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パニック障害が治った方

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 4月14日(土)12時22分29秒
  パニック障害が治った方

12月末に初めてパニック発作になり、職場の新鮮な方の勧めで発症した次の日には心療内科に行きロラゼパム0.5を1日2回飲んでいます。今までにひどい発作は3回ほど起きました。
おそらく原因は秋から結婚前提の同棲を始めたからだと思われます。彼と話し合いこの病気に向き合っていますがいまだに治る気配がありません。2日に一度は心がザワザワします。
もし完治した方がいたらアドバイスをうかがいたいです。


>>>管理人


パニック障害を克服する事は、自分自身を知る事によって解消すると思います、或は人間通になる事によっても可能と思います。そのための課題は『人間はなぜ苦しまなくてはいけないのか?』という人間そのものが持っている課題です。

そのヒントになるものが宗教ですが、貴方に特定の宗教を勧める気はありませんが、貴方自身の中に在る宗教に対する憧れを目覚めさせる事で、或は可能になるのかも知れません。

パニック障害は大きな分類の中ではノイローゼに属していると思いますが、こう言ったノイローゼとか心を病むといった現象はその心の裏側に『人生に対する恐れとか、自分自身に対する恐れとか、生と死に対する恐れ』を抱いている事が挙げらると思います。

こう言った悩みとか苦しみを強く感じる場合では、神経質な性格とか、自分自身とか世の中の出来事に敏感な性格が特徴として挙げる事が出来ると思います。こう言った性格的な特徴が実は宗教家として立って行く場合では大前提として挙げる事が出来る資質だと思います。

今回はこの問題は関係ありませんので、書く事は止めて、パニック障害が起きる仕組みを書いてから、治ってゆく仕組みを書いて置きます。

パニック障害はノイローゼの中の一種だと思います。そこでノイローゼになる仕組みを書いて説明します。ノイローゼは人間にのみ与えられた障害と思います。ノイローゼは何かというと『恐れを予期不安として、具体的に頭の中に作り出してしまって、現実には無い(存在しない)不安とか恐怖を実際に今此処に在るかのように感じて、不安とか恐怖の中で恐れている現象)』と言っても良いと思います。

ノイローゼの一種に神経症がありますが、様々な症状が存在しています。時間が在ったら神経症の症状も勉強して下さい。全てが予期不安から発症しています。そうしてその症状の一つに『、、、恐怖症』がありますが、その、、、に当てはまるのが貴方の相談している『パニック障害』という事になります。

高所恐怖症というのがありますが、その高所と、パニックを入れ替えるなら同じく只の恐怖症という事になりますが、原因は同じです。原因は同じでありながら症状が違うだけといった意味になります。

従ってノイローゼには様々な症状が在りますが、元を正すなら原因はたった一つという事になります。このために医師が処方する薬も効能は同じく一つという事を意味しています。その効能とは『苦を軽減する効果』という事を意味しています。

処が医師の処方する薬では『対症療法であって根本治療にはならない』と言われていますが、その理由は『苦を軽減する効果』だけではノイローゼは良くなる事は無い事を意味しています。その理由は、その”苦”を本人が予期不安として『自分が自分の頭の中に作り出しているからです。』

このからくりに気が付く時『ノイローゼは根本から、本人の頭の中から、解消されて』二度とノイローゼとしても、予期不安としても、苦も悩みも『本人を煩わす事が無くなります。』是がノイローゼの完治を意味します。

寛解ではなくて完治です。寛解という意味はまた逆戻りをして病の中まで、真っ逆さまに落ち込んでしまう可能性を孕んでいますが、完治とはそう言った逆戻りのない治りを意味します。

この完治を説明するためには、なぜ人間は悩まなくてはいけないのかとか、人間の苦しみは何処から来ているのかを説明する必要があります。そうしてその苦しみの根源が分かる時、もう二度と心の苦しみとか心の病むとか、心が闇に覆われる事が無くなります。正に無明から解放されるという意味があります。

パニック障害の原因は予期不安です、それは不安とか恐怖に対するものですが、元を正すなら、『自分自身の人生とか、生命とか生きる事や、死に対する不安とか恐怖』がその大元になっています。つまり自分や自分の人生に恐れを抱いている事が一番大元になっています。

もっと分かり易く言い表すなら、死に対する不安、或は死にたくないといった欲望、或は永遠の生を生きて行きたいといった願望がその基になっている事が分かります。

処がこう言った願望は叶う事など無い事は明白だといった現実が立ちはだかっています。こう言った事を『薬の処方でやっている事』が医師による対症療法と言っています。治らないでいます、治ったとしても寛解止まりになっています。

処が宗教の世界では可能としています。その結果が世界中での宗教文化や宗教建築や聖典や仏典の伝承や発展となって残されているようです。

キリスト教では『永遠の命とか、復活として』仏教では禅の教えとして『悟りを開いて、生死の問題を解決する』と表現しているようです。

いずれにしても、不安とか恐怖心を克服しています。

パニック障害を起こしているものは、恐怖とか不安とかから逃れたいとして『頭の中に作り出している予期不安です。』

神経症なども同じですが、症状を悪いものとして逃れたいとする事です。

パニック障害が治った姿です。パニック障害の症状が襲って来た時、パニック障害の症状から逃れようとしないでいる事です。逃れようとしない事で『予期不安としてのパニック障害の症状は発生しなくなっています。』

それはパニック障害の症状を受け容れて、パニック障害の症状を排除したり逃れる事が無くなった姿です。
パニック障害の症状を受け容れていますので、予期不安が無くなっています。予期不安が無くなっていますので、パニックの症状を『意識』する事が無くなっています。

症状を意識する事が無くなっていますので、症状が在るにもかかわらず『症状としては意識される事はありません』つまり症状が消滅した事を意味します。パニック障害の症状が出ようが出なかろうがそんなことは眼中になくなっています。治そうと意識する事が無くなっていますので『予期不安』が意識させることはありません。これがパニック障害の完治という事を意味します。

神経症なども同じですが、吃音の場合では『頭の中で、絶えず吃音という事が意識されていますので、吃音が頭から離れる事が在りません。』予期不安で頭がいつも占領されていますので、吃音が意識されて意識地獄になっています。『心此処に在らず状態ですので』何をやってもまた吃音と意識されています。

吃音が治った場合では、もうすっかり吃音を受け容れていますので、吃音が出ても出なくとも、しっかりと目の前の現実に対処するだけです。吃音が出たとしても出なかったとしても、そんなことよりも現実の対処が重要になっています。つまり大事な事は吃音を治す事ではなくなっています。

つまり治そうとしなくなった時症状が無くなっている事を意味します。

パニック障害でありながらパニック障害を治そうとしなくなった時にだけ、貴方はパニック障害が治ったと表現が出来ます!言い替えるなら『もっとパニック障害の症状よ襲って来い!』と貴方が開き直る時貴方はパニック障害から解放されています。
 

脳と心。

 投稿者:自然Yukiko  投稿日:2018年 4月 9日(月)23時02分48秒
  「奇蹟はここから始まる」というイベントがあり参加しました。
その時から私の奇蹟体験が始まりました。
あれから七年たちました。
「奇跡というものはこの世にはない。」テレビのドラマコマーシャルの中のセリフに
奇蹟はこの世のものではない。と感じました。
左脳ではこの世の理解しか出来ません。
前世、今世、来世。永遠を理解できるのは右脳です。
昨秋、玄関に置いてあるジャコバサボテンの鉢に何処からか
日々草の種が飛んできて、真っ白な花を見事に咲かせました。
真っ白な日々草を初めて見て驚きました。
私の葬送の花かしらと感じました。
そしたら今まで咲かすことができなかったジャコバサボテンが
またまた見事な真っ赤な花を咲かせました。
紅白の鉢になりました。
この喜びを受け止めるしあわせを感じています。
奇蹟の国日本に生まれて。
 

パニック障害

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 4月 7日(土)22時52分0秒
  パニック障害をお持ちの方教えてください。


当方20代前半女性です。昨年春よりパニック障害に似たような症状に悩まされています。 病院に行くことを

検討しているのですが、 自分の症状がはっきりしない所もあるため、 皆様のご意見をいただきたいです。


発端と自覚しているのは昨年春外食に行った際に胃腸の調子が悪く、お腹を下してしまった事だと思っていま

す。その際は調子が悪かったくらいに思っていたのですが、それ以降外食に行くたびに お腹を下さずとも痛く

なりトイレに駆け込むことが ほぼ毎回ありました。


そして最近になってはそれに加えて目眩や吐き気、 血の気が引くような感覚や手足が冷たくなる、 動悸がす

るなどの症状がそこまで酷くはないものの外食をする度に高い頻度で起こるようになってしまいました。


症状が起こらない場合もありますが頭の片隅には、 その恐怖がいつもよぎっている感じです。 家で食事をす

るときは一切そのような症状が なく、元々外食をすることもそんなに多くなかった為、 正直そこまで不便に

感じたことはなかったです。


しかし先月美容室や歯医者でも同じ症状に襲われ倒れる寸前までなってしまいました。いきなり血の気が引い

ていく感覚と家以外の場所で そのような事になる強い不安感が襲いました。 色々自分なりに調べてみるとパ

ニック障害に症状が似ていると感じるのですが、ネットで調べた所 自分はそんなに頻繁に症状(発作)が起こら

ないことから、曖昧に感じ、病院に行く決心が出来ません。


症状が起きるのは外食の際と食事が絡まない場では先日の美容室と歯医者が初めてです。 回数にしたらこの

一年ほどで10回程と思います。(そのうち倒れる寸前までいったのは美容室と歯医者のみ)似たような経験をさ

れた方やパニック障害をお持ちの方ご自身の経験を教えていただけないでしょうか。また、このような症状で

も受診するべきか…どんな意見でも良いのでお聞かせ願いたいです。



>>>管理人


パニック障害は、治るまでは大変な苦しみが伴いますが、治るという事を理解するなら難しくはないと思います。心の問題は若い頃では大変悩ましい問題と思いますが、年を取って来て人生経験を積んでゆく過程で、分る事が多くて、苦しみが深い程、安心も深い事が理解出来ると思います。

人生経験、或は人間の心理というか、人間そのものの理解が深まる時に自動的に解消する問題と思いますので、あまり深く悩まずに、何時か年を取ったらわかるかも知れないという位達観して結論を急ぎ過ぎないでいると良いと思います。

パニック障害が起きるからくりを書いてみます。その最大の原因は、人間は悩むように出来ているからです。こう言った人間としての悩みが始まる年齢とか心の成り立ちとは、仏典とか経典とか聖書にに書いてある通りです。

人間は大人になるに従って、悩みが増えて来て、苦しみが深まって来るといった事が書いてあります、それは罪の意識とか業の深さとして説明がなされているようです。

そう言った事を悩んで、解消する術が書かれているものが、仏典とか聖書の中の内容と思います。貴方に宗教を進めている訳ではありませんが、『どうして人間(自分が)苦しまなければいけないのか?』という問題を今の貴方は悩んでいる事を意味しています。

(何処から押し寄せてくるのか、分らない得体の知れない、)漠然とした不安を抱える事が、聖書に書いてある「罪の意識」に相当します。


こう言った難しい話は止めて、貴方がパニック障害に似た症状に苦しむ事が無くなるような方向で話を進めたいと思います。

人間の心は、苦しみを嫌うように出来ています。そうして喜びの方が好きに出来ているようですが、この好き嫌いを言う心が大きくなり過ぎた場合、嫌う余り『予期不安として、苦しみが襲って来ないのに、自分から頭の中に不安とか恐怖を作り出してしまう場合があります。

いわゆるノイローゼの状態という意味です。現実に不安とか恐怖が襲ってきていないにもかかわらず、(自分の頭の中で自分で作り出した不安とか恐怖感を味わうという意味です。

いわゆる恐怖症とかパニック障害と言われているものが今書いた事柄に相当します。

抜け出す方策を書いて置きますのでこころみに試してみて下さい。

不安はそのままで味わうならそれだけで終わってしまって、後を引く事はありません、ましてよ期不安になったりトラウマになったりする事はありません。

パニック障害の最大の原因は『小さな不安を感じないように工夫する事で、予期不安を呼び寄せています。』そうしてその予期不安を嫌う心が『パニック障害を呼び寄せています。』

パニック障害の症状の始まりは『小さな不安』です。この小さな不安をそのままにして置く時、小さな不安のままで終わりますので記憶には残らないように出来ています。

その小さな不安を大げさに感じて予期不安として対応する事から『意識に上がって来て』大変な苦しい想いをする事になっています。

小さな不安をそのままにして置く事、その次にパニックの症状が現れそうになったら、不安よもっと大きくなって襲ってこい!と腹をくくって捨て身になって下さい。それだけでパニック障害とか恐怖症は卒業する事が出来ます。

精神科医の元に行って薬を貰って不安を消そうとする時、その消そうとする心がノイローゼを呼び込む事になります。薬で不安を消そうとしないで、不安は受け容れた時から不安ではないものに変化しています。

不安とか恐怖から逃れる術は、それを受け容れるに勝る最上の術はありません。不安から逃れようと一生懸命になったなら、一生掛かってもノイローゼから抜け出す事が出来なくなります。何故なら初めから不安とか恐怖は存在していないものだからです。

良いの悪いのと『分別する心が、予期不安として不安を恐怖に替えているだけだからです。』

楽になりたい心を捨てた時、不安の影は無くなっています。

或はもっと苦しんでみようとする時も、不安は無くなっています。

心を平安に保とうとする心を捨てた時、同時に不安な心もなくなっています。

それが分別を捨てよという意味です、或は「楽をしたいという”我”を捨てよ!」といった意味に通じています。

心を平安に保ちたいとか、安心をしたいという心が、不安や恐怖を呼び寄せているだけと言えるからです。
 

斎藤様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 3月31日(土)10時14分45秒
  意識(我)と無意識が脳内で出番争いをしている姿が、神経症とか自律神経失調症とか心を病むという状態(うつとか感情障害とか強迫観念とか強迫行為)となっています。

健常者では何気ない普段の動作の中でも、無意識が優位に動いて、働いているようです。

悟というと大げさですが、脳梁で、この二つの意識が出会う時出番争いは終焉します。これが神経症の完治になります。自我意識は二度と無意識の前にしゃしゃり出る事が無くなります。

脳内での争いが無くなる事から、脳内は何時も静まり返っています。寝起きの時でも寝る前でも睡眠中にでもです。

大変心は休まっているようになります。これは望まなくとも独りでにそうなっています。涅槃寂静という意味が大変良く理解出来るようになります。

脳内には自我意識と『命を働かせている意識』=『無意識の自分の意志』が存在しています。自分の意志『我』が優位に働こうとっする時『神経症』とかの病的な状態になっています。


『 意識、無意識は我々が生まれながらにして備わっている脳の情報処理方法であり、そんなもの
誰でも教わらないで何の不自由もなく使いこなしている。 』と貴方は気楽に言ってのけていますが、貴方だってこれが分からない事で、何十年にも渡って悪戦苦闘して来たのではありませんか?

現代医学でも『神経症とか心を病むとか自律神経失調症とかいう難治性の疾患の原因は分かりませんが早期治療で早く良くなります。』といった謳い文句が横行しているようです。

原因が分からない医師或は医学が、神経症などの根本治療が出来るとは思えません。斎藤さんは如何な考えでしょうか?
 

意識、無意識

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月31日(土)06時04分50秒
  意識、無意識は我々が生まれながらにして備わっている脳の情報処理方法であり、そんなもの
誰でも教わらないで何の不自由もなく使いこなしている。
それを一々質問して、指導者に習いながらもう一度生き方を習うみたいな事をやるから
可笑しな事になる。

一休さんが追体験なんて言いながら、鈴木に毎年詣でて生き方を習い
続けた。そんな事をする人は健康世界では誰もいない。

子供を見て御覧なさい。学校から帰って来たらカバンを放り投げて公園に遊びに行くでしょう。
あれが健康な姿であり、誰も指導を受ける必要がない。
敢えて言えば、意識と言うより、もようされて体が飛び出て行く。
考える必要がないのだ。

そんな基本的動きの一つ一つに、意識を集中してなんてやっているから自動車事故を
起こしてしまう。私はトラック運転手を20年近くやったが、慣れて来ると運転には
意識は行ってない。ただ前方を見ているだけで、あとは手足が自然に動く。

ポイントポイントで、角を行きすぎないように、道を間違えないように
しているだけだ。もし全神経を集中して運転しているとしたら、それは全くの初心者か
神経症で頭がおかしくなっている人達でしょう。
 

管理人さまお久しぶりです

 投稿者:りんご  投稿日:2018年 3月28日(水)20時34分7秒
  奥さま大変ですねお大事にされてください。

ポエム

神経症談義は止めて
酒でも呑もおよ、空は青く
サクラは見頃さ
悲しい顔はよせよ
さぁ遊びに行こうよ
神経症談義が止める事が
あるがままさ
さあ~外の世界は素晴らしい
さぁ遊びに行こうよ
外はバラダイス
 

無意識

 投稿者:あるがままの世界  投稿日:2018年 3月26日(月)16時07分57秒
  無為療法HP・人生問題HPで、、、、何度も何回も、、、無意識と繰り返すから、鵜呑みにした神経症者が運転を実行して事故を起こした者がいた。

こういう記事はあらためるべき。
 

近況報告です

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 3月19日(月)07時52分18秒
  大分ご無沙汰をしています、自分の事を余り書く事をしなかったのですが、昨年の11月3日に今まで住んでいた住宅を壊して、新築住宅を作りまして、完成をして、引っ越しました。

間借りをしていた先の住宅が、少し狭かったこともあって、家内の足が大変悪くなってしまって、最悪の時には、いざり状態になってしまって、住んでいる部屋におまるを買ってきて据えた日もありました。

幸いな事に、一週間位でおまるはかたずける事が出来ましたが、足が悪い状態は続いています。

生まれてこの方、掃除とか洗濯とか食事の支度とかはやった事はなかったのですが、(鈴木診療所に入院した時では自炊でしたのでやりましたが)

最近は家内の調子が悪いために、朝だけは茶碗洗いをしています、そうして家中の掃除を日曜日の日課としてやるようになっています。

今まで家内一人でこなしてきた仕事内容ですがこの他にも自分の会社の経理資金繰りと、事務所の掃除もやってくれていました。

手分けをして、家内の仕事の量を分担して、負担が軽くなるように工夫をしています。
 

第二掲示板を作成しました。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月15日(木)05時38分49秒
  この掲示板は原則書き込み自由ですから、夜中に起きて好き勝手に
書いても、直ぐ掲示板に表示されます。

無為療法第二掲示板
http://9209.teacup.com/dai2keijiban/bbs

最近元気ある神経症者専用の掲示板がなくなってしまった。
以前はHNさんの掲示板が元気あったのですが、一休さんの一部危険書き込みが
コピーされて、プライバシーを侵害された人から告訴されそうになって以来、
この掲示板もチェック制になり、活気がなくなってしまいました。

5チャンネルの掲示板も問題がある。大体5チャンネルの維持管理がどうなっている
のか、いい加減で使い難い。一部活気のある掲示板もあるが、森田療法の
それと違って方向性がない。ただ、患者が右往左往して苦しみを書いているだけ
で、救いがない。

掲示板の活気を保つには、患者が自由に書ける事、その中に治った人が
乱入しても、それを受け止めて活気ある論戦を維持することが必須です。
治った人を遺棄し、あるいは治った人が入ると、スーッと消えて行くようでは
人生は明るくならない。
 

うつやパニックなど薬を必ず処方されますが対象治療で根本的なものは治らないと聞いたことがあります。

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 3月13日(火)18時25分53秒
  うつやパニックなど薬を必ず処方されますが対象治療で根本的なものは治らないと聞いたことがあります。

うつの症状やパニックでも薬を飲まずに治ったという方もいますがそのような方いますか?


>>>管理人


うつやパニック等の本当の原因が分かるなら、薬では治り難い事が、理解出来ます。またうつやパニックが治るという意味とか理由が分かるなら、薬なしでの治る理由が分かります。

うつとかパニックの原因は『現実にはない不安とか恐怖に』恐れおののいている事を意味します。人間の進化を語るうえで、残念な結論というべきかも知れません。

人間の苦しみの原因は、脳の機能の発達にその源を見つける事が出来ます。人間が生きている世界は二つの世界が交差して出来上がっています。

一つの世界は『真実の世界です。』この世界には不安とか恐怖が無い世界です。争いも望む事が無くなる世界です。平和に満ちて、安楽に満ちている世界です。その代わりに『われ=我』も存在しなくて無私とか無我とかに覆われた世界、と言っても良いかも知れません。

処が今書いた世界とは対照的な世界があります、『われ=我』が主人公の世界です。無我も無私もなりを潜めた世界です。争いが多くなって、欲と得で釣り合いを取ろうとしている世界です。見返りを求め過ぎている世界観、に覆われた世界です。

今書いた二つ目の世界観で、生きている事がうつやパニックになる原因と云えるかも知れません。人生に不安を感じていて、生きている事にも不安を感じていて、死に対しても不安を感じているといった世界観に覆われた世界です。

従って薬を飲んだとしても、心底では不安とか恐怖心が大手を振って荒れ狂っています。

薬なしでも治る場合とは、真実の世界に目覚める場合です。お互いに儚い命として思いやる世界観に目覚める事です。

うつとかパニックの場合では、この人生に不安と恐怖を抱いて生きています。処がこの人生には安楽な世界が存在しています。心静かな世界です。迫り来る死によっても、覆す事が出来ない安楽な世界です。

今書いた二つの世界には境目がありません、どうか今書いた内容によって新しい安楽の世界への扉を見つけて頂きたいと思います。
 

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