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健常者

 投稿者:与太郎  投稿日:2019年 2月11日(月)17時34分36秒
  よくわかりました。
ありがとうございます。

心の中は苦しくとも忍苦し、健常者のフリをしてればそのうち健常者そのものになっている
という事ですよね?
行動が先、心は後付けという事ですね。

家族や周りの人には苦しんでいる事を隠し通せばいいんんですよね?
どーしても笑顔や行動がギクシャクしてしまうかもしれませんが、とにかく演じる事ですよね。
 

猫仙人様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 2月11日(月)13時51分5秒
  用心深く生きて行く事は良い事だと思います。ですので必要と思うなら、『鍵が1個だと不安なら、2個用意することや 安い保険だと心配なら、はからって高い保険に入ること等は』良い選択と思います。

それでも心配なら、ノイローゼと云った方が良いかも知れません。
 

与太郎 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 2月11日(月)13時45分49秒
  如何なんでしょうか?この二つの治り方はパターンが違うかも知れませんが、治った内容は同じだと思います。どちらも症状の受容がポイントだと思います。

症状を嫌ってしまう事が、意識に上がって困っていた状態を作っていましたので、意識に上がる事が無くなった状態で『症状にはなれなくなっています。』つまり症状としては成立しなくなった状態です。

症状が夢、幻となって消えた状態になっています。
 

心配

 投稿者:猫仙人  投稿日:2019年 2月11日(月)11時42分46秒
  >『症状が出たから悪いとか、症状が出なかったから嬉しいとかを言わないでいる事です。』
とありましたが、
鍵が1個だと不安な症状が気持ち悪くて2個用意することや、
安い保険だと心配な気持ちが嫌な症状なので、はからって高い保険に入ること等は
ノイローゼのうちに入りますか?
 

返信ありがとうございます。

 投稿者:与太郎  投稿日:2019年 2月11日(月)09時33分52秒
  ご教授頂きありがとうございます。

完治とは

気持ちが外向きになり症状を忘れてる状態が多くなり知らずに治ってる

苦しんで苦しんでどうしようもなく自我が諦めある日突然治る

この二通りのパターンがあるのでしょうか?

それから完治したいならこちらのサイトを含めあらゆる神経症についてもう調べたりはしないほうが近道でしょうか?
 

与太郎 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 2月10日(日)10時04分53秒
  先日も書いたのですが―繰り返しになりますが、『症状が出たから悪いとか、症状が出なかったから嬉しいとかを言わないでいる事です。』

この繰り返しの生活の中で、本当に『、症状が出たから悪いとか、症状が出なかったから嬉しいとかを言う必要が無くなるようになります。』


『仕事や雑用に夢中で症状(不安や恐怖)を忘れている。』はこのままで苦しくも何とも無くなっている様子だと思います。健常者そのものの暮らしぶりだと思います。


『症状が出てる時、辛い苦しいと想いながらも、言葉を使わずそのまま忍苦し受け流した。』是はこのままの生活態度を続けていたら、初めに書いた、健常者そのものの暮らしぶりに入ってゆく道筋そのものだと思います。

キーポイントは『症状の消滅や症状の軽減』を求めない生活態度を守る事です。行き着く先は『症状の受容』です、この症状の受容が出来た時点が『神経症の完治になります。』イコールで症状が夢、幻となって胡散霧消して、消えて無くなっています。
 

あるがまま

 投稿者:与太郎  投稿日:2019年 2月 9日(土)21時06分16秒
  はじめまして!

仕事や雑用に夢中で症状(不安や恐怖)を忘れている。

症状が出てる時、辛い苦しいと想いながらも、言葉を使わずそのまま忍苦し受け流した。

この2点は同じ意味でしょうか?

症状の改善としてはどちらも正しいですか?
気分が楽なのは忘れている状態だと思いますが。
また思い出して症状が出てきます。
 

不安障害、対人恐怖症、神経症の類は年齢とともに

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 2月 9日(土)18時39分49秒
  不安障害、対人恐怖症、神経症の類は年齢とともに治っていきますか?

またこの病気類は完治はするんですか?



>>>管理人


不安障害、対人恐怖症、は神経症に分類されているものですので、神経症を学ぶ事で良くなると思います。

神経症は、好き嫌いが過度になってしまって、良い事は受け取るが、嫌いな事の受け取りを拒否していると云った事が原因となって、嫌いな事を心から追い出す作業によって、心に意識されてしまって、意識地獄が始まっています。

嫌だと思った事が『症状』に当たります。嫌だと思っている内容が排除したい事になっています。

誰でもが同じですが、受け容れたくない事柄は、意識せざるを得なくなっています。是が症状が発症する原因ですが、症状の消滅とか、軽減を目指す事になりますが、うまくゆきません。

症状の消滅とか、軽減を目指す事が実は、更なる症状の固定化へと発展をして行きます。

森田療法に近い治り方をご紹介して置きますので参考になるなら幸いです。

始めに神経症の場合での症状とは『治ると分かる事ですが、誰でもが感じている事柄が、症状になっている事です。』そうして神経症の症状は大変多岐に渡っている事になりますが、症状別の治し方がある訳ではありません。

本人が『毛嫌いしている事柄がイコールで症状に変化して発症している事です。』

貴方の場合では、『不安障害、と対人恐怖症』という意味は、不安になる事を毛嫌いしており、人に会う事も毛嫌いしている事を意味しています。

それは『症状とは誰にでもあるもの』として、誰の心も同じく感じている事柄です。誰だっても不安は嫌なものです。そうして誰であっても人に会う事は緊張したり不安感を押し付けられたりする事から、嫌だなとは思います。

神経症になるのか或は治るのか、はたまた神経症にはなれなくなってしまうのかが別れ道です。

この別れ道とは実に簡単な理由とか原因となります。感じた事を『ああ嫌だな、と思ったとしても、受け容れている人は健常者になっています。』

嫌いな事柄=症状らしきものを『追い出しを計る時』症状にまで発展して症状になってしまって更なる追い出しを望む事で、心にしっかりと固定をされています。

嫌な事柄の受け取りをしないでいる事は『意識地獄になる事』を意味しています。感じないように意識をするという意味になるからです。

心から追い出しを計るという意味は、意識をして追い出しをするという事からこれまた『意識地獄になる事』を意味しています。

では神経症が完治するという意味を説明したいと思います。不安障害と対人恐怖症が出ても嫌だと思わなくなる場合です、逆に言うなら、『不安障害、対人恐怖症』が出なくなっても嬉しいと思わなくなった場合です。

つまり『症状が出ても出なくとも、嬉しくもなく、嫌だとも思わなくなる場合です。』是が何を意味しているかと云うと、症状が在っても無くともどちらでも良いや、という意味になりますので、症状を心から受け入れる事が出来た事を意味しています。

こうなる為に森田療法というものは『症状が出たから悪いとか、症状が出なかったから嬉しいとかを言わないでいる事です。』

この繰り返しの生活の中で、本当に『、症状が出たから悪いとか、症状が出なかったから嬉しいとかを言う必要が無くなるようになります。』

独りでに、治った姿になっています。症状が在った事とか、症状に悩まされたことも忘れるようになります。そうして治った事さえも忘れています。

それが完治した事を意味しますが、頭の中を探すなら『症状はあります。』処が症状としての作用をする事が無くなっています。症状は夢、幻となって消えています。

今は信じる事が出来ないかも知れませんが、神経症が完治する時の実情です。

症状は誰にでもあるもので、無くなる事はありませんが、過度の意識のし過ぎから心の中で意識過剰のために大きくなり過ぎています。この大きくなり過ぎた状態を症状と呼んでいます。

従って一生を掛けても症状を無くそうとした場合では、一生症状に悩まされることを意味します。

その逆に『症状の消滅を諦めた場合では、たちどころに症状に悩む事は無くなっています。

この差が分かるなら、もう神経症に悩まされる事が無くなっています。

神経症の完治を望むなら、症状の軽減とか消滅と云った方面から取り組む事は反って治らない事をしている事を意味しています。

症状の事を口にしない生活を守る事を『不問療法』と言います。如何か『症状の改善を諦めて』不問療法を続けて神経症の完治を勝ち取って下さい。

質問があるなら答えたいと思います。
 

神道、仏教関係者の方に質問したい事があります

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 2月 9日(土)18時33分8秒
  神道、仏教関係者の方に質問したい事があります。

1宗教は人を救う為にあるのですか?
2宗教は自己を更なる高みに目指す為にあるのですか?

宗教とは、人間はどこから来て、どこへ行くか?に対する疑問の回答として世界観を提示した。 という説明を見ました。
また、生命とは何か、自分とは何かを考え続けること、という説明も見ました。
1,2の質問は多少上記の説明と合致しないところもありますが、今の私の宗教に対する疑問です。回答よろしくお願いします。



>>>管理人


人間の悩みと脳の機能が関係していますので簡単に、人間の悩みが発生する仕組みを書いてみます。人間の悩みとは『心の矛盾』を悩むところに在ります。

その原因は脳の機能に在ります。大人の脳の機能を説明したいと思います。ウイキぺデアからです。


”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”

又脳卒中になってしまって、右脳の自分と左脳の自意識を交互に体験している動画がありますので載せてみたいと思います。

URL:http://www.youtube.com/watch?v=ldSoKfFYKqM

この体験は『悟りを開いている』体験を語っています。この体験後では二つの意識は『脳梁の中で、新しい回路構成が出来るために』二つの意識は争う事が無くなります。この体験が『宗教体験』です。哲学的には『絶対矛盾の自己同一』と言う現象です。

この体験は、脳梁の中での出会いです。禅ではこの二つの意識の関係性を『没交渉』と表現していますが、出会いを体験『見性』をした後では皆口を揃えて『今更お前は誰か?と聞く必要などは無かった。』と言っています。

この体験がもたらすものは『心の矛盾の解消』です。心の中でのざわめきがピタッと収まる体験です。脳内では二つの意識の間にホットラインと呼ぶべきものが構築されるようです。

これ以後二つの意識には『齟齬とか仲違いとかが起こる事が無くなります。』

心が平安に包まれ続けるようになります、涅槃と云った境涯です。死によっても覆す事が出来無い究極の世界です。

仏教などの心の癒しの世界は、正にお釈迦様に依る教えだと思います。

右脳の人格とは『命の働き』=『仏性』です、言葉を替えて表現するなら人間は誰の頭の中でもその半分は『宗教で出来ています。』

何故ならば右脳の無い人間はいないからです、動画の言っている通りの世界が展開しているからです。

蛇足として一つ付け加えて置くなら、赤ん坊は何も学ぶ以前に全てを知っています、生命を維持する事、怖いとか安心する事も全て知っています。この知っていて人間の心の背後に居ながら、寒い時には暖かいところを探すように指示を出しています。

暑かったなら涼しい所とか、冷たい水を探すようにこれまた指示を出しています。

この者は生まれた訳ではない事から、死ぬ事もない者です。つまり永遠からやって来て、又永遠に帰って行きます。この功徳に人類は長い歴史の中で、最大限の貢物をしています。是が宗教文化の発展の後押しをしている理由です。
 

社会人一年目です。

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 2月 9日(土)00時23分46秒
  難発性吃音症なのですが、最近症状が悪化してきています。

昔は人前で決まった言葉(日直のおはようございます等)以外で症状が出ることは無かったのですが、最近は挨拶する時でも吃ります

私の職場は少し特殊で、規律や年功序列にはとても厳しいです。

職場に入ったら、立ち止まってはっきりと挨拶をするのは当たり前です。

しかし、最近それが出来なくなり、誤魔化すような挨拶が続いています。

まだ怒られてはいませんが、入ってから挨拶までの時間や何度もお辞儀をしたりする仕草などで違和感を持たれていると思います。

なんとか改善できないでしょうか?

知恵袋を見ると、治らなくても改善はできたというコメントが多くあります。

難発性吃音症の方はどうやって改善しましたか?

出来れば、周りに打ち上げずに改善したいです。

休日も明日上手く挨拶できないんじゃないか、という不安でまともに休めません。

かなりきついです。助けてください


>>>管理人


吃音は神経症ですので、神経症を学んで下さい。また神経症の改善を図る場合では症状の改善から入る事は逆効果になる可能性があります。

神経症の事を詳しく学ぶなら、何時かじっくりと学ぶと良いと思いますが、今すぐに治る為とか治すための即効性がある方法を書いて置きますので、取り組んでみて下さい。

吃音の人が吃音から離れる(治る)為にやってみる事は、吃音で話をする練習です。それでも治らないようならもっと吃音で話す事に努力を傾ける事だと思います。

吃音になってしまう原因は、上手く話しをしようとして『意志に反してうまくゆかないでしまう現象を神経症『と呼んでいます。

様々な症状が在ります。吃音で話をしようとした場合では『意志に反して言葉が上手に出て来ます。』こう云った現象を利用する方法です。『逆説志向』という方法です。

貴方が吃音を受け容れた時が完治する時になりますが、吃音に対する善し悪しを付けなくなった時の事を言っています。貴方が治った時は『吃音が出ないで良かった』と思わなくなる時だからです。

貴方の好き嫌いする心が大きくなり過ぎて、予期不安として吃音を呼び寄せている事が原因で貴方は吃音から抜け出せないでいます。
 

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