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ドリーミングガールさんへ

 投稿者:寿司  投稿日:2019年 5月 7日(火)22時36分51秒
  誰だか知らないけど、
面白い女性だね。
 

風子様

 投稿者:あなたは病気(異常)ではない  投稿日:2019年 5月 7日(火)18時28分18秒
  今のあなたのように、答えを求める行為が、今のあなたの状態を長引かせているのだと、あなたはいつ気づくのでしょうか。
今のあなたが既に答えに生きている状態ですよ。
こんなところでグダグダ言ってないで、今の自分という現実を受け入れて生きたらいかがですか。
 

絶望、挫折

 投稿者:直人  投稿日:2019年 5月 7日(火)11時29分46秒
  >結局、一度パニック障害になったら、克服は簡単ではない。
私も病院にも入り、**会とかにも長く行ったが治る事はなかったですね
**会でも、ほとんと治った人はいないですね、現状です。

>相当の覚悟がいるということですか?
そうとも言えないですね、私は10年目で簡単に治ってしまいました
それは治らないとの絶望、挫折、諦めからは簡単に治りました

理論的に理解していくら頑張って治らないが、感情が変化すると簡単に治るでしょう
しかし絶望、挫折に至る、出来る理論は存在しないですね
だが人生では挫折、絶望も発生します、その時には確実に治ります。

治れば治る理論は全て理解できて、悟るに相当します
治れば自己思考は1分以下になり悩めません
無理やりにでも自己を問題にする思考を止れないのかな
 

言いたいこと

 投稿者:寿司  投稿日:2019年 5月 6日(月)06時47分31秒
  ここのホームページは存在意義がある。
世の中には色んなやり方があるべきだ。
 

直人様

 投稿者:風子  投稿日:2019年 5月 4日(土)23時38分22秒
  >本人の持ったまま生きるとの覚悟が重要だが、治すた為になら落第だ
排水の陣、決心、覚悟が重要でしょう。

結局、一度パニック障害になったら、克服は簡単ではない。相当の覚悟がいるということですか?
 

治癒と病気

 投稿者:直人  投稿日:2019年 5月 4日(土)15時08分15秒
  普通の健康な人は、自分を問題にして思考する時間は日に1分以下です
神経症でない周りの人に聞けば、この答えが返ってきます
神経症の人は自分のことを考えるのは、だいたい日に1時間以上になります
どんな方法にしろ普通の人と同じ、日に1分以下になれば確実に治癒します
1分以下では悩めず安楽なので続けれます、自然に続き完治となります
しかし辛いから治したいから自己改善の思考は続く、そこが問題だ。
 

体験、自覚が要る

 投稿者:直人  投稿日:2019年 5月 3日(金)16時01分31秒
  風子さんのパニック障害が、どの様なものか解らないが、自分を問題にして悩むなら神経症です
その病気の元になるのは、この自分を問題にする事です
簡単に言えば「自分を問題にする」が完全に無くなれば即治癒です
パニックの改善や新しい対策ができて治るのではありません。

パニックの苦痛があるので自己改善を放棄できないのが現状でしょう
人間は理屈では変化しないが、安楽な状態を体験自覚したら変化する
本能が楽な方を選んで実行します、治す努力より治さないが安楽です
治す、気にする、自分を問題にするが、病気を作るとの知識が要る

そこから治さず気にせず自分を問題にせず生きたら安楽が体験できるはずだが、その安楽体験から自覚ができ治癒えと導かれる
しかし多分「治したい」「治すために治さないを行う」こうった事が邪魔をして治癒まで行かない事が多い
本人の持ったまま生きるとの覚悟が重要だが、治すた為になら落第だ
排水の陣、決心、覚悟が重要でしょう。
 

こつこつと…。

 投稿者:風子  投稿日:2019年 5月 2日(木)19時05分36秒
  管理人様や直人様の教えは、さまざまな神経症すべてに共通した、
解決するための心構えのように思います。「節度」をもって、
今この瞬間をこつこつと過ごしていこうと思います。

とかく自分の症状ほど酷いものはないと思うのが神経症の常ですが、
パニック障害に関しては、殊更酷い情動のように思ってしまいます。

あえてお聞きしますが、「パニック障害」に関しても、今までお伺いしてきた
教えによって「抜け出した後の”治り”」までいくと思いますか?
そういったケースはありましたか?

もちろん症状があってもそれを問題にしなくなる、という意味での“治り”のケース
をお伺いしています。
 

節度

 投稿者:直人  投稿日:2019年 5月 2日(木)09時53分47秒
  管理人さんが言われているのは、客観的に治癒の状態を語っている様に思います、治ったら皆そうなるが
私の場合は日々の生活の中で(主観的に言うと)
症状と言うか不得意な状況に遭遇する事が予想される場合は、全ては現場で最善を尽くすで終わります
それ以外の時間に不得意な困難の解決に時間を使わないのが、私の節度だと理解して実行しています
すると困難な不得意な症状からは人生は解放される、症状の現場は最善を尽くすが成功も不成功もある
以後は症状に時間を使わない節度に入り、人生は解放されて、自分の能力を100%発揮して生きれる
節度で人生全体を大事にしたいと思う。
 

風子 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 5月 2日(木)08時31分10秒
  神経症の中で苦しんでいる時の”治り”という事と、抜け出した後の”治り”には大変な隔たりがあると思います。

くるしんでいる最中の『治る』という意味は症状の消滅のみを願っている事です。頭の中はその『消滅のみを願っている事』一色になっています。

治った後の願いは、生活一色になっています。あれをしなくてはいけない、是もしなくてはいけないと言う風になっています。

『症状を』、治りたいとか治したいとかに頓着する余裕が無くなってしまって、症状の除去には興味が無くなっています。従ってパニックの症状が出たら困るとか、困らないとかに心が動かされる事が無くなっています。

従って『パニックの症状が出たところで』そんなことに構っていられなくなっています。つまり治ったという意味になります。

パニックの症状が出るとか出ないとかを云っていられなくなった時が治った時です。
 

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