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りんご 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 8月23日(木)07時32分42秒
  心も身体も仏の借り物 で、苦しむ事により、やっと、心をコントロールしようとする事が終わる。つまり、自分の中の意図が消え失せる。=で神経症の解決 となると思います。

強すぎる自我に苦しむ事が神経症の正体だった事に気が付くと思います。

此処に至って分かると思います。

それにつけても、再投資はこう言っています。

[2115] HNの雑用
 投稿者: 管理人 投稿日:2018年 8月21日(火)13時01分11秒   通報   返信・引用
ちょっとだけ読んだけれど、息も絶え絶えの感じだね。これじゃ、人生どうやって生きていくのだろうか。
生きるとは楽しいのだ。単純なのだ。単純の源は動きですよ。だって我々は動物だから動きが
大儀であったら生きようがないではないか。
健康な人は皆体が軽い。雑用に難癖つけるようだったら、会社は雇いたくないね。

もう一つHNに疑問を感じるのは、自分の神経症が解決してないのに指導することだ。
自分に嘘を言い、他人に嘘を言う。良心の呵責を感じないのだろうか。
神経症であるだけでも地獄なのに、良心の呵責まで背負うとは。私だったら絶対に嫌だね。

考え方は千差万別です、自分だけが正しいと思う事も有るかも知れませんが、それだけでは心が狭いのかも知れません?

当方は現役の社長として会社を経営しています。雑用は全てではないと感じています。

 

(無題)

 投稿者:りんご  投稿日:2018年 8月22日(水)21時49分44秒
  死もコントロール出来ない
死ぬル時が来たら死ぬだけのこと
仏の計らいごと

 

心も身体も仏の借り物

 投稿者:りんご  投稿日:2018年 8月22日(水)21時36分26秒
  心はコントロール出来ない、神のみぞ知る
この境地に至るまでは、自我の中でもがき苦しみ、心をを自分でコントロールしようとする。
苦しむ事により、やっと、心をコントロールしようとする事が終わる。
つまり、自分の中の意図が消え失せる。
神経症の解決
 

毎日、毎日忙しい

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 8月19日(日)07時46分1秒
  毎日の日課をこなす事で、精一杯です。

今日は日曜日です、朝の五時に起きて、コーヒーを一杯飲んだら五時半です。

家内が足を痛めて、約一年近くなっています。

今は毎朝、私が一日分の食器を洗っていますが、30分掛けて終わったのが6時です。

それから着替えて会社に来ています。一日の日課は待って呉れません。

お客様は一部上場企業の食品会社です。日曜日しかメンテナンスとか修理をする事が出来ないでいます。

是から支度をしてその会社に行って仕事をして来ます。

家の掃除は日曜日と決めていますが、いつ終わって帰れるのかが未定です。

何時もの事です。
 

すべて与えられた人生。

 投稿者:自然Yukiko  投稿日:2018年 8月18日(土)22時53分35秒
  皆さまお元気ですか?
お久しぶりです。
酷暑の中生き抜いていますか?
頭がヘンと言われても私は私の与えられた人生を
一生懸命生きています。
ごめんなさい。「★★」さん。
人生って自分が考えるほど難しいものではないって
この頃思います。
豊かさは奪い取るものではなくて
感じるものだと思うのです。
感受性こそが神からの
「愛」
ありがとうございます。
 

投稿者:無為療法は参考にならない。様へ(神経症の完治とは)

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 8月15日(水)10時03分54秒
  神経症は、治ったとしても,又なってしまう事も有りと思います。その理由は『神経症の症状を治そうとする事』が神経症に逆戻りをする事を意味しているからです。

斎藤氏の話を例にするなら、フラッシュバックに入りかけた時、不安を回避しようとする時フラッシュバックが始まっています。


フラッシュバックに入りかけた時『不安から逃げない態度=不安を受け容れて、不安を受容出来る態度』が醸成されているなら、もうフラッシュバックに悩まされる事は無くなっていると思います。是が完治です。

斎藤氏の場合では此処の処がきちっと把握出来ていないために、『神経症には完治、根治などは無い』と主張しています。

完治とか根治などは『神経症には存在しない』と主張している場合では、まだ神経症に付いての理解が不足しているともいえるのかも知れません。

少なくとも、フラッシュバック付きの治りしか理解出来ていない事実が証明していると思います。

不安から離れていたいと思うなら、不安を受容する他に道はありません。神経症の完治を望むならその神経症の『症状を受容してしまって』症状の除去を試みなくなる事が正解と思います。


症状の除去を望まなくなった姿とは、症状に頓着しなくなったことを意味しているからです。この意味は症状が意識に上がる事が無くなった事を意味しています。

症状が意識に上がる事が無くなった姿とは、症状が胡散霧消してしまった事を意味しているからです。

神経症から離れる訓練として、鈴木知準先生は『症状が有ったままでも良いですから、今出来る事にちょろっとでも手を出して行く事を心がける事』を指導して来ました。

雑用療法でも同じと思います。究極の治りとは症状に意識がゆかなくなる事です。此処まで来るなら如何に神経症の真只中と雖も、症状が意識に上がって来る事が無くなっています。

雑用をしていようと、なかろうとも『症状に意識がゆかなくなった状態=意識に症状が上がって来る事が無くなった状態』つまり、症状が有りながらも、症状が無くなった状態=症状の消滅した状態の背景を理解出来た時を完治したと表現すると思います。
 

西嶋和夫は仏教ではない。

 投稿者:無為療法は参考にならない。  投稿日:2018年 8月10日(金)15時17分24秒
  >初心の弁道、すなわち本証の全体なり
>投稿者:斎藤  投稿日:2018年 8月 9日(木)09時51分38秒

>西嶋和夫著の「仏教問答」から
問い:「座禅をすれば、即坐に我々は、自分達の気持ちを正しい状態に置く事が出来るのですか」
答え:「そうだ。座禅をやりさえすれば、それを始めた瞬間から、
我々は我々の心を仏教が最高と考えている状態に持っていくことが出切る。
道元禅師はそのことを、「初心の弁道、すなわち本証の全体なり」と言われている。
初心者が始めて行う座禅もまた、本質的な体験の全体その物であるという意味だ」


自分達の気持ちを正しい状態・心を仏教が最高と考えている状態などという
ものさしは仏教にはない。
西嶋和夫はお忘れになった方が良い。




禅と無為療法では大変似ている所がある。雑用をしている最中が既に神経症の外側で
「初心の弁道、本証の全体なり」になっている。禅の修行僧も信じられないと感じるし、
無為療法をする神経症者も同じだろう。しかしそれは事実なのです。


神経症の外側などという分別自体、神経症。



それは20年以上も神経症外側の世界に生きていると、神経症は遠くなりにけりで、
対人恐怖、異性恐怖なんて他人事になっている。しかし48歳の時点では
神経症の内側は直ぐ自分の横にいる。
転落は今すぐでも起きる恐怖は耐え難いものがあった。

この人は、いまだに、神経症を引きずってるという証明。

純粋な神経症というより、他の精神病の上の神経症的症状があるから、純粋な神経症の人には参考にならない。

あそこの掲示板に集まる人も同様。
 

釣りバカ三平 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 8月 9日(木)21時30分46秒
  私は昭和23年生まれですので、戦争が終わって5年くらいに生まれています。あまり歴史を学ぶ事はありませんが、学校で学ぶ歴史には大分嘘が混じっているように思います。

と言うのは、戦争の歴史を書いている人達は『勝者』と相場が決まっているからです。日本が悪いという風に書いて有ったり、教えられている歴史には嘘が混じっていると思います。

第一次世界大戦後の、戦勝国での会議に於いて日本も戦勝国の一つであって、アジアでは初の参加国であった会議に於いて、日本は人種差別撤廃条約の批准を発案致したようですが、その頃は未だ奴隷貿易とか、植民地の取り合いと言った帝国主義の真只中であったようで、過半数の支持を集めたようですが、『こう言った重要な議題に関しては、満場一致でないと決める事が出来ない。』と時のアメリカ大統領がイギリスと組んでさっさと否決したようです。

そうして日本は太平洋戦争に突入して、負けてしまいましたが、戦争に勝ったか負けたかの違いは、戦争目的を果たす事が出来たのかどうか?がカギを握っていると言われています。

確かに日本はアメリカの物量作戦にはかなわずに負けてしまいましたが、日本の戦争目的は果たす事が出来たと思っています。

あの戦争の目的は『アジアの自立と、アジアの解放』という事だと思っています。

日本が負けてから、戦争前の植民地主義を掲げて各国が又、かつての植民地に舞い戻って来ていますが、負けた筈の日本が育てていた各国の軍隊が日本の残っていた兵隊さんと共に独立戦争をして、かつての帝国主義の国々を追い返しています。

この影響から、世界中での帝国主義はアジアを始めとして、アフリカにまで及び帝国主義が成り立たなくなりました。

世界中の国々と、世界中の人種が、人種の壁を越えて対等に話し合えるきっかけを、日本は沢山の国民の血を流す事によって達成する事が出来ました。

日本はアジアに於いて、狼藉を働いて暴力をふるったと言われていますが、あの南京虐殺でさえも『中国のプロパガンダ』に過ぎないと覚えて下さい。時のイギリスの新聞記者が時系列ごとに記録を残しているものがあります。

『英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄』ヘンリーl.ストークスと言う人の著作になります。

日本の兵隊さんは、基本的に、アジアの解放のために命を投げ出した、と言う結果になったと思います。それが日本自身の助かる道と分かっていたのだと思います。

 

自分が生まれるたった21年前に戦争があったなんて

 投稿者:釣りバカ三平  投稿日:2018年 8月 7日(火)22時56分36秒
  猛暑お見舞い申し上げます。
いつも、いろいろお教えいただきありがとうございます。
今日、ラジオで戦争を経験した金子さんと言う方の放送をやってまして釘付けになりました。トラック島に行った方で、太平洋戦争で約250万人が亡くなっているが殆どが飢餓で死んだと言っていました。こんな戦争繰り返してはいけないと、平和の呼びかけを俳句でやったそうです。戦争に行かれた方が、こんな戦争繰り返してはいけないと言われてるのですから…
その方がどうして戦争は、無くならないのかの問に『簡単に言うと物欲と言う手に負えない…』と答えているそうです。
自分が生まれるたった21年前に戦争があったなとどとは、とても考えられない世の中に生きていますが、管理人様の何かご意見をお聞かせ下さい。
暑い日が続きますので、ご自愛下さいますようお願い申し上げます。
 

無知の知ってバカが何も知らないのがすごいって

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 7月28日(土)20時53分1秒
  無知の知ってバカが何も知らないのがすごいって意味ですか?深い意味があるんですか?




>>>管理人


無知の知には、自分が自分を知っていると勘違いしている自分を、指しています。或は人生とは何なのか?とか、自分は何者か?とか、自分は何処からやって来て、何処に帰って行くのか?と言った事を知っていると思ったり知らないと思ったりしている事を指しています。本当は『知っているのですが』知っていると思ったり知らないと思っています。この事をズバリと言うなら『無明』と言っても良いのかも知れません。簡単な話ですが、うつと言っても神経症と言っても、或は自律神経失調症と言っても同じですが、原因はたった一つだけです。こう言った自分自身を苦しめている原因は、自分自身ですが『この事を理解出来ないでいる事が=無知の知=無明』と言っていると思います。この人生に生きていて、恐れる事が在って、安楽に生きて行けない原因を『無知の知とか無明』と言っていると思います。無知の知を理解して、無明の闇を晴らすなら、この世に恐れるものは無くなって大安楽の人生が展開すると思います。恐れる事の原因までたどり着く事が出来るなら、無明の闇はすっかりなくなっています。そのヒントは『二元論が沸き上がる原因は何か?』ですが『自分は何者か?』の問いと同じ事です。『父母未生以前本来の面目』と自分に問いかけても同じ事だと思います。
 

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