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40代半ばのおっさんです。 極度の緊張による

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 1月15日(火)18時59分49秒
  40代半ばのおっさんです。
極度の緊張による多汗で非常に悩んでおります。

会社の中で数人の前での発表だけや(大勢いたら最悪です…)、自分の中で心許せる人以外(仕事上のお客さんや会社の中であまり関わることがない人)などと話すことになると、突然 心が不安定になって顔から汗が止まらないことが多発します。 事前に発表など分かっている場合は、現実からすごく逃げ出したい気持ちにかられます…
そんななか、話しているうちに気持ちが通じていることがわかったり、話しやすかったりすると一気に症状がおさまるのですが、不安が出てくると寒い冬でも顔や頭から汗がダラダラと止まりません。 この状態になると、頭の中は真っ白で全く機能していな状態です。
慣れや自分が人より優位であると思っているときはそういう症状は全く出ませんので、精神的疾患であるだろうと思っています。 こういったものは治療や薬で改善するものでしょうか? 何科を受信すればよいか、または医者に行かなくても改善出来る方法があるかアドバイス頂けないでしょうか。 切実に悩んでおります。 単に心が弱いだけだということ思うところはあるのですが、どう対処していいのやら… よろしくお願い致します。



>>>管理人


神経症と言った分野を学ぶ事が良いと思います。神経症(ノイローゼ)という意味ですが、様々な症状が在ります、上がり症とかが貴方に一番近いものかも知れません。

簡単に思い起こされるものに、吃音や書痙が在ります。これらの症状は全く違う様に見えていますが、辿ってゆくと全く原因が同じになっています。

意識のし過ぎによって、上手くゆかそうとすればする程『自分の意に反して、反って反対になって行く事が特徴です。』

人前でどもらないように気を付ければ気を付ける程、どもりが激しく出てしまうようになります。

人前で上がると嫌だと思う時には、思うほど上がってしまって頭の中が真っ白になってしまうとか。

人前で字が書き難くなったので、家に帰って一人になって字を書いてみましたがやっぱり字が書き難かったので、困ってしまって両手で字を書いてみましたがやっぱり書けなくなって途方に暮れてしまうと言った症状になるのが書痙です。

自分の意に反してうまくゆかなくなると言った現象が症状名になっています。書痙の例で手術の場合で手が震えて困っていた医師が、ここ一番と言った手術の場面で『手の震えを抑えようとした場合に、手の震えがますますひどくなってしまって困ってしまって』医師を止めてしまう例さえもあるようです。

神経症の場合では吃音などが良い例ですが、発生の練習とか、国語などでの読み方教室などでの授業などを真剣に受けたところで良くなる事があまりないという事が言われています。

スポーツなどでは、考える事が無くなる程、無意識で行えるようになる程、練習をした場合では、確かに上達をしてうまくなると言われていますが、吃音ではうまくゆかないと言われています。

人間の意志の力ではどうにもならない現象を『神経症』或はノイローゼと言っているようです。

処が神経症の原因は未だに分かっていませんと言った医師もいる様ですが、神経症の原因は分かっています。その原因を取り除く事が出来たなら神経症には完治というものがあります。

神経症の原因は実に簡単な事が原因です。それは人間だからです、昆虫や動物には多分ないと思われます。中国のことわざにムカデがどっちの足から歩くのかを考え始めたら、足がこんがらがって歩く事が出来なくなった。というものがあります。

こんなものだと思います、自分の考え方によって自分の動きが制限されてしまうという事を意味すると思います。余りにも知的に、合理的に生きようとしている結果と言っても良い面もあるのかも知れません。

神経症の原因は、とても簡単な原理が働いています。ですが大抵がその原因を見破る事は出来ないかも知れません。

①=人間の脳の構造が二重構造になっている事が原因です。

②=或は人間の心には二つ心がある事が原因です。

始めに脳の構造(機能)という事を説明します。科学的なデータです。大人の脳の(構造)機能が分かる文献とになっています。

ウイキペデアからです。

”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”



こういった脳の機能分化が完成する時期は思春期頃のようです。聖書で言うところの知恵の実を食べたとされて、自分の裸をイチジクの葉で隠したとされたころと一致しています。

何故かと云うと、脳内に意識が二つ芽生えて『我』と『汝』と言った関係性が現れるからだと考えられます。他の言い方をするなら、『見ている自分』と『見られている自分』という風に自分が二つに分裂を始めると言っても良いのかも知れません。

もう一つ資料があります、脳卒中になってしまって『右脳としての自分』と『左脳としての自分』を共に演じている脳科学者の動画です。この中で語っている言葉が印象的ですので注意をしてご覧ください。

それは、自分が死んで行く事を自覚した時の事です。この体験こそが『見性』=『悟りを開く』と言った宗教体験かも知れない事を示唆していると思います。



URL:https://youtu.be/ldSoKfFYKqM


先ほどの神経症の原因を書いてみたいと思います。一人の人間には脳の機能が二つあると思います。一つは『自意識としての機能です。』是は生まれて来た時からの記憶をとおして学んでいる心(顕在意識)と言ったところだと思います、それも言葉として記憶していると言った特徴を持っています。そうして言葉の特徴は有限を理解しているという特徴があると思います。この意味は永遠とか無限は理解出来ない事を意味しています。

その機能は、身体も心も支配していると勘違いしてしまっているところだと思います。そうして世の中の見方でさえも『自分の”我”』と言ったフェルター(色眼鏡)で世の中を見ている事だと思います。

もう一つの脳の機能は、自分の生命活動を全て支えている機能です。この脳の機能は言葉は理解出来ない事が特徴だと思います。しかしながら人間の思考から行動から感情まで全てに渡って影響力を発揮している事です。おまけに生命の危険な時(緊急時)においては自意識に取って代わっ、て身体も心も支配する場合があります。又決まりきった行動をする場合等では、自意識に替わって自動運転と言った無意識化での行動を支えています。疲れる事のない持続的な行動を支えていると言った意味です。

さてソロっと結論です。神経症の原因とは『意識』=『左脳の人格』VS『無意識の自分』=『右脳の人格』との仲違いとか、交替制の不調だと思います。

処で神経症の治癒を目指す場合では、症状の改善から手を付ける事は治り難い事を意味しています。症状が気に入らなくて、気になってしまって、その症状の除去に自分の全てを掛けてしまっているからです。

神経症になるという意味は『症状に意識を集中させて、症状の除去に夢中になっている現象』ともいえるからです。その症状の除去の努力が『意識地獄を継続させている原動力』になっている事を意味しています。

逆説的な言い方をするなら『症状を気にするよりも、今現在における自分のやるべき事』に集中して、プレゼンならプレゼンの準備とか対応とかに全力で取り組む事です。

神経症の原因は意識する自分『顕在意識』では上がるとか上がらないとかに対処出来ない事を知る事だと思います。

先ほどの手術に挑む医師の取るべき態度なら、自意識が自分の手を動かす事が出来ないと知って、自分が手術する事を放棄して、無意識の自分に全てを任せる事だと思います。この意味は『自意識で手の震えを止めないようにしているだけです。』ただそれだけで手の震えは収まると思います。

たったこれだけの事で全てが収まると思います。

今の貴方に忠実にアドバイスをするなら、『不安が出てくると不安が出てくると寒い冬でも顔や頭から汗がダラダラと止まりません。この状態になると、頭の中は真っ白で全く機能していな状態です。』と言った場合では、不安が出てくると寒い冬でも顔や頭から汗がダラダラと出るのを止めないでいるだけでOKとなります。

嫌な事が起ころうとしている事に対して『全て良し』と肯定するだけでOKです。

貴方が否定するところから全てが貴方にとって嫌な事が始まっているだけです。

書痙の場合の手が震えると分かった時点で、もっと手よ震えよ!と努力するなら手の震えはピタリと治まります。

貴方なら『頭の中は真っ白で全く機能していな状態です。』となったなら、もっと頭の中よ真っ白になれ!と思うだけで治まっています。もし治まらないなら『もっと頭の中よ真っ白になれ!』という想いが弱いだけという事を意味します。

神経症の症状に対する対策はこの「逆説志向」と言う方法が必ず効果があると言われています。

何時か貴方が神経症を本当の意味で完治した時には、もう症状といったものに恐れを抱く事が無くなっています。そうして症状だった事柄でさえも詳しく記憶していないかも知れません。

自分には在ってはならない状態=『症状』を毛嫌いする事によって、頭の中に症状を作り出しています。その症状を追い出したいがために『意識地獄状態にまでなってしまって』何時までも症状となっています。

症状が在っても無くても良くなった状態は、好きとか嫌いで世の中を見ていた時と違って、良い事も悪い事も分別しなくなっています。

楽をする事が良くて、苦労をする事が悪いと言った考え方が貴方を苦しめていた事になります。もっと苦労を下さいとなったなら、貴方には苦労そのものさえも無くなっています。
 

心気症を克服された方いらっしゃいますか? 簡

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 1月14日(月)19時11分44秒
  心気症を克服された方いらっしゃいますか?
簡単に治るものではない思いますが、克服したいです。
ネットでの検索もやめたいと思いつつ、やめられないのはやっぱり意志の弱さでしょうか。


服に向け一歩進めるよう、おすすめの本、映画、または考え方やアドバイスありましたら、是非教えていただきたいです。

ちなみに当方ど田舎ゆえ、精神科や心療内科には通えません。
読んでいただきありがとうございました


>>>管理人


心気症はノイローゼとか神経症と呼ばれていたものです。メカニズムとして詳細を述べるなら、貴方本人が『心の中に在ってはいけないものとして排除したいと思っている事柄が症状に当たると思います。』

心配する事を悪い事として、心配しない自分を求めている状態と思います。心配する自分と心配しない事を目指している自分との葛藤が在って、絶えず頭の中が心配でいっぱいになっている意識地獄の状態になっている事だと思います。

心配しない自分を希求する事で、心配する自分が意識全体を占めていると言った状態でしょうか。

神経症の場合では『症状の改善』を求める事が最大の関心事であって、最大の願いになっています。この事が神経症が治り難い大元を構成しているようです。

貴方の心気症から解放される実態は、実際に治った場合では心気症からの解放が嬉しくもなんともなくなった状態です。

心気症から解放されなくとも良いと思う時が治った事を意味しています。

分り難い書き方になっていますが、神経症の場合での症状は、様々ありますが『治し方は皆同じです。』吃音とか書痙とか強迫行為とか数え上げたなら数限りなく存在しています。処が発症するメカニズムは一緒です。従って症状別の治し方は効果がありません、逆に症状の軽減と言ったアプローチの仕方は逆効果になると思います。

書痙といったものを例にして説明したいと思います。他人が見ているところで字を書こうとした時に、違和感を感じてうまく書けない気がして、家に帰ってもう一度書こうとしますがなかなか書く事が出来なくなっています。困ってしまって、今度は両手で字を書こうとしますがやっぱり、上手くゆかなくなって大変困惑しています。

字が思うよに書けなくなっている状態です。ある医師の話ですが手術中に手の震えが気になってしまって、手が震えないように気を付けたところもっと震えだして今度はどうしようもなくなったという話があります。その為に医師を止めようと言った話にまでになったという事です。

ここ一番と言った時に『思う様にしようとしたら、意に反してあってはならないと言った状態になって困惑している状態』という事になっています。

貴方ならうまく上手に仕事をこなして褒めてもらいたいところですが、意に反して心配事で頭が一杯になってしまって『とても仕事を続けていられない状態になって困ってしまった状態』と言った事かも知れません。

神経症の常ですが、『うまくゆかそうとした場合に限って、特にうまくゆかない現象』として現れている事が多いと思います。

神経症の克服では、深い人間性の理解と言ったアプローチの仕方が大変有効だと思います。その為には禅を学ぶ事だと思います。私の場合は鈴木大拙博士の著作集を読んだ事でした、買い込んでから約4年後に治った経験が在ります。

神経症の発症の原因は『心の矛盾とか対立とか分裂』が多いに関与しています。ですので『意識』VS『無意識の自分』と言った関係性が分かるなら確実に治る事が出来ます。

自意識が『自身の中の本当の自分=真我』と出会う事が悟りという意味ですが、講習会にてその出会いの手助けをしていると言った講習会が在ります。此処に載せて置きますので参考にして下さい。

これがアドレスです。

https://www.shinga.com/?gclid=COLLxIC8iqECFYsvpAodsUzuOg

 

再掲(2012/12/208:37:35)心理学の研究のための質問ですが、恋愛感情を

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 1月12日(土)11時57分14秒
  再掲


読者数が多いので載せてみたくなりました。


心理学の研究のための質問ですが、恋愛感情を消す方法を教えてください。。。
また、恋愛感情をダメージが少なく消すことに成功された方は、体験談を教えてください。。
よろしくお願いいたします。。。



>>>管理人


恋愛感情を消す方法や、現実に起こった嫌な経験や、感情や考えを『消そうとする場合では、反って意識に上がってしまって、意識地獄の状態になります。』

人間の意識性を学ぶことで解決する問題と思いますので、『意識する』『意識をしない』事に付いての考察を書いてみます。

『恋愛感情を消す方法』を求めている場合では、失恋の痛手を忘れたいと言う思いがあります、その理由は『失恋した事を受容れたくない』と言う思いです。現実に起きた自分自身の人生における『現実を拒否しようとする事』に当たります。

失恋をしたことによる『心の痛み』を忘れたり、感じないようにする一種の防衛機制が働く事を意味します。

この防衛機制の外し方が、貴方の学びたい事と思いますので、その線で書いてみます。

防衛機制の外し方は一歩間違えると、同道巡りに嵌ってしまいます。

心の成り立ち方を先に書いてみます。

心は感じさせられている心=『自我意識』と、感じさせている心『無意識の自分』との二つの意識の共同作業から成り立っています。

他の言い方をするなら『一念』と『二念』が対話しながら、心を形成しています。一念は貴方の自我意識とは『没交渉』です。貴方の意志とは無関係な存在です。この二つの意志は『共に貴方です』が、一念の存在は、意識の根底での対話でありながら、わかりにくくなっています。

この事が判る場合では『全ての悩みや疑問が解消します。それが悟る事の副産物です。

一念は『右脳』からの情報や信号です。二念は貴方の考えです。

右脳の意識は誰でも感じている、全ての人が共有している『情報発信機能です。』=『命を働かせている機能』です。

左脳と右脳の情報交換機能が、脳卒中の為に上手く機能しなくなって、自我意識たる左脳が『全てを諦める事』によって、見性=自分自身を知る=悟りを開く,と云う体験を語っている動画を載せてみますので、良く観察して下さい、その後で『この防衛機制の外し方を』もう少し詳しく書いてみます。

URL:http://www.youtube.com/watch?v=ldSoKfFYKqM

この体験は『悟りを開いている』体験を語っています。この体験後では二つの意識は『脳梁の中で、新しい回路構成が出来るために』二つの意識は争う事が無くなります。この体験が『宗教体験』です。哲学的には『絶対矛盾の自己同一』と言う現象です。

今までは、失恋した事を知らせていた情報を、自我意識は受取ろうとしないで『心から追出しを図っていました。』現実の世界を頭の中で、自我意識が気に入るように作り変えようとしています。

現実と頭の中の世界の食い違いを『心の矛盾』として感じているために、『心が苦しかった』と言う意味です。処が今度は違います。現実のありのままの世界が『頭の中の架空の世界と入れ替わっています。』この意味は、『現実の真実の世界を』受け入れる事が出来るようになった』と言う意味があります。

全ての目の前の現実の世界が、頭の中の世界と一致するようになっています。『絶対肯定』と言う足場が確保された事を意味します。此処に到って初めて『自我意識は絶対の安心』を確保します。心が『一念』VS『二念』として対立する事が無くなるからです。

この心が争う事をやめて、静寂に満ちた心で満ち溢れた境涯を『涅槃』と形容しています。


右脳の働き=命そのものの働きが『一念』として伝えている情報は、恋愛の場合では『この人と結婚をしたら幸せになれるのか?』と言う答えを教えています。

心の対話を、欲とか、見栄で見失う場合に破綻が待っています。欲とか見栄の無い本当の心で、お互いに見ていた場合に、『赤い糸の存在を確信します。』

赤ん坊でさえ何も教えられなくとも『不安や安心する事』を既に備えて生まれています。この人との関係性は『遊びなのか?、或いは見栄なのか?、或いは欲や得なのか?或いはお互いに惹かれあっているのか?』と云う事は、本当は当の本人には分かっている事です。

ついでに書いてみますが、ストレスが人間を苦しめていると言う『現代はストレス社会』と言う言い方は実は偽者です。本当は『個人の好き嫌いする心が』ストレスを作り出しています。

身に起きる事を『受容れようとしない心構えが』ストレスを作っています。全てを受け入れる事が出来た時『例え死でさえも安楽な境涯で迎えることが出来ます。』

人間の苦しみは、自分の中の『命の働き』=『右脳』からの情報を素直に受取ろうとしていないだけだからです。、生き難さの正体は『心の矛盾』だからです。この矛盾が解消された後では『二つの意識が出番争いをしなくなる』と言う意味ですが、言葉にするなら、神と和解して、神の僕となる』事を意味するからです。飽く迄も安らかに生きて行く事を意味します。

右脳の意識(神)に背いて、行動を自我意識がでしゃばって単独で自由に出来ると言う思い上がりの心と無知が『神経症』と言う現象を生んでいます。


さらに言うなら、不安障害や恐怖症やパニック障害にまで発展する場合も生じているようです。

 

吃音症の女子高校生です

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 1月12日(土)11時41分49秒
  吃音症の女子高校生です

小学校の頃から吃音があり先程初めて親に打ち明けました。話してる途中今までの過去が辛すぎて涙がとまりませんでした。
現在高校生で一定の授業の時だけ難発性吃音が出ます。ほんとうに改善方法を教えてください。
7年間ずっとずっと悩んでいますもう限界です



>>>管理人



吃音は神経症に属しているものです。神経症とはノイローゼとも言います。本人の意志の力で生きて行こうとしている事柄が『本人の意思に反してうまくゆかないでいる現象を悩む』と言った事になっています。

もっと端的な言い方をするなら、吃音が出てはいけないと思うような『重大な場面に限って本人の意思に反して吃音が出てしまう事』を意味しています。

治し方には決まりがあります、簡単に治すのか徹底的に治すのかの違いが有ると思います。徹底的に治すには『悟りを開く事で完治します。』

悟りを開くという意味は『自身の心の中のもう一人の自分自身と仲良くなる。』といった意味があります。

この意味は分かり難いと思いますが、人間は絶えず自分自身の心は『意識する自分と無意識の自分』と交替する事で健常者として成り立っています。

吃音になったという意味は『その交代制が順調に行かなくなった。』事を意味しています。言い替えるなら、自分の無意識と仲違いをしているために交替出来ないで、口を開く事を『自意識の自分がやろうとしている事を意味しています。』

人間の自意識では口を開く事も、字を書く事も手を動かして作業をする事さえも出来ないようになっています。

この事を理解出来なくて自意識と言う自分が字を書こうとしている事が『書痙』と言う症状を招いています。貴方なら吃音です。貴方の吃音は出来ない貴方の意志或は自我意識或は左脳の機能で口を開いて話をしようとしている事を意味しています。

貴方がこの意味で『見性=自分の性を見る』と言った体験をするなら、たちどころに吃音は治ります。心の学校を開いている佐藤先生のところで真我を開くようにするなら、即その場で神経症は完治すると思います。

https://www.shinga.com/?gclid=COLLxIC8iqECFYsvpAodsUzuOgこれがアドレスです。

何故こうなるのかを少し説明して置きたいと思います。顕在意識と無意識が出合うと、もう二度と出番争いをする事が無くなるからです。うつも神経症もノイローゼも全てが『自分の心の矛盾を悩んでいる現象だからです。』

”自意識”と言う顕在意識と言う”自我”が二度と無意識の自分=自身の生命の源である””意識”の前に出しゃばる事が無くなるからです。

言い方を替えるなら『識られざる神』と和解が成立する事によって、もう二度と神と仲違いをする事が無くなる。という程の意味になると思います。

もう中途半端な治りを説明する必要など無いと思いますのでここで止めにします。
 

【長文で申し訳ございません】吃音と場面不安

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 1月12日(土)11時32分42秒
  【長文で申し訳ございません】吃音と場面不安に悩んでいます。


私は警備会社に正社員で勤務している27歳男です。

学生時代は高校生までは問題がありませんでしたが、19歳の大学生頃から吃音と吃音による場面恐怖症を抱えてしまい、就活でも面接に落ちるなど苦労してやっと就職できたのが今の会社です。


社会人以来もやはり苦労しましたが、幸い理解してもらえる職場と、給料は安いが職場と実家が近く家にお金を入れているという事で実家暮らしでも躊躇いも無く過ごしていました。去年の10月になり隊長を勤める事になって今に至っています。


隊長としては何とかやっていますが、場面によっては発作が起きてしまいますし、2年ちょっとで30歳になる事を考えると今は実家暮らしだから給料が安くてもやっていけてるものの、将来の自立への支障や会社の将来性にも不安があります。


以下のような症状です。


1、挨拶や決まった台詞による声かけや名前を聞かれたとき出てこない(お疲れ様です。は言える)

2、上司や親など目上の人と同行でレジや受付したり、店の店員や知らない人に声をかける時(特に学生くらいの若い人だと)、無性に緊張する。(親子関係は良いので親子問題ではなさそう)

3、レジや受付、店員への声かけも女友達や同性の対等の友人の同行や現場のオフィスの売店では問題ない(しかしその慣れは2の人と同行には反映されない)

4、上司や目上の人とも直接の雑談や会話は話す機会が出来たら次会った時は慣れている事が多い。

5、一緒に食事に行く女友達とは一昨年趣味の街コンで知り合い、街コンでは問題なく楽しめた。

6、20代前半の頃に一度真剣に家族に相談したが「神経質なだけ」と言われそのまま理解無しに引きずってしまった。


他にもありますが主にこんな感じです。2の場合は社会人以来、20代前半の時までは吃音の予期不安はしたものの、変な緊張はしませんでした。一昨年26歳になったあたりから無性に緊張し始めました。


自分自身の原因分析

・1の場合は学生までは挨拶や名前が言えないまで深刻ではなかったが、一部の人に指摘を受け、意識しすぎて苦手になってしまったのが原因だと思われる。

・自分が20代後半でも平均年齢は50~60の高齢者が多く20~30代は若僧扱いなのでチヤホヤされる職場環境の一方で職場外では若いと思われなくなる年齢となり、自分自身の中身は20代前半のまま成長できていない劣等感と恥ずかしさが連動しているのだと思われる。また、友人と同行ではあまり発症しないのはお互い対等のノリで心を許せるのだろうと思われる。


何か良い方法やありますか?病院だとしたら何科がお勧めですか


>>>管理人


神経症と言うものをご存知でしょうか?吃音も上がり症も神経症に含まれていると思います。場面不安も神経症と呼んでも良いものと思います。

神経症には他にも沢山の症状が有りますが、どれにしたところで発症する原因は同じです、又治る原因も同じです。という事で神経症を克服する事を学ぶ事が良いと思って書いています。

神経症の症状が発症するきっかけは、『自分が嫌だとか、受け入れがたいと思ったり感じたもの』になります。貴方の場合では『吃音と場面不安』という事になると思います。

貴方が『吃音と場面不安』を思う時『意識地獄が始まっていると思います』そうではない自分を想像していたり、そうではない自分を演じたいと思ったりとです。

そこで神経症のメカニズムを詳細に書きたいと思いますので、貴方も神経症に詳しくなって、そんじょそこらの精神科医よりも神経症を学んで、自分の神経症を克服する事をお勧めしたいと思います。

神経症の特徴は『本人の意思に反して、身体を通じての行動の自由が制限を受ける現象』と定義をしても良いと思います。

書痙と言う症状があります、発症するきっかけは、他人の視線が気になったかも知れないくらいの場面で、『字が書き難くなったな』くらいのきっかけかも知れませんが、家に帰って人が見ていないところでもう一回字を書いた時に、やっぱり字が書き難くなっている自分に気が付く事になります。

困ったと思って、今度はもっと一生懸命になって字を書きますが、なおさら掛けなくなっています、困ってしまって今度は両手でもって字を書こうとしますがなおさら掛けなくなって途方に暮れると言った事が発症のきっかけになっていると思います。

毎日字が書けなくなった自分を、字が書けるようになる事を夢見て懸命に手の動きに集中しようとしますが、集中すればするほど書けなくなってしまいます。

この字を書くと言った動作を『言葉を話す』に替えた場合が吃音を指しています。

本人が一生懸命になって、上手にやってやろうとすればする程『意志に反して逆の結果になっています。』是が神経症の実態だと思います。

どうしてこうなってしまうのかのメカニズムを書いて置きますのでよく読んでみて下さい、又私の書いたものの意味が納得出来るようになったなら、貴方が神経症から自由になって、身も心も自由人になるきっかけになると思いますので、少しまじめに取り組んで下さい。

人間が自由に不自由無く行動したり考えたり出来る時は、自分の心は『自意識と、(自分の)無意識の自分が自由に交替制が確保出来ている場合です。』

自意識過剰になっていなくて、無意識の自分との交替制が自在に行われている時のみです。こういった自由な交替制が確保出来ている場合を健常者と呼んでいます。

人間の心は自意識だけで成り立っている訳ではない事です

分かり易い例えで話をするなら、眠る時です、眠る時には『自意識は無くなっています。』処が身体も心も自由に休まっていながら、しっかりと生命維持機能(生活)を果たしています。

朝になった時、無意識の自分はしっかりと『自意識たる顕在意識たる自意識に身体と心の支配権を返してくれています。』

自意識たる心は『確かにしっかりと、無意識の自分に身体と心の支配権を渡して、休んでいたのです。』良く休んだと言った気分がしています。確かに休まっていました。

こういった交替劇が毎日の日常生活の中で行われています。処が『顕在意識たる自意識は知らないでいます。』是が健常者足る人達の日常です。

吃音者とか不安障害とかを抱えて過ごしている人達は毎日が『出番争いを行ってしまって困っている人達の事です。』こう書くと混乱が始まると思いますので、この話は此処までとして、もう少し人間の脳科学的な構造だけは説明して置きたいと思います。

人間の脳の機能は二重構造になっています。ウイキぺデアからです。


”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”



こういった脳の機能分化が完成する時期は思春期頃のようです。聖書で言うところの知恵の実を食べたとされて、自分の裸をイチジクの葉で隠したとされたころと一致しています。

此処まで脳の機能分化が進んで来た時心には、意識が二つに分かれてしまいます。一つは自意識として、顕在意識としてしっかりと生まれてきた歴史を脳に刻んで記憶として心を営んでいます。

もう一方意識は『無意識の底深く沈み込んでしまっていながら、自意識には寒いなら暖かい場所とか飲み物を探すように指示を出しています。』

自意識に生きるための情報とか指示とか、或は衝動とかさえももたらしています。

或る時は無意識の機嫌が悪い場合では『漠然とした不安でもって脅したり、安らかに癒してあげたりしています。』

自意識にはこういった感情の起伏が何処からもたらされているのかが理解出来ないでいます。その最たるものが『心を病んだと言った場合での生き難さ』かも知れません。

人間の命の源の機能として『無意識の底から指令を発している様です。』

神経症の話の続きです。字数ももう残り少なくなりましたので、どういった治療が有効なのかにしたいと思います。

始めに薬による治療に触れてみたいと思います。薬は右脳に届く様に出来ていると思います。この意味は『生命力を減退させていて、生命の源の発する情報が出難くしている。』という意味になると思います。右脳の情報を苦悩の一種と感じているからです。

右脳の情報とは、V.E.フランクル博士の言葉を借りるなら『識られざる神』からの情報と言った言葉になると思います。

或は禅の言葉を借りるなら『没交渉』と言った間柄である者からの情報と言う言い方も可能と思います。

この者と自意識が対話をしている動画がありますので見て下さい。


URL:https://youtu.be/ldSoKfFYKqM


この中で語られている事は『宗教体験そのもの』と言っても良いと思います。禅で言うならば『見性=もう一人の自分との出会い』という意味です、そのクラテスが言った『汝自身を知れ』という意味です。

キリスト者なら『神と和解している最中』と言った意味になると思います。

この体験があるなら『神経症が完治します。』何故ならば神経症とは二つの意識が仲違いをしていた事を意味するからです。言い替えるならもう二度と出番争いをしなくなるという意味になるからです。



キリスト者なら『神と和解をして、もう二度と神の前にしゃしゃり出て出しゃばる事をしない事=神の言葉に従う事』を意味します。

吃音も、場面不安も症状としては出る事が無くなった事を意味します。

時間が無くなりましたので聞きたい事が在ったら答える、対話方式にしたいと思いますので何なりと聴いて下さい。
 

tumさんの吃音は生まれつきのものでしたか?

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 1月11日(金)17時28分31秒
  tumさんの吃音は生まれつきのものでしたか?

それとも急に発症したものでした?



>>>管理人



吃音ではありませんでしたが、神経症の場合では症状別の治し方をやっていても反って治らないと思っています。

吃音とは違う症状ですが、書痙と言うものがあります。吃音は口の動作が順調に行かなくなる現象ですが書痙の場合では『手の震えによって字が書けなくなる現象です。

共に共通しているものは、上手くゆかそうとしている時が一番うまくゆかない事です。『意志に反してうまくゆかないと言った現象になっている事です。』

医師の人の話を人づてに聞いたものですが、手術の時の苦痛は大変なものがあるようです、てのふるえを抑えようとした場合の事ですが、どんなにやっても治まる事は無かったようです。

同じように人前で話をしようとした場合、『決して失敗出来ない場面の場合が特に酷くなるようです。』

人間が『自分の意志で行為をする場合に、その行為が意思に反してうまくゆかない場合に、神経症』と言っているようです。

神経症が治った経験がありまして、振り返ってみた場合に分かる事が在ります。神経症の症状は『目くらまし』と言ったほどしか意味がない事です。

逆な言い方をするなら、神経症が治った場合では症状が気にならなくなってしまって、症状ではないものに変化する事です。

症状とは『本人が忌み嫌ってしまって、到底受け入れる事が出来ない事』という意味になります。従って四六時中『意識に上がってしまって、絶えず邪魔なものとして追い払いたいと考えてしまっている状態とか、現象の事です。』

嫌なもので、在ってはならないものだとして、『心からも自分の前からも全てに置いて排除して置きたいものとしている事になります。

在ってはならないものが自分にある事で、大変な葛藤が続く事になると思います。このジレンマによって『心から離れる事が無くなっています。』つまり意識地獄の状態の連続と言った意味です。

四六時中治さなくてはならないと思っています。先の医師の話と同じになっています。此処まで来た時に『吃音と言う症状は、その人にとって有ってはならないものとしたことによって、とても固く固定されています。

本当の意味から言うなら、吃音だとしても、幾ら治そうとしても治らないものだと分かったなら、治す努力が無駄と知る時期が来ると思います。

本人が『症状を取り去るという意味での治す事は出来なかった。』と分かるなら、本格的な治癒はもうあと少しです。

処が本人が意気込んで、必ずや治して見せると意気込んで頑張ったなら、一生の間症状を引きずる事になると思います。

症状を治そうとか治したいと『意識する時』症状として発症して、本格的に症状の除去に取り組んだ時『心に固く固定されるもの』だからです。

あとは聞きたい事が在ったら答えたいと思いますので、何なりと質問をして下さい。
 

吃音の症状で、連発や伸発が酷くなると難発になる

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 1月11日(金)00時53分43秒
  吃音の症状で、連発や伸発が酷くなると難発になる理由が分かりません。

どうして言葉が出なくなるのでしょうか?


>>>管理人


神経症だからと思います、43年くらい前に森田療法をやっていた鈴木知準先生の診療所を訪れた事が在ります。その時に『何々君、いいかい人間は見ようとすると見えなくなるんだよ!』と言って一本の鉛筆を差し出しました。

そうしてこう言いました『すっと見ればいいんだよ!』

二か月間入院治療を受けてその四年後、神経症が完治した経験があります。

吃音は貴方自身が分かると思いますので、書痙と言う症状で説明したいと思います。ある時字が書き難いと感じて、必死で書こうとしましたが駄目だったので、今度は両手で書こうとしましたが、上手く書こうとすればするほど書けなくなります。

是が書痙と言う症状です。書痙と吃音を入れ替えるとお分かりと思います。

どもりを抑えようとするほど、どもってしまいます。手の震えを抑えようとすればするほど手が震えてしまいます。

是は簡単な原因で症状が発症しています。手を動かす事も口を開いたり動かしたりも『自意識では出来ない事』だからです。

上手くいっている時は『自意識は、無意識の自分に任せていて、交替しているからです。』うまくゆかない時とは『出来ない”自意識”で』字を書いたり口を開いたりしているからです。

神経症を治す場合は、症状の改善から入る事は、全く逆な事をしている状態を指しています。症状の改善を望まなくなった時が治った事を意味しているからです。

変な書き方になっていますが、吃音の完治を望むなら『吃音は治らない事』を認める事が大事な治る要素になります。そうして吃音の自分で致し方ないと『心から吃音を受容で来た時』が完治した事を意味しています。

神経症を治すという意味は『心の矛盾の解消=ジレンマの解消』と言った意味があります。

人間は自分の意志では『口を開く事さえ出来ないのです。』無意識の自分に任せるなら可能になります。是が出来た時には心も身体も自由自在になります。

禅を学んで下さい、”道に至るとか、自分自身を知れ”と言われる所以です。


<<<質問者


またあなたですか
いい加減にしてください


>>>管理人


本当の話をしています、治そうとすればするほど治り難くなっています。

もしID,が書いてあるなら貴方には二度と答えたくないです!いい加

減にして下さい。






ID非公開にして置いて何を言っているんですか



<<<質問者


放っておいても治るわけではないでしょう
あなたは森田療法にすがって吃音の研究をろくにやっていないのでしょうから、回答してほしくないです



>>>管理人


症状の軽減から治療に入るなら、一生掛かっても治らない事が保証されています。

治したいと思うのなら『神経症そのものの勉強をする他には無いです。』


神経症の治癒を望むなら、症状の治癒は諦めた方が早いです。

学ぶ気の無い人には無駄だと思いますが?


<<<質問者


気にせずに話せば吃音が治るなどと馬鹿げたことを信じることはできません

そもそも吃音は神経症?
そこからでしょう



以前に自律神経失調症は意識しているから治らないとも言っていましたね
意識せずとも症状は出るのに
無視していつまでもこんなことを書かないでください
あと、吃音に関して素人なら回答しないでください
いくらあなたが神経症の専門家だとしてもです


>>>管理人


貴方は底の浅い話に終止しています、もっと深い人間性を理解出来るなら神経症を理解出来ると思います。



>>>もう一人の回答者


微妙な心の緊張状態が生じるからだと思います。

意識すればするほど、身体の動きを統制することが難しくなり、望まない結果になりやすいです。ゴルフなどではよく聞くことです。

スポーツでは、猛練習に猛練習を重ね、さらに本人なりに動きやプレイへの工夫を行い、それが無意識でも自然とできるぐらい練習をすることが大事なようです。それでもその試合の重要度が高いと(金メダルがかかった試合など)、知らず知らず緊張が高くなってしまい、思わぬミスも出るようです。

かつて、ある研究者から聞いたことです。スポーツでは練習を積み重ね場数を踏むと、かなり技能が向上し、そこそこ結果を出すことができる。
しかし、吃音は発声練習などを積み重ね、場数を踏んでも、なかなかうまくはいかない。
不思議なものだ、とのこと。

私もそう思います。


>>>もう一人の回答者


失礼しますけど、ネットで調べた事があるのですが、1番上の回答者の方、の言われている事は、確かに情報として書いてありましたので、あなたもネットで調べてみられたら、これはtumさんが教えてくれていたな、と分かると思います、2番目の方のchiさんの、緊張状態が生じてという理由も合っているらしいですよ


<<<質問者


意識すればするほど吃るというのは知っていますが、tumさんの場合、森田療法の影響か受け入れれば治ると言っているのです
私がそこが腑に落ちません
tumさんの最後の返信も意味不明です


 

何のために生きているのか分かりません。

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 1月 8日(火)20時55分44秒
  何のために生きているのか分かりません。

特別辛いことがあるとかそういう訳ではないです。

私は学生で、勉強も人間関係も問題ありません。将来、働いてお金を稼ぐために勉強しているつもりでした。

ただ最近、お金を稼いでなんになるのかな?と思いました。
そもそも何のために生きているのか分からなくなったので、働く意味もわからなくなってきました。

何のために生きているのかばかり考えていますが、まだ分かりません。
世の中の人はどうして何も考えずに生き続けられているのですか?私にはそれが難しいです。

皆さん何のために生きているのですか?


補足
・何のために生きているのか考えたりするのか?
・考えているとしたら、なんのためですか?
・考えていないとしたら、どうして何のために生きるのかを不思議に思わずに生き続けれるのか?
よかったら皆さんのご意見をお聞かせください。



>>>管理人



禅を学ぶ事が良いと思います、禅問答の答えは師匠でも教えないようですが、人間の頭に湧き上がる疑問は、沸き上がった時には既にその答えは本人の頭の中に用意されていると言った立場を取っている様です。

師匠は答えを教える事はしないようですが『では何故お前はそう思うのか?』と問い返すだけです。

鈴木大拙博士の著作集を読む事をお勧めしたいと思います。貴方が自身の答えを知っている者との出会いで、疑問を解消出来る事を祈っています。

著作集を読んで、その答えが分かった経験がありますが、貴方に教えることは不可能と思います。

一つだけ参考になると思われる動画がありますので、載せて置きます。ヒントは、苦悩の後にしか閃く事は無いと思います。

URL:https://youtu.be/ldSoKfFYKqM

又、気長に答えを探す事が大事と思います。
 

高校生で、吃音やあがり症があり、レキソタン

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 1月 8日(火)20時32分23秒
  高校生で、吃音やあがり症があり、レキソタンを頓服として飲んでいるのですが、

レキソタン2mgを一度に1錠飲んで、あまり効いている感じがしなかったので、2錠に増やし、それでも変わらなかったので、最終的に3錠にしたのですが、全く変わりません。

一度に6mgは多い方ですよね?
効果はあるのに実感できていないだけでしょうか?
レキソタンはかなり効果がある薬だと聞いたのですが、もうどうしようもないのでしょうか?


補足
ちなみに副作用は、おそらく眠気のみだと思いますが、飲み始める前から日中はいつも眠かったので、副作用で眠くなっているかどうかも分かりません。



>>>管理人



上がり症や吃音は神経症の症状の一つです。薬の治療をしているようですが身体が痛い時に痛み止めの薬を飲んでいるのと同じです。痛い場合ではその根本を治す事が大事と思います。

対症療法という意味になるだけで、根本治療にはなっていないと思います。ですので神経症の根本を治すという意味を書いてみたいと思います。

神経症とは、意識する自分と、意識していない自分(無意識の自分)との出番争いを演じている状態です。

神経症が治るという意味は、その時々の出番を、適宜に行う事が出来るようになったことを意味しています。

自意識と無意識の機能は違っています。次の動画でその違いが示されていますので参考にして下さい。脳の機能と言った意味です。

URL:https://youtu.be/ldSoKfFYKqM


こういった事が実際の体験として理解出来た場合では『見性』とか『道に至る』と言う風に云う事が出来ます。人生(人間として)の真理を体得するという意味です。

是は釈迦の悟りを説明する事を意味しますので、難し過ぎますので簡単に説明したいと思います。

神経症を完治した暁には今書いた事まで分かる事が出来ると思いますので、気長に学んで大きな安心を手に入れる事を目指してください。

神経症の症状は、実に様々な症状が含まれています。この意味は『意識に上がった事の内、気に入らないと思った事が全て症状になる可能性を秘めているからです。』

神経症を理解する上で一番大切な事は神経症と症状の関係性です。そうして症状に付いての理解と扱い方を理解出来た時点から治癒=回復が始まります。

神経症を治すという事は『症状別の対応』をする事ではありません、貴方にとって必要な事は『吃音や上がり症』の対策を学ぶ事ではありません。貴方が神経症を乗り越えた時には自動的に『吃音や上がり症』は治っている事を意味するからです。

もっと良い表現をするなら『吃音や上がり症』を意識上に上げていた、貴方の態度の誤りで『吃音や上がり症』を貴方が呼び寄せていた事を学ぶ事が、貴方にとっての神経症を学ぶ事を意味します。

始めに治し方を書いてから、治るという意味を書きたいと思います。もしも治る事が無いと感じたなら、もう一度ここに戻って読み返して、覚えてしまう位に熟読をして、1と2を守ってください。

治し方は二つの事を実行する事だけです。一つ目は『上がり症や吃音』は治る事が無いと言う事を学ぶ事です。つまり『上がり症や吃音』を治す事を諦めるという意味です。

二つ目は、決して『上がり症や吃音』の事を口にしないでいる事です。是を不問療法と言います。この二つを守っているなら必ず神経症は治ります。

次は治るという意味を書きたいと思います。

神経症が治るという意味は『症状が意識に上がって来なくなる。』という意味です。意識に上がって来なくなるという意味はもう『症状としては成立しなくなる』という意味です。従って今までは症状として成立していたのですが『症状として成立する基盤を失う事』を意味します。

その理由です。『上がり症や吃音』が成立している理由は、上がってはいけないとか、どもってはいけないという考えがありました、その結果予期不安として上がる事や吃音と言った事を特別に意識上に上げて問題にして『却って、上がり症や吃音』が出やすい状態を作っていたからです。

治った場合では『上がり症や吃音』を殊更嫌う事が無くなっています。その結果『上がり症や吃音』を心から受け入れる事が出来た事を意味します。

その結果『上がり症や吃音』と言った症状が出たとしても、出なかったとしても別段、どうこうという事が無くうなっています。

その事で、頭の中では、『上がり症や吃音』が気にならなくなっています、その事で別段何も感じないでいます。『つまり、上がり症や吃音』は頭の中には存在しなくなっています。』

詰まり、症状ではないものに変化している事を意味します。

『上がり症や吃音』を忘れしまう事を意味します。是が症状の消滅です。

症状の消滅を願う事が無くなった時点で、自動的に症状ではないものに変化します。

『上がり症や吃音』が治った時は、特別嬉しいと言った気分が沸き上がる事が無くなっています。何故なら症状を忌み嫌いする事を捨てた時に症状としては成立しなくなっているからです。

ジレンマの解消みたいな現象が起きています。捨てた時に全てを手にしていると言った現象です。
 

発症から5年経ってパニック障害が出る場合、

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 1月 6日(日)13時57分33秒
  発症から5年経ってパニック障害が出る場合、パニック障害は一生モノと考えた方が良いでしょうか?


>>>管理人


パニック障害はノイローゼの一種だと思います。是は現実には無いものを症状として頭の中に描いて実際にその症状として作り出したものに怯えている事を意味しています。

パニック障害の根本を押さえて、原因を排除するなら完治になります。完治したという意味はもう二度とパニック障害には悩まされないという意味になると思います。此処まで来るなら生涯OKだと思います。

パニック障害は社会不安障害とか恐怖症とかの症状をもっと強く感じている状態だと思います。症状としては微妙に違っていますが、発症する原因は同じです。

人間の心(自意識)には、湧き上がる感情とか考えが絶えず湧き上がっています。処がこういった湧き上がる考えとか感情は『湧き上がらせている者が、同じ脳内に存在しています。』

此処の関係性を理解する事が出来るなら、パニック障害の発症とか、発症しない仕組みなども理解出来ると思います。


脳科学者で、実際に脳卒中になって、自意識たる心と、その心に情報を送る者としての脳の機能と、別々に体験して、語っている動画がありますので載せてみたい思います。

URL:https://youtu.be/ldSoKfFYKqM

この動画で語られている内容は、宗教で語られる場合では『神秘体験』詰まり神との対話とか、仏教などでは『見性体験』つまり悟りを開く事を意味しています。

この体験以後では二つの意識の間に一つの秩序が出来てしまう様です。その秩序とは『出番に於ける秩序』と言っても良いと思います。

それは『自意識は、神の僕になる。或は自意識は無意識の自分の前にしゃしゃり出なくなる』という秩序です。

これ以後、『心の中が静まり返って、心同士が争う事が無くなる。』という現象になるようです。この状態を『涅槃』と表現するようです。つまり心の矛盾が解消したという意味です。


パニック障害とか高所恐怖症と言う場合で『恐怖感が湧き上がって、さらにもっと強い恐怖感に変化する理由があります。』

右脳の意識は自意識に『感情を湧き上がらせる為の情報を、言葉に依らない情報として脳梁を介して送っています。』

具体例として挙げるなら、高いという場合ではどの位の高さなのかを瞬時に言葉以外の情報にして送っています。

納期が迫った場合とか試験が迫った場合も同じです。

好きな人との出逢いの場面などでも同じです、心をときめかせている者としての情報を送っています。

寒い所や暑いところではどういった対策やどういったものが必要なのかも教えて呉れています。暖かい飲み物とか冷たい飲み物を探すように指示さえも出しています。

この者と矛盾を起こしたり対立を起こしたり分裂を起こしている事が全ての疾患の大元になっているのかも知れません。

この者の発する情報の着信拒否をする事が恐怖症や不安障害やパニック障害の発端になっています。

こういった情報を送る者は、自意識たる当の本人が情報の受け取りを拒否している事が分かります、その為にその情報を拡大して大きくして『再送』するようになります。

是が恐怖症やパニック障害が引き起こされる引き金とか、きっかけを作っています。ですので治る為にする事は決まって来ます。

始めに来た普通の情報、小さな不安とか言ったものですが、着信拒否をしないで受け取るという事になります。そうする時はもうそれだけで終わっています。

小さな不安は小さな不安のままで終わっているという意味です。是が健常者と言われている人達がやっている事です。

健常者と恐怖症の人とかパニック障害の人の違いは、ただ一つ此処だけです。

健常者や天国に一番近い存在とされている人つまり幼子は、不安ならその不安のまま、怖いなら怖いままで、そのまま受け取っている人の事です。そうするとそのままで終わっています。

予期不安になる事も有りませんし、トラウマになる事も有りません。

ノイローゼになる場合では、予期不安があるかも知れませんが、不安とか怖いという事を必要以上に恐れています。そうしてあわよくば感じないでいたいといった、夢のようなことを考えています。そうしてそういった感情が沸き上がる時『そういった感情に蓋をするとか、感情を湧き上がらせている者に対しても、毛嫌いをしてしまう事になります。

着信拒否といった態度になっています、この場合では『情報の送り手は、受け取って貰えていない事が分かりますので、もう一度同じ情報を送ろうとしますが『再送の時には、大きくして拡大して、送る事になります。』

小さな不安でさえも受け取りたくない人ですので、大変な事になる事を意味します。つまり許容範囲を超えた恐怖感という事を意味します。

つまりパニック障害の症状が出ている事を意味します。

パニック障害に対する対処の仕方は単純な事です。たった二つを守って暮らすだけです。


『命の機能』が自意識に送っている情報とは『只今現在自身が置かれている位置情報を始めとしたあらゆる情報が含まれています。』

この送られた情報を嫌がって嫌っている状態が『恐怖症や不安症』です。高いと言った情報、狭いと言った情報、その他にも様々な情報があります。こういった情報を嫌っている事で『不安症や恐怖症』は発症しています。

そうしてパニック障害とは、今書いた事柄をもっと嫌ってしまって、その情報そのものに着信拒否を掛けてしまう状態を指しています。

『命の機能』は自分が送った情報が受け取られていない事が分かる為に、もう少し大きくして再送をするようになります。初めに送った情報は、仮に不安としたなら『小さな不安』に相当します。ところがこの情報を再送する場合ではもっと大きくしています、『大きな不安』になっています。是でも受け取りが無い場合では『恐怖感』つまりもうパニックになる状態を指しています。


社会不安症や恐怖症やパニック障害が頭の中に症状として発症するシステムを説明しましたので、次は『発症出来なくなるための状態、条件を書いてみます。

発症出来なくなる為の状態、条件とは、着信拒否の解除です、或は『小さな不安の内に情報を受け容れる事です。』是が出来るなら不安障害とか恐怖症とかパニック障害は『発症するきっかけが無くなっています』

そうなる為にやる事を書いてみたいと思います。目標は『湧き上がる不安感や恐怖感に、右往左往しないでいられる自分』です。


治すために一番大事な事は、『症状がなくなる事を諦める事』が一番大事な事です。

治すために二番目に大事な事は、『症状を二度と口にしない事或は書きものにしない事』です。頭の中でつぶやくのは致し方がないとしてもです。

この二つを徹底的に守って暮らすなら、何時しか症状が出なくなったとしても喜ぶ事が無くなっています。そうして症状が出たとしても動転して右往左往する事が無くなっています。

心理的な背景としては、そういった症状を『心から受容出来たために』症状が有るとか無いとかが問題にならなくなっているからです。


この状態が完治した状態となります。症状が有っても無くてももうどっちだっても関係なくなっています。此処まで来た時には『パニック障害が何だったかさえも忘れ果てています。』



<<<質問者



ご回答ありがとうございます。
勇気の問題というのもありそうですね。羹に懲りてナマスを吹くではないですけど、神経質に小さな不安を着信拒否している。そこを勇気を持って、小さな不安のうちに受容してしまえば、大きな不安はやってこないので、したがってパニック障害もおきない。
着信拒否を解除するのと、受容することがポイントになりそうですね。
小さな不安のうちに受け取ってしまい、小さな不安を必要以上に恐れない。必要以上に恐れすぎると、パニック障害、不安障害になってしまう。
勉強になります。
 

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