪う事が出来無い幸福感にです。無意識の自分=神は既に永遠からやって来て、又永遠に戻ってゆく事が分っているからです。うつが治った時には、現世的な欲とか得、地位とか名誉などや見栄などの価値観が転換する時があります。

ただ悪戯な毎日に見えていた日常が、光り輝きだして、”ありがとう”の言葉の中にさえも『幸福の種が隠れていた事が分かる様になります。

幸福を探していた事が間違いで、ただひたすらな毎日の中に幸福がいっぱい詰まっていた事を発見します。心の安定を求める事が『不安の元になっていた事』不安を受容れた時にこそ、安心が隠れていた事が分かる様になります。言い換えるなら『安心を求めない時にだけ、安心が在る』と言う事実に気付く事です。


うつ病は、探しても何処にもあるはずも無いものを求めていた事を意味します。『心を正常にしようとしない時にだけ、心は安定している事』うつの苦しみは『現実には存在していな苦しみです。』頭の中に自分の良し悪しをする心が作り出した幻でしかありません

目の前の真実の世界と『頭の中の架空の世界』のせめぎあいを、うつとして悩んでいる事を意味します

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この回答へのお礼

とても詳しい回答をありがとうございます。今後の参考に是非ともしたいと思います。ホントに心理やうつ病などって、難しい問題ですね。私は絶対に、あなたのような素晴らしくて詳しい回答なんかできません(笑)

簡単に回答してしまうと思います。
 

再掲 パニック発作を引き起こした原因について

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 2月 3日(土)18時04分53秒
  パニック障害になる前に
人と話すのが得意ではないのに、がんばって話して脳が停止するような感覚が何日かあったのですが
ストレスになってたんですかね?


>>>管理人



パニック障害の経験者で完治した経験があります。』ので、生半可な専門家よりも詳しく説明出来ます。


パニック障害の原因は、その障害を感じている人が、本人の頭の中に作り出している『幻』を、あたかも存在するものと思い込んでしまって、避けようともがいて返って身近なものにして、実感してしまう現象です。

自分で、”自分” から危機回避とか危険回避をしようとしていると言うものです。

もう一つの方面から説明します。それは、花粉症のメカニズムを使っての説明です。花粉症とは『自分の免疫機能が自分の身体を攻撃する現象』ですが、このメカニズムと同じメカニズムが働いています。

花粉症の場合では、免疫機能が『アレルゲンと認められたものが、(実際にはアレルゲンではないものに対してまで)体内に存在すると感知した場合に発動します。』そのアレルゲンを体内から排出するための防衛機構が働く事を意味します。又この間違ったアレルギーにならないものにまで過剰反応して暴走してしまうものが花粉症のメカニズムです。

『心や行動や感情』に対しても人間には『危険回避』と言った花粉症に対する身体の反応と同じ様に反応する、防衛機能が存在しています。パニック障害とは今書いた『自己防衛機能』が暴走をしてしまう現象です。

始めに暴走する原因を書いて、後で暴走しない方法とか考え方を書いてみますので参考にして下さい。

パニック障害が起きる背景を始めに説明をして置きます。分り難い事を書きますので分らなくとも良いですので、兎に角読んで置いて下さい。私の云う事が腑に落ちた時貴方はパニック障害から抜け出していると思います。只理解するには時間が掛かるかも知れません。

身体にはアレルゲンと判断する機能が存在するように、心にもそう云った判断する機能が存在しています。是を説明する為には脳の構造を説明する必要が在ります、或いは脳の機能と言ったほうが分りやすいかも知れません。

是は誰にでも備わっている機能ですが、簡単に説明します。生まれたばかりの赤ん坊を想像して下さい、生まれたばかりで何も教え込まれていない『白紙状態の脳』を想像して下さい。学問を学ぶと言う意味では『赤ん坊の脳は白紙』の状態であって、何も知らないでいると考えられますが、実際では『全てを知っています。』

その証拠は、見たものに対して安心出来るものか?、恐怖に値するものか?は教えてもらう必要がない事で証明出来ると思います。又自身の生命維持をする機能という意味に置いても、自分の生命を維持する機能を働かせる事は既に知っています。

此処で問題にしたいのは、『見たものに対して安心出来るのか?、恐怖に値するものか?』という問題です。是は母親の懐にいる時には『”安心して”すやすやと眠っている状態』を言いますが、『”安心”させている者が存在しているからです。』

言い換えるなら『自分の心=自我意識』に『外界からの情報を安心出来るのか?、恐怖に値するのか?』を教える機能が存在している事を意味します。

この教えられた情報によって『赤ん坊が安心したり、恐怖に陥ったりしています。』是がパニック障害に於けるストレスになります。心地良いものは当然ストレス源にはなりません。心地悪いものが問題になってストレス源になります。

此処まで書いて貴方の問題に触れて置きたいと思います、貴方の嗜好に対する問題点です。貴方は好き嫌いが激しい部分があるという問題です。人として生きて行く場合では、良い事も悪い事も誰にでも大体は、等しく襲ってくると考えられます。良い事ばかりに恵まれる人などいないという意味です。

処が貴方の願いは、良い事ばかりを願っていて、厭な事を嫌い過ぎている点が問題になっています。

自分が感じた『五感から得た情報をストレスとして感じるのか如何か?』が問題になっています。

話を変えて”ストレス”の意味を考察します、誰でも同じ環境の中で生きていますが、パニック障害になる人と平然としている人に大別されます、その違いは『同じ環境』の中にストレス源を作り出している人がパニック障害で苦しんでいる事実があります。

言い換えるなら、他の人がストレスにしないものをストレスとして感じている、という意味です。強い言い方をするなら『本人が頭の中にストレスを作り出している部分がある。』という意味です。

もう一つ付け加えるなら、ストレスの意味ですが、それは『受容れたくないもの全般』をストレスと表現します。ですので貴方にパニック障害の症状が出る場面では『受容れたくない情報』が貴方の心に送られている事が原因で貴方はパニック障害としての症状が出ています。

此処が大事なところです、この情報が貴方にとってのパニック障害の原因です。貴方が『受け取りたくない』と感じてしまう情報が、花粉症における『免疫機能を発動させるきっかけになっている事です。』

この情報で、貴方は防衛機制を自分の心に掛けています。つまり『逃げ出したいとか、危険回避をしよう』がパニック障害の原因と結果になっている事です。

したがって貴方がパニック障害から解放されるという意味は、『今までストレスとして受け入れる事が出来なかった事柄を、ストレスにしない、人間性への変貌が求められている事を意味します。』

難しい事を書いていますが、決して難しい事ではありません。今までのように『好き嫌い』の激しかった部分に少し、学びの部分を積み上げるだけで良いのです。

私の云う事を実践して下さい、それは『良い事に遇った場合では”喜び過ぎないでいる事、厭な事に遭った場合では落ち込み過ぎないでいる事』たった是だけです。

今の貴方とパニック障害から抜け出した貴方の違いとは、感じた事柄に対して『向きになって感情に走ってしまっているのか?或いは感情的にならずに冷静でいられるのか?』たった是だけの違いで、パニックになるかならないのかに分かれているからです。

貴方が完全にパニック障害から抜け出した暁には、『湧き上る感情(雑念)に右往左往するのか?或いは”雑念は雑念”としてそのままにして置けるのか?』の違いをマスターしています。

パニック障害とは、『只の雑念に右往左往しているに過ぎないからです。』

パニックになるような事が起きたとしても『泰然自若』としていられる事を学ぶ場として貴方に『パニック障害』という学びの場が与えられています。

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この回答へのお礼

ありがとうございます。成長できる場と思いがんばって生きていきます。
 

社会不安障害について意見を いただけませんか

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 2月 2日(金)21時29分41秒
  社会不安障害について意見を
いただけませんか?

私は社会不安障害と診断され、
克服方法について調べたり、実践したりして、
試行錯誤してきました。

が、
悩めば悩むほど迷路に入り

込むような。。。

―――
しかし、ふと思ったのです。
克服方法って、すごく単純なことではないのかと。

「大抵のことは悩むだけ時間の無駄だから、
楽しいことを考えよう!」

と考える癖をつけることが
徐々に克服に繋がるのかなと。
(これが以外に難しい。。。)


どう思われますか?


>>>管理人


貴方の書いた線で良いと思います。不安障害は一口で言うなら『不安から逃げ出したいとか、不安にならないようにしている』という意味です。

従っていつも頭の中には『不安から逃げ出すためにはどうしたら良いのか』といつも考えている事を意味します。

言い方を替えるなら『いつも頭の中の興味は”不安”でいっぱいになっています。

もっと言うなら貴方の興味は『不安を思う事だけ』になっています。不安だけが貴方の意識に上がって来て、耐えず不安を考えています。

貴方が治った姿を書いて置きますので参考にして下さい。


不安であろうと安心であろうと、もうそんな事は如何だっても良くなっています。不安とか安心には興味が無くなっていて、毎日の生活とか、何気ない毎日が忙しくなってしまって、仕事とか遊びに夢中になっていて、くよくよ考えている暇が無くなっています。

仕事も任されて頑張っています、休日には遊びが忙しくなっています。とにかく不安とか安心とかに関わっている暇が無くなっています。そんな事は如何だっても良いという風に興味の対象が変わっています。

不安になったら悪いとか、安心した方が良いという事を考えたり口にしない生活になっています。

安心したいと思う貴方の態度とか、考え方とか、行動が貴方に不安をもたらしているだけです。そういう原理は誰でも同じです、不安にならないようにする時『不安は意識に上がって来て絶えず不安を意識するようになっています。』

他の言い方をするなら、安心したい心を捨てた時不安は無くなっています。或は不安になっても良いとか、もっと不安になってやろうと決心するなら貴方は極楽に居ます。

もう一度繰り返しますが貴方の安心したいという心が、不安を呼び寄せているだけです。
 

一休さんが再び現れました。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 1月29日(月)05時51分1秒
  一休さんは斎藤の掲示板の名物男で、沢山の読者がいたと思う。彼が長いブランクを経て、
再び書き込みを開始したようです。
 

再掲-うつ病について教えて下さい

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月28日(日)22時19分41秒
  質問日時:2012/10/13 18:18

私は先月仕事をやめ、現在精神科に通っています。

具体的な症状としましては、頭の重さ、手の震え、のどの異物感、肩、首のこり、不眠が強いです。
また不安感や絶望感など精神の方も症状がありますが、身体の症状の方が辛いです。

以前からのどの異物感などがあり、色々な病院で検査してもらいましたが原因が分からず、最終的に身体を壊してしまい今に至っています。

今通っている病院は日赤の精神科です。最初にベルマックという薬を処方してもらいましたが、眠気と身体のだるさがひどく別の薬に変えてもらいました。

現在はアナフラニールという薬を10mg、朝晩の3週間処方され飲んでいます。

2週間経ちましたが特に効いている感じがしません。

このような抗うつ剤は人それぞれ合う合わないがあるため、一つずつ試してみなければならないそうですが、実際、効果があらわれた場合、どのような感じになるのでしょうか?

今は外に出ることも心身共につらいのですが、やはり身体の症状がきついです。
(特にのどの異物感)

お詳しい方どうぞお教え願います。


>>>管理人


今から30年以上前に神経症が完治した経験がありますので、その経験から貴方にアドバイスします。

貴方が学ぶ事によって『全ての症状らしきものから開放される』という方向が分かりますので、その考え方の方向性を書いてみますが、今の貴方にはわからないかも知れませんが、理解する事を期待します。

私の云う事がピタリと分かった時、貴方の症状らしきものは『貴方が頭の中に自分で作り出していた症状でしかなかった』事が分かります。そして『症状に苦しめられる事が無くなります。』完治すると云う意味です。

貴方の悩みや苦しみの本質を、深く理解する事が貴方の悩みや苦しみからの解放に繋がりますので、深い人間性への理解を学ぶ事をお奨めします。

その内容は『自分を学ぶ事』です、或いは人間そのものの心の構造です、或いは心に感情や考えが沸き起こるシステムです。

何故なら、このシステムそのものか、このシステムの構造に貴方の悩みや苦しみの原因が在るからです。

人間の心や身体や行動は、貴方のものですが、別な言い方をするなら、貴方のものではありません。この意味が分かる時、貴方の症状は貴方の意識には上がらなくなります。症状らしきものが『忘れ去られる』=『意識には上がって来なくなる』=『症状は消滅する』=『完治する』という意味ですので、『今の貴方は理解出来ないとしても、読んで置いてください。』

貴方の悩みは貴方の性格基盤から引き起こされています。その理由は、貴方が感じている事柄は『誰でも感じている事』でしかありませんが、貴方の意識性の強さによって『拡大されて意識上に上っているだけだからです。』

従がって貴方が学ぶ事は『人間の意識性』と云う事になります。

貴方の訴えている事は、昔は神経症の分類に入ります。今でも神経症やうつなどの原因は不明とされていますが、治った立場から解説するなら、『心の矛盾』が神経症や自律神経失調症やうつの原因です。

この意味を体得する事を『見性』=自分自身を知る、と形容していますが、貴方が悟りを開いた場合に『完治』するという意味です。

その理由を書いてから、どうすれば治りが可能になるかも書いて置きますので、読み進めてください。

貴方が如何して今の症状らしきものを『発症したのか?』という原因を書いて、どうしたら治るのかと、どうしたら治らないのかも書いてみます。

貴方の症状が発症した原因は、貴方の性格が神経質なためです、不安になり易い性格基盤が在るからですが、この意味を書いてみます。

その理由は人間の脳の構造上のシステムからですので、脳の構造を科学的な観点から検証してください。ウイキペデアから転載します。


『”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”』


貴方の右脳には、貴方が知らないもう一人の貴方が存在しています。その者が貴方の感情や考えを湧き上がらせている者です。この者と『意識の根底で』=『脳梁』の中で出会う事を『見性』と呼んでいます。

つまり悟りを開く場合に貴方は完治するという意味です。

右脳の意識を上手く表現している動画がありますので参考にして下さい。


URL:

この場合では『生命の維持が危うくなった事』が関係しています。自我意識は自分が死ぬ事を覚悟した瞬間が在るからです。

自我意識が全てを諦めた場合に『右脳の意識』=『命その者の働き』=『無意識を支配する意識』=『無意識の意識』が出てきて、困っている『自我意識』を救い上げるというシステムのなっているからです。

是がお釈迦の言うところの『人間の魂の救済』です。この場合の体験後では『死にも生にも』どちらにも左右されない、確かな人間の生き方が確保されます。是が『悟り』の効能です。

神経症も、自律神経失調症などの症候群も、心を病む事も『生と死』に対する不安や恐怖を『心の矛盾』として感じている事が、全ての不安の基調になっているからですので、『死を受容れる事によって』全ての悩みは解消する事を意味します。

神経質な性格とは『心の矛盾』を感じやすい性格と言う意味になります。此処で『心の矛盾』と云う事をもう少し詳しく書いてみます。

人間には『意識する自分』=『左脳に存在する意識』と、『無意識時の自分を支配している意識』と二つ意識があります。右脳の意識は『無意識の底に隠れています。』ので自我意識には、『大変分かり難い形で存在しています。

人間は、絶えず『意識する自分』と『無意識の自分』が交替する事によって、『正常な日常が展開されています。』この切り替わりや、右脳からの情報に『違和感を抱かない場合』を『メンタル面が強い』と呼んでいます。つまり積極的な人と言う意味合いになります。

是に反して、メンタル面が弱い場合を神経質な性格と言っています。メンタル面が弱いという意味は『自我意識が出たままになってしまって、なかなか無意識的な動作が出来なくなる=無意識の自分が出てこれなくなってしまう』という現象の事です。

無意識の自分が出てこれない事で、行動も身体も心も『意識的なぎこちない』自分になってしまう事によって、更に又否定的な感情に支配されてしまう現象です。

神経質な性格は『もう一人の自分』の存在に気が付いたという意味になります。『もう一人の自分と上手く同調できているために、全く気が付かない場合を』健常者や積極的な人と呼ぶ事が出来ています。

神経質な性格や、メンタル面が弱い性格の場合では、乗り越えるまでは相当のハンデキャップを背負わされている事を意味しますが、のり越えた後では『健常者以上の』健常者になります。この意味はもう二度と後戻りをしない健常者、という意味ですので『心の風邪にはもう二度と罹らなくなる。』ことを意味します。

貴方が学ぶ事は、神経症の専門家になる事を要求されています。今の精神科医は『神経症の原因を特定出来ていない人達が大半を占めているからです。』自分で学んで『自分の内側から神経症の真実を体得して、自分で治す他』道がないからです。

神経症が発症する心の裏側のからくりを書いてみます。神経症には様々な症状が在りますが、その症状には特に意味がありません。貴方の訴えている喉に対する異常感は、『喉に意識が集中している事からです。』

この意識する内容を『耳鳴り』とした場合では、貴方が喉に感じている異常感を『只耳鳴りに変更しただけ』という違いしかありません。従がって神経症の場合の症状は『只単に自分の意識を集中させたところ』に異常感を感じている事を意味しますので、どういった内容でも『症状として発症する可能性』を秘めています。

つまり『意識する事柄は如何云った事でも、症状になりうる事』を意味します。

つまり『意識性を学ぶ事が』症状を超えて何よりの学びの目標になる事を意味します。

治し方を書いてみます。治し方は『意識しなくなる事を学ぶ事です。』意識しなくなる事は、『意識した事を忘れる事です。』

意識する事を忘れるためには、症状の相手をしない事です。それは『湧き上がった感情の処理の仕方を学ぶ事です。』貴方の場合では、喉に関する湧き上がった感情を殊更に問題しているだけですので、全ての感情と同じ処理をする事を学ぶ事です。

『湧き上がった感情は全て一過性のものですが、只自分が、喉に関する情報だけの追出しを図っている事を学ぶ事』が大事です。

この意味は全ての感情『良いことも悪い事も』一過性のものでしかなかった事を学ぶだけでよい事を意味します。

字数に制限があるために結論を書いてみますが、わからない事があったら具体的に質問を下さい、具体的に答えたいと考えています。

神経症が治る場合です、症状にこだわらなくなった場合に治っています。症状が在るから悪いとか症状が無くなったから嬉しいという考えから抜け出せた時です。症状の在り無しにこだわらなくなった場合に治っています。

是は『症状を受け入れる事が出来た時です。』症状を受け入れることによって、意識には上がらなくなる事を意味します。意識に上がらなくなる場合では『忘れている事』を意味するからです。是が完治です。

この場合では『湧き上がる自分の感情に一喜一憂しない、或いは雑念に振回されない人間性の確保』が出来た事を意味します。

治らない場合です、喉の異常感を取り除く努力を『惜しまずに懸命になってやる場合です。』その努力が強ければ強いほど、喉の異常感は強まっています。一生掛けてその努力を惜しまない場合には『一生のどの異常感を強く感じている事を意味しますので、一生治らない事が保障されます。』

検査をしても何処にも異常が見付からない場合の『本人の訴えとは』本人の頭の中で創造された症状でしかありません。本人が取り除こうと『意識したために、頭の中で創造された症状です。』それは、『取り除こうとする努力の賜物です。』

今の医師は『患者と一緒になって』治らないように、一生続くように、懸命になって治らないための工夫をしています。今の精神医学の方向性は『症状の除去』に懸命になって取り組んでいますが、本当の治りは症状を受け入れる事です。

 

自律神経失調症て いったい なんなの?

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月28日(日)05時23分7秒
  自律神経失調症て いったい なんなの?


>>>管理人


人間には自動運転が既に完成されているものが在ります、身体の生命維持機能という観点から言うなら、ホルモンの調節とか血流の調節とか呼吸器の調節とか交感神経とか副交感神経とか、生命維持に関する機能全てです。

こういった機能と人間としての意識『我=自意識』が一体となって機能している場合を健常者と言っていると思います。つまり自身の身体の生命維持機能に付いて一切の違和感を持たない場合を言っています。

処が自身の生命維持機能が自動運転になっている事に付いて、疑いを差しはさむ場合があります、自分の意志或は意識の力によって、自身の生命の維持装置を働かせている者と取って代わろうとする場合です。

この場合で『自律神経』を内部から司っている者に疑いを持って自分の意志とか自意識で自律神経を司とろうとしている場合に『自律神経は自動運転が出来なくなってしまいます。』この場合を自律神経失調症と言っています。

こういった人間の生命維持機能の中の自動運転の中で、過度の意識を腸とか消化器に向けて自身の持っている自動運転機能を阻害する場合を『難治性の腸症候群』と呼んでいるようです。

どちらの場合でも如何なる精密検査をしても異常が見つけられないでいる様です、何故なら身体機能の異常ではないからだと思います。原因は『意志或は自意識』の力で、自身の身体の生命維持機能に疑いを持つ事によって、自動運転が出来難い様になっているからだと思います。

自身の内部観察が過度になってしまって、健常者と違うと言われる現象が他にもあと二つ程あると思います。どちらの場合も『自身の自動運転者を疑う場合です。』

他の自動運転者とは、行動を通じての生命維持機能を働かせている者と、心とか精神活動を通じて生命維持機能を働かせている者と言ったら良いと思います。ですがこう云う風に三つの機能に分けて考える事は便宜上であって、実際の人間としての生命維持機能とはこの三者が一体となって働いていますのでお互いにかぶっている症状に苦しむという場合もあるようです。

行動を通じての自動運転者を疑う場合を”神経症”。心や精神を通じての自動運転者を疑う場合を”心を病むとか精神を病む”と表現しているようですが、共に自律神経失調症とも被っている部分があるようです。

この被っている部分とは『違和感とか、罪悪感に代表されるような、何処から押し寄せているのか訳の分からない漠然とした不安感、或は圧迫感』だと思います。

病名も症状も全く違っていながら、発症の仕方も治る工程も、或は治らない工程も、同じくしていると思います。治る場合のキーワードは『自分を忘れる=没我=無我』だと思います。

或は治らないキーワードは『我を張る=我が出る』

治るキーワードは『我を捨てる=欲を捨てよ』だと思います。言葉を替えて表現するなら『欲しがらないで手に入れよ!』になると思います。

自分自身を、或は人間を、或は人生を学んで、達観出来る時、多少は分かるのかも知れません。

補足として書いて置きたいと思いますが『漠然とした不安感』とは、外部から押し寄せている訳ではなくて自分自身からの信号です、それも『自動運転者』からのものです、その自動運転者は自分の心の中に存在しています、それも無意識の中に封印された形でです。

その意味するところは『交代要請です。』或は救いの手が差し伸べられているという意味ですが、分かるまでは嫌なものと勘違いしているようです。
 

再掲-意識しないと呼吸ができないことがあり苦しいです

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月28日(日)03時57分44秒
  意識しないと呼吸ができないことがあり苦しいです。息をしっかりはけるようになる良い方法があったら教えてください。

以前から不整脈(心室性期外収縮 頻発 日常生活に問題ないと診断)があり、1年くらい前から、不整脈が起こるたびに息苦しさ、胸の苦しさを感じていました。また、動悸を感じるようになり、呼吸も意識しないとできないような感じ(呼吸のしかたがわからない)がありました。

今はだいぶ改善され緊張感や動悸も少なくなって入るものの、呼吸が浅いせいか苦しさは残っています。
例えば
①話をしているときに息を止めているような状況になっている。(吸ったまま息があまり出ていないような気がします。)そのため、話をしていて苦しくなる。
②落ち着いた状態で腹式呼吸をしても長く息をはけない。(鼻呼吸の場合も口呼吸の場合も、長く息をはいていられません)
③まずは息をはききることが重要とはわかっていても、息をはく段階ですぐに苦しくなります。(もともと吸った息が少なく全部息をはききれているのか、それともどこかに残ったままなのかもわかりません)

水泳やランニングをしていたので心肺機能が特に弱いわけではないと思います。

どのようにしたら、呼吸がうまくできるでしょうか。特に息をはくために、アドバイスお願いします。


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>>>管理人

2011/4/1820:28:57



本当は貴方の身体に『息をする事を任せた方が正解です。』人間は『自我意識』が身体と心を支配しようとする事で『異常を感じてしまう場合があります。』

神経症などは良い例です。自分の心、或は自分の意識が字を書こうとする場合がありますが、この場合には両手で字を書こうとしても字が書けなくなる場合があります。

話をする場合でも『自我意識』が言葉を喋ろうとした場合、『口が自由に動かない場合があります。』この事を吃音と言います。

眠る事一つ、とっても『自我意識のみで』眠ろうと頑張る場合があります。自我意識のみで頑張る場合、頑張れば頑張るほど『眠りからは遠ざかる場合があります』この場合を不眠症と言っています。

不眠症を治す場合、眠る事にこだわらなくなると治ります。『眠れなくともいいや』という心境になった場合には、ぐっすりと眠る事が出来ます。

字が書けなくなった場合にもいえます。『自我意識が』字を書くことを放棄した場合、以前のように自由に字が書けるようになります。

吃音の場合も同じです。『自分の意思の力ではもう無理』と分かった時から、『自分の口は自由に話が出来るようになります』

この意味するところは、人間の身体も心も『自我意識のみの生活では』成り立たない事を意味します。では自我意識が出ない時とは何時の事か?を書いてみます。

結論から言うならば『自我意識が出ていない時』です。是はメンタル面の強化と云う事を説明すると分かりやすいと思います。

ここ一番という時の事です。人が大勢見ていたり、優勝が掛かった『心のプレッシャーが掛かった時』の事ですが、『自我意識が出ない訓練をする事を意味します。』

自我意識が出ない状態とは、『無意識の自分に任せた状態』です。言葉を替えるなら、『我を忘れた状態です』それは、貴方の場合なら『息をすることを忘れた状態です』

吃音の人なら『話しをする事を忘れた状態』です。字が書けなくなった人の場合なら、『字を書くことを忘れた状態』です。

眠れなくなった場合には『眠る事を忘れた状態』と云う事になります。

人間の心は自我意識の他にもう一つの要素が在る事を意味します、それは『無意識の自分』と云う事になります。

貴方の場合は『無意識の貴方』と仲違いしている、或は共同歩調が出来難くなった状態を意味します。

貴方が治ったときの事を書いてみます。貴方には『息をする』と云う事が意識出来なくなっています。それは意識して息をしなくなったからです。その事から『不安がなくなっています』

それは『意識しないと呼吸ができないことがあり苦しいです。』と云う事を受け入れたことによります。

神経症などで『症状』となっている事柄は、『自分の分別意識が受け入れられない事』が意識に上がっている事を意味します。

神経症になる事自体が、『深い人間性の現れ』と表現出来ます。何故ならば『他の人が気付かない事に気が付いた』という意味が在るからです。

心の矛盾を『違和感として抱いてしまう事が』神経質という意味になっています。不安になり易いと云う事は自分の心に、他の人が気付かない何かを見つけたという意味が在るからです。

神経症を学ぶ事が有効と思います。吃音でも不眠症でもその原理が分かる時、自分の秘密も分かります。禅などもその気付きの為には有効かもしれません。

神経症を学ぶばら鈴木知準先生の本をお勧めします。禅を学ぶなら鈴木大拙博士のものが良いと思います。

この御二方のお陰で神経症が完治した経験が在ります。



質問した人からのコメント

2011/4/21 01:08:59


降参 大変詳しくありがとうございました。お勧めの本、とても興味深いです。読んでみようと思います。
 

再掲 面壁九年の末、悟りを開いたという少林寺の開祖・達磨大師とお釈迦様が悟りを開いた

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月27日(土)07時26分20秒
  面壁九年の末、悟りを開いたという少林寺の開祖・達磨大師とお釈迦様が悟りを開いたというのは同質のものですか?それとも異質ですか?
達磨は仏陀にはなれてないのですか??


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>>>管理人     2011/6/1521:52:17

誰でも悟りを開く可能性を秘めています。ですが心や身体が本当に健康な場合『もう既に開いている事を意味しますので、新たに悟りを開き難いと思います』

悟りを開くための条件は『心に違和感や悩むや苦しみや深い疑問』を抱えていた方が達しやすいと思います。

その訳はお釈迦の言っていた『一切皆苦』の中に在ると感じます。一切皆苦という意味は、『心が苦しい状態』を指しているからです。もっと言うならば『意識地獄』を想像して頂いた場合、判ると思います。

現実には存在しない不安を抱えている状態です。それは現実にはない架空の世界を頭の中に『自分で作っている事を意味します。』

現代にもそういう架空の世界で苦しんでいる人達は沢山存在しています医師の元に通っている人の中にも沢山存在しています。

例を挙げるなら、『身体』が悪いといって診察を受けた場合『何処にも異常が無い事が分る人』の中で心配をして、今度は精密検査をしてもらう場合ですが。ここでも異常が見つけられない場合でも、その心配から離れられなくなる場合です。

何処にも異常が無い場合、心の中で、体の健康に違和感や疑いを抱いて、体の異常を感じています。この場合自律神経失調症と診断されます。

『自分の行動に疑問や疑いを抱いて』自分が行動出来なくなって、医師の元へゆく場合があります。神経症の場合ですが、この場合にも精密検査をしても、体にも心にも異常は見つけられませんが、本人のみが『違和感』を主張しています、そうしてその主張する事がその『病名と』診断されています。

自分の心の健康に疑いを抱いたり、違和感を訴えて行動できなくなる場合があります。この場合にも脳の検査をした場合、異常は見つかりません。目に見えないものをストレスと感じて、そのストレスにさらされていると解釈できますが、本人の頭の中でその不安は作られているとも解釈できます。

いずれの場合も、本人は検査をしても異常が無いにも拘らず、『異常な感覚や違和感や不安を抱えています』

この不安を『一切皆苦』と言っていたと思います。今上げた現象は、実は何処(身体も脳)も異常はない事を医師は知っています。本人達がその異常な感覚から抜けられなくなっています。その感覚から抜ける事を医師に懇願して『薬』が処方されています。

ですがその感覚こそ『一切皆苦』と云う事を意味します。その状態は症状こそ違ったり、その訴える事の詳細は違いますが、『意識地獄』を醸し出しているからです。

今書いた病名が違う病気と判断されているものには共通点があります、『心を圧迫される感覚、生き難い想い』です。或は漠然とした不安と言うものも共通項となっています。或は罪悪感と言う言い方をする人も居るかも知れません。

この状態を『一切皆苦』と感じてお釈迦様は出家したと想像出来ます。この状態は『自分自身の心に矛盾を感じている事』を意味します。何故なら『絶えず自分自身の心に争いが絶えない、或は心が騒がしい状態』となっています。

この生き難い想いからの開放を『悟り』と言います。人間には『自我意識と共に働いているものが存在しています』言葉に表すなら『無意識の時の自分』です。心の矛盾とは『意識する自分』VS『無意識の時の自分』が協調し難くなっているからです。

無意識の自分は、命そのものまでも働かせています。心臓や肺やホルモンや、胃や腸など全てを働かせています。自我意識に対しては『腹が減った事や喉が渇いた事など全ての事柄を脳梁を介して送っています。』

高い所にいる場合に感じる『あの感覚』はその者からの情報を受け取ったためです。スピードを出し過ぎた場合にも教えています。人に会った印象も教えています、言い換えるなら人間が五官から入る情報は、その者からの情報を元にしています。

ですが人間が『自身に湧き上がる感情』に好き嫌いを言って、受け取りを拒否する場合があります。その好き嫌いを言って『受け取らない事が』違和感や恐怖症の原因となっています。

高い所の情報の場合を高所恐怖症、人に会った時の情報の場合が対人恐怖症、と言う意味になります。湧き上がる只の小さな不安と言う情報を受け取ろうとしない場合、高所恐怖症と同じで、小さな不安が拡大されて恐怖症になっています。それが不安恐怖症と云う事になります。

その拡大された大きな不安をさらに拒否した場合が『パニック障害』と言う舞台裏です。

その湧き上がる感情が湧き上がる情報の『送り手と、意識の根底で出会う事を=見性』と言っています。

今までの不安が、その根底から氷解してゆく事を意味します。『今までは不安に包まれていて、身体中に力がはいっていいました。肩にも首筋にも、いつも力を入れて生きてきました。

自身の働きとの出会いの瞬間に、体中の力が抜け落ちます、それが『心身脱落、脱落心身』と言う現象です。

それ以後生きる事に力が要らなくなります。自然と力が入っているからです。心が争う事がなくなります、心は静寂を保ち続けています。死ぬ事にも、生きてゆく事にも不安がなくなっています。その心境を『生死の問題が解決した』=『涅槃』と呼んでいます。

誰でも、意識の根底で毎日その者と出会って交替制を守っています。その心境を語る言葉です『今更お前は誰かと聞く必要など無かった』誰も本当は知っています。

今書いた障害を持つ場合自分の働きに出会う『見性』をした場合、寛解を通り越して『完治』した事を意味します。
 

再掲 心理学に詳しい人に質問なんですが、メンタル

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月26日(金)22時31分24秒
  2011/10/221:14:29
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心理学に詳しい人に質問なんですが、メンタルの強い弱い人の根本的に違う所って何ですか?ぜひ教えて下さい!!



>>>管理人



2011/10/320:55:12

人間の脳の機能から説明すると分かり易いと思いますので、簡単にその記事載せてみます。

”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”

メンタル面が強いと言う場合「自我意識がでしゃばらないように出来た場合」です。言葉を替えて言うなら「無意識の自分のままでいられる場合」です。

メンタル面が弱いと言う場合「自我意識のみで」行動したり考えている場合です。自我意識のみでの行動を、主に「神経症」と分けてあると思います。

自我意識のみで身体の心配をする事を「自律神経失調症」と言う理解で良いと思います。


自我意識のみで「心のあり方」の心配をするとき「心を病む」と解釈出来ます。

意識と無意識は交替制を守りながら「健常者」と言う人達は成り立っています。その交替制に疑問を持ったり、疑う場合に先に書いた症状や病気と言う状態になります。

聖書の中で神に疑いを持つ事、或は知恵が付くという事が天国からの追放に当たるという事を意味しています。無意識の自分が『神』に相当します。赤子の様に嬰児の様に心が一つの者として働く事が天国に相当します。

この状態とは『自分が無くなった状態の事です。=没我、或は無我という状態を指しています。』
 

頭と顔の不快なヒリヒリ感しびれに悩んでいます

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月26日(金)22時10分40秒
  2010/8/2322:57:54


頭と顔の不快なヒリヒリ感しびれに悩んでいます。
でも明らかに精神的なものなので頭痛薬など飲んでも効きません。

何故精神的なものと断定出来るかというと頭や顔がヒリヒリすると頭に浮かんだだけでヒリヒリとしびれ出すからです。

意識すればするほど催眠術にかかったみたいにどんどん痺れが酷くなって何も手につかなくなるくらい苦痛です。

寝る前と起きた時が特に酷いです。
ここ何年も心からリラクックス出来ていません。

どうしたら軽減できますか?


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>>>管理人




人間の心理を学ぶ事が良いと思います。貴方とは違う障害を持った人の事を学ぶのです。そうしてその深層心理には共通点がある事を学ぶ事です。そのためのヒントを書いてみます。

始めに神経症の幾つかの症状を並べて見ます、全てに共通する点を見つけてください。

書けいと云うものがあります、症状は、書こうとした時に、手が自分の自由に動かなくなる症状です。自由にならない事から、今度は両手で字を書こうとしますが、ますます、自由が利かなくなるという現象です。

吃音と云うものがあります、話をする時に、噛んでしまう事です、ままなくともいいます、うまく口が動かなくなる症状です。同じ言葉しか出なくなって、次の言葉が(頭では分っているのにも拘らず)口をついて出てこなくなる現象です。うまく話そうとすればするほどうまく行かなくなります。

対人恐怖症と云うものがあります。人に会う時の、微妙な感じを、嫌いになって人に会えないと思ってしまう現象です。或いは人に会ったら、よい印象で接しようとして、返って変になっていると思い込んで、人に会えないと思い込んでしまう事です。

上がり症と云うものがあります、上がった経験、となって、上がる事に、不安を抱えてしまって、上がらない工夫をして、うまくゆかなくて、返って上がってしまう現象です。

まだまだ、数え上げたなら、数限り無いほどの症状が在ります。

今書いた、異なった症状を、今の精神科医達や、心療内科の医師達は、それぞれの症状別に、違う原因で起きている症状として分類をして、違う処方をして、違う療法を薦めていますが、分類を分けること自体が大いなる誤りです。何故ならば、原因は全く同じところに有るからです。

精神的なものは、個人個人が、自分でけりをつけてゆかない限りは、本当の解決は難しい面があります。貴方の場合には貴方なりの解決を『自分で見つける』と云う次元です。自分の安心を他人任せにしたところで、又人に頼らなければ』ならくなってしまうからです。

今書いた症状に共通した事のヒントを書いて見ますので、自分で学んで下さい。そのヒントとは『意識する事』です。この意識する事が分るなら、鬱にも対応できますし、自律神経失調症にも対応できます。その他心身症と云うものもわかります。

全ての症状に共通する事とは『意識する事』或いは『意識すると処』に在ります。貴方の場合で云うならば、意識した処が『頭と顔の不快なヒリヒリ感しびれ』という事になります。

他の話で説明するなら、『息がし難い』と意識した場合に、過呼吸と云う事です。息がしずらいと、意識をした状態でいた場合には、本当に息が出来難くなります。字を書こうとして書けなくなる場合と同じです。

そういう意味で『人間の心理を学ぶ事』をお勧めしています。人間が『自我意識単独で』やろうとした場合には、返って出来なくなる場合があるという事を学ぶ事が大事になります。

今の貴方の場合は、自分の体と心ですが、自分の体と心の関係でも、はっきりと分かるなら、人生に付いてもわかる様になります。それは『欲しがらないで手に入れる』という事です。お金でも地位でも名誉でも、欲しがっている間は手に出来ない原理が人生には働いている事です。

自分の口でさえも、自分の好きに働かそうとした場合には、自分の自由にはならないかも知れないと云う、現実があります。そうして異性に対して、あの人と仲良くなろうと意識した場合には、遠くに行って、去ってしまうと云う現象になってしまいます。欲しがらないで手にするための原理原則を、学ぶ事と、自分自身の体や、心を自由自在に働かせると云う事にも、全てに共通しています。

答えを書いてみますが、分るまでに相当時間が掛かるかも知れません。それは『捨てる事を学ぶ』という事です。

「寝る前と起きた時が特に酷いです。ここ何年も心からリラクックス出来ていません。どうしたら軽減できますか? 」

と云う答えは、『安心する心を捨てる』という事です。是はジレンマの解決です。言い方を替えるなら『心の矛盾の解消です』

貴方が意識する事は『安心出来ていない』と云う不安感です。或いは安心したいと云う意識です。その意識が出てしまって返って貴方の不安感を呼び寄せています。

『どうしたら軽減できますか? 』と云う答えは、安心したいという心を捨てる事です。貴方の安心したいと云う心が『安心できない』不安を呼び寄せています。貴方が安心も不安も捨てた時(忘れた時)貴方は安心に包まれています。

その時とは、貴方が我を忘れて、何かに打ち込んでいる時の事です。




質問した人からのコメント

2010/8/24 06:15:18


逆の発想ですね!
分かりやすく大変為になりました。
混乱しそうになったらまたこの回答を読み返したいと思います。
有難うございました!

 

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