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斎藤療法の欠陥が本人が認めた!

 投稿者:KY  投稿日:2018年12月29日(土)22時39分47秒
  【謝らないとならない。  投稿者:斎藤  投稿日:2018年12月28日(金)
【私は今から半年前は、雑用を支持し、私も熱心に雑用をしていました。しかしあの時は斎藤自身がフラッシュバックを経験している時だった。フラッシュバックとは先祖返りみたいなもので、無為療法の主が神経症の患者になってしまっていた。】

:もともと神経症ではなく、他の精神病の中の神経症的症状が出たのだろよ。
学会の先生もそういってたな。

【でも幾ら雑用をやっても、後ろに迫る不安が払拭できない。むしろ高まってくる。これはおかしいぞと気が付いた分けです。気がついても狂った脳は暴走する。】

:斎藤療法として不安が払拭するのがところから狂いが生じたんだな

【でもここは一番、人生の最後の賭けとして、療法を全部止めてしまえとばかりに、雑用療法も停止してしまった。】

:療法を全部止めていなかったの?いやはや、なんだそれ!そこから狂ってるんだな。


【その後も、雑用療法を開始しろの私の神経症脳は、やんやの催促をして来た。しかしやらなければ斎藤の人生はないと覚悟して、きっぱりとあらゆる療法を拒否した。】

:無為という名が泣くぜよ。無為のなんたるかを知らんのよな。

【そしたらどうだろうか。急に体が軽くなった。掃除を今まで一日に3回もやっていたが、それを止めて一回しかやらないが、一向に困らない。今まであった背後に迫る恐怖、不安、鬱がきれいになくなって、健康な自分があるではないか。】

:健康人は背後に迫る恐怖、不安、鬱がきれいになくなって、な~んて、いわないじゃろがwww(爆

【もう、雑用の効用は説かない。雑用は結果であって目的ではない。】

:いやはや、言葉を失するな。効用を説いてたの?あきれるぜ。

【強迫観念がきえると体が自然に動く。これが真の雑用であって、効用を期待した雑用は野狐禅になるでしょう。】

:斎藤療法は野狐禅でしたよ~、自分で認めたよwww!そんなでな、よく道元と同じレベルだなんていってたよな。10年以上洗脳された人たちに直に連絡して謝れよ。ったくもう。


 

犬に苦言

 投稿者:KY  投稿日:2018年12月29日(土)22時18分27秒
  犬の発言に苦言しておく。
【空海、親鸞、法然、道元、そして、管理人さんの好きな鈴木大拙といった、日本仏教界のスーパースターの思想も、唯識を理解せずに、本当には理解できないのではないかとわたしは考えています。】

馬カもやすみ休み癒え。
 

管理人さん

 投稿者:  投稿日:2018年12月24日(月)22時26分33秒
  唯識(ゆいしき)とは、
その名の通り、この世界には、「唯(ただ)、意識しか存在しない」ということであり、
自然界に存在しているものはすべて、意識の表れに過ぎないというものです。

海さんがよく言っていることですね。

唯識の思想は、
西遊記で有名な三蔵法師がインドから中国へと持ち帰ったものであり、
それが日本に伝わったのだそうです。

空海、親鸞、法然、道元、そして、管理人さんの好きな鈴木大拙といった、
日本仏教界のスーパースターの思想も、
唯識を理解せずに、本当には理解できないのではないかとわたしは考えています。

唯識思想は、現在、量子力学によって、
科学的に正しいことが証明されつつあり、
これからのコンピューターは量子コンピューター時代に入ると言われています。

量子コンピューターを使えば、
約1125兆(2の50乗)通りの計算が一瞬で完了するとか。

IBMが超越した「量子」の限界
 

犬 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月24日(月)18時52分17秒
  知りません、教えてください。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2018年12月24日(月)11時38分29秒
  真実とは何か

とは、
これまた難しい問いですね。

管理人さんは、
仏教の「唯識」はご存知ですか?
 

真実とは何ですか?

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月24日(月)07時16分3秒
  真実とは何ですか?



>>>管理人


禅を学ぶ事は如何でしょうか?鈴木大拙博士
の場合では著作集と言ったものが膨大にあります。全集として32巻も有るようです。

その著作集で掛かれているものを要約すると、人間が目にしたり考えている事は、頭に描かれた偽物或は思い込みの世界という風に書いてあります。

真実の世界は、人間の霊性が研ぎ澄まされてこないと見えてこないと書いているようですので、この偽物の世界と真実の世界を少し書いてみたいと思います。

現実の真実の世界と、虚であって偽物の世界は今此処の目の前で交差していて交わっていて、溶け合っていてその区別が分からないと書いています。

例えて言うなら、結婚を例に挙げるなら日増しに愛しいと思う事が事が増えて行って、段々と愛が深まってゆく場合を真実の世界という風に行っているのだと思います。その愛が死ぬまで続くという意味です。

今の反対に日増しに愛が薄れて行って、終いには憎しみが増えて行くようになってしまう結婚をしようとする場合が虚の世界に生きているという事だと思います。

ではその違いは何処にあるのかというと、その人の心の中に在ると言います。人間の心には『欲とか、得とか、名誉欲とか、見栄とか』様々な欲望が渦巻いています。

この欲望の届かない所にある心、言い替えるなら、この欲望が、湧き上がる以前の処にある心。此処が大事ですのでもう一回別な表現をするなら『そういった心が沸き上がる事を二念』と言いますが、その二念が沸き上がる前の心とは『一念』の心で生きて行って、その一念が下す判断』をするという意味です。

人間の心には一念=『肯定する心』、二念=『否定する心』が在って、心を鍛える或は心の訓練をする事が大事と説いているようです。

 

うつ病は不治の病ですか?僕はもう人生終わりですか

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月23日(日)11時02分34秒
  うつ病は不治の病ですか?僕はもう人生終わりですか?



>>>管理人



うつ病の本当の原因を学んで、うつになった事と治った事をを理解して、もう二度と後戻りをしない治りを知る事が出来るなら、OKという事になると思います。

うつと言っても神経症と言っても、自律神経失調症や、過敏性腸症候群と言っても皆同じ原因から発症しています。此処の処が分かって、その原因にまで切り込む事が出来るなら『寛解』と言った中途半端な、何時ぶり返すかも知れないし?ぶり返さないかも知れないし?なんていう中途半端ではない『完治した事』を実感出来る、治りに付いて書いてみたいと思います。

奥が深いかも知れませんので、今は深く納得出来ないとしても読み進めて下さい。何度でも、何回でも読んで、心から納得で来た時には貴方はもう『心に付いての専門家』と言っても良いかも知れません。

医師や精神科医に治して貰うと言った考え方では治る事が出来ないかも知れません、出来たとしたならそれは『寛解』という限界点だと思います。その理由は今の医学ではうつの原因の解明すら出来ていない事から、その原因を排除する方法を見つけるには至ってない事が明白だからです。

こういった理由から貴方がうつの完治を望むなら、人間をとことん学んで、人間とは何であるのか、という事まで理解して他人に、説明出来る位にまでになる必要があると思います。

うつを学ぶ事は『自分を学ぶ事です、自分を学ぶ事は、人間そのものを学ぶ事です。』こういった事を学ぶ必要が、うつを理解するために必要な事だと思います。

始めに学ぶ事は『人間は如何して苦しまなくてはいけないのか?』という事だと思います。そうして人間の苦しみが終焉するところまで書き進めたいと思いますので、此処の処が理解出来るなら話が早いと思います。

人間は、なぜ苦しまなくてはいけないのか、という命題は、古からの解くに解けない命題と言っても良いかも知れません、或は自分は何者かという事や、人生とは何ぞやという命題もしかりです。

人間何故苦しまなくてはいけないのかという事も、我々は何処から来て何処に行くのかも、同じ問です。こういった事はたった一つが分かっただけで、全ての答えがパズルの最後のピースが分かった時のように、分かると思います。

貴方の悩みは、貴方だけの悩みでゃなくて、人間としての全ての人の悩みとして共有されているものとしてしっかり悩んで学んで下さい。

人間の苦しみとか悩みとは、人間の外側、つまり環境がストレスとしてあって、環境によるものとして考える傾向があると思います。地球とか宇宙とかとして考えるなら、確かに環境がストレスとして考える事も可能かも知れませんが、今問題にしている人間としての悩みとか、漠然とした不安とか、生き難い想いで生きて行くと言った人間固有の苦しみと言った問題として考える場合では、こういった苦しみはその個人が心の中に『人工的に作っていると思います。』

この苦しみを『人工的に作っている現象を』ノイローゼと言っていたようです。

”悩む”原因は人間の脳の機能の中に隠されていると思います、それは聖書が喝破しています。

悩みや、苦しみが無くて人間にとっての最高の状態を天国と形容していますが、その天国に一番近い存在を『幼子』と書いています。その答えが全てを物語っています。

幼子の脳には、『心が一つしかない為です』

処が成長する事によって、身体も脳も大人になってゆきます。そうして思春期頃に決定的な変化が起きる事になります。

大人の脳の機能が分かる文献と、資料(動画)を載せてみたいと思います。

ウイキペデアからです。

”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”


簡単に説明するなら、左脳に存在している意識が自意識=顕在意識です。言葉で理解出来て言葉によって学ぶ事が出来る機能で出来ています。

右脳にも意識がありますが、殆どの人はその意識を意識出来ないようです。何故なら『無意識の主人公』といった存在だからです。禅などでは左右の脳の出会いを悟りとして訓練する修行方法ですので、当然の事にこの事には触れていますが、この関係性を『没交渉=もっきょうしょう』と表現しているようです。

もう一つは動画です、脳医学者の女史ですが、脳卒中になった事によって右脳の自分と左脳の自分と二つの意識を実体験として味わう事が出来て、その二つの意識の出会いによって、二つの意識の間に新しい秩序が出来た事によって新境地、つまり悩みの無い世界=『涅槃』と言った世界が展開している様子が語られています。

URL:https://youtu.be/ldSoKfFYKqM

人間の脳内には生命維持をその機能とし働いている脳があります。この脳と自我意識が一つの者として働いている状態が幼子を示しています。

暑いとか、寒いとか、怖いとかと言った全ての感情に対して、感情を沸かしている者と沸かせられている者が、脳の機能が未熟なために一つの意識として機能している事によって『怖いだけ』不安なら不安なだけに成り切っています。この成り切った状態が天国という事を意味しています。

右脳の意識は、直感的に不安と言った感情を伴う情報を高いとか低いとか狭いとか広いとか、ありとあらゆる情報を目の前の環境情報として言葉以外の情報として、自意識たる左脳の意識に脳梁を通じて送っています。

幼子と違って二つになった人格は、一つは自意識として過剰に反応するようになって、もう一つの意識は自意識の前からは姿を消して、意識の底つまり無意識の意識として姿を隠してしまいます。

処が姿を消したと言っても、自意識には常に働きかけています。この働きかけの状態とか正体とかを、間違って受け取る場合があります。この場合を『ノイローゼ』の諸現象と理解する事が出来ます。

ノイローゼには、沢山のタイプがあるようですが、人間の特性としては大体三つに分けて考える事で納得がゆくと思います。

それは右脳の生命維持機能を説明する事と同じです。

一つは身体の生命維持という機能です。ホルモンの分泌とか腸などの消化機能とか、血流とか呼吸とか動物としてとか植物としてとかの生命維持機能全般です。

二つ目は、精神とか心に関しての生命維持機能です。

三つ目は、行動する事に関しての生命維持機能という事になると思います。

処がこの三つにはお互いに繋がりとか関係性とかが在りますので、単独に作用したり複雑に絡み合ったりしながら作用する事は言うまでもないと思います。

ですので『うつ病は不治の病ですか?』と考える場合では、この場合での二つ目は、精神とか心に関しての生命維持機能です。に深く関わっていると思いますが、
三つ目とも関係性があると思います。

この三つには共通の特徴があります、それは漠然とした不安が付き纏っている事です、そうして”生き難さ”と言った問題も付き纏っています。そうして医学的な検査をしたとしても、健常者と言われている人との違いがあまりないという事だと思います。

具体的に病名とか症状を挙げるなら、一つ目が自律神経失調症とか過敏性腸症候群とか言ったものです。つまり身体の機能に関して『自意識が出でしまって、無意識の自分の機能に付いて疑いを抱く』と言った失楽園状態を指しています。

二つ目の、精神とか心については『湧き上がる感情や考え』に付いての自分の機能に付いて疑いを抱くと言った意味になります。具体的に言うなら『湧き上がった感情に、善し悪しを付け過ぎている』という事だと思います。もう一つ付け加えるなら、心が決定した事にまで善し悪しを付ける事だと思います。

具体的な症状名にするなら感情障害とか不安障害とか恐怖症とか、強迫行為と言ったところになると思います。

三つ目は、神経症になると思います。書痙とか吃音とかがその代表例になると思います、簡単に説明するなら人間の身体は『意識していない人格=無意識の自分』がその行動の自由を司っているという意味です。

人間が自分の自意識で、字を書いたり話をする事で、書痙とか吃音になっているという意味です。

症状は全く違っていますが、発症する過程と治る過程は全く同じです。

発症する理由は、自意識が持っていない機能を使って、無意識の専門的な機能を出来ると勘違いをして、出しゃばってしまって、無意識の出番を阻害している事です。

治るとか完治する過程とは『自意識の機能(左脳の機能)では”出来なかった”事を知る事です。悟りを開くと言った現象(見性)をするなら瞬時に完治します。

二つの意識の出会いによってもう二度と出番争いが生じなくなるからです。自意識は『神の僕(右脳の意識=無意識の自分)になる』二度と出しゃばる事が無くなる。

此処まで来た時、新しい秩序が再構築されるからです。

言い替えるなら両脳の間にホットラインが構築されて、仲違いが二度と起こらないという意味ん有るからです。

そうなる為に、或は、貴方の場合でのうつを克服するためには、うつの症状を不問として言ったり、書いたりしない事が有効です。

つまり症状を語らないという意味です。森田療法では『不問』と表現しています。この不問が徹底する時、症状が有りながら症状に振り回されることが無くなります。

症状に振り回される事が無くなった時点で、症状が有りながら『もう症状には悩まされる事が無くなっています。』

症状の受容が完治という事になります。
 

メンタルが強い人と弱い人の差ってなんでしょう

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月21日(金)18時53分34秒
  メンタルが強い人と弱い人の差ってなんでしょう







>>>管理人







メンタルが弱いという意味は『自意識が出てしまって困っている状態』を意味していると思います。その逆にメンタルが強いという意味は『自意識が出ないように出来る場合』を指していると思います。

メンタルが強い例を少し上げてみたいと思います。オリンピックなどでの優勝などが掛かった演技や、ゴルフなどでの優勝が掛かった一打を打つ場合を例にすると説明がしやすくなると思います。自意識は『失敗したらどうしよう』と、いう風に否定したり、予期不安となって行動などを左右する場合があります。

こういった場合で自意識が出た場合が「メンタルが弱い」、練習通りの事が出来てうまく無意識の状態で演技とか行動が出来る人を「メンタルが強い」と表現しても良いと思います。

メンタルが弱い例を挙げるなら『神経症の諸症状』を具体的に書き上げると事が足りると思います。

不眠症を例にするなら、普通の眠りは『意識(自意識)が無くなっていって、完全になくなった時、身体も心も完全に無意識の自分が支配している事を意味します。

眠れなくなるという場合では『無意識の自分とうまく交替が出来なくなったことを意味しています。』つまり自意識が出てしまって、無意識の自分の出番を阻害しているという意味になります。

吃音や書痙も同じです。普通人間の行動は『無意識の自分が交替をしてうまく手や口を動かしています。』此処の処を勘違いしてしまって『自意識で字を書いたり言葉をしゃべったり』する事が出来ると勘違いしている事を意味します。

従って神経症などが治る時というのは『自意識では出来ない事を知って、自意識の可能性を放棄した時』に自然と無意識の自分が交替してくれることが可能になります。此処まで来た時に神経症は完治したという事になります。

症状は違えども、神経症の治し方は同じです。『自意識の機能では出来なかった事』を教える事が有効です。自意識の反対とは『無意識の自分』ですがこれは誰も教える事が出来ないかも知れません。

その理由とは、交替時に『自意識は無くなっていますが、意識が無くなった事は意識出来ない為です。』

とは言ってもそういった交替時に、二つの意識が出会うというタイミングは確かにあると思います、この時の出会いを見性体験と言って、禅では修行の目的にまでしていて、その補助として禅問答などを学ばせているからです。


薬を飲んだとしても治らない理由は、今書いた事の中に含まれていると思います。
 

信仰と精神病

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月20日(木)21時28分12秒
  信仰と精神病

例えば、キリスト教徒の中には「自分は救われたが、キリスト教の救いを受け入れない仏教徒や宗教無関心な家族、友人、先祖は地獄に落ちてしまう」といっようなことを真に受け、真剣に悩んだり、救いを祈ったりする人たちがいます。

こういう悩みをもつ信者は精神科で診てもっらたら病名がつきますか?
神経症、不安症、パラノイア・妄想症、偏執症、統合失調症、発達障害、、、などなど。

こういった信者の不安・悩みというのは精神科のカウンセリングや投薬治療で改善するものなのでしょうか?



>>>管理人


お釈迦の出家した理由は『一切皆苦』です、言い替えるならノイローゼと言った方が良いと思います。

健常者は、山有川有りとか、トンネルの向こうには明かりが見えるとか、明けない夜は無いとか言います。つまり否定と肯定が入り混じっています。

『一切皆苦』という心境には否定に次ぐ否定が付いて回っています。トンネルの向こうにも出口は無いかも知れないとか、明けない夜もあるかも知れないといった『全否定する姿が目に浮かぶような気がします。』

是は予期不安として希望が見えない状態を作り出しているといった事と思います。

生の終わりの死、対するは死の無い世界=永遠の生という対比、こういった矛盾によって心がノイローゼになるのかも知れません。

何処の宗教文化も大変壮大に出来ているようです。それは滅びる事の無い生を慈しむためと考えられます。或は永遠の生命の獲得を望ませているかのように見えています。

キリスト教と言っても、仏教と言っても本質的なものは同じと思います。それは『我と仏』『我と主』『我と神』という対比です。

人間の苦しみとは『神に逆らう事』から始まっているようです。神と逆らわない状態を天国とか、極楽と表現しています。

大抵の宗教は天国とか極楽に一番近い存在を『幼子とか嬰児』と教えています。

理由は簡単な原理から推し量る事が出来ます。心が未熟なために『我と神が一つの者としてしか機能出来ていないからです。』

脳とか身体とか心が成熟して来る時、人間の心も成長して来ます。この場合での成長とは『心の中に二つの自分、或は二人の自分』が分化して来る事です。

是は脳の機能の分化というと分かり易いかも知れません。一人の自分は『自意識として、或は顕在意識としてはっきりと大人になっています。』

それに対してもう一人の自分はというと、無意識の底に隠れてしまって、潜在意識として”隠れたところから”自意識を操り始めるようになります。

『識られざる神』として指揮を始めるようになります。寒い所では暖かいところを探すように指示を出したり、暖かい飲み物を見つけてくるように指示を出したりするようになってくるという事です。

処が何処からその指示が出されているのかが分からないでいたり、その指示に従う事をしない場合等では『どこから押し寄せているのかが分からない状態で、漠然とした形を取った不安として。』自意識を圧迫してくる場合もあるようです。

つまり漠然とした不安が襲う場合の不安を送ってくる”主”という意味です。

この”主”がわからないところから、『こういう悩みをもつ信者は精神科で診てもっらたら病名がつきますか?或は 神経症、不安症、パラノイア・妄想症、偏執症、統合失調症、発達障害、、、などなど。』という事が発生するのだと思います。

脳医学者である女史が、突然脳卒中になってしまった事から脳内に誰が住んでいるのかを動画で語っているものがありますので、脳内、特に右脳の意識とは何者か?を注意深くご覧ください。


URL:https://youtu.be/ldSoKfFYKqM


この中で右脳の機能として語られている者がキリスト者であるなら神に相当すると思います。仏教徒なら仏です、言葉を替えて表現するなら仏性です。

処がキリスト者にも、仏教徒にも共通する表現で語るなら『生命維持機能』という表現が特にぴったりする表現だと思います。或はDNAと言っても良いものかも知れません。

というのも、髪の色も肌の色も身体つきや顔付や其々の種に属する事柄全てを備えて備えている存在、と言っても良いものだからです。

植物としても昆虫としても、微生物としてでも、動物としてでも親から子供に引き継がれているもの全てが備わっています。

蜘蛛なら蜘蛛としての性質、桜ならその種としての性質、人間なら人間としての特徴や精神性とか全ての特徴を含めて備わっている全てをひっくるめたものとしての働き。

つまり『命そのものの働き』が釈迦の言っていた仏性に当たります。生きとし生きる者には全て備わっていると喝破していた者です。

従って全ての宗教が言っているものとは人間としては『識れざる神』とV.E.フランクル博士が表現していた者に行き当たらざるを得ないと感じます。

もう少し補足するなら、生命維持機能も幾つかに分けて説明すると分かり易いかも知れません。

大別すると三つに分かれると思います。順番は関係ないのですが思いつくままに初めを一として書き進めたいと思います。

一つ目は、人間の精神性を全面的に出した生命維持機能です。つまり心を形成して生命維持機能を守って行こうとしている事柄です。

二つ目は、人間の行動面としての生命維持機能です、当然のごとく身体的な事柄つまり身体の行動を通じての生命維持機能という意味です。

三つめは、人間としてと言うよりは生物としての生命維持機能と言った方が分かり易いかも知れません。

人間が神と仲違いしたと云う場合では『心の矛盾を悩むとか、心の対立を悩むとか、心の分裂を悩む』と表現出来るのかも知れません。


一つ目の、人間の精神性を全面的に問題にする時、心を病むとか湧き上がる感情を問題にするとかと表現する事が出来ます。


二つ目の、人間の行動面を問題にする場合では『神経症、或は不安障害や恐怖症』を疑う事で納得がゆくと思います。


三つ目の、人間としてと言うよりは生物としての生命維持機能という場合では『自律神経失調症や、過敏性腸症候群』等の検査をしても健常者と区別がつかない事が特徴になっているようです。


一つ目も二つ目も三つ目もどれを取った場合でも、検査をいくら精密にしたところで健常者と何ら変わるところがない事が特徴です。

ついでに書くとするならこれらの特徴は皆『漠然とした不安やその不安が何処から来ているのかさえもはっきりとしていない点』を挙げる事が出来る様です。

そうして最後になりましたが、生き難い想いの中で過ごしている点です。


現代の医学では全てを、原因が分かりません、原因不明の病として薬物療法に頼っていると言った特徴があります。


原因は、はっきりしています。自身の心つまり”自意識”と自身の”無意識”の仲違いが原因です。


もう少し医学が進んで、あの女史のように、二つの人格の脳内での出会いが実現するなら『涅槃』と言った『心の中が静まり返って、二度と言い争いがない』脳内での秩序、自意識が出しゃばってしまって(左脳の機能にはない事柄)をしようとしたりする事のない状態。


言い替えるなら自意識が『無意識の自分の意識=右脳の人格』の僕となって後からついて行くようになったなら、全ての苦しみの終焉を意味すると思います。

医学も宗教もその目的は一つです。「生き難い世の中の改造です。」生き易い世の中、つまり安楽に生きて安楽に死んで行ける社会の到来が待ち遠しいと思います。


聞きたい事が在るなら答える意思があります。


 

パニック障害・全般性不安障害の者です。2年

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月19日(水)19時52分50秒
  パニック障害・全般性不安障害の者です。2年前位から急に人の視線が気になって足・手の震え、喉の詰まりがあります。精神科の先生からはSSRI・抗不安薬を処方されています。イフェクサー・パキシル・ジェイゾロフト

・アナフラニール・レクサプロ試しましたが一向に良くなりません。カウンセリングをした方がいいのかなあと思いましたが、先生からは『薬の方が速効性がある。カウンセリングはこちらは儲かるけど勧められない』と言われています。今パキシル20mgを夕食後2錠飲んでいます。全く利きません。今度医師に相談してSSRIを2種類にしてもらえないか頼んでみたいのですが効き目あるでしょうか?多分相談してもパキシル20mg一つ追加して60mgになると思うんですが、効き目ないようにしか思えません。
パニック障害が普段起きたら頓服のセルシン・ソラナックスを飲んでいます。なるべくなら抗不安薬は飲まないでSSRIで治したいのですが。一応セルシン・ソラナックス飲んだら手・足の震えは治ります。



>>>管理人


パニック障害や神経症や不安神経症や恐怖症を学んで、自分でこう言ったものの専門家を目指す事は如何でしょうか。

パニック障害も不安障害も恐怖症も同じ原因で発症しています。そうして医師に掛かって治してもらう事を望んでいるようですが、本人が自らを治す以外根本的な治療は無いと思います。

医師が出来る事は、本人の気付きを促す他には手だてがないのが実情だと思います。

パニック障害も不安神経症も恐怖症も、人間が陥り易い一つの思い違いと言っても良いものだと思います。実態として現実には存在していない不安とか恐怖感に包まれて怯えているという事が実情だと思います。

昔風な言い方をするならノイローゼという言い方が合っていると思います。

ノイローゼが何故発症するのかと言った、人間が故の落ちり易い心の背景に迫ってみて、更にその状態からの離脱というか、治るという事の背景も書いてみたいと思います。

人間がなぜノイローゼになるのかは、何故人間は悩み苦しまなくてはいけないのか?と言っても同じことを言っています。

その理由は人間の住んでいる世界が二つになっているからです。一つはこういったノイローゼなどが存在していない真実の世界です、宗教などが昔から目指している苦のない世界、天国や極楽に住む事になっている世界観だと思います。

この反対に悶え苦しむ世界が存在しています。今の貴方の様にノイローゼになってしまって『現実には存在していな苦しみ』を味わっている世界です。

こうなってしまう原因を読み解いてみます。宗教書の中では語られている世界です。

聖書の中で人間が苦しむ事が無い世界を『天国』と形容しています。そうして知恵の実を食べてしまって、神の言いつけを守る事をしないで『神に背いた結果』天国から追放されたという一節です。

この意味は、天国にふさわしい存在は『幼子』と言っている事ががヒントになっています。

仏教でもキリスト教でも、悩みのない者は幼子とか嬰児であると説いています。この理由が分かるなら、ノイローゼの謎が半分解けた事を意味すると思います。

幼子の頭の中にその秘密があります。幼子の頭は単純になっていて、自分一人しか頭の中には存在していない事が挙げられます。恐い時は怖いだけという意味です。

脳内は脳の機能が未分化の為に、一つの者或は一人の者としてしか機能していないという意味です。

思春期頃から人間の身体も脳の機能も、大人になって来ます、つまり成長して知恵が付いてくるという意味です。この頃から人間には悩みというか疾患というか心疾患といったものが増えてくるようになっています。

神経症とかノイローゼと言った現象が現れ始めるという意味です。何故というなら脳内にもう一つの意識が芽生えてくるからだと思います。

この脳内で二つの意識が芽生え始める現象が『失楽園』を作り出しています。脳内は一人の自分だけだったものが、それ以後では『見ている自分VS見られている自分』という構図が出来上がって、何かと難しい事になって来ます。

心の中で争いが始まるようになります、呼応するように、人間の感情が複雑さを加えられて、恥ずかしいといった感情とか、優越感や劣等感と言った感情が芽生え始めるようになります。

自分の裸を隠すという意味は『心の中に二人の自分の存在が始まった証という意味だと思います。』

この意味が、失楽園の意味と思います。つまり自分の心が二つに分かれて相争う、或は主導権争いが始まるという意味だと思います。

天国から追放されて苦難の道が始まるという意味です。それは『自分は何者か?』と言った問になったり、永遠の命を希求させる願いになったり、死にたくないといった、叶う筈のない人類共通の永遠の希求となって宗教文化の発展の後押しをしてきた歴史となっています。

こういった大きな人類としての恐れと、貴方のパニック障害としての恐れは人間の恐れとしては共通のものなのです。この問題が『人間はなぜ苦しまなくてはいけないのか?』といった問題点であって、その解決点が共通項としてイコールで結びついています。

この話はこの話として置いて置いて、貴方のパニック障害の話に戻ります。

パニック障害がノイローゼの範疇に入るという事ですが、ノイローゼとは何なのかというと、現実には無い不安に、予期不安を膨らませて恐れを抱いているという事を少し前に話をしました。

こうなる原因は、脳の機能に在ります。人間の脳の機能の説明です。ウイキペデアからです。

”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”


簡単に説明するなら、左脳に存在している意識が自意識=顕在意識です。言葉で理解出来て言葉によって学ぶ事が出来る機能で出来ています。

右脳にも意識がありますが、殆どの人はその意識を意識出来ないようです。何故というなら『無意識の主人公』といった存在だからです。禅などでは左右の脳の出会いを悟りとして訓練する修行方法ですので、当然の事にこの事には触れていますが、この関係性を『没交渉=もっきょうしょう』と表現しているようです。

この右脳の意識とは人間の無意識を司っている機能の事です、他にも機能が在って、生命維持機能とか命を守る為の働き全般を司っているようです。

生命維持機能を事細かく説明するなら、『身体を守る』生命維持機能と『行動を通じて』の生命維持機能、『心とか精神活動を通じての』生命維持機能という風に大まかに分けるならこの三つが挙げられると思います。

ですがこの場合、便宜上分けただけであって、これらの関係性は共に生命維持機能として働いている以上、分けたり切ったり出来なくて、共に働いている場合の方が多いかも知れません。

動画がありますのでご紹介したいと思います。この動画の主人公は脳医学者です、この自分の体験を『脳卒中患者になって、内側から体験出来た者はそういない。』と語っています。

URL:https://youtu.be/ldSoKfFYKqM

この動画で語られている内容は、宗教で語られる場合では『神秘体験』詰まり神との対話とか、仏教などでは『見性体験』つまり悟りを開く事を意味しています。

この体験以後では二つの意識の間に一つの秩序が出来てしまう様です。その秩序とは『出番に於ける秩序』と言っても良いと思います。

それは『自意識は、神の僕になる。或は自意識は無意識の自分の前にしゃしゃり出なくなる』という秩序です。

これ以後、『心の中が静まり返って、心同士が争う事が無くなる。』という現象になるようです。この状態を『涅槃』と表現するようです。つまり心の矛盾が解消したという意味です。


パニック障害とか高所恐怖症と言う場合で『恐怖感が湧き上がって、さらにもっと強い恐怖感に変化する理由があります。』

右脳の意識は自意識に『感情を湧き上がらせる為の情報を、言葉に依らない情報として脳梁を介して送っています。』

具体例として挙げるなら、高いという場合ではどの位の高さなのかを瞬時に言葉以外の情報にして送っています。

納期が迫った場合とか試験が迫った場合も同じです。

好きな人との出逢いの場面などでも同じです、心をときめかせているものとしての情報を送っています。

寒い所や暑いところではどういった対策やどういったものが必要なのかも教えて呉れています。暖かい飲み物とか冷たい飲み物を探すように指示さえも出しています。

この者と矛盾を起こしたり対立を起こしたり分裂を起こしている事が全ての疾患の大元になっているのかも知れません。

この者の発する情報の着信拒否をする事が恐怖症や不安障害やパニック障害の発端になっています。

こういった情報を送る者は、自意識たる当の本人が情報の受け取りを拒否している事が分かります、その為にその情報を拡大して大きくして『再送』するようになります。

是が恐怖症やパニック障害が引き起こされる引き金とか、きっかけを作っています。ですので治る為にする事は決まって来ます。

始めに来た普通の情報、小さな不安とか言ったものですが、着信拒否をしないで受け取るという事になります。そうする時はもうそれだけで終わっています。

小さな不安は小さな不安のままで終わっているという意味です。是が健常者と言われている人達がやっている事です。

健常者と恐怖症の人とかパニック障害の人の違いは、ただ一つ此処だけです。

健常者や天国に一番近い存在とされている人つまり幼子は、不安ならその不安のまま、怖いなら怖いままで、そのまま受け取っている人の事です。そうするとそのままで終わっています。

予期不安になる事も有りませんし、トラウマになる事も有りません。

ノイローゼになる場合では、予期不安があるかも知れませんが、不安とか怖いという事を必要以上に恐れています。そうしてあわよくば感じないでいたいといった、夢のようなことを考えています。そうしてそういった感情が沸き上がる時『そういった感情に蓋をするとか、感情を湧き上がらせている者に対しても、毛嫌いをしてしまう事になります。

着信拒否といった態度になっています、この場合では『情報の送り手は、受け取って貰えていない事が分かりますので、もう一度同じ情報を送ろうとしますが『再送の時には、大きくして拡大して、送る事になります。』

小さな不安でさえも受け取りたくない人ですので、大変な事になる事を意味します。つまり許容範囲を超えた恐怖感という事を意味します。

つまりパニック障害の症状が出ている事を意味します。
 

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