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今日はゆっくり。

 投稿者:自然Yukiko  投稿日:2018年 8月30日(木)10時38分53秒
  昨年暮れに仕事中、会場の段差が絨毯の同じ模様で気づかず二度も転びました。
近所の接骨院にしばらく通い、なんとか良くなりましたが右足の太腿の張りが
階段では気になっていました。
今日はゆっくり「これ一本で十分」のヨガをしました。
久しぶりだったのですが足が楽になりました。
気負った投稿すみません。
少しずつ理解出来ていくのかと思います。ありがとうございました。

 

自然Yukiko様

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 8月29日(水)07時16分19秒
  力を抜いて、計らいを脱ぎ捨てて、只生きて行く時、自然と流れが出来ています。  

自然Yukiko様

 投稿者:みんな神の子  投稿日:2018年 8月27日(月)19時22分14秒
  仏の視点(全てを受け入れる愛)に生きるとは。

全ての存在は、既に救われている=神の子、という事を悟り、これを受け入れ、それらに対して、相手を救おうなどと、自分の影響力(特別性)の行使をしないで生きるという事。
つまり、自分は相手(自分、他人)を救えるなどという過信を捨て、自分の無力さを受け入れて生きるという事。
世間は、自分などいなくてもまわっている、というのを受けいれる事。
世間から必要とされなくなるのを恐れず生きるという事。
人は、存在そのもので、既に人(世間)の役に立っている事(必要とされている事)を悟り、無理せず生きるという事。
世間の中の自分の居場所は、決して消える事はありません。
今ここも、既に世間の中。
だから、無理せず、自分のペースで生きましょう。
誰もあなたを置いてけぼりにはしません。
自分(神)はいつも離れない。
1人ぼっちという思いが、人に無理をさせ、意図を持たせ、相手をコントロールしようとする。
こういった思いこそが幻想だと知ってください。
 

神経症って?

 投稿者:自然Yukiko  投稿日:2018年 8月27日(月)16時27分13秒
  二つの仕事掛け持ちして今年の夏は大忙しです。
それに町会の役員もあたっていて、また暑さもあって八月は長く感じます。
「Yukiko」と命名されてから私は天涯孤独となりました。
でも背後にいる神に護られて元気に生かされています。
人生が分からなくなったとき「氷点」の原作者の三浦綾子さんに手紙を出しました。
口述筆記で長いお返事を頂きました。
今でも大切に何度も読み返しています。
最近理解出来たことがあります。
神との出会いが人生を変えたという。
信仰により人生が変わったのです。という言葉でした。
それは特別なことではなく、自らの右脳を認めることだったのです。
信仰は山をも移す。という例えは例えではありません。
左脳による比較の人生から、右脳を受け入れる絶対の奇蹟の人生へと。
理解出来ました。信仰は特別なことではなく人生です。
奇蹟も特別なことではありません。常識でははかれないことです。


 

斎藤氏は参考になるかも?

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 8月26日(日)18時40分58秒
  斎藤氏の言葉には、神経症に対する理解が貧弱な部分(森田療法に対しての理解とか、神経症と精神病をごちゃまぜにしている部分とか、治るといった意味において森田先生とか鈴木先生が未だ治っていないという事)などを挙げる事が出来ると思います。

ですが私が、斎藤氏を取り上げる意味は、『真に治り難い神経症に対して(付いて)理解する事の難しい部分に付いての判断基準が、大変分り難いながらも、大事な部分を再投資として間違った理解をしていた場合等に、私が指摘する事によって、治り行く人の手助けが出来るならと思って書いています。

又斎藤氏が、時々書いていますが『書く事が無くなった。』という意味もあります。私の場合でも同じで、書く事が無いような気がしています。

基本的な斎藤氏の記事の内容は、神経症から抜け出すためには、大変重要な内容が含まれていると思います。身の回りの事を『しっかりした立派な母親とか父親達が、日常の会話とか雑用を取り上げてしまって、』大人になった時に『そう言った場合での対応に苦慮している事も神経症に苦しんでいる人に多いと思っています。』

日常的な雑用とか、会話を、本人に代わって親たちが『し過ぎている、過保護ともいえる環境』の中で神経症が育って行く場合が多いと思っています。


私の生い立ちにしても、小学校の三年生の時に盲腸をこじらせて、肋膜炎を併発した事によって、『医師から見放されて、この子は助からないから大事にしてやって下さい。』と宣言された事から、わがままに育てられることによって、神経症が芽生えたと思っています。

身の回りの事を必要に応じて、小さい時から本人にやらせる事が出来るなら、神経症になる確率は限りなく少なくなると推察出来ます。

神経症のきっかけは、親による過保護と言った面が大きいと思っています。
 

神経症を治すホームページの第二掲示板より

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 8月26日(日)18時05分30秒
  神経症を治すホームページの第二掲示板の投稿文で、まともなものがありましたので、載せたいと思います。


大抵の人の気持ちが代弁出来ているような気が致します。(斎藤氏寄りの人を除いて)という意味です。斎藤氏の気が変わった時点で、多分削除される事になるのかも知れません。

[2174] (無題)
 投稿者: 通行人 投稿日:2018年 8月25日(土)06時58分23秒   通報   返信・引用
第一掲示板の主張を、森田療法を境に別人になれた多くの人の体験と照らし合わせると、
狂った脳というのは主観だけを根拠になんでもしたい断定をする脳である、
ということがよくわかる。
森田療法には価値があるから金を出す財団もあり取り入れる治療主体もある、
という、ググればわかる膨大な事実があるにもかかわらず、
こうした一切を認めず、ただ「森田では誰も治らない」の主観に固執するのは、
脳が狂っているから。
森田療法を境に別人になれた多くの人の体験を、
PCの前に居るだけのくせに「嘘だ 狂いだ」と入力するのは、
脳が狂っているから。
もちろん森田で治らなかった人もいるのかもしれない。
けれど治った人まで治ってない、森田で治った人は誰もいない、とまでするのは、
脳が狂っているから。
脳が狂っていなければ、「私は森田療法では治らなかったが、世には治った人もいるらしい」
といった当たり前の観察も可能になる。


治る=症状で生活がままにならない状態から脱け出て健康人なみに活動できる

この投稿がどのような扱いを受けるかは容易に想像できるが、
それも狂った脳のしわざ。

ってことでここの観察も終了。




 

斎藤さんへ

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 8月23日(木)23時00分20秒
  貴方が治るまでの月日では、『 心はコントロール出来ない、神のみぞ知る
この境地に至るまでは、自我の中でもがき苦しみ、心をを自分でコントロールしようとする。 』


と言う様に暮らしてきました。


治った時には、『苦しむ事により、やっと、心をコントロールしようとする事が終わる。つまり、自分の中の意図が消え失せる。 神経症の解決』となったと思いますが、未だにフラッシュバックに入る事を恐れ雑用にすがっている貴方には、理解出来ないかも知れませんね。


↑これを狂いだと思っている貴方は、理解が少し不足していると思います。


もし一般の人が このように考えていたら日本は崩壊する。 生きると言うのは単純であり、楽しい。人の笑顔を見て御覧なさい。 単純な生き方が出来なくなった神経症とは、重大な精神障害なのです。

貴方が47歳までこう言った世界に住んでいたのですね。

貴方が、自分には理解出来ないとしても、私までも狂いの中にいるといった解釈は大変迷惑です。


神経症の中にいる事と、外にいる事の違いを知らないあなたにとっては、鈴木先生と森田先生と、今神経症に苦しんでいる人の違いさえも分からない事を何時も告白しています。

そんなあなたに狂いの中にいると言われることは、鈴木先生と同列に並ぶ事を意味しますので、かえって光栄なのかも知れませんね。
 

りんごさんへ

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 8月23日(木)10時10分14秒
  心はコントロール出来ない、神のみぞ知る
この境地に至るまでは、自我の中でもがき苦しみ、心をを自分でコントロールしようとする。
苦しむ事により、やっと、心をコントロールしようとする事が終わる。
つまり、自分の中の意図が消え失せる。
神経症の解決

*******************************

↑これは狂いですよ。誰もこんな難しい事考えていない。もし一般の人が
このように考えていたら日本は崩壊する。
生きると言うのは単純であり、楽しい。人の笑顔を見て御覧なさい。
単純な生き方が出来なくなった神経症とは、重大な精神障害なのです。
 

りんご 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 8月23日(木)07時32分42秒
  心も身体も仏の借り物 で、苦しむ事により、やっと、心をコントロールしようとする事が終わる。つまり、自分の中の意図が消え失せる。=で神経症の解決 となると思います。

強すぎる自我に苦しむ事が神経症の正体だった事に気が付くと思います。

此処に至って分かると思います。

それにつけても、再投資はこう言っています。

[2115] HNの雑用
 投稿者: 管理人 投稿日:2018年 8月21日(火)13時01分11秒   通報   返信・引用
ちょっとだけ読んだけれど、息も絶え絶えの感じだね。これじゃ、人生どうやって生きていくのだろうか。
生きるとは楽しいのだ。単純なのだ。単純の源は動きですよ。だって我々は動物だから動きが
大儀であったら生きようがないではないか。
健康な人は皆体が軽い。雑用に難癖つけるようだったら、会社は雇いたくないね。

もう一つHNに疑問を感じるのは、自分の神経症が解決してないのに指導することだ。
自分に嘘を言い、他人に嘘を言う。良心の呵責を感じないのだろうか。
神経症であるだけでも地獄なのに、良心の呵責まで背負うとは。私だったら絶対に嫌だね。

考え方は千差万別です、自分だけが正しいと思う事も有るかも知れませんが、それだけでは心が狭いのかも知れません?

当方は現役の社長として会社を経営しています。雑用は全てではないと感じています。

 

(無題)

 投稿者:りんご  投稿日:2018年 8月22日(水)21時49分44秒
  死もコントロール出来ない
死ぬル時が来たら死ぬだけのこと
仏の計らいごと

 

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