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宗教のご利益って何だと思いますか?

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 2月11日(月)19時32分18秒
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  宗教のご利益って何だと思いますか?

原始仏教の戒律やヒンドゥー教のヨーガが健康や人間関係を改善したらこれは立派なご利益ですよと。
じゃあ、キリスト教やイスラム教は現世利益って何かあるとお思いですか?
また、この宗教にはご利益があるなと思う宗教は何かありますか?神道の禊とかいいと思うんだ。
精神安定としても、イスラムの方がいいとか、ユダヤの方がいいとか



>>>管理人


苦しみからの解放、或は人間としての有限の壁と云った不自由からの解放だと思います。

人間には知恵がありますが、その知恵によって逆に人間の自由は束縛を受けています。

人間の苦しみは大きく分けるなら三つ在ると思います。

一つは身体的な生命体としての不自由です。言い替えるなら医学的な検査を受けたにも関わらず、異常無しであるにも拘らず、機能的な異常を訴えている場合の事です。この現象は今の医学では原因が分かっていませんとされている現象を指しています。

一つは精神的な不自由を云っています。精神病とか神経症とかを言っています。特に今の精神医学では、原因が分かっていませんとしながら、本人の異常感の訴えが特徴です。この場合でも検査的には異常無しが特徴です。

一つは行動における不自由だと思います。先に書いた神経症などの書痙とか吃音とか強迫行為とかがこれに当たると思いますが、重複している部分もあります。

今の三つが主に分けられる基準だと思います。この三つが相まって人生における貧乏とかの温床になったりして、不幸が蔓延する場合も多くなっていると思います。

この三つの不自由を解くカギが『宗教』の中に在ると思います。宗教の究極なものは、天国とか極楽です。この意味は『涅槃寂静』を意味しています。

この対極がが地獄です。

聖書の中では『天国に一番近い存在は幼子』と書いてあるようです、また仏教の中でも嬰児がそういったものに一番近い存在と言われているようです。

こうなる原因は人間の高度に発達した脳の機能に原因があるようです。

大人の脳の機能を説明したいと思います。ウイキぺデアからです。


”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”

こういった脳の機能分化が完成する時期は思春期頃のようです。聖書で言うところの知恵の実を食べたとされて、自分の裸をイチジクの葉で隠したとされたころと一致しています。

こういった脳の機能分化が完成される頃、人間の脳内には心が二つに分かれて相争う現象が始まります、つまり聖書で言う処の失楽園と言った現象が始まって『人間に悩みが始まる』という事になります。

こうなる以前は『心=脳の機能』は未発達という事から一つの者として機能していたと思われます。恐かったら怖いだけ、つまり予期不安を感じていないという意味です。或は自分自身は自分だけと云った事です。自分は何者か?とは考えないという意味です。

思春期頃から、恥ずかしいと云った感情とか、優劣感とか、いろいろな感情が現れて来るようになります。その原因は『心が見る者と見られている者』という風に二つになって別々の機能になって、相争う場面が展開を始めてしまうからだと推察されます。

処が分かり難い事に二つに分かれた片方の脳の機能(心=人格)は無意識の奥深くに隠れてしまって、決して表面には顔を出す事は無くなっています。

禅ではこの二つの意識の関係性を『没交渉』と表現しています。処がこの二つの意識の出会い『見性』の後では『今更お前は誰かと聞く必要さえなかった。』と表現しています。

この体験の後では脳梁の中にホットラインとも云える新しい配線が構築されるようです。この配線で、自意識と無意識の間に出番に対する新しい秩序が確立されるようです。

自意識は、自意識の背後に存在する『命を働かせている意識=無意識の意識』に一歩を譲る形になっています。

神を疑うという意味は、『生命維持機能』を疑うという意味であった事が分かります。それ以後出番争いは無くなります。神経症は出番争いであったおころが分かります。書痙も吃音も、無意識との交替するタイミングが分からなくなっていた事が原因で発症していました。

先に書いた三つのものには一つの同じ特徴があります。それは『漠然とした不安とか生き難い想い』です。

この感情は右脳の意識から送られている情報のうちの一つです。キリスト教に於ける原罪とは、右脳の機能から発せられていた信号です。

こういった情報交換が脳卒中の為に反って鮮明になった動画がありますので見て下さい。この動画は宗教体験と言っても良いと思います。人間の頭の中は半分が『宗教』で出来ている事が分かる動画だと思います。

この出会い後では心の矛盾は解消されています。宗教的な表現では『絶対肯定』と云った足場が確立されたことを意味しています。哲学的に表現するなら『絶対矛盾の自己同一』という意味です。

是以後は先に書いたものは完治しています。機能的な病気では完治する事は無いかも知れませんが、心の矛盾とか対立が原因であったものは完治しています。

右脳の意識は言葉を持っていません、ですが永遠をとてもよく理解しています。人間が永遠を希求している事は右脳の機能から来ていると思われます。又自分は何処からやって来て何処に行くのか?と疑問を抱く事が在りますが、この疑問も答えを知っている者が希求をさせています。

こういった数々の願いを希求する想いが、宗教文化の後押しをし続けて来ました。これからもこういった宗教の恩恵を受けながら、人間は生きて行くものと思われます。

蛇足になりますが、人間の苦しみは奥底に『永遠に対する憧れがあります。』この意味は死にたくないという願いも共通してあります。死に対する恐怖感です。

見性するという意味は、自己の中に存在する永遠なる者に抱かれる、という意味があります、と同時に、漠然とした不安とは『自分を助けて呉れようとしている者の手を遮っているという意味があります。』

此処まで来た時、自分の命は特別に大事なものであったわけではない事が分かります。もっと大事なものがあった事も分かる体験ですので、引き換えに命を使う事さえも厭う事が無くなると思います。生死の問題が解決したと表現される所以だと思います。
 
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