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死にたくない

 投稿者:管理人  投稿日:2021年 1月 3日(日)16時25分4秒
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  死は人生のできごとではない、人は死を経験しない

人は死を認識できない、生(生まれる瞬間)も認識できない

もし老衰で死ぬ場合、次の瞬間どこかでもう意識をもった

赤子として存在しているような気がしました

そんな気がしませんか?

前世の記憶がある人なんているのかな?
まあいないだろうね



>>>管理人



貴方が考えている事は、あながち妄想だけではないと思いますが、貴方自身が半信半疑なのが問題かも知れません。

貴方が何歳かは、知りませんが私の場合も同じ事を考えた事が在ります。

中二病の一環だったのかも知れませんが、私は中学二年の時、ふとしたことから、死というものを考えるようになった事が在ります。

それ以後、頭から『死』が離れる事が無くなって、頭の中が死という恐怖で一杯になった経験でした。

そうして14歳から毎日『死刑囚の心持で、何時も生きていたのですが、こう云った事になって、普通に暮らす事は困難になりましたが、友達とか他人が『狂ったとか、変だとかを』言わなかったので、普通の真似をして生きていましたが、余りの苦しさから、心が破綻したのかも知れませんが、離人症という事になりまして、生きた心地が無くなった状態で、大変生き難い想いで生きていました。

そうこうしている内に、気が合う大変に良い人に巡り合う機会が在って、結婚したのですが、変化のある暮らしに耐えきれなくなって、離人症が強く出るようになったために、本屋で読んだ鈴木知準先生のところに行って、話を聞いてもらったところ、入院森田療法で良くなる、と云われた事で、入院を決意した次第です。

早速入院森田療法を受ける事になりましたが、死ぬのが恐いと云う、誰でもが感じている事が弱くなる事は無いとさえも、思っていたものです。

森田療法を受けたところで、死に対する恐怖感が弱くなる事は無いと思いながらの入院でした。二か月間の間でしたが、生活態度の基礎が出来たという事で退院する運びになりました、

恐怖感は無くなる事は無いと思いながらの入院でしたので、退院した時にも変化は感じていませんでした。入院中の先生の話では、悟りを開かないと治らないという事を、何回も聞いていましたが、悟ると云う意味そのものが、意味不明でしたので、何もわからない内の退院という事になりました。

入院中では、弓道における究極の弓の撃ち方、詰まるところ、自分が弓を引くのでは無くて、「それ」が弓を引くとかという類の話が多かったですが、全くのチンプンカンプンのままの、退院の運びという事になりました。

処が退院してから、5年後の事でした、自分の意識が『自分の無意識の意識』と出会うと云う体験がありました。

この体験をした瞬間に、『恐怖症と離人症』は完治したのです。自身が恐れていた相手は、自分自身であった事が分かりました。

死にたくないと思っていたのと同時に、永遠の命が欲しいと願っていました。処が自分の中のもう一つの意識は既に永遠で出来ていた事を知ります。

もう一つの意識とは、命を働かせている意識の事です。『命の働き』と云ったらよいと思います。

その者の、影響から永遠の命が希求されていた事が分かります。そうしてその者は、自分を救うために頑張ってくれていた事が分かります。

そういった裏事情が皆目、分からなかったために、無駄にあたふたしていた自分がいたのでした。その者との出会いで、自分は救われた事が分かります。

その者は永遠で出来ていたからです。

その後の心境の変化です。救われたいと考えて生きていました、処が人生には救いなど存在していない事が分かります。

処が、救いのない人生で、救われない事を受け入れて、救われる事のない自分を受け入れて、救われない自分に納得出来た時、『人生の救いは完了します。』

人生に救いを求める事が、迷える子羊であった事が分かります。救いなどなかったとしても、今正に死のうとしていたとしても、今正に幸福の絶頂に在ったとしても、自分の身の境遇には関係なしで、『今現在を肯定出来た時だけ、自分が幸福である事』を実感出来ます。

今現在を否定している場合に、自分自身が不幸の烙印を押している事が、分かります。
 
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