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第二掲示板を作成しました。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月15日(木)05時38分49秒
  この掲示板は原則書き込み自由ですから、夜中に起きて好き勝手に
書いても、直ぐ掲示板に表示されます。

無為療法第二掲示板
http://9209.teacup.com/dai2keijiban/bbs

最近元気ある神経症者専用の掲示板がなくなってしまった。
以前はHNさんの掲示板が元気あったのですが、一休さんの一部危険書き込みが
コピーされて、プライバシーを侵害された人から告訴されそうになって以来、
この掲示板もチェック制になり、活気がなくなってしまいました。

5チャンネルの掲示板も問題がある。大体5チャンネルの維持管理がどうなっている
のか、いい加減で使い難い。一部活気のある掲示板もあるが、森田療法の
それと違って方向性がない。ただ、患者が右往左往して苦しみを書いているだけ
で、救いがない。

掲示板の活気を保つには、患者が自由に書ける事、その中に治った人が
乱入しても、それを受け止めて活気ある論戦を維持することが必須です。
治った人を遺棄し、あるいは治った人が入ると、スーッと消えて行くようでは
人生は明るくならない。
 

うつやパニックなど薬を必ず処方されますが対象治療で根本的なものは治らないと聞いたことがあります。

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 3月13日(火)18時25分53秒
  うつやパニックなど薬を必ず処方されますが対象治療で根本的なものは治らないと聞いたことがあります。

うつの症状やパニックでも薬を飲まずに治ったという方もいますがそのような方いますか?


>>>管理人


うつやパニック等の本当の原因が分かるなら、薬では治り難い事が、理解出来ます。またうつやパニックが治るという意味とか理由が分かるなら、薬なしでの治る理由が分かります。

うつとかパニックの原因は『現実にはない不安とか恐怖に』恐れおののいている事を意味します。人間の進化を語るうえで、残念な結論というべきかも知れません。

人間の苦しみの原因は、脳の機能の発達にその源を見つける事が出来ます。人間が生きている世界は二つの世界が交差して出来上がっています。

一つの世界は『真実の世界です。』この世界には不安とか恐怖が無い世界です。争いも望む事が無くなる世界です。平和に満ちて、安楽に満ちている世界です。その代わりに『われ=我』も存在しなくて無私とか無我とかに覆われた世界、と言っても良いかも知れません。

処が今書いた世界とは対照的な世界があります、『われ=我』が主人公の世界です。無我も無私もなりを潜めた世界です。争いが多くなって、欲と得で釣り合いを取ろうとしている世界です。見返りを求め過ぎている世界観、に覆われた世界です。

今書いた二つ目の世界観で、生きている事がうつやパニックになる原因と云えるかも知れません。人生に不安を感じていて、生きている事にも不安を感じていて、死に対しても不安を感じているといった世界観に覆われた世界です。

従って薬を飲んだとしても、心底では不安とか恐怖心が大手を振って荒れ狂っています。

薬なしでも治る場合とは、真実の世界に目覚める場合です。お互いに儚い命として思いやる世界観に目覚める事です。

うつとかパニックの場合では、この人生に不安と恐怖を抱いて生きています。処がこの人生には安楽な世界が存在しています。心静かな世界です。迫り来る死によっても、覆す事が出来ない安楽な世界です。

今書いた二つの世界には境目がありません、どうか今書いた内容によって新しい安楽の世界への扉を見つけて頂きたいと思います。
 

斎藤氏の今日の言葉より

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 3月13日(火)07時27分50秒
  今日の言葉


?生死を賭けた治療行為の停止

神経症は、治療と言う強迫行為を死ぬまで止める事が出来ない精神病です。


という出だしで始まっています。森田療法でも同じです。症状の除去という目的で斎藤氏でも誰でも、森田療法に取り組むなら、症状は猶更ひどくなると思います。

こう言った取り組み方をした人が斎藤氏です。治るどころか治る事はなかったようです。

この言い方は神経症を治すつもりで『雑用をする』と治らないと同じ意味です。

ただ単に(見返りを求めることなく)雑用をすると、治っていると同じ意味です。

森田療法は治らない事を納得させる事を眼目にしています、それが不問の意味です。治るとか治らないとかを言う事が無くなった時に治っている事を納得をさせる事が森田療法の眼目です。

雑用療法と同じです。只やる事が治る事につながっています。
 

森田療法の眼目

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 3月11日(日)18時49分26秒
  森田療法の眼目は治癒の放棄です、或は症状の軽減の放棄です。要するに治る事を諦める事です。これがいわゆる『症状を口にしないでいる事=不問』という意味です。

症状を口にしない生活が徹底される時『症状が在っても無くなっても、どちらでも良くなる』といった前提が確保されると思います。

こう言った状態に持って行く事が出来たなら、治るというゴールは目の前だと思います。


森田療法での『不問』が徹底される時、もう殆ど治癒の為の学びは終了していると言っても過言ではありません。

私の場合では『二か月間を掛けて学んだ事は、症状が出たとしても出なかったとしても、ひたすら口にしないでいる生活』の基礎を学ぶ事が森田療法の全てだったと思います。

逆に症状を取り除こうとしたり、症状を軽減させようとする事は、真っ逆さまに神経症になる道ををひた走っている事を意味しています。

治そうとしなくなった時点が『神経症の場合では完治』を意味しているからです。
 

鈴木知準先生の言葉

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 3月11日(日)07時50分46秒
  ほんの二か月間でしたが、鈴木知準先生の言葉を聞きました。あまり物覚えが良くないほうでしたが『今に分かる時が来たらピタリと分かると思いますので、今は分からなくとも良いですから聞いて置くように』といった出だしで話が始まっていたように記憶していますン。

昔の事とか、誰が何を言ったとかという事を覚えている事に自信がありません、記憶力が弱いという意味ですが、先生の話はこういった「覚えていなくとも良いですよ」といったニュアンスが含まれていた事で、逆の意味でプレッシャーが掛かる事が無かったもので反って記憶に残っていたようです。

そういう意味ではやはり治療者としての、先生の腕は確かだったような気が致します。先生のお陰で治った人は沢山存在していると思いますが、先生に感謝しないでいる人も沢山存在していると思います。その最たる人が『斎藤氏』と思います。

鈴木先生のお陰で治ったと『傍から見たら理解出来ます。』が本人にその自覚がないようですので、やはり鈴木先生の腕は確かだったと思います。

分からない人も分かる人も両方とも存在しているように思います。
 

自分の言葉がない。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月 6日(火)11時25分32秒
  それをやっているあいだ、仕事の工夫とかが止まってしまうんですね
よく鈴木知凖診療所の外来相談で『ぐじぐじ言うのを遠慮して必要なことにチョロンと入る
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自分の言葉がない。人の言葉の反復であって病気の回復の兆しもない。
病気が治るとは極めて個人的な体験であり、風邪あがり、インフルエンザ上がりでも、人それぞれ
違う経験をするから、表現の多様性が見れられ読んでいて面白い。
しかし、神経症と言う最も難しい病気の回復する様子を、鈴木の言葉から
引用するなんてこれではだめだ。これを嘘と言う。
 

文句は最大の敵

 投稿者:釣りバカ三平  投稿日:2018年 3月 5日(月)23時59分35秒
  ご無沙汰しております。いつもお世話になっています。
ふと、思った事がありましたので投稿させていただきます。
なかなか仕事の能力が向上しない。やってはいるが、あいだに文句を言ったりなんだりが多い。確か、打撃の神様川上哲治が『愚痴は最大の敵』とか書いているのを思い出しました。それをやっているあいだ、仕事の工夫とかが止まってしまうんですね。よく鈴木知凖診療所の外来相談で『ぐじぐじ言うのを遠慮して必要なことにチョロンと入る』と何回も指導を受けました。今更ながら、最も大切な自分に必要な言葉を何十年も前に教えて頂いていたのだなと、その言葉を脇に置いて仕事に取り組もうと思います。
 

うつ病は治りますか?

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 3月 4日(日)20時01分15秒
  うつ病は治りますか?




補足
パニック障害もあり、毎日地獄です



>>>管理人


治ってみた時に振り返ってみたなら、なんという事もないものだと思いますが、治るとか治らないとかという段階では、どっちの方向性が良いのかという事すら分からないでですので大変だと思います。

うつの原因を現代の精神医学では、特定出来ていない現状があると思います、その結果が、治るのか治らないのかがまだはっきりと言い切れない表現であある『寛解』という表現で示されていると思います。

現代の精神医学が、鬱の原因を特定出来ているならば、寛解を通り越して『完治』を指し示す事が出来ると考えている者です。又如何いった方向性が悪くて、どういった方向性が良いくらいの指示が出来ると思います。

何故ならば『寛解』の意味は、良くなるかも知れないし、悪くなるかも知れないといった響きが感じられるからです。

素人ですが、精神的な苦しさを味わって、完治した経験がありますので、その経験から書いてみたいと思います。

うつの原因は自身の『生命の源の意思』との戦いだと思います。つまり自分自身の”生命の働き”と戦っている事が原因といった意味です。

またうつに近いものに、自律神経失調症とか過敏性腸症候群とか、難治性の心身症があると思います、また神経症の各症状とかもありますが、原因は一つです。自身の内部抗争が原因だと思います。

内部抗争という意味から説明したいと思います。人間が安らかで幸福に満ちた状態を天国とか、極楽という風に表現していると思いますが、初めにこの意味から説明したいと思います、

天国とか極楽を解いているものに、キリスト教とか、仏教とかがあります。その教えの究極なところは、永遠の命を獲得する事、或は死によっても滅ぼす事が出来ない『幸福感の確立』=「生死の問題の解決」が掲げられています。

人間の限りある命の最大の苦しみである、死の超越といった命題が宗教の後押しをしているために、昔から人間は最大の犠牲を払って、宗教の後押しをして来たものと思われます。

聖書の中で語られているものの一つに、『失楽園』がありますが、この意味がうつの原因と思います。或は神経症とか、ノイローゼとか、先に書いた自律神経失調症を始めとする難治性の心身症の原因という意味です。

失楽園の意味は、”神”を疑うという意味ですが、仏教の中の禅では、神と言わずに『命そのものの働き』或は”それ”と表現しています。

”それ”との出会いを『自分自身を知る体験=見性=悟りを開く』と表現しています。又このの経験によって得た内容を『生死の問題が解決する』と表現しています。

失楽園という意味は、子供時代では、脳の機能分化が未発達のために、明日の事を思い煩う事などはなかった、というほどの意味だと思います。

思春期頃、人間の脳が大人の脳になって、右脳の機能と左脳の機能とに、はっきりと分かれたといった意味合いと思います。

此処が大事なところですので、人間の脳の機能に付いての、科学的な研究成果を載せて置きます。要点は『右脳の機能は、生命維持機能を司っていて、生命を守る為に『自分自身を監視している事』が挙げられると思います。

そうしてその機能は『自意識よりも優先される場合もある』という説明をして置きます。火事場のくそ力を出してくれる者という言い方が可能だと思います。

或は火急な場合では、自意識の能力では間に合わない時には、『”自意識”をさて置いて、自意識の知らないうちに行動が終わる時もあるようです。』目にゴミが入るような場合とか、直感で判断する場合とか、ひらめきとして自意識に教えて呉れる場合とかです。

自意識(左脳)には当然一人の人格が存在していますが、右脳にも一人の人格が存在しています。お互いの連絡は脳梁の中で取り合っていますが、普通では没交渉の間柄です。

処が見性した人達の見解では、もう既に知っていた存在であったと、全ての見性体験者は語っているようです。

右脳に生命維持機能を司っていながら無意識を司っている人格が一人、左脳に言葉を持っている顕在意識という人格が一人といった、研究成果の為にノーベル賞をもらった人を紹介した文章を貼ってみます。

ウイキペデアからのコピーです。


『”ロジャースペリー 分離脳』
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究
ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”』

右脳の意識は、遺伝子レベルで、人間(あらゆる生命体でも同じ)であらゆる”個体”としての生命維持機能、熊なら熊としての生命活動、蜘蛛なら蜘蛛ととしての生命活動、桜なら桜としての生命活動、ソメイヨシノならソメイヨシノとしての生命活動という意味です。

仏教の言っている仏性の事です。

この場合での右脳の役割と左脳の役割を脳卒中の為に『体験的に体感した脳科学者の動画を載せて置きます。

URL:https://youtu.be/ldSoKfFYKqM?t=18
もし出ないようでしたら、ジルボルト、テーラ脳卒中と検索して下さい。

思春期頃、二つの分かれた脳の機能は、一つは顕在意識として表に出て、もう一つは『無意識の奥に隠れてしまって』分り難くなってしまいます。

この為に思春期頃から神経症を始めとしてノイローゼとして、人間は悩みが深くなってきたのだと思います。脳の機能分化によって、見ている自分の他に『見られている自分』としての恥ずかしいといった感情を、聖書ではイチジクの葉として表現しています。

今日はここまでにして置きますが、興味があるようでしたならこの続きを書いてみたいと思います。
 

再掲―パニック発作を引き起こした原因について

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 2月24日(土)07時14分0秒
  反応が多かったものを再掲としています。


質問日時:2015/10/29 16:57

パニック障害になる前に
人と話すのが得意ではないのに、がんばって話して脳が停止するような感覚が何日かあったのですが
ストレスになってたんですかね?



>>>管理人

回答日時:2015/11/04 08:02


パニック障害の経験者で完治した経験があります。』ので、生半可な専門家よりも詳しく説明出来ます。


パニック障害の原因は、その障害を感じている人が、本人の頭の中に作り出している『幻』を、あたかも存在するものと思い込んでしまって、避けようともがいて返って身近なものにして、実感してしまう現象です。

自分で、”自分” から危機回避とか危険回避をしようとしていると言うものです。

もう一つの方面から説明します。それは、花粉症のメカニズムを使っての説明です。花粉症とは『自分の免疫機能が自分の身体を攻撃する現象』ですが、このメカニズムと同じメカニズムが働いています。

花粉症の場合では、免疫機能が『アレルゲンと認められたものが、(実際にはアレルゲンではないものに対してまで)体内に存在すると感知した場合に発動します。』そのアレルゲンを体内から排出するための防衛機構が働く事を意味します。又この間違ったアレルギーにならないものにまで過剰反応して暴走してしまうものが花粉症のメカニズムです。

『心や行動や感情』に対しても人間には『危険回避』と言った花粉症に対する身体の反応と同じ様に反応する、防衛機能が存在しています。パニック障害とは今書いた『自己防衛機能』が暴走をしてしまう現象です。

始めに暴走する原因を書いて、後で暴走しない方法とか考え方を書いてみますので参考にして下さい。

パニック障害が起きる背景を始めに説明をして置きます。分り難い事を書きますので分らなくとも良いですので、兎に角読んで置いて下さい。私の云う事が腑に落ちた時貴方はパニック障害から抜け出していると思います。只理解するには時間が掛かるかも知れません。

身体にはアレルゲンと判断する機能が存在するように、心にもそう云った判断する機能が存在しています。是を説明する為には脳の構造を説明する必要が在ります、或いは脳の機能と言ったほうが分りやすいかも知れません。

是は誰にでも備わっている機能ですが、簡単に説明します。生まれたばかりの赤ん坊を想像して下さい、生まれたばかりで何も教え込まれていない『白紙状態の脳』を想像して下さい。学問を学ぶと言う意味では『赤ん坊の脳は白紙』の状態であって、何も知らないでいると考えられますが、実際では『全てを知っています。』

その証拠は、見たものに対して安心出来るものか?、恐怖に値するものか?は教えてもらう必要がない事で証明出来ると思います。又自身の生命維持をする機能という意味に置いても、自分の生命を維持する機能を働かせる事は既に知っています。

此処で問題にしたいのは、『見たものに対して安心出来るのか?、恐怖に値するものか?』という問題です。是は母親の懐にいる時には『”安心して”すやすやと眠っている状態』を言いますが、『”安心”させている者が存在しているからです。』

言い換えるなら『自分の心=自我意識』に『外界からの情報を安心出来るのか?、恐怖に値するのか?』を教える機能が存在している事を意味します。

この教えられた情報によって『赤ん坊が安心したり、恐怖に陥ったりしています。』是がパニック障害に於けるストレスになります。心地良いものは当然ストレス源にはなりません。心地悪いものが問題になってストレス源になります。

此処まで書いて貴方の問題に触れて置きたいと思います、貴方の嗜好に対する問題点です。貴方は好き嫌いが激しい部分があるという問題です。人として生きて行く場合では、良い事も悪い事も誰にでも大体は、等しく襲ってくると考えられます。良い事ばかりに恵まれる人などいないという意味です。

処が貴方の願いは、良い事ばかりを願っていて、厭な事を嫌い過ぎている点が問題になっています。

自分が感じた『五感から得た情報をストレスとして感じるのか如何か?』が問題になっています。

話を変えて”ストレス”の意味を考察します、誰でも同じ環境の中で生きていますが、パニック障害になる人と平然としている人に大別されます、その違いは『同じ環境』の中にストレス源を作り出している人がパニック障害で苦しんでいる事実があります。

言い換えるなら、他の人がストレスにしないものをストレスとして感じている、という意味です。強い言い方をするなら『本人が頭の中にストレスを作り出している部分がある。』という意味です。

もう一つ付け加えるなら、ストレスの意味ですが、それは『受容れたくないもの全般』をストレスと表現します。ですので貴方にパニック障害の症状が出る場面では『受容れたくない情報』が貴方の心に送られている事が原因で貴方はパニック障害としての症状が出ています。

此処が大事なところです、この情報が貴方にとってのパニック障害の原因です。貴方が『受け取りたくない』と感じてしまう情報が、花粉症における『免疫機能を発動させるきっかけになっている事です。』

この情報で、貴方は防衛機制を自分の心に掛けています。つまり『逃げ出したいとか、危険回避をしよう』がパニック障害の原因と結果になっている事です。

したがって貴方がパニック障害から解放されるという意味は、『今までストレスとして受け入れる事が出来なかった事柄を、ストレスにしない、人間性への変貌が求められている事を意味します。』

難しい事を書いていますが、決して難しい事ではありません。今までのように『好き嫌い』の激しかった部分に少し、学びの部分を積み上げるだけで良いのです。

私の云う事を実践して下さい、それは『良い事に遇った場合では”喜び過ぎないでいる事、厭な事に遭った場合では落ち込み過ぎないでいる事』たった是だけです。

今の貴方とパニック障害から抜け出した貴方の違いとは、感じた事柄に対して『向きになって感情に走ってしまっているのか?或いは感情的にならずに冷静でいられるのか?』たった是だけの違いで、パニックになるかならないのかに分かれているからです。

貴方が完全にパニック障害から抜け出した暁には、『湧き上る感情(雑念)に右往左往するのか?或いは”雑念は雑念”としてそのままにして置けるのか?』の違いをマスターしています。

パニック障害とは、『只の雑念に右往左往しているに過ぎないからです。』

パニックになるような事が起きたとしても『泰然自若』としていられる事を学ぶ場として貴方に『パニック障害』という学びの場が与えられています。

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この回答へのお礼

ありがとうございます。成長できる場と思いがんばって生きていきます。
 

不安障害。治りますか?

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 2月22日(木)20時27分31秒
  17歳女子です。
高1のときに自律神経失調症(不安障害)と診断されて
3年近く経つのですが治る気配が無いです。
治す努力はもちろんしてきました。
呼吸法、規則正しい生活、軽い運動などなど。
頑張って学校にも通って卒業も決まっているし
大学進学を夢見てずっと勉強してきたけど
落ちてしまって挫折感でいっぱいです。
大学からは特に勉強に年齢は関係無いし
体を治してからまたチャレンジしてみたら
いいんじゃないの?と周りは言ってくれるのですが
やはり現役に縛られてる自分が居ます…。
私的にも体を治しつつ浪人するか
通信制大学に進むか
フリーターでバイトをしつつ資格を取って働くか
のどれかかな?と思っています。
もし後期や専門を受けて受かったとしても
このまま不安障害を持ちながら通うのは難しいと
思いますし大学が近くに無いので一人暮らしになるので余計に。
中退となるとそれこそ親にも迷惑をかけてしまうので…。
これから何をするにしても
とにかく不安障害を治したいです。
すぐ頻脈になって暑くなって耐えられない、
その割に手足が冷たくなる、頭や手足が痺れたり
震えが止まらなくなります。
このままだと親に必ず取るように言われているし
車が無いと生きていけない田舎に住んでいるのに
車の免許すら取るのは難しいなと思うくらいです。
どうやったら治るのでしょうか?
付き合っていくしかないのもわかるのですが
もう病気を理由に逃げたくありません。


>>>管理人


不安障害も自律神経失調症も、身体とか脳の検査をした場合では、悪いところを見つける事は出来ないといった特徴があります。言い方を替えると悪いところは無いと言っても良いと思います。本人の訴えだけが特徴です。

こういう場合を、昔の言い方をするなら、ノイローゼとか神経症と言っていたと思います。今は医学が進歩をして昔の言い方はしなくなった様に見えていますが、今の医学では根本的な治療を放棄して、対症療法に終止しているように見えています。

ひと昔前の治療法に森田療法というものがあります、私の場合ではこの治療法で完治した経験がありますが、治ってしまって振り返ると分かる事が在りますので書いてみたいと思います。

森田療法の考え方は『健康人』として扱うなら治る。というものです。神経症の症状は本人が頭の中で作っているもの、というものです。更に言うなら、症状を相手にしない生き方が出来るようになったら治っている。というものです。

この為のの基本を2から3か月間の入院生活で教えるといった、入院森田療法で生活指導という形で教えるものでした。今も受け継いでやっているところは沢山あるようです。

基本は症状を口にしないという事、是は『不問』という事です。これが絶対条件です。症状が強く出たとしても、症状が出なくなって、生きやすい状態になったとしても、『不問』を貫く生き方です。

症状が強く出ても、悲観したり、口にしたりしない。

症状が出なくなったとしても、喜んだり口にしない生き方です。

たったこれだけの事ですが、こういった生き方が出来た時に『ノイローゼは治っています。』
 

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