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パニック障害について教えてください

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月16日(日)13時30分44秒
  パニック障害について教えてください

2年前から自傷行為をしていたりして情緒が少し不安定でした
親にも友達にはその事は言っていないので病院にも行ったことがありません

昨日の放課後クラスの端で1人で勉強していたらいきなり起こりました
クラスの中に人は多かったのですが、夢で何度も繰り返しているようなデジャブ感が突然襲ってきてすごく不安になりました。
「なんでここに居るの?だめ...ここにいたらダメなんだ...。私はここにいるべきじゃない...。帰らないと。でもどこに行ったらいいの。え、どうしよう。帰れない。私なんでこんなに焦ってるの。どうしよう...早く元に戻らないと...。戻れ戻れ」
記憶は曖昧なんですけど多分こんな感じで、すごい離人感で持ってきていたマフラーに顔をうずくめないとどうにかなってしまいそうな、自分が離れていくような気持ちになってとても怖かったです。
気管が締め付けなられるようになって頭がグラグラしてとても辛かったです
過呼吸にはならず涙も出ませんでした
多分起こったのは数秒~数分だったのですが、とても長い時間に感じました
終わってからも頭痛と強い吐き気が治まりませんでした

時々これのもう少し軽いようなものがおこるのですが、今回はひどく不快で怖かったです
今週がテスト期間で最近の睡眠時間が2時間+帰宅後に昼寝をしていたというのも関係があるのかもしれません
テストは一昨日まででした
いつもなんの前兆もなく突然襲ってくるので解決のしようもありません



パニック障害に近いのかな、とも思いましたが自分に限ってそんなことはないと思っています(失礼ですみません)
またあれが来ると思うと恐怖で落ち着かないです
これがなんなのか防ぐ方法はないのか教えてください



>>>管理人


パニック障害の症状と言っても不安障害の症状と言っても、恐怖症の症状と言ってもそれぞれの症状は又それぞれ個人差がありますので、共通した症状といった全く固定した形でのものは無いようです。

各個人にとっての感じ方が各個人の症状になっているという意味です。従ってパニック障害の場合での各個人が感じた事柄とか、不安障害のかたち的な事柄とか恐怖症の症状別的な対処方法といったものは、特にこれと言った対処法ではなくて、ノイローゼとして、或は神経症としての一般的な治し方として対処をする事で解消すると思います。

そこで一般的な知識として学ぶ事はとても有効な手段と思いますので、ノイローゼや神経症が発症するからくりとかシステムを学んで、そこから抜け出すための知識や知恵などを身に着けて、もう二度とノイローゼとか神経症に落ち込まない工夫を学ぶ事は是からの長い人生を送る為に有効と思いますので、頑張って書いてみたいと思います。

貴方は今パニック障害と言ったものを発症しましたが、此処から抜け出すために学ぶ事は貴方にとっての生きて行く知恵という形でとても大切な財産として有効に作用すると思います。

パニック障害は神経症の中での不安障害とか恐怖症とかを混ぜ合わせた形の症状を味わっている様なものだと思いますので、此処からはノイローゼと書き進めたいと思います。

ノイローゼは、現実には無い症状を頭の中に作り出して、そうしてその本人が一人苦しみ続けて行くといった形を取る状態を指しています。その場合での症状とは『本人が感じた嫌な感じとしての違和感』だと思います。

従ってその症状とは、当の本人が『受け取りたくないと思ってしまった、嫌な感じや感情や身体の異常』という事を意味します。

この嫌だと思った”感覚”が発症の大元を作っています、つまり元凶という意味です。此処の処を理解するならたちどころに貴方はパニック障害から抜け出す事が出来ますが、出来なかったなら、理解するまでの間、苦しみが続くかも知れません。

ノイローゼの原因は脳の構造に存在しています、この意味は人間は悩むように作られているからです。それは人間の知性が発達をしたことに依っています。是は聖書にも書かれている事です。

人間は初め天国に住んでいたという事ですが、知恵の実をそそのかされて食べたところから天国から追放された、此処の下りが全てを物語っています。

この意味は人間は赤ん坊時代では、知恵が付いてきていません、この意味で天国に一番ふさわしい存在とされているようです、仏教でも同じに語られています。嬰児といったことばです。

処が何時までも赤ん坊でいる訳ではありません、成長が続きまして、思春期を迎えるころからノイローゼの種が芽生え始めています。

神との約束を守らなかったために、知恵が付いてしまって、恥ずかしいといった感情が沸き上がるようになってしまって、イチジクの葉で身体を隠すようになったという意味は。

脳の機能分化が進んだ結果、頭の中には人格が二人存在しているようになったからです。一人は『自我意識』=『意識』です。

もう一人の自分とは『神』=無意識の自分=『命を働かせている存在』という事になります。ところがこの存在は意識する事とか識別するとか自覚する事が出来ません。此処が難しいところです。

脳の機能の説明です、ウイキペデアからです。

”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”


簡単に説明するなら、左脳に存在している意識が自意識=顕在意識です。言葉で理解出来て言葉によって学ぶ事が出来る機能で出来ています。

右脳にも意識がありますが、殆どの人はその意識を意識出来ないようです。何故というなら『無意識の主人公』といった存在だからです。禅などでは左右の脳の出会いを悟りとして訓練する修行方法ですので、当然の事にこの事には触れていますが、この関係性を『没交渉=もっきょうしょう』と表現しているようです。

従って、ノイローゼは『見性』体験を通じて解消する問題という事が言えます。がこれは少しむずかしいと思いますので、この説明は避けたいと思います、その理由は釈迦の弟子で、毎日その道に入って修行をしている人達でさえも、見性する人の方が稀な存在のようだからです。

今の脳の機能の説明としてもう一つ補強をして置きたいと思います。それは脳卒中のために、右脳の自分と左脳の自分を体験をした人の動画です。

URL:https://youtu.be/ldSoKfFYKqM


それではなぜノイローゼが発症するのかのメカニズムです。

右脳の機能としての説明を少し補強して置きたいと思います。この機能は『生命維持機能』が全てだと思います、命を守る機能が全てという意味は「喜怒哀楽」或は人間の意思決定とか、内発的な衝動を起こさせている存在という意味です。

また心に影響を与えているという意味は、感情を湧き上がらせている者として、或は寒い所では暖かいところや、暖かい飲み物を探すように指示さえも出している存在という意味ですが、高い所ではどういった事になるのかと言った情報さえも出しています、この情報は言葉に依らない情報になっています、ある種の不安感とか恐怖感を伴っています。

又身体全体としての生命維持機能も担っています。ホルモンの調節とか脈拍とか鼓動とか生命維持機能に関わる全ての働きという事になります。

そうして無意識の自分を担っていて、危険が迫った時などでは、自意識を無視して身の安全を図る場合さえもあります。火事場のくそ力とか、目にゴミが入りそうな時とか、咄嗟の動作が必要な場合です、すなわち「思わずに手や足が出る」といった場面です。


幼子や嬰児はこの機能と自意識が未分化の為に、一つの者として機能しています。是が天国の正体です。思春期頃から二つになった脳の機能の為に人間は天国から追放されてしまって、悩みが始まるようになります。つまり天国から追放されてしまうといった現象です。



思春期頃から始まる疾患には特徴があります、それは今の医学では原因が不明とされている点です。どんなに詳細に検査をしても健常者との違いが分からないといった特徴があるようです。そうしてもう一つの特徴ですが『何処から押しよせてくるのか分からない漠然とした不安。』を伴っている事です。

そうしてこの不安が「生き難さ」を醸し出している点です。


残り少なくなりましたので、ノイローゼの解消方法を書いてみます。


ノイローゼは、現実には無い症状を頭の中に作り出して、そうしてその本人が一人苦しみ続けて行くといった形を取る状態を指しています。その場合での症状とは『本人が感じた嫌な感じとしての違和感』だと思います。


この場合での症状を追い出そうとする事が原因で発症していますので、症状が出た場合ではその症状を無くす事が出来ないと、諦めてしまって『その症状を加工しなくする事』です。


つまり症状の追い出しとか、消滅とかをしないで『そのままにして置く事です。』たったこれだけの事で治まります。


ノイローゼが、現実には無い症状を頭の中に作り出すという意味は『追い出そうとしたり、無くそうと、じたばたする時だけです。』


そのままにして感じたままにして置くなら、小さな不安はその小さなまま、大きな不安ならその大きさのままになっています。


手が付けられなくなる場合では、予期不安が高まってしまい、耐えきれなくなってその症状の追い出しを始めるといった原因があります、或はその不安と言った情報を受け付け拒否をする、つまりその情報の着信拒否をする事が原因で、拡大された情報として再送されて来ます。


この拡大された情報が再送される事が『恐怖症やパニック障害』の症状の発症の直接的な原因を作っています。ですので『試みにそういった症状が襲って来た時、その症状に逆らう事をしないで、そのまま受け取ってみて下さい。』


或はもっと積極的に、『その症状よもっと強くなって襲って来い!』と考えて下さい、それが出来たならもうパニック障害とはさようならの時になります。

何故ならば『症状を受け容れた時が治りの時になるからです。


パニック障害が治る時は、症状が襲って来た時に『本人がその症状に振り回されなくなる事が大事になります。』症状に取り乱されなくなったり、症状と仲良くなって、症状を嫌わなくなる事が大事になります。

そうしてその症状を受容出来た段階が『完治した時』になります。

症状が出ても、出なくとも何も関係なくなる時です。その時には、同じような症状らしきものは『もう症状としては成立しなくなっています』

何故ならば『意識上に上げてまでも嫌う事が無くなっているからです。』

この段階まで来た場合では、症状として現れる事が無くなっています。症状として頭の中で作られて来る事は無い状態になっています。何故なら『心の中に受け入れる事が出来たために』意識的なバリアーを張る必要が無くなっているからです』

症状としては意識したくとも出来なくなっているからです。是がパニック障害が完治した姿です。


症状とは、『受け入れたくないと思って、意識して着信拒否をしている事を意味しています。』高所恐怖症も同じですし、他の症状も全てに通じています。

ノイローゼとは、受け取りたくないと考えてしまった事が発端になって、頭の中に症状として強く、予期不安となって記憶されてしまう現象です。


或は”自意識”に送られてくる情報の内、受け取りを嫌ってしまって『着信拒否』をした情報が、送り手が着信拒否をされたことを知って、その情報を大きく拡大して再送する現象です。


小さな不安と言った情報を嫌う事で、大きく拡大されて再送されて来ます。小さな不安は大きな不安になっています。大きな不安なら恐怖感になっています。そのからくりがパニック障害の裏側です。


パニック障害を治すための必要事項とは、症状をそのままにして置く事です。


ノイローゼは一般的に症状の除去が今の医師達の目標になっているようですが、違っています、その症状を受容した姿が完治した姿です。


ノイローゼの完治という詳細を、症状の消滅として薬で解消しようとしている姿は間違っています。


神経症が完治した暁に自動的に症状が消滅しています。


症状の消滅を目指した瞬間から悪化が始まっています。此処は注意が必要です!
 

吃音症が、筋弛緩作用の強いベンゾジアゼピン

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月15日(土)21時40分3秒
  吃音症が、筋弛緩作用の強いベンゾジアゼピン系抗不安薬か、SSRIで改善するというのを聞いたことがあります。

筋弛緩作用の強いベンゾジアゼピン系抗不安薬の場合は、喉の筋肉の緊張を和らげるということで、改善されるというのは想像できるのですが、

SSRIで改善されるというのが想像できません
どうしてSSRIで改善されるのでしょうか?



>>>管理人


薬で吃音を治す事は、多分無理と思います。その理由は吃音になった理由と治る理由に付いて学ぶ事が出来ないと思えるからです。

吃音は神経症に属するものです、神経症はノイローゼと言っても良いものと思います、そうして神経症には沢山の症状が存在していますが、症状別の治療法ではなくて、神経症の治療法で治るものだと思います。

神経症が発症する原因とか契機を書いてみます。

神経症には様々な症状が有るという事は先に述べた事ですが、この症状とは『意識した事柄』に当たります、その意識するといった事が発症する原因や契機に当たります。

この場合での”意識”するという意味ですが、厳密に書くなら『嫌な感覚とか、嫌な事柄として違和感を持った形で意識する』と言った方が分かり易いかも知れません。

この嫌な感覚として自分自身が感じてしまう事が『大変大きなキーワードになります。』

この嫌な感覚を違和感として『心の中から追い出しを図ろうとしている事』が全ての悪循環を作る源になります。

自分が感じたくないとした理由から、常に頭の中で『意識しながら、追い出そうとするようになります。』それも常にそういう風になります。

つまり『意識のし過ぎ=意識地獄状態』に陥るようになります。ますます症状として嫌だとして、治したい、消滅したい、消し去ってしまいたい、という風になります。

本当なら、症状らしきものが現れても、誰でもがそういった時位はある、と開き直る事が出来るなら、その時点で治っています。

ですが神経症になる場合では『頭の中に、意識する状態として追い出したいとして、意識に上げていますので、頭から離れる事が無くなっています。

この場合での症状は、吃音ですが、書痙とか、不安症とか恐怖症とかと言葉を入れ替えた場合では、皆同じになります。

つまり『意識して追い出そうとしたり、症状を治したい』と意識する事によってかえって心に強く記憶されたり、意識されてしまいます。

こういう風になってしまった場合では『治したい病』として四六時中『頭の中で症状が大きくなって羽ばたいています。』意識地獄が完成した状態が出来上がる事を意味します。

こうなってしまった場合では、一年も、五年も、十年も、二十年も同じに作用しています、つまり何年しても同じ事を考えて頭の中は堂々巡りをするようになっています。

つまり治したい、症状が有って辛い、症状さえ無くなって呉れたら、幸福になれるのに、と考えて症状の事ばかりが頭の中を占めるようになります。

この堂々巡りから抜け出す方法があります。それは神経症のからくりを知って、神経症を治す事です。


ただ気を付けたい事は『神経症を治す事』=『症状の消滅が出来る事』という事ではない事を学ぶ事です。

神経症が治るという意味は『症状が有っても無くなっても振り回されなくなる事』を理解する事が大事な事です。

この為に必要な事は『人間そのものを学ぶ事』が大事だと思います。それも意識する事と、意識しない事、或は無意識の自分に付いてという事だと思います。

人間の脳内には意識が二つあるという事を学ぶ事が大事と思います。意識する自分と、無意識の自分です。

世の中には不眠症というものがあります、是も広い意味では神経症に含まれると思います。

不眠症になる原因は『無意識の自分に身体と心を預ける事が出来なくなった状態』を指しています。眠りに入る時は『意識するとか意識しないにかかわらず』『自意識は無くなってゆきます。』

完全に意識が無くなった時、自分の身体も心も『無意識の自分が全ての支配権を握っています。』ところが、自意識は意識が無くなった事も、無意識に支配されたことも気付く事はありません。その理由は『自意識と自分の無意識は』没交渉の関係を保っているからです。

是と同じ現象が吃音や書痙にも起きています。人間が口を開いて話をしている時は、何を話すとか、その後には何を話すとかという風には考えていません。何も話すという事を意識しないで、次の話をつなぎ合わせています。

その時には口が勝手に話してくれています。つまり口は勝手に自動運転状態になっています。

話を替えて、スケートの世界チャンピオンを決めるために選手が演技をする場合では、うまく演技で来た選手は何も考えていないと思います。その代わり練習通りの演技が出来るように『身体に任せています』=『自動運転状態』=『無意識の自分に任せる』事になると思います。

自意識はもうじたばたしない事を意味します。

貴方の吃音が出てしまう場合では『無意識の自分』に任せる事が出来ずに、貴方の自我意識が話をしようと意識しています。

誰でもそうですが、吃音にならないように気を付けて『意識して話をするなら』誰でもが吃音になると思います。吃音にならない場合では『自動運転』を無意識の自分にお願いをして、意識と無意識の交替制が確保出来ているからです。

余り長くなってしまうと読む気が失せてしまいますので、端的に今すぐに貴方の吃音が治るといった方法を書いて置きます、そうして本当に治った姿も後で書いて置きます。

今すぐに吃音とおさらばする方法があります。是には過去の事例がありますので簡単に説明します。

吃音の人が、文化祭のような場で薬を貰ってその役を演じた時の話です。その役とは『吃音者』の役でした。処がその役で演じているのが吃音が出ない健常者の口調になっていたようです。

この話のごとく、貴方が吃音から離れるためにしなくてはいけない事は『吃音の練習をして吃音で話をする事です。』たちどころに吃音者にはなれなくなっています。


この理由とは二つ考えられます。一つは人間の意識が人間の行動の邪魔をするといった原理の逆手を取った事です。うまく話をしようとすればうまく話が出来なくなる、こういった現象の逆を突くという意味です。

もう一つの理由とは、神経症を治すための原理原則が入っているという事です。

神経症が治るという意味は『症状が出ても、出無くなっても気にならなくなる事です。』この意味は症状を受け容れてしまって、症状が有っても無くても、どっちだっても良くなる事です。

つまり症状を受容する、受け容れる事です。

こういった理由から、神経症の場合では『症状別の治療ではなくて』同じ治療方法、つまり症状が無くなる事などはあり得ない事から、症状らしきものを受容する事が完治をする事と言った事実を教える事が大事になります。

従って神経症の場合では『薬による治療方法』は根本治療にはなりえない事を意味しています。

神経症を治す事は『症状を無くする事ではなくて』症状を受容する事だけが有効な手段と言えます。

薬による『症状のごまかし』は反って治療的な効果を無くしてしまう可能性が大になると思います。
 

吃音症が起こる原因は何ですか?

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月15日(土)07時02分32秒
  吃音症が起こる原因は何ですか?



>>>管理人



予期不安によるものだと思います、もし吃音が出たらどうしようといったものです。

それは意識のし過ぎということです。

吃音が出ない場合は『何も考えていない時に出る言葉=思わずに口から出る』場合です。

吃音を解消したいと考えている場合の有効な手立ては、吃音で話をするといった努力です。

吃音にならないようにして吃音が出て困っていますので、吃音で話をする練習をする事で解消される事です。

この方法は吃音の解消方法としてはとても有名な方法の一つです。
 

太郎 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月14日(金)19時53分20秒
  『医学の薬治療は間違いもはなはだしく論外だし、カウンセリングなども気休めに過ぎないと思います。最後の砦の森田療法が治癒者をまったく出さない現状では偉大な教え(森田理論)は廃れると思います。
心の病気の人は、治療の場を失い、一生迷うしか手立てはなくなります、絶望的です。
貴方は、こういった点を、どの様に考えますか』

貴方の書いたものが実情だと思います、神経症、或はノイローゼはは理屈が分かったとても歯が立たないようです。

神経質の症状の治るには、背水の陣という事が最も必要な事です。背水の陣というのは、兵法で敵前に、川を後にして陣をしいて、逃げる事のできないようにする事です。退却する事ができないと確定すると、突進して血路を開くよりほかに方法が尽きてしまう。

こういった事も事実だと思います。治したいとか治りたいと思って沢山の努力を重ねたところで治るという意味を『症状の改善』に重きを置いている間は、何十年努力を続けたところで全てが無駄になるようです。

というか、計らいが尽きる時にだけ治るのですが、無駄が必要になると思います。

今の若者には『森田療法』は向いていないように感じています。

その理由は、森田療法は膨大な我慢と無駄を強いているような気がするからです。入院をしたところで1週間も持たないような気がするからです。

家に帰りたくなってしまって治療どころではなくなってしまう気が致します。

治療者も経営者という立場ですので、採算を度外視する事は出来ないと思います。治るように厳しくしたところで、うちに帰ってしまう人が続出するようになった場合ではとても継続して治療など出来なくなると思います。

自分が神経症(ノイローゼ)が治った人間として他人を導く事などとても出来ないと感じます。

自分が治った理由を、他の人に説明して実践を促したところで、人には人の感性が働いていますので、自分が治った理由は他人に有効とは限らないと感じます。

それでもここでこうして頑張っているのは、読者の中から特に秀でた感性とか治療者としての力量を備えた人が現れて、脳科学の見地とかいろいろな試みの後に、新しい治療法を開発できる可能性を心待ちにしているからだと思います。

時間さえ許すなら『心の学校アイジーエー 』というところまで行って学びたいとさえ思っています。

悟りを開く事が出来るなら『ノイローゼとか神経症などは』きれいさっぱり治る事は分かっています。

此処の学校ではもう既に何万人も『本当の自分との出会い』を実行している様です。大変に驚く実技を持っている人が存在しているものと感嘆いたしています。
 

森田療法の現状

 投稿者:太郎  投稿日:2018年12月14日(金)10時08分1秒
  神経症がよく解った方だと思いますので、失礼を省みず質問させて頂きます。

森田博士の言葉には、厳しい指導の言葉が多くありますが、今の森田療法の指導的な立場の人には、理論の解説、行動の解説に止まり、理論で止まっている様に感じます、故に治る人はほとんどありません。
こういった事では森田療法は廃ると思います。

{先生の言葉の例では}
苦痛はこれをどうする事も出来ぬ、しかたがないと知り分け、往生した時は、その日から治るのである。
理論的な工夫によって得られるものでもなければ、外からくっつけられるものでもない。それは、山に海に、社会人事に、あるいは白刃の下に、事実に当たって修養されたものでなければならない。
強迫観念も、逃げる事ができぬ・治す事ができぬと決まれば、そこで初めて全快するのである。
神経質の症状の治るには、背水の陣という事が最も必要な事です。背水の陣というのは、兵法で敵前に、川を後にして陣をしいて、逃げる事のできないようにする事です。退却する事ができないと確定すると、突進して血路を開くよりほかに方法が尽きてしまう。

医学の薬治療は間違いもはなはだしく論外だし、カウンセリングなども気休めに過ぎないと思います。最後の砦の森田療法が治癒者をまったく出さない現状では偉大な教え(森田理論)は廃れると思います。
心の病気の人は、治療の場を失い、一生迷うしか手立てはなくなります、絶望的です。
貴方は、こういった点を、どの様に考えますか。

 

太郎 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月14日(金)07時48分38秒
  貴方の考えで良いと思いますが、私の考えは次のようになります。

神経症の原因とは、症状らしきものを嫌だと思ってしまって、嫌っている状態だと思います、従って症状らしきものの受け取りを嫌っているいる状態を指していると思います。

治った場合ではその症状らしきものの受け取りを心の奥底から出来るために、意識に上がる事が無くなった状態だと思います。此処で症状が夢、幻となって消えてしまうのだと思います。

今の解釈は私個人の感想ですが、貴方個人の感想が当然あって当たり前と思います。誰の感想も否定する立場にはありません。
 

敏感で感じやすい体質の人は統合失調症の可能

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月14日(金)07時35分12秒
  敏感で感じやすい体質の人は統合失調症の可能性がありますか?



>>>管理人


素人ですが、書かせて頂きます。本人が統合失調症の心配をしていた場合では、統合失調症になる事は無いという事は、周知の事実と思います。

精神科医が言っていた事です。只言える事は神経質な性格を持った人かも知れません。神経質な性格という意味は不安になり易い性格傾向という意味ですので長い人生を安楽に送る時には、神経質な性格の人が学ぶべき事を学ぶ事は大変有効と思います。

その為に学ぶ事は森田療法という療法があるという事を学ぶ事だと思います。この療法の神髄という事だと思いますが、神経症というものが存在していてその症状は大変多岐に渡っていますが、対策とか治療方法とは、症状別な対策ではなくて、皆共通した対策で皆治ってゆくというものです。

神経症に付いての対策という意味ですが、神経症と言ってもノイローゼと言っても今はやりのうつと言っても気分障害と言っても皆今言ったノイローゼの範疇に入っているものという意味です。

森田療法の神髄というものは、ノイローゼの場合での本人の”訴え”ですがこの訴えこそが『症状』と呼ばれているものなのですが、この症状とは誰でもが感じている只の『想いとか、感じているものとか、感覚』でしかない事ですが、本人の受け止め方が大変重要な役目をしていて、嫌っている事によって『トラウマのごとき働きをする事によって』

只の普通の感覚を異常なほどの大きさに感じてしまう場合を言っています。

パニック障害などが良い例ですが、この障害の重要な点は、小さな不安とかを大変重く受け止めてしまって、心からの追い出しを図る事です。

この追い出しを図る事によって『自分から小さな不安を大きく拡大した形で受け取ってしまって、困っている状態。』を作り出しています。

神経症やノイローゼと言った現象なども全て同じ原理から発症しています。

従って治る時とか、パニックにしない時などは『同じ小さな不安』と言った感覚を、在って当たり前の感覚としてしっかりと受けとってしまう事が大事です。

たったこれだけの事が分かるだけで『パニック障害やノイローゼ』は発症する事が無くなります。

ノイローゼの原因とは『感じた事や考えた事や印象』と言った自分が受け取った感覚に異常な反応をしている事、もっとはっきりと書くならそういった”感覚”を受け取りをしないようにバリヤーを張ってしまっている事で『異常に感じてしまう現象』として症状にしているだけと言った現象という事を意味しています。

もう一度補強をするという意味で書き加えるなら、症状にまでして発症してしまうのか?或は普通の感覚としてしまう事が出来るのかの分岐点とは『症状として振り回されるのか?』只の誰にでもある感覚として振り回されないでいるのか?の違いだけだと思います。

パニック障害の場合では同じ症状らしきものに見舞われた場合の対処方法を、その症状が襲ってきた仕方がないとして受け取って置く場合ではこれで治まっています。

その症状が襲ってきた、嫌だからこれを心から追い出しを計ろうとした場合では、倒れてしまって救急車を呼ぶ事を意味します。

この違いとは、受け取って置くか?受け取りを拒否するのかの違いです。
 

神経症の治癒

 投稿者:太郎  投稿日:2018年12月13日(木)22時18分36秒
  私は神経症と言うものは、自分(症状)を問題にして、多くの思考が発生する状態を言うと思います
本来人間には「自分を問題にして考える」事に本能的な嫌悪感があるが、神経症の病気になった時(症状を気にしだした時)に、その本能をかなぐり捨てて症状解決に多くの自己思考をして時間をとり苦悩を深めます
いくら思考、工夫しても解決は無く、10年20年と症状を苦しみながら人生が過ぎます

治癒は何かの機縁にふれて、症状改善の思考を止めたときに、人間本来の本能がうまく回転しだして真実を知り、自己思考が悪である事を知り完全に止めた時に治癒があると思います
人間にある「自分を問題いして考える」に嫌悪感を取り戻し、自分の本能を基盤に生きれる様になります、これは普通の人間に戻ったのだろうと思います。(自己への思考は日に1分以下になる)

以上のように考えますがいかがですか??
 

どなたか助けてください。 1年ほど前から常に

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月13日(木)20時33分6秒
  どなたか助けてください。
1年ほど前から常に不安、緊張感が取れず常にソワソワしているような感じで夜も眠れません。
(特に不安や緊張の対象があるわけではありません…。


これまではセルシンを服用することで何とか症状を抑えていたのですが、最近、薬が効かなくなってきてしまいました。ベンゾ系以外の薬で効くものを医師と模索中なのですが、模索している間は症状が現れたままになるのがつらすぎて困っています。
応急処置でセルシンは1日5mg服用していたのを1日10mgまで増やしましたが、症状改善しません。
何かアドバイスいただける方いましたらお願いいたします。



>>>管理人


今は70歳を超えましたが、昔中学二年生の頃『死ぬ事が怖い』と言った不安神経症、或は恐怖症に罹った事が在ります。そうして神経症全般を学んだ事が在ります。

2か月間入院森田療法を受けまして治った経験がある者です。その経験を貴方に話したいと思いますので、役に立つなら有り難い事だと思います。

不安神経症とか恐怖症とか、或は様々な恐怖症等が存在しています、そうしてそれらの症状は多岐に渡っているようですが、症状別に対処するという事ではなくて、たった一つの対策を守る事で解消できる問題です。

その理由は『頭の中で作り出したもの=症状』だからです。現実には存在していない事柄が『本人にとっての症状にまで拡大している、と言った現象だからです。』

従って『誰にでも存在している事柄、貴方にとっては(常に不安、緊張感が取れず常にソワソワしているような感じで、、、)という事柄が貴方にとっての症状に当たります。

誰にでもありがちな感覚を、特に気に病んでしまって、在ってはならないものとして『心の中から追い出しを図ろうとする事によって、意識に上がってしまって、困っている状態』を指します。

こういう状態をノイローゼとか神経症とか心を病むと表現しています。

例えるなら、トラウマという言葉がありますが、自分から意識して『嫌な事柄としての、貴方なら(常に不安、緊張感が取れず常にソワソワしているような感じで)と言った感覚を意識し過ぎの状態になっている事を意味します。

人間が”意識”した事を殊更『異常なものとして考えてしまって、意識上に上げて嫌だと考えてしまって感じないように工夫をしたばあいでは、これ等の何でもない事柄が症状にまで高められてしまいます。

症状を羅列してみたいと思います。是は誰もが感じたり思ったりしている普通の感覚ですが、特に”意識して、自意識過剰な状態”になってしまった場合では『普通の感覚とか考え』は『異常なものと認識される場合があります。』

普通の事柄を『異常なものと認識した場合では』普通の事が大きく拡大された形、つまり症状にまで拡大されてしまいます。

こういった意味合いで『ノイローゼとか恐怖症とか神経症とか不安障害』等での対処方法は一緒です、という事を意味しています。

上がった感覚を特別に意識して身動きが取れなくなった場合を上がり症と言っています、これ等も治る時には、『誰でも上がる時位はあるものだ』という事を納得をして、自分だって上がることくらいはある、という風に上がる事を受け容れて、上がる事に特に意識を向けなくなった時には治っているという事です。

書痙や吃音というものがありますが、人間は『意識して行動をした場合では』身体一つでも思い通りにならない事が在るといった人間一般の常識を学ぶ事で解消する問題と思ってください。つまり『意識すると出来ない場合もある、という意味ですので』治る時には『思わずに行動する』ということを実戦で学ぶ事で解消する問題です。

ノイローゼの対処方法は『症状として感じているもの』は無くならないものとして、諦めてしまう事が大変有効だと思います。そうしてその症状らしきものを、口にしたり書きものにしたりする事を決してしないでいる事が有効です。

この事を森田療法では『不問』と言っています。

この不問が徹底される時、症状らしきものが出たとしても、出なかったとしても、日常の生活には何の変化もなくなる日が来ると思います。

そうして治る時というのは『症状らしきものがあろうがなかろうが』全くどっちだっても良いと思える日がやって来ます。症状らしきものに振り回される事が無くなった時は完治した事を意味します。

貴方なら『常に不安、緊張感が取れず常にソワソワしているような感じで、異常なものと認識される。』という事が無くなって、『常に不安、緊張感が取れず常にソワソワしているような感じは誰でもが感じている普通の事であった事』が納得出来るようになります。

自分が嫌う事によって『意識に上げて、自意識過剰』を作り上げていただけという事が分かります。

自分が症状らしきものを受容した時、その症状らしきものは『もう症状にはなり得なくなります。』此処を持ってノイローゼから解放される時がやって来た事を意味します。

症状は、ゆめまぼろしとなって、現実には存在しなくなっています。此処まで来た時を完治したと表現します。
 

質問があります!コイン500枚です。 私は今大

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月11日(火)20時40分17秒
  私は今大学4年で研究室での卒論の〆切が迫っています。

そのせいなのか研究室の人間関係とか実験がうまくいかないストレスのせいか、なんだか最近発作的に動悸と吐き気と過呼吸などが起こるようになってしまい、意を決して心療内科に行ったところパニック障害と言われました。

それ自体は薄々そうじゃ無いかと思っていたので良いのですが、そのあと先生がしばらく考え込んで最初にパソコンに打っていた薬を打ち替えてジェイゾロフトという薬を選んでいました。

それでとても強い薬なのか不安になって土曜日に薬もらってからまだ飲んでいません。

この薬ってそんなに強い薬なんでしょうか?
薬に詳しい人、薬剤師さんやお医者さんがいたら是非教えてください。
不安でいっぱいです。専門の方にご意見を伺いたいです。
よろしくお願いします。


>>>管理人


パニック障害などは、ノイローゼの中に含まれると思います。この意味は神経質な性格の人が不安とか恐怖に包まれ易くなってしまって、予期不安から不安とか恐怖感の予兆を感じてしまって、自分の心『意識』が不安とか恐怖に襲われるのではないだろうかとなってしまって、予期不安に震えてしまう状態を指しています。

従って頭の中は、不安とか恐怖を避けたいという事になってしまって、他の事が手に付かなくなってしまう状態を指します。

不安とか恐怖感を避ける事で頭の中が一杯になる状態、つまり意識地獄の状態の事です。

こういった事柄をクリアーして、他の人がパニックになるような厳しい環境になった時でも、じっくりと沈着に行動したり考えたり出来るようになるといった、考え方とか、心の持ち方が出来るようになるためのコツを書いてみたいと思います。

薬で安心とか、不安の回避とか恐怖感の回避をしたとしても一時しのぎでしかありません。根本的な解決方法は、貴方が不安とか恐怖に対しての正しい対処の仕方をマスターとかクリアーするなら、一生使いこなす事が出来て、又困っている人へのアドバイスが出来るようになるなら、より良い事だと思います。

ノイローゼとか神経症とかの場合では『症状』としては大変種類が多く存在しています。処がこういった疾患が発症するシステムとか成り行きとか原因とかは皆共通しています。

従って治る為の知識も存在していますし、治るといった治り方も共通しています。ですので『症状別の対処の仕方』ではなくて、神経症とかパニック障害とか、不安障害などの症状の奥に存在する、本当の原因にまで深く切り込んで理解する事が大事と思います。

ですので貴方が他人に治してもらう、という事ではなくて、自分で治すという志を持って、貴方が人間(自分)の心の専門家を目指す事が近道になると思います。

始めにノイローゼという意味を書いてみたいと思います、是は『自意識が心配事の回避の為に何事も顧みる事が出来なくなってしまって、意識した事の内容の回避を試みる状態』の事です。

此処で、意識した内容が症状に当たります。症状と言っても疾患全般から言うなら多岐に渡ります。

身体の不調の場合では、自律神経失調症或は過敏性腸症候群、或は原因不明と言われている身体の不調全般だと思います。

行動に付いて言うなら、いわゆる神経症一般の症状が挙げられると思います。吃音、書痙、先端恐怖症、いわゆる強迫観念、上がり症等数え上げたら数限りない症状が有ります。意識に上がった事が症状になる関係上『意識する事は全て症状になると思います。』

そうして『心に感じられる事も全て症状の候補になると思います。』この場合が不安障害とか恐怖症とか広場恐怖症とか高所恐怖症とか、是も数え上げたらきりがないくらいあります。

では何故こういった事が起きるのかの原因を書いてみたいと思います。

少し宗教的な発言になりますが、貴方に特定な宗教を勧めたいという事ではなくて、宗教体験と言った話を通じて、人間の苦しみとか苦難が、安楽とか安心に変化するといった事を説明して、ノイローザが解決をして、安楽な人生を送るという事は如何いう事なのかと言った話をしたいと思います。

この事の前提に存在する事実は、『人間はなぜ苦しまなければいけないのか?』釈迦が言った『一切皆苦』の理由です、或は聖書の中で語られている失楽園の本当の意味の事です。

仏典も聖書も同じ事を違う言葉で述べているようです。どちらにも、極楽とか天国があって、或は地獄も悪魔もいる様です。

そうして天国とか極楽にふさわしい人間は嬰児とか幼子という事になります。

この理由は『脳の機能が未分化の為です。』そうして思春期頃から人間に悩みが始まるようになって来ます。

この悩みが始まるという前提に、脳の機能の分化が関係しています。幼子の心は脳の未分化という内容通り『心は一つの者』として機能をしているという意味です。

人間の大人の脳には『意識が二つ=二つの人格』が存在しているという文献を載せてみます。


”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”


簡単に説明するなら、左脳に存在している意識が自意識=顕在意識です。言葉で理解出来て言葉によって学ぶ事が出来る機能で出来ています。

右脳にも意識がありますが、殆どの人はその意識を意識出来ないようです。何故というなら『無意識の主人公』といった存在だからです。禅などでは左右の脳の出会いを悟りとして訓練する修行方法ですので、当然の事にこの事には触れていますが、この関係性を『没交渉=もっきょうしょう』と表現しているようです。

余談ですが、悟りを開くという意味は『自分自身を知る体験=宗教体験=或は神秘体験』として語られる事が多いようです。脳科学的に表現するなら『左右の意識は、日常的には交代制を確保しながら、正常な毎日が確保されています。』

この意味は、毎日毎秒毎に、左右の意識は相談しながらどちらが主導権を取るのかと言った事を、常に判断をしながら交替制が確保されています。

もう一つ脳の機能を説明するなら、右脳の意識は、自意識には自覚出来ませんが、絶えず自意識の背後に存在していながらも、目には見えない存在としていながらも、絶えず行動を促したり、自意識たる心に影響を与え続けています。

漠然とした不安を感じたりさせている者です、或は『生命維持活動を司どっている者としての、責任感から、自意識に言葉に依らない情報を常に送っています。』


右脳の意識は宗教に於いて神とか仏とかと呼ばれている存在です。言い方を替えるなら『命を働かせている機能』=『命そのものの働き』という事になります。

聖書の言葉通りに解釈するなら、神に背いて(右脳の情報を着信拒否にして)高いといった情報を受け取ろうとしない場合が『高所恐怖症』

右脳からの情報の内広いといった情報の場合が『広場恐怖症』する如何はものを見た感覚の情報の場合が『先端恐怖症』

つまり右脳からの生きるために送られている情報とか、その情報の送り手(右脳の意識)=(見えざる神)を嫌ってしまう現象が神経症の原因を作っている事を意味しています。

人間は生まれながらに持っている脳の機能があります、それは命を働かせている機能です。DNAと言っても良いのかも知れません。髪の毛や肌の色でさえも自由に染め分けて、脈拍とか鼓動までも自由自在に知り尽くして働かせている働きを言っています。或はホルモン系統でも神経系統でも同様です。

心的な作用も同様です、人間は学ぶ以前から知っているものがあります、不安とか恐怖とか安心するとかいった者から始まって、スタンデイングオベーションのような感激する場面では、誰ともなく何処ともなく沸き起こる感動にお互いにむせ返る様に出来ているようです。

神に背くという意味では、身体的な機能を疑うという事になった場合では、自律神経失調症や難治性の心身症一般という意味になると思います。

又行動的な機能を疑うと言った場合では神経症、の内おもに行動を伴う症状を示す状態と考えても良いと思います。

心に湧き上がる考えとか感情の場合を、心を病むとか、心的な症状を問題にしている症状、神経症の中の不安障害とか恐怖症と言っても良いと思います。

つまりパニック障害の原因とは、人間の自意識に送られている情報を『怖いといった理由から着信拒否をしている事が原因で発症している事を意味しています。

従って、神経症全般に言える事ですが『症状らしきものの受容』が解決策と言えます。

最後に治った姿を書いて終わりにしたいと思います。

治る為の条件を書いてみたいと思います。症状の完全受容が出来た時が完治した姿ですが、そうなる為のやる事です。

恐いとか不安と言った症状が出る場合の事ですが、その不安とか恐怖が始まる時は初めは小さなものです、この小さなもののうちに受け取って置くならそれ以上大きくなる事はありません。この事を覚えて置いて下さい。

パニックになる原因とは、この小さな不安とか恐怖を『心から追い出そうとして、自分の心を加工しようとすることから始まっています。』

この小さな不安とか恐怖心を、生きるための情報として送っている者が着信拒否をされてしまった事を知って、『もう一度再送をしています。』二度めの情報は一度目の情報を置きくして拡大して送っています。』

小さな不安を大きくすると恐怖になります、そうして恐怖心をもっと大きくすると『パニック』になってしまいます。


始めに送られた小さな情報としての小さな不安を、受け取らない事によって『だんだんと大きな不安に変化して送られてくる情報を怖がっている状態がパニック障害の原因を作っています。

症状別の対処ではなくて、人間の性質とか人間通になる為の学びが大変に有効だと思います。

神経症を学ぶなら鈴木知準先生の書いたものを、禅を学んで見性体験を目指すなら鈴木大拙博士の書いたものを読む事をお勧めしたいと思います。

私の場合はこの二方のお陰にて、見性体験が出来ました、そうしてその瞬間にノイローゼが完治した経験があります。


聞きたい事が在りましたなら書いて下さい、お応え出来ると思います。
 

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