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うつ病の人は「自分を見失っている」

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 4月22日(日)13時01分3秒
  うつ病の人は「自分を見失っている」とも言えますか?


>>>管理人


言い方によっては、そのように言う事も出来ると思います。うつ病と言ってもその症状の違いとか、その症状の重さとかは各々の人によって違っていると思いますが、うつ病そのものが「自分を見失っている結果」という事も出来るかも知れません。

うつ病になった人の身体とか脳に於いての機能検査をした場合では『殆どの場合で異常なしと判断されているようです。』異常があるならその異常によって病名は確定するからです。

身体も脳も異常なしという意味は、心も身体も健康という意味になるかも知れません。只言える事はノイローゼになっている可能性があると思います。

ノイローゼは『心も身体も健康』な場合に頭の中に『異常でも無いにも関わらず症状を作り出して、自分で作り出した症状が恰も現在存在しているかの如くに感じて、その症状に敏感に反応している現象。』と言えると思います。

現実の目の前の世界は誰の目の前にも厳然として真実の世界として存在しています。この世界を肯定する事が出来るなら『自分を見失っていない』と表現出来ると思います。何故なら目の前の現実の世界が真実の世界として展開していて、それが肯定出来ているからです。

処が同じ目の前の現実の世界の中に居ながら、『頭の中に仮の世界を作り出して、その世界を現実と勘違いしてしまう場合があります。』

現実の世界では医師の元に行って身体も脳も異常なしと言った検査結果を貰っていますが、『頭の中に作られた仮の世界では、自分が異常あり』として予期不安としての不安とか症状とかに怯えている状況になっているからです。

おもな症状とは『予期不安としての症状』が意識に上がって苦しむ事が症状と思います。

その訴えている内容が主な症状という事になると思います。ところが現実に、検査結果から言うならば、そう言った事実は存在していません。現実には無い症状を、頭の中に作り出して感じている状態をノイローゼと表現しています。

神経症の症状もうつの症状も、共に予期不安の一種の形を不安として『頭の中に作

り出して、現実に対応している事』を意味していますので、こう言った意味から

言うならば、現実に適応出来て居ないという意味から言って 、『自分を見失って

いる』と云う表現も可能と思います。
 

抗鬱剤と離脱症状

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 4月21日(土)20時13分47秒
  抗鬱剤と離脱症状と題して翻訳しました。
http://mui-therapy.org/newfinding/antidepressant-and-withdrawal.html
これは最近のニューヨークタイムズからの記事です。
私は薬絶対反対派ですが、これほどの離脱症状があるとは知らなかった。
抗鬱剤は脳をダメにすると言いたい。
 

管理人さん

 投稿者:  投稿日:2018年 4月20日(金)12時25分43秒
  わたしはもうネットは完全に卒業して、実際の手が届くアナログ生活の中だけで生きていきたいと思います。
最近は、神経症者をバカにする人の冷たさに対して、恐ろしささえ感じます。
人を精神病扱いし、ありもしない病気をでっち上げられる様な恐ろしさをとても感じる。
そんな所にはわたしの居場所はありません。
管理人さんの居場所もないと思います。
管理人さんは優しい方なので対称的ではありますが、人はバランスが大事であり、わたしはどちらにも共感できず、長くお世話になったので、一つの区切りとして最後のご挨拶だけしにきました。
わたしは決して、管理人さんのような人が嫌いなわけではありません。
神経症を苦しんできただけあって、稀に見る粘り強さも感じます。
だから、ある意味とても信用出来た為、長居させていただきました。

人にとって大事なのは今です。
自分というのは、今の自分の事です。
今まで色々ありましたが、それがあってこその今ですから無駄はありません。
わたしに対しても、過去の先入観をなくして、今に向き合ってください。


今までありがとうございました。
 

(無題)

 投稿者:美香  投稿日:2018年 4月18日(水)15時06分57秒
  神経症を治したいなら、常に休むことを意識すればいい。
脳を見て。今、あなたが脳から出る妄想により、苦しんできたことを。
目をそっと閉じて、妄想だということを自覚しよう。
今触れているものは何か?
頭は、足は今どこに触れているか。。
現実を自覚すれば治る。

これは神経症者に見てもらいたい文です。
管理人さん、是非のせてください。
 

パニック障害が治った方

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 4月14日(土)12時22分29秒
  パニック障害が治った方

12月末に初めてパニック発作になり、職場の新鮮な方の勧めで発症した次の日には心療内科に行きロラゼパム0.5を1日2回飲んでいます。今までにひどい発作は3回ほど起きました。
おそらく原因は秋から結婚前提の同棲を始めたからだと思われます。彼と話し合いこの病気に向き合っていますがいまだに治る気配がありません。2日に一度は心がザワザワします。
もし完治した方がいたらアドバイスをうかがいたいです。


>>>管理人


パニック障害を克服する事は、自分自身を知る事によって解消すると思います、或は人間通になる事によっても可能と思います。そのための課題は『人間はなぜ苦しまなくてはいけないのか?』という人間そのものが持っている課題です。

そのヒントになるものが宗教ですが、貴方に特定の宗教を勧める気はありませんが、貴方自身の中に在る宗教に対する憧れを目覚めさせる事で、或は可能になるのかも知れません。

パニック障害は大きな分類の中ではノイローゼに属していると思いますが、こう言ったノイローゼとか心を病むといった現象はその心の裏側に『人生に対する恐れとか、自分自身に対する恐れとか、生と死に対する恐れ』を抱いている事が挙げらると思います。

こう言った悩みとか苦しみを強く感じる場合では、神経質な性格とか、自分自身とか世の中の出来事に敏感な性格が特徴として挙げる事が出来ると思います。こう言った性格的な特徴が実は宗教家として立って行く場合では大前提として挙げる事が出来る資質だと思います。

今回はこの問題は関係ありませんので、書く事は止めて、パニック障害が起きる仕組みを書いてから、治ってゆく仕組みを書いて置きます。

パニック障害はノイローゼの中の一種だと思います。そこでノイローゼになる仕組みを書いて説明します。ノイローゼは人間にのみ与えられた障害と思います。ノイローゼは何かというと『恐れを予期不安として、具体的に頭の中に作り出してしまって、現実には無い(存在しない)不安とか恐怖を実際に今此処に在るかのように感じて、不安とか恐怖の中で恐れている現象)』と言っても良いと思います。

ノイローゼの一種に神経症がありますが、様々な症状が存在しています。時間が在ったら神経症の症状も勉強して下さい。全てが予期不安から発症しています。そうしてその症状の一つに『、、、恐怖症』がありますが、その、、、に当てはまるのが貴方の相談している『パニック障害』という事になります。

高所恐怖症というのがありますが、その高所と、パニックを入れ替えるなら同じく只の恐怖症という事になりますが、原因は同じです。原因は同じでありながら症状が違うだけといった意味になります。

従ってノイローゼには様々な症状が在りますが、元を正すなら原因はたった一つという事になります。このために医師が処方する薬も効能は同じく一つという事を意味しています。その効能とは『苦を軽減する効果』という事を意味しています。

処が医師の処方する薬では『対症療法であって根本治療にはならない』と言われていますが、その理由は『苦を軽減する効果』だけではノイローゼは良くなる事は無い事を意味しています。その理由は、その”苦”を本人が予期不安として『自分が自分の頭の中に作り出しているからです。』

このからくりに気が付く時『ノイローゼは根本から、本人の頭の中から、解消されて』二度とノイローゼとしても、予期不安としても、苦も悩みも『本人を煩わす事が無くなります。』是がノイローゼの完治を意味します。

寛解ではなくて完治です。寛解という意味はまた逆戻りをして病の中まで、真っ逆さまに落ち込んでしまう可能性を孕んでいますが、完治とはそう言った逆戻りのない治りを意味します。

この完治を説明するためには、なぜ人間は悩まなくてはいけないのかとか、人間の苦しみは何処から来ているのかを説明する必要があります。そうしてその苦しみの根源が分かる時、もう二度と心の苦しみとか心の病むとか、心が闇に覆われる事が無くなります。正に無明から解放されるという意味があります。

パニック障害の原因は予期不安です、それは不安とか恐怖に対するものですが、元を正すなら、『自分自身の人生とか、生命とか生きる事や、死に対する不安とか恐怖』がその大元になっています。つまり自分や自分の人生に恐れを抱いている事が一番大元になっています。

もっと分かり易く言い表すなら、死に対する不安、或は死にたくないといった欲望、或は永遠の生を生きて行きたいといった願望がその基になっている事が分かります。

処がこう言った願望は叶う事など無い事は明白だといった現実が立ちはだかっています。こう言った事を『薬の処方でやっている事』が医師による対症療法と言っています。治らないでいます、治ったとしても寛解止まりになっています。

処が宗教の世界では可能としています。その結果が世界中での宗教文化や宗教建築や聖典や仏典の伝承や発展となって残されているようです。

キリスト教では『永遠の命とか、復活として』仏教では禅の教えとして『悟りを開いて、生死の問題を解決する』と表現しているようです。

いずれにしても、不安とか恐怖心を克服しています。

パニック障害を起こしているものは、恐怖とか不安とかから逃れたいとして『頭の中に作り出している予期不安です。』

神経症なども同じですが、症状を悪いものとして逃れたいとする事です。

パニック障害が治った姿です。パニック障害の症状が襲って来た時、パニック障害の症状から逃れようとしないでいる事です。逃れようとしない事で『予期不安としてのパニック障害の症状は発生しなくなっています。』

それはパニック障害の症状を受け容れて、パニック障害の症状を排除したり逃れる事が無くなった姿です。
パニック障害の症状を受け容れていますので、予期不安が無くなっています。予期不安が無くなっていますので、パニックの症状を『意識』する事が無くなっています。

症状を意識する事が無くなっていますので、症状が在るにもかかわらず『症状としては意識される事はありません』つまり症状が消滅した事を意味します。パニック障害の症状が出ようが出なかろうがそんなことは眼中になくなっています。治そうと意識する事が無くなっていますので『予期不安』が意識させることはありません。これがパニック障害の完治という事を意味します。

神経症なども同じですが、吃音の場合では『頭の中で、絶えず吃音という事が意識されていますので、吃音が頭から離れる事が在りません。』予期不安で頭がいつも占領されていますので、吃音が意識されて意識地獄になっています。『心此処に在らず状態ですので』何をやってもまた吃音と意識されています。

吃音が治った場合では、もうすっかり吃音を受け容れていますので、吃音が出ても出なくとも、しっかりと目の前の現実に対処するだけです。吃音が出たとしても出なかったとしても、そんなことよりも現実の対処が重要になっています。つまり大事な事は吃音を治す事ではなくなっています。

つまり治そうとしなくなった時症状が無くなっている事を意味します。

パニック障害でありながらパニック障害を治そうとしなくなった時にだけ、貴方はパニック障害が治ったと表現が出来ます!言い替えるなら『もっとパニック障害の症状よ襲って来い!』と貴方が開き直る時貴方はパニック障害から解放されています。
 

脳と心。

 投稿者:自然Yukiko  投稿日:2018年 4月 9日(月)23時02分48秒
  「奇蹟はここから始まる」というイベントがあり参加しました。
その時から私の奇蹟体験が始まりました。
あれから七年たちました。
「奇跡というものはこの世にはない。」テレビのドラマコマーシャルの中のセリフに
奇蹟はこの世のものではない。と感じました。
左脳ではこの世の理解しか出来ません。
前世、今世、来世。永遠を理解できるのは右脳です。
昨秋、玄関に置いてあるジャコバサボテンの鉢に何処からか
日々草の種が飛んできて、真っ白な花を見事に咲かせました。
真っ白な日々草を初めて見て驚きました。
私の葬送の花かしらと感じました。
そしたら今まで咲かすことができなかったジャコバサボテンが
またまた見事な真っ赤な花を咲かせました。
紅白の鉢になりました。
この喜びを受け止めるしあわせを感じています。
奇蹟の国日本に生まれて。
 

パニック障害

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 4月 7日(土)22時52分0秒
  パニック障害をお持ちの方教えてください。


当方20代前半女性です。昨年春よりパニック障害に似たような症状に悩まされています。 病院に行くことを

検討しているのですが、 自分の症状がはっきりしない所もあるため、 皆様のご意見をいただきたいです。


発端と自覚しているのは昨年春外食に行った際に胃腸の調子が悪く、お腹を下してしまった事だと思っていま

す。その際は調子が悪かったくらいに思っていたのですが、それ以降外食に行くたびに お腹を下さずとも痛く

なりトイレに駆け込むことが ほぼ毎回ありました。


そして最近になってはそれに加えて目眩や吐き気、 血の気が引くような感覚や手足が冷たくなる、 動悸がす

るなどの症状がそこまで酷くはないものの外食をする度に高い頻度で起こるようになってしまいました。


症状が起こらない場合もありますが頭の片隅には、 その恐怖がいつもよぎっている感じです。 家で食事をす

るときは一切そのような症状が なく、元々外食をすることもそんなに多くなかった為、 正直そこまで不便に

感じたことはなかったです。


しかし先月美容室や歯医者でも同じ症状に襲われ倒れる寸前までなってしまいました。いきなり血の気が引い

ていく感覚と家以外の場所で そのような事になる強い不安感が襲いました。 色々自分なりに調べてみるとパ

ニック障害に症状が似ていると感じるのですが、ネットで調べた所 自分はそんなに頻繁に症状(発作)が起こら

ないことから、曖昧に感じ、病院に行く決心が出来ません。


症状が起きるのは外食の際と食事が絡まない場では先日の美容室と歯医者が初めてです。 回数にしたらこの

一年ほどで10回程と思います。(そのうち倒れる寸前までいったのは美容室と歯医者のみ)似たような経験をさ

れた方やパニック障害をお持ちの方ご自身の経験を教えていただけないでしょうか。また、このような症状で

も受診するべきか…どんな意見でも良いのでお聞かせ願いたいです。



>>>管理人


パニック障害は、治るまでは大変な苦しみが伴いますが、治るという事を理解するなら難しくはないと思います。心の問題は若い頃では大変悩ましい問題と思いますが、年を取って来て人生経験を積んでゆく過程で、分る事が多くて、苦しみが深い程、安心も深い事が理解出来ると思います。

人生経験、或は人間の心理というか、人間そのものの理解が深まる時に自動的に解消する問題と思いますので、あまり深く悩まずに、何時か年を取ったらわかるかも知れないという位達観して結論を急ぎ過ぎないでいると良いと思います。

パニック障害が起きるからくりを書いてみます。その最大の原因は、人間は悩むように出来ているからです。こう言った人間としての悩みが始まる年齢とか心の成り立ちとは、仏典とか経典とか聖書にに書いてある通りです。

人間は大人になるに従って、悩みが増えて来て、苦しみが深まって来るといった事が書いてあります、それは罪の意識とか業の深さとして説明がなされているようです。

そう言った事を悩んで、解消する術が書かれているものが、仏典とか聖書の中の内容と思います。貴方に宗教を進めている訳ではありませんが、『どうして人間(自分が)苦しまなければいけないのか?』という問題を今の貴方は悩んでいる事を意味しています。

(何処から押し寄せてくるのか、分らない得体の知れない、)漠然とした不安を抱える事が、聖書に書いてある「罪の意識」に相当します。


こう言った難しい話は止めて、貴方がパニック障害に似た症状に苦しむ事が無くなるような方向で話を進めたいと思います。

人間の心は、苦しみを嫌うように出来ています。そうして喜びの方が好きに出来ているようですが、この好き嫌いを言う心が大きくなり過ぎた場合、嫌う余り『予期不安として、苦しみが襲って来ないのに、自分から頭の中に不安とか恐怖を作り出してしまう場合があります。

いわゆるノイローゼの状態という意味です。現実に不安とか恐怖が襲ってきていないにもかかわらず、(自分の頭の中で自分で作り出した不安とか恐怖感を味わうという意味です。

いわゆる恐怖症とかパニック障害と言われているものが今書いた事柄に相当します。

抜け出す方策を書いて置きますのでこころみに試してみて下さい。

不安はそのままで味わうならそれだけで終わってしまって、後を引く事はありません、ましてよ期不安になったりトラウマになったりする事はありません。

パニック障害の最大の原因は『小さな不安を感じないように工夫する事で、予期不安を呼び寄せています。』そうしてその予期不安を嫌う心が『パニック障害を呼び寄せています。』

パニック障害の症状の始まりは『小さな不安』です。この小さな不安をそのままにして置く時、小さな不安のままで終わりますので記憶には残らないように出来ています。

その小さな不安を大げさに感じて予期不安として対応する事から『意識に上がって来て』大変な苦しい想いをする事になっています。

小さな不安をそのままにして置く事、その次にパニックの症状が現れそうになったら、不安よもっと大きくなって襲ってこい!と腹をくくって捨て身になって下さい。それだけでパニック障害とか恐怖症は卒業する事が出来ます。

精神科医の元に行って薬を貰って不安を消そうとする時、その消そうとする心がノイローゼを呼び込む事になります。薬で不安を消そうとしないで、不安は受け容れた時から不安ではないものに変化しています。

不安とか恐怖から逃れる術は、それを受け容れるに勝る最上の術はありません。不安から逃れようと一生懸命になったなら、一生掛かってもノイローゼから抜け出す事が出来なくなります。何故なら初めから不安とか恐怖は存在していないものだからです。

良いの悪いのと『分別する心が、予期不安として不安を恐怖に替えているだけだからです。』

楽になりたい心を捨てた時、不安の影は無くなっています。

或はもっと苦しんでみようとする時も、不安は無くなっています。

心を平安に保とうとする心を捨てた時、同時に不安な心もなくなっています。

それが分別を捨てよという意味です、或は「楽をしたいという”我”を捨てよ!」といった意味に通じています。

心を平安に保ちたいとか、安心をしたいという心が、不安や恐怖を呼び寄せているだけと言えるからです。
 

斎藤様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 3月31日(土)10時14分45秒
  意識(我)と無意識が脳内で出番争いをしている姿が、神経症とか自律神経失調症とか心を病むという状態(うつとか感情障害とか強迫観念とか強迫行為)となっています。

健常者では何気ない普段の動作の中でも、無意識が優位に動いて、働いているようです。

悟というと大げさですが、脳梁で、この二つの意識が出会う時出番争いは終焉します。これが神経症の完治になります。自我意識は二度と無意識の前にしゃしゃり出る事が無くなります。

脳内での争いが無くなる事から、脳内は何時も静まり返っています。寝起きの時でも寝る前でも睡眠中にでもです。

大変心は休まっているようになります。これは望まなくとも独りでにそうなっています。涅槃寂静という意味が大変良く理解出来るようになります。

脳内には自我意識と『命を働かせている意識』=『無意識の自分の意志』が存在しています。自分の意志『我』が優位に働こうとっする時『神経症』とかの病的な状態になっています。


『 意識、無意識は我々が生まれながらにして備わっている脳の情報処理方法であり、そんなもの
誰でも教わらないで何の不自由もなく使いこなしている。 』と貴方は気楽に言ってのけていますが、貴方だってこれが分からない事で、何十年にも渡って悪戦苦闘して来たのではありませんか?

現代医学でも『神経症とか心を病むとか自律神経失調症とかいう難治性の疾患の原因は分かりませんが早期治療で早く良くなります。』といった謳い文句が横行しているようです。

原因が分からない医師或は医学が、神経症などの根本治療が出来るとは思えません。斎藤さんは如何な考えでしょうか?
 

意識、無意識

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月31日(土)06時04分50秒
  意識、無意識は我々が生まれながらにして備わっている脳の情報処理方法であり、そんなもの
誰でも教わらないで何の不自由もなく使いこなしている。
それを一々質問して、指導者に習いながらもう一度生き方を習うみたいな事をやるから
可笑しな事になる。

一休さんが追体験なんて言いながら、鈴木に毎年詣でて生き方を習い
続けた。そんな事をする人は健康世界では誰もいない。

子供を見て御覧なさい。学校から帰って来たらカバンを放り投げて公園に遊びに行くでしょう。
あれが健康な姿であり、誰も指導を受ける必要がない。
敢えて言えば、意識と言うより、もようされて体が飛び出て行く。
考える必要がないのだ。

そんな基本的動きの一つ一つに、意識を集中してなんてやっているから自動車事故を
起こしてしまう。私はトラック運転手を20年近くやったが、慣れて来ると運転には
意識は行ってない。ただ前方を見ているだけで、あとは手足が自然に動く。

ポイントポイントで、角を行きすぎないように、道を間違えないように
しているだけだ。もし全神経を集中して運転しているとしたら、それは全くの初心者か
神経症で頭がおかしくなっている人達でしょう。
 

管理人さまお久しぶりです

 投稿者:りんご  投稿日:2018年 3月28日(水)20時34分7秒
  奥さま大変ですねお大事にされてください。

ポエム

神経症談義は止めて
酒でも呑もおよ、空は青く
サクラは見頃さ
悲しい顔はよせよ
さぁ遊びに行こうよ
神経症談義が止める事が
あるがままさ
さあ~外の世界は素晴らしい
さぁ遊びに行こうよ
外はバラダイス
 

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