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与太郎 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 2月21日(木)20時33分29秒
  毎日の日課は何をやっていますか?行動している時には考えていないと思います、或は夢中に

なって何かをやっている時には、です。

又、言葉の無い世界で遊ぶ事が大変い良いと思います。  
 

怖くなったら

 投稿者:与太郎  投稿日:2019年 2月21日(木)15時46分6秒
  まだまだ不問になりきれてません。

怖くなったら、もっと怖くなろうという態度を取ればよろしいでしょうか?

逃げるから怖くなるんですよね?
 

与太郎 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 2月20日(水)07時49分55秒
  貴方の気持ちは痛いほど分ります。同じ道を通って来たからです。

それでも言います、不問です。何も聞かないという事です。
 

苦しみの果てに

 投稿者:与太郎  投稿日:2019年 2月19日(火)19時29分39秒
  苦しみの果てに我が死ぬ

とは、苦しまないと自我は消滅しないという意味ですよね?

いつまでも苦しいのですがいつになったら自我が消滅するのでしょうか?
 

諦める

 投稿者:与太郎  投稿日:2019年 2月19日(火)16時58分57秒
  なんとか生活しております。
自分を信じる事はいけない事ですか?

治る事を諦める=人生を諦める

ではないんですよね?

治る事を期待して行動しては一生治らないんでしょうか?
治る事を期待しないで行動がどーしても出来ないんですが。
 

与太郎様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 2月18日(月)20時41分38秒
  自分の事は自分でやっていますか?人の世話にはならないようにしてください。それが始まりと思います。  

慣れる

 投稿者:与太郎  投稿日:2019年 2月17日(日)17時32分37秒
  怖いと思う症状に慣れるって事ですか?
そのうち慣れてきてどーでもよくなるって事ですか?
 

辛い

 投稿者:与太郎  投稿日:2019年 2月17日(日)17時26分35秒
  寝ていても治りませんよね?
怖くて死にたいくらい辛いです。

病院には行っていませんが、ここまでくると投薬も必要でしょうか?
寝たきりになりそうで怖いです。
現在休職中ですが。
ヨレヨレでも怖くても辛くても嫌々でも仕事に行ったほうがいいですか?
 

不安神経症とは具体的にどんな病気ですか?

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 2月17日(日)11時56分29秒
  不安神経症とは具体的にどんな病気ですか?


>>>管理人


不安神経症は、具体的には『現実には存在していない不安』に苛まれている状態です。その不安は自分の頭の中で作り出されているものです。その現象をノイローゼと言っています。

治し方は実は簡単ですが、当の本人は、大変難しいと思っています。

本人が感じている不安は、当の本人が人生における先行きに当面するかも知れないと、予期不安として先取りをしている事が原因だと思います。

人生に不安は付き物ですが、そういった在るかも知れない将来における予想としての不安を作り出して、あたかも現在、存在しているように感じてしまう現象です。

こういう事になっている現象を神経症と呼んでいます。

従って神経症には様々な症状が存在していますが、治し方は皆同じです。

様々な症状と言っていますが参考までに、その症状を挙げてみたいと思います。



始めは恐怖症と呼ばれているものです。
人間が感じる事柄全てが対象になると思います。或は意識する事とか意識した事です。

鋭い刃物を見てお尻のあたりがざわつく感じが嫌と思う時には『先端恐怖症』になると思います。

死ぬのが怖いと思う時は『死に対する恐怖症』という具合ですので、考えたり意識したりする事が症状になる可能性があるようです。

目の前の他人の目が怖い時には、『脇見恐怖症』があります。

人が怖い時には『対人恐怖症』になると思います。

視線が気になる場合では『視線恐怖症』になると思います。

嘔吐恐怖症(自分や他者が吐く事に過剰な恐怖を感じる)

男性恐怖症・女性恐怖症(男性・女性に対して過剰に恐怖を感じる)

動物恐怖症(特定の動物に対して過剰に恐怖を感じる)

集合体恐怖症(ブツブツしたものに対して過剰に恐怖を感じる)

醜形恐怖症(身体醜形障害)は、自分の容姿を「醜い」と感じてしまうようになる疾患です。


次は、予期不安として身体の機能までも阻害しているものもあります。
書痙とか吃音です。


次は、予期不安として心とか行動にまで影響を与えている現象を挙げてみます。
強迫観念とか、強迫行為とかがこれに当たると思います。又ヒステリーとかもです。

こういった症状群は共に神経症に昔は分類されていましたが、今の分類では必ずしも神経症としては扱っていないものもある様ですが、今の精神医学の方が進歩をしているのではなくて、退化をしている事を示しているように思います。その理由です。

未だ症状としては書き足りなかったものがありますが、こう言った羅列はここまでにして、次ぎに本題に入ります。

神経症が何の原因で発症して、如何したら治るのかという事を書いてみます。

神経症の原因は本人の気質も関係していますが、その奥に存在している人間の脳の機能に由来しています。その機能という意味においては全ての人間に、発症する可能性が存在しているという、理由になるかも知れません。



神経症の原因は実に単純明快です。人間の大人の脳の機能を説明したものを載せてみます。


人間の心の正体を科学的な証拠で示したいと思います。それは脳です、ウイキペデアからのコピーです。


『”ロジャースペリー 分離脳』
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究
ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”』

この場合での右脳の役割と左脳の役割を脳卒中の為に『体験的に体感した脳科学者の動画を載せて置きます。

URL:https://youtu.be/ldSoKfFYKqM?t=18
もし出ないようでしたら、ジル.ボルト.テーラ脳卒中と検索して下さい。

今のコピーでお分かりと思いますが、一人の人間には『人格が二人存在しています。』この二つの意識の間の食い違いを人間は悩みとか苦しみとして受け取っています。

或はこの二つの意識の齟齬とかを心の矛盾とか対立とか分裂として、神経症の症状として受け取っています。


左脳の機能が自意識です。自意識過剰などと形容されているものです。

右脳の意識は『無意識を支配している意識です。』上の通りです。この無意識の意識とは『釈迦が仏性』と呼んだ意識です、或はキリスト教で神と呼ばれているものです。

人間の意識の背後に居ながら、自意識に指示を出したり、自意識に助けを出しているものです。或は漠然とした不安で脅す事も有ったり、好きな人との出逢いでは、心をウキウキさせたり、ハッピーな気持ちにさている者です。

つまり命そのものを輝かせたり、命そのものの働きをしていると言っても良いかも知れません。

話が横道に逸れたように見えていますが実は此処が狙いです。人間の不幸とか不安とか、恐怖とかを教えている者が『右脳に存在する意識=無意識の自分』です。

不安症とか、恐怖症とかは正にこの「右脳の意識=無意識の意識」の存在と送られてくる情報を異常に怖がっている状態と言っても良いからです。『高所恐怖症など』

又書痙とか吃音なども関係している理由とは、人間の正常な行動とか思考作業とは、意識する自分と、無意識の自分との共同作業で『健常者としての日常が成り立っている事を意味します。』

この意味は、お互いの機能の違いが、分からないために交替するタイミングが分からなくなっている状態を示しています。

もう一言追加で説明するなら、意識と無意識は身体も心も交替制で成り立っています。この交替制が順調に行かなくなった身体機能を書痙とか吃音、或はもっと広い意味で言うなら、不眠症までも含んでいます。つまり無意識の自分への交替を拒んでいると云った意味になります。

神経症の原因は、実に簡単という意味は、『心の矛盾』を悩んでいる事によって発症しているという事を意味しているからです。

また神経症の完治を促す方法とは、症状別に存在している訳ではない事を示唆しています。

吃音の治し方は、話し方の練習をする事で、反って悪化する可能性を秘めている場合が多い事を意味しています。

人間が不幸になる前兆を『失楽園』と聖書は書いています、この事が関係しています。

思春期頃に、身体が大人なる頃、脳の機能も大人になっています。自分の裸を他人に見せる事に『恥ずかしい』と云った感情が芽生えるからです。

是を科学的に説明するなら、幼かった頃には脳は一つの者として働いていたので、心は一つの者として働いていたからです。『天国に一番近い存在は幼子』聖書にある通りです。

大人になって脳の機能分化が進んだために、見ている自分と、見られている自分という風に『心が二つに分かれた事が原因で』同じ事柄を幼子のようには感じる事が出来なくなっています。


聖書では『右脳の意識』に背くを『神に背く』と言っているようです。余談になりますが『夜と霧』を書いた、ウイーン生まれの精神科医、ヴィクトール.エミール.フナンクル博士は、この存在を『識られざる神』と表現しています。

右脳の意識は『無意識の底深くに沈み込んでいながら』明確なサインを出しています。異性に出会った時には身体まで変化したりホルモンの分泌さえも状況にあった様に変化をさせています。

こういった様々な変化に『対応が出来ない、敏感な人達が』神経症として、或は自律神経失調症として訴えを起こすようになります。

実はその裏側に『脳の機能への対応』になれない事が挙げられると思います。

自意識の機能と無意識の機能がうまく折り合うまで、苦しみは続くのかも知れません。

神経症が治った姿を書いて終わりにしたいと思います。

神経症の症状は『全てが右脳からの信号を、勘違いをして受け取っているものの様です。』従って治し方は、森田療法などのやり方で良いと思います。

つまり『症状は治らないものとして受け止める事です。』

この理由は『異常でも何でもない事柄を、本人の頭の中で、排除したい一心で加工をしていたために、異常に変化して、遂に異常になっていただけだからです。』

此処まで来た時、脳内では変化が起きています。右脳と左脳は脳梁を通じて情報のやり取りをしていますが、ホットラインとも呼べるものが構築されるのです。二つの人格がついに一つの者として働き始める時が来たという意味です。

苦しみの果てに、その苦しみが終焉する時が来たという意味です。

二つに分かれて相争っていた、二つの意識が、幼子のようにまた一つになって機能しているという意味です。仏教ではこの現象を大人の嬰児が誕生したと表現します。


つまり自性を徹見したという意味です。自分は何者か、或は自分の感情を沸かせていた者との出会いが完了したという意味です。

心の矛盾が解消したという意味ですので、ジル.ボルト.テーラー博士が言っていた事を実感したという意味です。

心同士が争う事が無くなった、つまり涅槃寂静と云った境涯を示しています。

キリスト者なら『神と会って和解した。』ですが、具体的には『神の僕となる。』ですが、神の前にシャシャリ出なくなるという意味になると思います。

禅ではこの心境を語っているものがありますのでご紹介して終わりにしたいと思います。『今更お前は誰かと聞く必要さえも無かった。』という事です。

誰でもが知っている存在という意味ですが、忘れたために、神経症等になって苦しんでしまう事になっている様です。
 

猫仙人 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 2月17日(日)11時44分15秒
  実に有効だと書いてありました、吃音が治るという意味は、吃音を受け容れるという意味があります。神経症は全てが同じ理由で治ると思います。

それは症状の受容です。実は症状でも何でも無かった事を意識のし過ぎで『異常拡大して、嫌なものとして味わっている事を意味していたからです。』

受容する事を促す実に良い方法と思えます。この方法を恐怖症にまで使えたらと思いますが、意味が違う様になってしまう様なので使えないのかも知れません。
 

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