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犬様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 4月19日(金)21時52分48秒
  貴方の先人に対する態度は、一貫していると思います。森田理論に対する欠点とか善い点とかに対する態度とかが公平な事に対してです。

斎藤氏の無為療法に対しても変わらない態度が見えます。公平かつ真摯な評価は大変重要と思いますので、そう言った態度での評価を又書き込んで下さい、期待しています。
 

森田情報 その1

 投稿者:KY  投稿日:2019年 4月19日(金)13時21分31秒
  全体的の森田療法に対して把握していない人のために私が知っていることを書いてみます。

その前に、ロンドン大学の教授は、精神疾患の半分は、14歳以下の幼少期の虐待が主な原因で、残り半分は、先天的体質(気質)と言っており、日本でも、戸田裕之他(幼少期ストレスの気分障害に対する影響)があります。

心当たりのある方は、友田明美著、 虐待が脳を変えるを読んでみてください。
ものすごくよくわかります。

遺伝子検査で、陽性と出る遺伝性の乳がんと、食生活等の環境からくる乳がんと思っていいかと思います。

神経症は、先天的気質と、幼弱性が重なって、困難な状況等で、発症でいいかと思います。

森田先生と直接面識がある先生は、高良武久先生、鈴木智準先生、水谷啓二先生です。
青木薫久先生他は世代的に面識がありません。

森田先生自身は、禅の言葉は使用していません。
後継者の先生達が使いだし、特に鈴木先生が、道元の永平寺や鈴木大拙の言葉を多用しました。
その影響からか、鈴木先生のやり方は、永平寺の修行僧を参考にされたやり方になったのだとおもいます。

森田先生の形外会の講話を、主に水谷先生と鈴木先生が速記して、その講和をまとめたものが、森田正馬全集5巻です。

青木先生は5巻から、重要な言葉を抽出して、森田理論を構築されました。
一部紹介すると、神経質とは、強い欲求がある、執着性が強い、自意識過剰である、心配性であるといった、特長をもつ気質と定義されています。

このような気質で、幼弱性があり、困難な状況に直面した時等に症状と現れるということです。
一つ紹介すると、心配性なので、物事のマイナス面ばかりに注意が向くのを、プラス面にも注意を向けなさいということです。

鈴木先生と青木先生と生活の発見会で共通した見識はこの幼弱性です。

鈴木先生は自電車にも乗れないへなちょこ、一人っ子は甘やかされてダメだとかです。鈴木先生自身、上が姉、下が妹で一人っ子同然に甘やかされたと言っておられました。
青木先生は、自己中心的、依存的、観念的、鋭敏脆弱的とまとめられています。
発見会は、気分本位をやめて、目的本位にするよう子供じみたことはやめなさいと言っています。

わたしが入院中、鈴木先生のところにクレームの手紙が来て、動き回るやり方に、それは森田療法ではない。鈴木療法と呼べと言った内容の事を言われていたのを覚えています。

鈴木先生は森田の言葉をほとんど使わず、禅の言葉の講話が多かったです。

H.Nさんと斎藤さんの議論は、鈴木先生の言われた言葉の論争と、とらえておくべきかなと思います。
やはり、森田先生の言われた、自然に服従に環境に柔順なれとか、事実本位、事実唯真とかも考慮したほうがいいと思います。
簡単に言えば、現実的に物事を考え、現実的に行動しなさいということだと思います。

また、青木先生は、実際の生活、仕事で、森田を実践しなさいと言っておられます。
森田を知っただけでは、不十分で、実践して神経症が良くなるのだと。

実践無くして変革無しといわれ、実際森田を勉強しても、屁理屈こねて、嫌なことは避けまくり、実践しない人が多いからです。
 

斎藤さん

 投稿者:  投稿日:2019年 4月19日(金)09時54分15秒
  >宇佐先生に入院した患者が、10年後も宇佐先生を連呼している。

斎藤さんは、
「雑用だ」、「動き」だと連呼してましたけどね。

>私が本の中から抜き出したのは100ページの中の1ページで、その中の僅か2行ほどで
あった。
>以来、宇佐先生に質問した事もないし、本を読み返したこともない。

こういうことができるのは、
人類の中でも、ほんの一部だと言われています。
それこそ、100万人に1人の存在と言っても良いかもしれません。

でもこれが、禅の本質だなんてことは、ありません。

100万に1人しか救われない方法が、
数千年に渡り、全世界に普及するだなんてことは、
常識的に考えて、ありえないでしょう。

だからこそ、禅の修行者だって、経典を一生懸命学ぶし、
修行者同士、論争をしたりします。


斎藤さんが、その100万に1人の存在とは、わたしは思ってません。

だからこそ、
「雑用だ」、「動き」だと連呼していたのでしょう。

わたしは、もう何年も前から、
雑用や動き、それ自体には、神経症を癒す効用はない、
そう言ってきました。

でも、あなたは、それを聞き入れることはなく、
ただ、
「ああ。青い顔して天井を見ている人間は可哀想だね。人間のクズだね」
というばかりでした。

苦しんでいる人を、
これ以上、さらにイヤな気分にさせるようなことを言うのはやめましょうよ。

それが真理であるならいいのですが、
斎藤さんの理解は、不完全なのですから。

「自らを欺きて、他を欺く」という言葉があります。

これは、
「自分自身、間違った理解をしているのに、
それに気がつかず、そのために、他者を間違った方向へと導いてしまう」
という意味です。

斎藤さんがやってきたことは、こういうことですよ。

どれだけの人を苦しめてきたのか、斎藤さんは考えたことありますか。
 

直人さん

 投稿者:  投稿日:2019年 4月19日(金)09時46分53秒
  >そう、これで治り安楽な治癒の世界に生きる様になるは正解だろう
こうなればこの安楽な世界に常駐すればいいだけなのに、なぜ神経症を治す雑用を行う世界に戻るか不明だ、異常だ
>治った世界は、仕事はけっこう安楽で順調に行く、間違いは少ない

とても良い言葉で感銘を受けました。

「安楽な世界に常駐すればいいだけ」

ほんと、その通りですよね。

あとに続く、水谷さんの言葉も、すごく良かったです。
 

KT Yさん

 投稿者:  投稿日:2019年 4月19日(金)09時39分10秒
  ではどうして、
心に用事なしをしていると、
神経症の症状から来る苦しみは解消されるのでしょう。
そこには、どんな力が働いているのでしょう。
 

斎藤 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 4月19日(金)09時27分45秒
  『言葉を弄ぶ態度からは腐敗臭がしてくる。』

動きが見えないとか?、雑用が出来ていないとか言った言葉か?
 

また言葉の解釈だ

 投稿者:斎藤  投稿日:2019年 4月19日(金)08時09分16秒
  >宇佐先生は「心に用事なし」と言いますね。

また言葉の解釈だ。宇佐先生に入院した患者が、10年後も宇佐先生を連呼している。
斎藤は先生の本を読んで一晩で治った。この違いは何だ。
私が本の中から抜き出したのは100ページの中の1ページで、その中の僅か2行ほどで
あった。以来、宇佐先生に質問した事もないし、本を読み返したこともない。
これが禅の本質であり、宇佐先生は目指しているはずであるが、実際は反対を
していた。だから、殆どの入院患者は神経症のままで、先生もついに力尽きた。

神経症の治りとは無意識の回復で、言葉が脳から消える事を意味している。
健康な脳ではうるさい言葉がないから静かなものなのだな。
神経症者は始終言葉を弄り回していて、治った者はそれを唾棄する。
言葉を弄ぶ態度からは腐敗臭がしてくる。
 

お断り

 投稿者:KT Y  投稿日:2019年 4月18日(木)23時08分10秒
  わたくしはカフェに行った時ぐらいしか書き込めないのでこれで失礼します。返答できませんので今お断りしておきます。ごきげんよう  

犬さん

 投稿者:KT Y  投稿日:2019年 4月18日(木)23時00分28秒
  犬さん、ですからですね、失礼ですが其の仰る事がそれこそ自力じゃないですか。意味分からず。すいませんですが失笑してしまいました。

一見よく思える、心を分けて考えるともすいません失礼ですがお伽話と思います。
いろいろ勉強熱心沈思熟考されておられてですが過剰思考は禁物と思います。



 

現実の安楽を体験、自覚すれば治る

 投稿者:直人  投稿日:2019年 4月18日(木)22時35分29秒
  >神経症とは、脳が強迫観念で暴走した精神病である事実を最初に認めないとならない。
神経症の多くの人は、働いて家庭も持ち過ごしてきた、苦しい辛いはあるが、「脳が・暴走した精神病」でない事は多くの人が証明している。

>強迫観念は、常に治す方法を求めていて、・・止むことがない
病気の時はこの状態ですね、森田療法を一生勉強するのも、雑用を一生して過ごすも、治すを求めた行為だろう、病気は現在進行中と言うこ所だ。

>治す方法は、有無を言わさず、今この瞬間に治療行為を停止する事。
まったくその通りですね、これが完全に出来れば治る
しかも治すのは難しく困難だが、治すを止めるは単純で簡単な事だ
森田博士も同じ様な事を言っている
「不眠でも、赤面恐怖でも、なんでもこれを治そうと思う間はどうしても治らぬ、治す事を断念し、治す事を忘れたら治る」森田正馬全集 第五巻 P318
「神経症の治ると治らないとの境には、苦痛をなくしよう 逃れようとする間は、十年でも二十年でも決して治らぬが、苦痛はこれをどうする事も出来ぬ、しかたがないと知り分け、往生した時は、その日から治るのである。」森田正馬全集 第五巻 P389

>死んでいた無意識の復活で、無意識は健康生活の基本をなす。
そう、これで治り安楽な治癒の世界に生きる様になるは正解だろう
こうなればこの安楽な世界に常駐すればいいだけなのに、なぜ神経症を治す雑用を行う世界に戻るか不明だ、異常だ
治った世界は、仕事はけっこう安楽で順調に行く、間違いは少ない
そんな治癒の世界を言った言葉に水谷啓二氏(共同通信論説委員、部長)が居る
「昔の様に自己改造の努力や、自分の心をやりくりする事を、すっかり止めてしまっただけに 心のしこりがすっかり、なくなり自由でゆとりのある生活を楽しめる様になった。又自己改造などくだらぬことにエネルギーを浪費する事が無くなったので、 それだけ多く毎日の仕事にエネルギーを注ぎ込める様になった。・・自己改造の努力をすっかり捨ててしまった時、初めて自己改造が実現した、と言えるかも知れない」
こういった治癒の理解は知識であり一生忘れる事はない、つまり再発など無いので、ここに常駐して、部長でも社長でもやれば良い。
 

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