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パニック障害 お礼

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 5月12日(土)19時02分16秒
  詳しく回答して下さりありがとうございます。
是非、参考にさせていただきます。


>>>管理人


パニック障害の治りは、楽を求めたり、恐怖感を払しょくしようとしたり、不安感の排除をしなくなった時だけです。

不安から逃れようとしたり、恐怖感から逃れようとしたりする事が、そのまま不安とか恐怖を呼び寄せています。

パニック障害の症状を寄せ付けないコツは『恐怖感があったとしても避けようとしないでいる事』たったこれだけが全てです。


健常者と言われる人であっても、突然パニック障害になる可能性はあります。ノイローゼとか精神疾患とか、心を病むといった事は『心の風邪』と表現する事がありますが、治るのか治らないのかは、たったこれだけの違いですが、専門家である精神科医でさえも、この違いを正しく見定めていないように見受けられます。

地獄に入る決心が出来た時パニック障害は完治しています、或は天国を求めなくなった時も同じです。


雑用をするとかしないとかで、治るとか治らないとかを説明している人がいる様ですが、その真意が分かっていない人が書いているような気がしています。

雑用をして『神経症の外に出る事が出来る理由は』=楽になる事を求めていない時だけです。=治りを期待しない雑用の時という意味です。

雑用をしても効果がない時は、楽を求めてする雑用(森田も同じ)『治りを期待している時』の事です。

宗教は最大の心の癒しの心理学と言われる所以は、楽を求めなくなった時が、天国や極楽に入った事を意味しています。正に死にゆく時、『楽を求める事が無くなった心境は=もっと苦しんでも良い』と思える事で、『人生には救いが無かった事を納得する事です。』

救いを求めなくなった時、心は安楽の中に居ます、何故なら全てを受け容れる心構えが出来上がった事を意味しているからです。


この絶対肯定の態度こそが、人生における『涅槃』を手中に入れるための必要条件です。この現在を肯定出来る時、全ての苦しみから解放されます。言い替えるなら全ての神経症の症状が消えてゆきます。

吃音なら吃音を、書痙なら書痙を、対人恐怖なら対人恐怖を、全ての症状は、本人が嫌う事によって『頭の中だけに作り出していた症状』でしかないからです。
 

パニック障害

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 5月 9日(水)07時38分4秒
  私は約六年間、パニックによる過呼吸発作や予期不安で毎日苦しんでおります。
そこから抜け出すにはどうすればよいのでしょうか?


>>>管理人



パニック障害は、予期不安とか恐怖症とか不安症といったものを悩んでしまって、更なる予期不安を呼び寄せているものです。

こう言ったものを総称して神経症と呼んでいますが、いわゆるノイローゼを悩んでいると言っても良いと思います。これから書く事は理屈でしかありませんが、この理屈が分かったところでパニック障害から逃れる事は難しいかも知れません。

ですが解らないでいるよりは、遥かに完全解決の近くに位置する事を意味すると思いますので、あえて書いて置きたいと思います。

今の貴方には理解出来ない部分があるかも知れませんが、治って来た時には、心の底から納得出来るようになっていると思います、従ってこの文章にうなずく事が出来た時には、貴方はパニック障害の外側に居て、パニック障害が治るという事と、治らないでいるといった事に付いて詳しくなっていると思います。

今は分からなくとも良いですから、読んで置いて下さい。

パニック障害の奥に潜んでいる事は『自身の生命とか人生とかに関しての不安感や恐怖感』に怯えている事を意味しています。その原因は貴方の個性に依っています。この意味は貴方は他の人よりも心配性とか、神経質な性格傾向があるからです。

この傾向は、他の観点から言い表わすなら『貴方がこの人生を(深く掘り下げて、不安とか恐怖感に怯える事が無くなるように希求)解き明かして有意義に生きて行きたいといった願望の表れ、という言い方も可能と思います。

神経質で心配性な性格傾向が強い人が、その強さによって宗教家の素質になっているという言い方も可能と思います。

仏教の大元にある事柄は『一切皆苦』です。これはノイローゼと言っても良いと思います。意識地獄を言い表わしていると思います

この苦しみ(ノイローゼによる意識地獄)から逃れる方法=人生のあらゆる苦しみの根源を見抜いて、その苦しみから逃れる事を”解脱”つまり、有限のこの世での不自由な世界感からの解放を意味しています。

つまり、有限の壁の前で限界を感じていた自分の心が、この有限の壁を乗り越えて、自分の魂が解放される事を解脱と言っていますが、この苦しみの根源とは無明の故と釈迦は説いています。

意識の発生は分別に依るものと説いていますが、この分別こそが見る者と見られる者を生み出す大元を作っています。この二元論を人間は悩んでいますが、この二元論を作り出している事そのものの解明をする事がすなわち『解脱を意味しています。』

難しい話になってしまいましたが、こういう話は止めて、
とも様がパニック障害を乗り越える話をします。

パニック障害を終焉させるために必要な事は、自身に湧き上がる、感情との付き合い方を学ぶ事です。パニック障害を冷静に見た場合では『自身に湧き上がる感情に右往左往している事を意味しています。』

誰の心にも感情は湧き上がっています、怖い感情も不安な感情も全ての人に湧き上がる感情は同じです。高いところは”高い”です。狭いところは”狭い”です。人に会った印象は”会った人の印象そのものです”

こう言った湧き上がる感情に特別な反応をする時、高所恐怖症とか閉所恐怖症とか対人恐怖症とかにまで発展する事が在ります。

発症する原因は『湧き上がる感情』に過剰反応している事が原因で発症が始まっている事です。

パニック障害の発症の初めは、小さな不安感です。この不安感に過剰反応をして拒否反応をする事が発症の原因になっています。従って治ってゆく場合では、小さな不安感をそのままにして味わう事です・

小さな不安感はそのままにして置く時、小さな不安感としてそのままになっていて、すぐに消えて行って、多くくなる事はありません。

今の貴方は、小さな不安感に、ことさら過剰反応をしているだけです。この過剰反応する事によって、貴方の心は拒否反応を起こすようになっています。この拒否反応をする事から悲劇が始まっています。

貴方がパニック障害を乗り越えた時には、貴方は自身に湧き上がる感情を『冷静に見つめる事が出来るようになっています。』


湧き上がる自身の感情に、特別過剰な反応をしている事が貴方のパニック障害の原因だからです。

もう一度、云い方を替えて言って置きます。

貴方が治った時に分かると思いますが、湧き上がる感情に対する対処の仕方を学ぶ事です。湧き上がる感情を『相手にしないでいる事』或は『右往左往しないでいる事』或は『冷静沈着になっている事』がカギになると思います。

誰であっても、湧き上がる感情の虜になって、右往左往する時には『パニック状態』になる事は必定だと思います。
 

うつ病になる人とならない人の違いはなんでしょうか

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 5月 4日(金)19時28分21秒
  うつ病になる人とならない人の違いはなんでしょうか?

接待が多く仕事も激務だけどうつ病にならない人
月2で終電、普段は9時出勤19時退社でうつ病になる人

違いはなんでしょうか?
どちらも激しい飲み会があるのに
その人の体質と言われてもぱっときません



>>>管理人


うつ病の定義で多少の違いが生じるかも知れませんが、うつ病になるという意味は『自分自身の心の争いに巻き込まれる』という意味があると思います。この場合での争いという意味は『脳内での戦いとか、言い争い』という意味です。

こうなるのには原因がありますのでその原因を科学的な証拠を揃えて提示したいと思います。

人間の脳内には、誰であっても人格が二人存在しています。その証拠です。

ウイキぺデアからの引用です。


『スペリーの実験以前には、いくつかの研究結果から大脳の大部分は分化しておらず、代替可能と考えられていた(例:ラシュレーの等能説、量作用説)。彼は初期の実験でこれが誤りであること、すなわち発達期を過ぎると脳の神経回路がほぼ固定化することを示した。

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球がそれぞれ独立した意識を持っていることを実証した。

この研究は、左右の大脳半球の機能分化の理解に大きく寄与した。しかし、スペリーが明らかにした事実は、歪曲されたり拡大解釈されたりして世間に流布した。1981年ノーベル生理学・医学賞』


普通の場合では左脳に存在する意識が『自我意識』を形成しています。我思う故に我在り、という場合での”我”です。この自意識は生まれて来てからの、全てが学ぶ対象になっています。

何も知らされていなくて何も学ぶ事が無くて生まれて来ています。そうして全てを知識として言葉を介して蓄積をしています。そうしてはなはだ厄介な事になりますが、言葉で理解出来る事とは『全てが割り切れる事だけ』という意味を持っています。

言葉に出来るという意味は、全てが割り切れる問題=有限の世界という意味を含んでいます。つまり「自意識は有限しか理解出来ない機能から成り立っている事を意味します。』『永遠といった概念は理解出来る機能は備わっていない、という意味になります。』


これに対してのもう一人の自分とは右脳に存在している意識です。分かり易い表現をするなら『無意識を司っている意識です。』そうして『自身の生命維持機能をすべて一手に引き受けて昼夜も問わずに休みなく働いています。』

この意識(機能)は生まれる前から全てを知り尽くして働いている機能の事です。身長の大きさから体重でも髪の毛の色でも、呼吸数でも脈拍数でも、いかなる時にも休む事無く働いてくれています。蜘蛛が蜘蛛のままで蜘蛛であるように、人間が人間であることを人間たらしめている機能の事です。

当然”心”とも関係しています。赤ん坊が教えなくとも安心でも不安でも、恐怖でさえも知っている事と関係しています。どういった打ち合わせが無くとも「素晴らしい舞台等でのスタンデングオベーション」をさせている者と言ったら分かり易いかも知れません。

全ての人間に備わっているこう言った、感情を湧き上がらせている”意識”がうつ病の原因に関係しています。

人間の心(の機能)には二通りあって、一つは感情を湧き上がらせている機能で、もう一つは感情を湧き上がらせられている機能という事を意味します。

こう言った意識が人間には二つ備わっている事が、うつ病に関係しています。

うつ病を治すために必要な事は、症状別に対応するという事ではないです、症状の改善を抜きにする事で治る時期は早まります。

症状の事は気になったり苦になったりするでしょうが、症状を相手にしないでいる事が一番大事な事になります。森田療法というものがありますがこの療法の眼目は『不問』です。症状を問題にしないでいるという意味です。

そうして症状を問題にしないで生活している内に、症状が有っても無くとも関係なく生活が出来るようになります。こういった生活が徹底される時症状は在ったままで症状にはなり得なくなります。此処まで来た時には『症状は在ったままで症状ではないものに替わります』つまり症状は消えてしまう事を意味します。

うつ病はノイローゼであって、苦しみとか悩みは、本人が頭の中で自分が作っていたことを意味します。


従って『うつ病になる人とならない人の違いはなんでしょうか? 』の答えは、自分自身との向き合い方のスタンスによって変わってくるという言い方が適切と思います。

この説明には『仏教の無明』を解説する事が有効と思います。人間の心とか人生が業に満ちていて苦しみの連続に見える事は、『自分自身に疎い事=無明』の故に依っているといった考え方です。

人間の苦しみとは、人間自身の内部に苦しみを内発させている者が内在している事による、といった考え方です。この者を見つける事が出来ない事を”無明”と表現しているようです。

人間の苦しみは『二元論』に依っているが、その二元論が沸き上がる根源には何があるのか?といった内容だと思います。

右脳の人格は生まれる訳ではない事から、滅する事が無い存在です。それでいながら、人間の髪の毛でさえも黒くも白くも赤毛にさえ出来る存在です。全てが備わった存在という言い方も可能です。

又、永遠からやって来て、又、永遠に戻ってゆく存在です。永遠とか無限という意味は、言葉に出来ない、或は割り切る事が出来ない事柄という意味です。

禅の中に適切な言葉がありますので、ご紹介して終わりにします。

自分の命そのものの働きの”意思”=”仏性”との間柄は、『没交渉』の間柄と書いてあります。ですが逢ってみたら『もう既に知っていた存在』と書いてあります。

従って今更『お前は誰か?と聞く必要など無かった。』と書いてあります。

無明を打ち破って自身の内部の『右脳の意識=仏性=無意識の意識』と出会った事に付いての感想は皆声を揃えて『生死の問題が解決した』に尽きる様です。

有限の壁の前でジレンマに陥っていたわが身が、ついに永遠の意味を体得した瞬間を意味します。

この究極の心の癒しの心理学を禅では釈迦から連綿と直に弟子達に伝え続けていると禅の問答集は伝え続けています。

 

鈴木学校の卒業達のその後

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 4月30日(月)20時01分30秒
  神経症第二掲示板に書いてあったものですが、斎藤氏の許可は貰っていません。

 投稿者: 一休さん 投稿日:2018年 4月29日(日)22時23分35秒 om126211122014.13.openmobile.ne.jp  通報   返信・引用


斎藤先生は常々、神経症患者は精神病患者であり、また、半人間である。
従って会社の仕事など任せられるものでは無いと主張されています。

その点に付いては同感です。

しかし、鈴木学校の卒業生達が皆が皆果たしてそうでしょうか?

それを調べるのは、簡単な事であり、その気になれば2~3日の内に立ちどころに分かります。

ネットで、鈴木知準、正知会とキーワードを入れれば或る本がヒットします。

タイトルは不鮮明ですが、確か、鈴木知準診療所の入院森田療法の体験と言った内容だったと思います。

ただ、著者は正知会で間違いありません。

その古本をアマゾンで注文しさえすれば良いのです。
簡単な事です。

正知会とは鈴木学校のOB会の事であり、また、余談ですが知拙会とは、それの謂わばジュニア団体です。

詰まり鈴木先生に恩義を感じている卒業生達が世代を超えて引き継がれでいる訳です。

自分は鈴木学校の落第生ですので、余り偉そうな事は言えません。

しかし、鈴木学校へは10.年間通い続けましたので、正知会のメンバーの恐らく1/4は直接お会いした事があるか、或いは体験談の信憑性の確認ぐらいは出来ます。
また、猜疑心の強い方は、出来るかどうかはわかりませんが、正知会か知拙会のメンバーになり、毎月行われている会合に出席すれば良いのです。

要するに、百聞は一見に如かずなのです。

また、ジュニア団体の知拙会のメンバーは全員、自分の先輩や後輩達であり、共に薔薇園で汗を流した仲間です。
自分もかってはメンバーでした。

当時は単なる呑み会であり、今は呑み会プラス何か鈴木学校での大恩を社会に還元する様な活動をしている様です。

例えば、正知会の会長さんは、講談社のもと常務さんです。
果たして、何処の酔狂な社長が半人間を役員にさせるでしょうか?

また、誰が誰でも知っている公認会計事務所の役員にさせるでしょうか?

また、会社経営者も多数おり、どうしてリーマンショックの危機を乗り越えることができましょうや?

その他、税理士、医師、教員等々多彩です。

また、知拙会にも会社経営者が3名はいます。
皆、それぞれ苦労をされている様です。

中には胃潰瘍に成っても、神経症時代の苦労を考えれば何でも遣れると言う旨の発言を本の中には記載されて居ます。

斎藤は鈴木学校の卒業生達を皆、精神病患者扱いにされて居ますが、上記の様な遣り方で一度でも真剣に裏を取った事がお在りでしょうか?

また、無為療法に訪れる鈴木学校の卒業生が今まで何人いたのでしょうか?

どうせ、精々自分の様な落ちこぼれでしょう。

願わくば苦労して書いた文章なので、削除等しないで下さい。





[432] 斎藤氏の思い違いか?
 投稿者: H.N 投稿日:2018年 4月30日(月)19時54分54秒 p5190-ipngn2301niigatani.niigata.ocn.ne.jp  通報   返信・引用
一休さんの投稿を調べてみました。

依然の書き込みで、世界中で神経症が治ったのは過去においても現在においても、たった一人と書いていた人がいます、鈴木知準先生の正知会、或は畑野文夫氏の編集本でも学んで認識を正して頂けたら面白いと思いますが、どうなんでしょうか?

神経症が治った人なんか、編んで干す程沢山存在していると思います。S氏の専売特許のような言い方は良くないと思います。

インターネットの世の中ですので、間違った情報を鵜呑みにする馬鹿な人はあまり多く存在していないとは思いますが、念のために書いて置きました。神経症の人達は視野が狭くなっていて、間違った情報でも一度信じてしまうなら、そういう情報一辺倒になってしまう場合が想定出来ますので、広く学んで神経症の治りはS氏の言う通りとは限らない、場合もある事を学んで下さい。

もう一言書き足すなら、神経症と精神病はS氏の言っている事には勘違いが混じっていると思います。精神病は精神病であって、或る日ふと立ち寄った本屋で読んだ本がきっかけで、一晩で治るといった性質のものではないようなな気がします。

神経症は『物の見方の偏り』が原因ですので、世の中の認識の誤りが正された時が治りになります、従って斎藤氏がある本によって一晩で治るという事はアリエールになると思います。

 

うつ病の人は「自分を見失っている」

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 4月22日(日)13時01分3秒
  うつ病の人は「自分を見失っている」とも言えますか?


>>>管理人


言い方によっては、そのように言う事も出来ると思います。うつ病と言ってもその症状の違いとか、その症状の重さとかは各々の人によって違っていると思いますが、うつ病そのものが「自分を見失っている結果」という事も出来るかも知れません。

うつ病になった人の身体とか脳に於いての機能検査をした場合では『殆どの場合で異常なしと判断されているようです。』異常があるならその異常によって病名は確定するからです。

身体も脳も異常なしという意味は、心も身体も健康という意味になるかも知れません。只言える事はノイローゼになっている可能性があると思います。

ノイローゼは『心も身体も健康』な場合に頭の中に『異常でも無いにも関わらず症状を作り出して、自分で作り出した症状が恰も現在存在しているかの如くに感じて、その症状に敏感に反応している現象。』と言えると思います。

現実の目の前の世界は誰の目の前にも厳然として真実の世界として存在しています。この世界を肯定する事が出来るなら『自分を見失っていない』と表現出来ると思います。何故なら目の前の現実の世界が真実の世界として展開していて、それが肯定出来ているからです。

処が同じ目の前の現実の世界の中に居ながら、『頭の中に仮の世界を作り出して、その世界を現実と勘違いしてしまう場合があります。』

現実の世界では医師の元に行って身体も脳も異常なしと言った検査結果を貰っていますが、『頭の中に作られた仮の世界では、自分が異常あり』として予期不安としての不安とか症状とかに怯えている状況になっているからです。

おもな症状とは『予期不安としての症状』が意識に上がって苦しむ事が症状と思います。

その訴えている内容が主な症状という事になると思います。ところが現実に、検査結果から言うならば、そう言った事実は存在していません。現実には無い症状を、頭の中に作り出して感じている状態をノイローゼと表現しています。

神経症の症状もうつの症状も、共に予期不安の一種の形を不安として『頭の中に作

り出して、現実に対応している事』を意味していますので、こう言った意味から

言うならば、現実に適応出来て居ないという意味から言って 、『自分を見失って

いる』と云う表現も可能と思います。
 

抗鬱剤と離脱症状

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 4月21日(土)20時13分47秒
  抗鬱剤と離脱症状と題して翻訳しました。
http://mui-therapy.org/newfinding/antidepressant-and-withdrawal.html
これは最近のニューヨークタイムズからの記事です。
私は薬絶対反対派ですが、これほどの離脱症状があるとは知らなかった。
抗鬱剤は脳をダメにすると言いたい。
 

管理人さん

 投稿者:  投稿日:2018年 4月20日(金)12時25分43秒
  わたしはもうネットは完全に卒業して、実際の手が届くアナログ生活の中だけで生きていきたいと思います。
最近は、神経症者をバカにする人の冷たさに対して、恐ろしささえ感じます。
人を精神病扱いし、ありもしない病気をでっち上げられる様な恐ろしさをとても感じる。
そんな所にはわたしの居場所はありません。
管理人さんの居場所もないと思います。
管理人さんは優しい方なので対称的ではありますが、人はバランスが大事であり、わたしはどちらにも共感できず、長くお世話になったので、一つの区切りとして最後のご挨拶だけしにきました。
わたしは決して、管理人さんのような人が嫌いなわけではありません。
神経症を苦しんできただけあって、稀に見る粘り強さも感じます。
だから、ある意味とても信用出来た為、長居させていただきました。

人にとって大事なのは今です。
自分というのは、今の自分の事です。
今まで色々ありましたが、それがあってこその今ですから無駄はありません。
わたしに対しても、過去の先入観をなくして、今に向き合ってください。


今までありがとうございました。
 

(無題)

 投稿者:美香  投稿日:2018年 4月18日(水)15時06分57秒
  神経症を治したいなら、常に休むことを意識すればいい。
脳を見て。今、あなたが脳から出る妄想により、苦しんできたことを。
目をそっと閉じて、妄想だということを自覚しよう。
今触れているものは何か?
頭は、足は今どこに触れているか。。
現実を自覚すれば治る。

これは神経症者に見てもらいたい文です。
管理人さん、是非のせてください。
 

パニック障害が治った方

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 4月14日(土)12時22分29秒
  パニック障害が治った方

12月末に初めてパニック発作になり、職場の新鮮な方の勧めで発症した次の日には心療内科に行きロラゼパム0.5を1日2回飲んでいます。今までにひどい発作は3回ほど起きました。
おそらく原因は秋から結婚前提の同棲を始めたからだと思われます。彼と話し合いこの病気に向き合っていますがいまだに治る気配がありません。2日に一度は心がザワザワします。
もし完治した方がいたらアドバイスをうかがいたいです。


>>>管理人


パニック障害を克服する事は、自分自身を知る事によって解消すると思います、或は人間通になる事によっても可能と思います。そのための課題は『人間はなぜ苦しまなくてはいけないのか?』という人間そのものが持っている課題です。

そのヒントになるものが宗教ですが、貴方に特定の宗教を勧める気はありませんが、貴方自身の中に在る宗教に対する憧れを目覚めさせる事で、或は可能になるのかも知れません。

パニック障害は大きな分類の中ではノイローゼに属していると思いますが、こう言ったノイローゼとか心を病むといった現象はその心の裏側に『人生に対する恐れとか、自分自身に対する恐れとか、生と死に対する恐れ』を抱いている事が挙げらると思います。

こう言った悩みとか苦しみを強く感じる場合では、神経質な性格とか、自分自身とか世の中の出来事に敏感な性格が特徴として挙げる事が出来ると思います。こう言った性格的な特徴が実は宗教家として立って行く場合では大前提として挙げる事が出来る資質だと思います。

今回はこの問題は関係ありませんので、書く事は止めて、パニック障害が起きる仕組みを書いてから、治ってゆく仕組みを書いて置きます。

パニック障害はノイローゼの中の一種だと思います。そこでノイローゼになる仕組みを書いて説明します。ノイローゼは人間にのみ与えられた障害と思います。ノイローゼは何かというと『恐れを予期不安として、具体的に頭の中に作り出してしまって、現実には無い(存在しない)不安とか恐怖を実際に今此処に在るかのように感じて、不安とか恐怖の中で恐れている現象)』と言っても良いと思います。

ノイローゼの一種に神経症がありますが、様々な症状が存在しています。時間が在ったら神経症の症状も勉強して下さい。全てが予期不安から発症しています。そうしてその症状の一つに『、、、恐怖症』がありますが、その、、、に当てはまるのが貴方の相談している『パニック障害』という事になります。

高所恐怖症というのがありますが、その高所と、パニックを入れ替えるなら同じく只の恐怖症という事になりますが、原因は同じです。原因は同じでありながら症状が違うだけといった意味になります。

従ってノイローゼには様々な症状が在りますが、元を正すなら原因はたった一つという事になります。このために医師が処方する薬も効能は同じく一つという事を意味しています。その効能とは『苦を軽減する効果』という事を意味しています。

処が医師の処方する薬では『対症療法であって根本治療にはならない』と言われていますが、その理由は『苦を軽減する効果』だけではノイローゼは良くなる事は無い事を意味しています。その理由は、その”苦”を本人が予期不安として『自分が自分の頭の中に作り出しているからです。』

このからくりに気が付く時『ノイローゼは根本から、本人の頭の中から、解消されて』二度とノイローゼとしても、予期不安としても、苦も悩みも『本人を煩わす事が無くなります。』是がノイローゼの完治を意味します。

寛解ではなくて完治です。寛解という意味はまた逆戻りをして病の中まで、真っ逆さまに落ち込んでしまう可能性を孕んでいますが、完治とはそう言った逆戻りのない治りを意味します。

この完治を説明するためには、なぜ人間は悩まなくてはいけないのかとか、人間の苦しみは何処から来ているのかを説明する必要があります。そうしてその苦しみの根源が分かる時、もう二度と心の苦しみとか心の病むとか、心が闇に覆われる事が無くなります。正に無明から解放されるという意味があります。

パニック障害の原因は予期不安です、それは不安とか恐怖に対するものですが、元を正すなら、『自分自身の人生とか、生命とか生きる事や、死に対する不安とか恐怖』がその大元になっています。つまり自分や自分の人生に恐れを抱いている事が一番大元になっています。

もっと分かり易く言い表すなら、死に対する不安、或は死にたくないといった欲望、或は永遠の生を生きて行きたいといった願望がその基になっている事が分かります。

処がこう言った願望は叶う事など無い事は明白だといった現実が立ちはだかっています。こう言った事を『薬の処方でやっている事』が医師による対症療法と言っています。治らないでいます、治ったとしても寛解止まりになっています。

処が宗教の世界では可能としています。その結果が世界中での宗教文化や宗教建築や聖典や仏典の伝承や発展となって残されているようです。

キリスト教では『永遠の命とか、復活として』仏教では禅の教えとして『悟りを開いて、生死の問題を解決する』と表現しているようです。

いずれにしても、不安とか恐怖心を克服しています。

パニック障害を起こしているものは、恐怖とか不安とかから逃れたいとして『頭の中に作り出している予期不安です。』

神経症なども同じですが、症状を悪いものとして逃れたいとする事です。

パニック障害が治った姿です。パニック障害の症状が襲って来た時、パニック障害の症状から逃れようとしないでいる事です。逃れようとしない事で『予期不安としてのパニック障害の症状は発生しなくなっています。』

それはパニック障害の症状を受け容れて、パニック障害の症状を排除したり逃れる事が無くなった姿です。
パニック障害の症状を受け容れていますので、予期不安が無くなっています。予期不安が無くなっていますので、パニックの症状を『意識』する事が無くなっています。

症状を意識する事が無くなっていますので、症状が在るにもかかわらず『症状としては意識される事はありません』つまり症状が消滅した事を意味します。パニック障害の症状が出ようが出なかろうがそんなことは眼中になくなっています。治そうと意識する事が無くなっていますので『予期不安』が意識させることはありません。これがパニック障害の完治という事を意味します。

神経症なども同じですが、吃音の場合では『頭の中で、絶えず吃音という事が意識されていますので、吃音が頭から離れる事が在りません。』予期不安で頭がいつも占領されていますので、吃音が意識されて意識地獄になっています。『心此処に在らず状態ですので』何をやってもまた吃音と意識されています。

吃音が治った場合では、もうすっかり吃音を受け容れていますので、吃音が出ても出なくとも、しっかりと目の前の現実に対処するだけです。吃音が出たとしても出なかったとしても、そんなことよりも現実の対処が重要になっています。つまり大事な事は吃音を治す事ではなくなっています。

つまり治そうとしなくなった時症状が無くなっている事を意味します。

パニック障害でありながらパニック障害を治そうとしなくなった時にだけ、貴方はパニック障害が治ったと表現が出来ます!言い替えるなら『もっとパニック障害の症状よ襲って来い!』と貴方が開き直る時貴方はパニック障害から解放されています。
 

脳と心。

 投稿者:自然Yukiko  投稿日:2018年 4月 9日(月)23時02分48秒
  「奇蹟はここから始まる」というイベントがあり参加しました。
その時から私の奇蹟体験が始まりました。
あれから七年たちました。
「奇跡というものはこの世にはない。」テレビのドラマコマーシャルの中のセリフに
奇蹟はこの世のものではない。と感じました。
左脳ではこの世の理解しか出来ません。
前世、今世、来世。永遠を理解できるのは右脳です。
昨秋、玄関に置いてあるジャコバサボテンの鉢に何処からか
日々草の種が飛んできて、真っ白な花を見事に咲かせました。
真っ白な日々草を初めて見て驚きました。
私の葬送の花かしらと感じました。
そしたら今まで咲かすことができなかったジャコバサボテンが
またまた見事な真っ赤な花を咲かせました。
紅白の鉢になりました。
この喜びを受け止めるしあわせを感じています。
奇蹟の国日本に生まれて。
 

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