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想念観察

 投稿者:  投稿日:2018年 5月28日(月)18時23分7秒
  管理人さんの言われる
悟というと大げさですが、脳梁で、この二つの意識が出会う
というのは想念観察で得られることと
同じような気がするのですが
どうでしょう
 

重大な狂いであること

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 5月27日(日)09時39分44秒
  重大な狂いであること   投稿者:斎藤   投稿日:2018年 5月27日(日)08時12分19秒

是は神経症を治すホームページからの無断掲載です。

『第二掲示板ではご覧のように、手が付けられない状況だ。 治った人と治ってない人の簡単な見極め方を言うと、治った人では第二掲示板の論議に興味を示さないのに対して、治ってない人間は熱心に加わる。

同じレベルで加わっているHNが、自分は全治していると言うから笑わせるで はないか。しかもその嘘を他の神経症者たちは見破れない。 相も変わらず森田の時代から続く狂いの連鎖であり、これが神経症と言う精神病の実際だ。、、、、』


又彼は第二掲示板では

[782] 猫仙人さんへ
 投稿者: 管理人 投稿日:2018年 5月26日(土)13時56分28秒

『健康な人と神経症者の恐怖は性質が全然違います。健康な人の場合、不安恐怖が襲ってもそのまま通り過ぎて行くが神経症の場合、絶対通り過ぎない。死ぬまで不安は食らいついてきて、人生は崩壊してしまう。 私は神経症を精神病と分類し、問題は脳の構造に原因していると見る。

唯一の解決策は動きの確保であって、動きが止まったらもう地獄に真っ逆さまと覚悟したら良い。だから少し不自然でも常に動きが止まらないように努力すべきだ。悲しいかな我々神経症者はそのような欠陥脳を持って生まれて来た。

所でこの努力の成果は素晴らしく、私は16歳の年から異性恐怖と対人恐怖をわずらい殆ど人生をダメに したが、今はこの通り、異性恐怖、対人恐怖なんて何処かに消え去り、何とバカな努力を30年もしたものだと反省しきりです。』


要するに再投資は、神経症とは、脳の構造が原因の精神病と主張しています。従って治るはずのない精神病で
ある自分が『どんなに偉いのか』と主張をしたいのでしょうか?


ですが解る人間から見た場合や、神経症が治った人間から見た場合では再投資の主張『健康な人と神経症者の
恐怖は性質が全然違います。健康な人の場合、不安恐怖が襲ってもそのまま通り過ぎて行くが神経症の場合、
絶対通り過ぎない。死ぬまで不安は食らいついてきて、人生は崩壊してしまう。

私は神経症を精神病と分類し、問題は脳の構造に原因していると見る。』は誤りである事が分かります。


不安感や恐怖感が何時までも続いたり、増幅されたりする現象が神経症の状態を作り上げていて、その原因は
『本人の脳の構造ではなくて、本人の考え方や生き方の誤り』が原因だという事になります。


こう言った生き方の誤りとか、考え方の誤りを『入院森田療法によって正して来た、或は教えてきた人が鈴木
知準先生だった、と思っています。この先生から何度も入院森田療法を学んだ人が再投資であった事を、斎藤氏は以前告白をしていました。

神経症が治るという意味は『脳の欠陥が修復される』という意味ではなくて、不安とか恐怖に対する対処の仕
方を学ぶ事によって、『健康な人と神経症者の恐怖は性質が全然違います。健康な人の場合、不安恐怖が襲っ
てもそのまま通り過ぎて行くが神経症の場合、絶対通り過ぎない。死ぬまで不安は食らいついてきて、人生は
崩壊してしまう。』といった偏見とか誤りから脱却する事によって正しい見方をするようになって、無明を振
り払って、この人生を不安があっても恐怖があっても安楽な人生を送って行く事が出来る新境地で過ごす事が出来る生き方を構築して行く事だと思います。


雑用が出来なくなったり、動きが出来なくなった場合では『不安と恐怖が襲ってくる』ような中途半端な治りしか説明出来ない再投資が、世界中で只一人の治癒者であるといった誤った偏見が広まるのは、余良い事ではないと思っています。

神経症の治りが『雑用の有無』だけと言った偏った見方しか出来ない無為な療法だけが神経症を治す療法ではない事を、此処で今説明しています。
 

尤もらしい議論

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 5月25日(金)10時04分1秒
  このような尤もらしい議論をしていると人生は崩壊しますよ。
間もなく脳の科学は神経症を精神病の一つと認定するでしょう。
仏教なんて語っている場合でなく、良い薬があるなら直ちに精神病院に入院です。
だが今は薬がない。

今日のニュースでは重度の鬱病に対しては電気ショック療法がある程度有効と出ていた。
ただ、ある程度であって、今は薬がないから電撃で脳をひっぱたいているのであって、
療法と呼べる代物ではない分けです。
 

お返事

 投稿者:レロ  投稿日:2018年 5月24日(木)22時35分25秒
  大変お世話になっております。さっそくの回答ありがとうございます。
2冊ほど鈴木大拙の本を読んだのすが、非常に難解なのでほとんど理解できず、読むまで時間がかかりそうです。そこで中学生に向けてわかりやすく書いた「鈴木大拙の言葉」という本があったので読み終わったらまた感想投稿いたします。この本ならなんとか読めそうです
また管理人さんのホームページが今一番神経症の解決についての正確な真理、解決法が書かれていると思います。私もこのサイトによって30年以上続いた神経症を解決したいです。症状は自律神経失調症です。くわしくは不問なのであえて書かないようにいたします。それと斉藤療法などという森田先生、鈴木先生にたてつく分けのわからない人など相手にしないで体をこわさないよう気をつけてください
 

”森田療法と仏教は繋がっていないように見えますが、

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 5月21日(月)20時23分38秒
  森田療法と仏教は繋がっていないように見えますが、
どのへんが繋がっているのでしょうか。
森田では対人恐怖は普通の人にでもあり得る正常心理として流すように仕向けます。
仏教では無我の境地に気づかないとならないとしています。ここに断絶があります。



>>>管理人



仏教でも神経症でも共に、心が二つに分かれる事によって悩みや苦しみが始まっていると思います。主体と客体という風な二元論です。言い替えるなら人間の苦しみは分別から始まっているという意味になります。

分別が出る前には無明は無かった、従って究極の仏教徒の修業の目的は無明に打ち勝つ事であり、分別から始まった無明による業に依っての結果である、あらゆる苦しみからの解脱を、仏教徒は目指す事になると思います。

『一度我々が知るものと知られるものとを、分別し始めるや否や、無明の影は知性の全野を覆うに至った。知性は今や常に無明を伴って居る。その時以来我々は二元論そのものに深く心を奪われて、二元論をなしているものに気付こうとしない。』是は鈴木大拙博士の写しです。


二元論が生じている初めは、一念に対しての二念です。或は自我に対しての『命そのものの働き』=『仏性』です。

我々の不安とか恐怖心とかを起こさせている『働き』です。

この”働き”と自意識が、仲違いをしている事で『意識地獄が始まっています。』

時間が無くなってしまいましたので、次回に又書いてみたいと思います。

 

レロ様へ -2

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 5月20日(日)19時03分20秒
  『また、鈴木先生のような入院治療が現在の医療環境から困難であるのならば、理論学習等でなにを一番理解すればいいか、ご意見を聞かせてください。』という事の答えをしないままで一回目を書き終えましたので、この事に絞って書きたいと思います。

自分の性を徹見する、つまり自性を見極めるという意味ですが、この事が分かる事を悟ると云っています。

この為の手引きは『鈴木大拙博士の著作集』が大変良いと思います。

鈴木大拙博士の本は実に難しいかも知れません、禅問答の答えが書いてある部分がありますが、なかなかわからないと思います。

禅問答の答えが分かる時に悟りは開けていると思います。

如何いった性格の人が、どういった師匠に会ってどういったきっかけで悟ったのかが詳しく書いてあると思います。理由は分かりませんが、鈴木大拙博士の著作集を読んだ結果『父母未生以前本来の面目』が分かった過去があります。

ヒントを書くなら、この問題を師匠から貰った人が、学問などいくらやっても無駄であった、と言って一切の修業を止めて悟りを開く修行を止めて、一人山の庵に籠るといった生活に入りました。

そうした或る日、箒で掃いていた時に、小石が竹に当たって[Ka-n] と音がした瞬間に悟りが開けたといった話です。

悟りが開ける瞬間の描写が書いてあります。大体が禅の本はこう言った描写になっていると思います。難しいかも知れませんが『鈴木大拙氏の著作集』を読む事をお勧めしたいと思います。

鈴木知準先生が言っていた事、一念と二念で言うなら、一念が沸き上がる瞬間の事を言っています。意識が発生する瞬間の事です。
 

レロ様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 5月20日(日)13時06分38秒
  私の場合は偶然町の本屋さんで手にした、鈴木知準先生の著書を読んで、さっそく東京に診察を受けに行きました。当時結婚して一年ちょっと経った頃で、長男が生まれて半年位の時だったと思います。

理解ある妻に恵まれて、さっそく入院治療を受ける事に致しました。『死に対する恐怖症が高じて、離人症』になっていたと思いますが、死ぬのが怖いとか、症状の事はほとんど言う事が無かったように記憶しています。

その理由は『死が怖くない人などいない』と思っていたからです。その他にも『人生とは何ぞや?或は自分は何者か?』といった疑問が強く自分の心を苦しめていたように思います。

只人によっては、鈴木診療所に入院をしたとしても、毎日の入院生活が『果たしてノイローゼの治療の効果があるのか?と疑いを抱いて(信用できないために)』数日間入院生活を送っただけで、帰ってゆく(利口?)な人も居ました。

レロさんが言われるような『閉鎖された環境での治療を、管理人さんのように神経症に悩まれ、鈴木先生のところを卒業し、治癒したかたが治療にあたることが望ましいと思います。』は正しい見解と思いますが、世の中には様々な批判が存在しています。又儲け主義は取らないとしても土地代や建物の償却費などの費用、或は今の若者の『忍耐力の無さからくる、森田療法離れなどを考えた場合では、経営が成り立たないと思われます。

『神経症を治すホームページ』を主宰している斎藤氏という人がいますが、傍から見ているなら、入院森田療法を2回受けた事が治るきっかけになっていると思いますが、本人から言わせると『鈴木知準先生も、森田正馬先生も神経症が治っていなかった、とさえも言っています。』

粉ミルク健康法という療法があって、医者が治療を放棄してしまった末期がん患者を沢山救ったといった実績があるにもかかわらず、心無い人のやっかみが原因で裁判にかけられて、敗北したケースがあります。

何が正しいといった基準が、有っても無きが如しだと思います。

今のアメリカなどが良い例だと思います、銃規制をした方が大量殺人の機会が減る事実があると思いますが、銃に携わる人とか企業の力関係によって、なかなか法律が捻じ曲げられているようです。

又精神薬とか、医療関係の薬なども、製薬会社の資本力の前に、議員でさえも企業寄りの法律を成立させていて、『(株式会社)アメリカ社会』になってしまって、人間の幸福の追求が片隅にやられてしまって、企業の業績が重視されてしまっているようです。

がんの人を救うためには、1億円も掛かる薬を飲ませて治療をしなくてはならない社会になっているようです。がんが治らなかった場合ではその人の死の後には莫大な借金が残ってしまう社会のようです。


今、『神経症を治す掲示板第二』の中で論じられている事に、対人恐怖症の原因と、不安そのものを問題にしている神経症の原因には根本的な相違があると論じられていますが、なかなか興味がそそられています。

対人恐怖症の人は原因を全て『対人関係の不安』ととらえているようです。私の場合では『死に対する恐怖心や不安』がノイローゼの原因の全てと考えています、


処が対人恐怖症の治るきっかけが、仏教を学ぶ中に在ると述べています。

私の治った、死に対する不安とか恐怖症も、仏教を学ぶ中に在ると考えています。原因が違う様にとらえていても、治るきっかけとか原因は同じようです。

今鈴木大拙氏の本を読んでいます。現代随想全集(第14巻)1,945年鈴木大拙と倉田百三の共著です。

この中で人間の悩みとか苦しみは、二元論が出てくるところから始まっていて。この二元論が何故出てくるのかを知らないでいる事が『無明』と述べています。

二元論を論じている事が議論の対象となっているが、実はその二元論の元になっている事を解明する事こそが解脱を意味する事、と述べています。

苦しみの根源を解明する事こそが、解脱と説いています。無明を打ち破って、無明の根源を解明するなら『対人恐怖症であっても、パニック障害であっても、不安症であっても恐怖症であっても』全てが解消する。と鈴木大拙氏は書いています。

補足するなら、神経症を治すホームページを主宰している管理人は、なかなかに英語のスピーチは出来たお人のようです。ただ残念と思えるのは、二元論を問題にしていますが、その二元論がなぜ起きてしまうのかといった根源的な問題にまで切り込む事が無い事が、神経症の治りとか神経症に対する理解がイマイチになっているような気が致します。
 

知的森田学習の限界

 投稿者:レロ  投稿日:2018年 5月20日(日)00時08分47秒
  はじめまして、いつも掲示板見ています。管理人さんの神経症の治癒体験や右脳と左脳の働きの理論等は自身の神経症の解決のとても参考になっています。そして自分もなんとか神経症の解決をしたいと思っています。
さて、管理人さんの影響で、鈴木知準先生の書籍を読むようになり、森田先生の森田療法が正式に行われていたのは鈴木知準先生のところだと実感しました。鈴木先生の治療を受けた人が羨ましいです。現在のように、森田が理論学習や外来森田療法(投薬も含め)など、別の形で行われているのですが、これでは知的理解の範囲にとどまり解脱や悟りなどの完治は自分も含め難しく、時間も多くかかると思います。そこで管理人さんにお聞きしたいのですが、今後、神経質にひっかかった人が治癒するため、今後どのような治療形態で行われることが望ましいか、また、鈴木先生のような入院治療が現在の医療環境から困難であるのならば、理論学習等でなにを一番理解すればいいか、ご意見を聞かせてください。
私は鈴木知準先生が行っていた閉鎖された環境での治療を、管理人さんのように神経症に悩まれ、鈴木先生のところを卒業し、治癒したかたが治療にあたることが望ましいと思います。
 

今日は日曜日

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 5月13日(日)19時50分48秒
  久しぶりに、仕事の予定がない日曜日でした。お客様が二部制でラインを動かしている関係上、点検とか改修とか、修理などが日曜日になる事が多いために、、日曜日に仕事が逆に多くなるような事が多いようです。

今日はお昼に起きて、ご飯を食べて、家の掃除をしましたが4時半に終了しました。その後久しぶりにカラオケに行ってきました。

5月7日から始めたそうですが、一人カラオケは半額に成って居ました、一時間400円です、当然これだけでは済まなくて、一時間延長しました、プラス800円でした。

3年くらい前では、歌う曲の中で主に演歌ですが、7から10曲くらいが90点を超えていたものですが、段々年を取ったり、耳が悪くなったりして、90点が取れなくなってしまいました。

今日は千昌夫の{北国の春}と{故郷の四季を歌う}の2曲だけ90点越えでした。

前には北見恭子の”紅の舟歌”、石川さゆりの”大阪の女””や”天城越え”、中村美津子”袖摺り坂”、千昌夫、吉幾三の歌が多数90点超えとなっていましたが、年には勝てなくなっています。

サザンオールスターズの”ドラマで始まる恋なのに”と”秘密のデート”が共に86点でした。その他では最高88点止まりになっていました。

もっとうまい人は沢山いると思いますが、人に自慢出来るものが少ない私にとっては、カラオケが自慢出来るものの一つです。何にもならないと分かっていますが、只の楽しみの一つです。


 

パニック障害 お礼

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 5月12日(土)19時02分16秒
  詳しく回答して下さりありがとうございます。
是非、参考にさせていただきます。


>>>管理人


パニック障害の治りは、楽を求めたり、恐怖感を払しょくしようとしたり、不安感の排除をしなくなった時だけです。

不安から逃れようとしたり、恐怖感から逃れようとしたりする事が、そのまま不安とか恐怖を呼び寄せています。

パニック障害の症状を寄せ付けないコツは『恐怖感があったとしても避けようとしないでいる事』たったこれだけが全てです。


健常者と言われる人であっても、突然パニック障害になる可能性はあります。ノイローゼとか精神疾患とか、心を病むといった事は『心の風邪』と表現する事がありますが、治るのか治らないのかは、たったこれだけの違いですが、専門家である精神科医でさえも、この違いを正しく見定めていないように見受けられます。

地獄に入る決心が出来た時パニック障害は完治しています、或は天国を求めなくなった時も同じです。


雑用をするとかしないとかで、治るとか治らないとかを説明している人がいる様ですが、その真意が分かっていない人が書いているような気がしています。

雑用をして『神経症の外に出る事が出来る理由は』=楽になる事を求めていない時だけです。=治りを期待しない雑用の時という意味です。

雑用をしても効果がない時は、楽を求めてする雑用(森田も同じ)『治りを期待している時』の事です。

宗教は最大の心の癒しの心理学と言われる所以は、楽を求めなくなった時が、天国や極楽に入った事を意味しています。正に死にゆく時、『楽を求める事が無くなった心境は=もっと苦しんでも良い』と思える事で、『人生には救いが無かった事を納得する事です。』

救いを求めなくなった時、心は安楽の中に居ます、何故なら全てを受け容れる心構えが出来上がった事を意味しているからです。


この絶対肯定の態度こそが、人生における『涅槃』を手中に入れるための必要条件です。この現在を肯定出来る時、全ての苦しみから解放されます。言い替えるなら全ての神経症の症状が消えてゆきます。

吃音なら吃音を、書痙なら書痙を、対人恐怖なら対人恐怖を、全ての症状は、本人が嫌う事によって『頭の中だけに作り出していた症状』でしかないからです。
 

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