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大疑ありて大悟あり

 投稿者:直人  投稿日:2019年 5月19日(日)10時58分14秒
  自分の昔を振り返った時に、博士の指摘とうり、神経症にかかる前は本能だけで生かされている動物であった様に思う、苦しみは無いが進歩もなかった
神経症になり本能まで自由を失い悪戦苦闘が10年続いたが、「悟り」に導かれて、本能が自由に動く様になった、大きな力を得た様な気がす。
この「悟り」はたしかに、本能が不可思議で適切な働きをする、この本能を上手く操る能力を得たのが「悟り」でもあり、自覚の世界の中で本能を操作している。

神経症が終わった時に、迷いの中身を知り、心に自由がよみがえり、人間の世に怖いものが無くなった、危険は避けるが好奇心と意欲で多くの活躍が出来るようになった。
それをもたらしたのは、神経症の大疑の克服であり、名づけて大悟であり、悟りを得れたと思う、本能の自由な働きに任せば、適切に働いてくれて、ほとんど上手く行く、それを自分の手の中でころがしている様な自覚があり、動物では無い自分があります。

得たものは悟りであり大悟であり、眼に見えない触れないが、自分の心の目には見える、気遅れする事は無く、自由自在に働ける、大きな力を得た
それは新しく何かを作ったのでは無く、本来自分にある能力を100%使える状態であり、その元の本能は自分の物とも思えない見事な活躍をしてくれる
新たに作らず自分の中にこの力を発見できたので悟りだろう、神経症の大疑がありこの大悟を得れたのだ、10年は辛かったが私の人生には必要だった様だ。
 

(無題)

 投稿者:りんご  投稿日:2019年 5月19日(日)09時00分58秒
  https://ameblo.jp/daimular208729/entry-12462150090.html

昔から量子力学に興味がありましてね
量子力学は今までの常識では捉えられない世界
だそうな


 

生の欲望に目覚めよう

 投稿者:直人  投稿日:2019年 5月17日(金)09時39分5秒
  不安神経症、疾病恐怖症、鬱病と言われました、薬を飲みながら楽な仕事をしています。どうしたらいいのかわからないです、自分は抗うつ剤飲むべきでしょうか?
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現代医学は解決する理解も理論も無く、その人間の人生の成功では無く、薬を与えて一時的安楽を与え、小休止の連続をさすのを治療としている
残念ながらそれが現状であり、あまり信用すべきでは無いだろう、昔薬なしで神経質に悩む人を作業や説得で治した人がいたので紹介します。

森田正馬博士は以下の様に言っています。
「神経質の人が種々の症状に悩むのは、そのかぎりない欲望に向かって逼進するようになるための過渡期であり、ついには悟りに達すべき迷妄の時期である。それは自分の苦悩のみを誇張して考えてこれに執着し、自分の本来の心を自覚することのできない時期である。

それがある機縁にふれることに より、ひとたび生の欲望を自覚して心機一転したとき、はじめて、そこに従来の苦悩が雲散霧消するのである。
そしてひとたび自覚を得たのちには、前の苦悩はまるで夢のように思われ、かって苦悩を去らんがために百方手をつくしたことがいかに馬鹿げたことであったかがわかり、百八十度の方向転換をして、ひたすらに向上心に駆られて勇猛心を起こし、苦痛困難を度外視して、努力奮闘するよう になるのである。

それと同時に、いよいよ精神修養に興味を起こし、人格的にも大成するようになる のである。」
 

治そうとする病気

 投稿者:直人  投稿日:2019年 5月15日(水)16時42分33秒
  パニック障害を薬以外で治す方法を教えて下さい?
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「治す方法」は知らないが「治さず生きる」道があるので紹介したい
私の経験では「パニック」より、この「治す」探しの病気が恐ろしい
パニックは現実の中で一瞬だが、治す努力は毎日毎時行い時間を使う
これで現実から遊離して意欲も失い自己嫌悪して人生を病んで行きます
すると、ますます治すに拍車がかかり、人生から落伍してしまいます。

パニックだけなら、起こる現場を耐えて通過すれば、人生は回転する
治す病気は、人生より治すを優先して、人生を破滅さす最悪の病気だ
パニックは治さず持ったまま、放置して生きると悩み苦悩は発生しない
そのまま現実に100%の力と時間を使うと成功も幸せもある人生になる
治す病気を無くするのが、薬なしでパニック障害を治す方法です。
 

無意識の意識について

 投稿者:高校生  投稿日:2019年 5月12日(日)16時21分38秒
  無意識の意識によって、今とても苦しめられています。
会話をすることや、スポーツをすることが無意識の意識によって上手く出来なくなってしまいました。もうあらゆることに無意識の意識が出てしまいます。何かを考えようとした際にその意識が刷り込みのように反射的に出てきてしまうので、無意識的に言葉を発したり、考えたりすることが出来ません。今も違和感にさいなまれながらこの文章を書いています。
3歳位の頃、寝る時に唾を飲み込むことに意識を向けたら、息が出来なくなったことがあります。気質的なものもあると思います。
中学1年生位の頃からその無意識の意識にはまり、何事も感覚的に行うことが出来なくなり、あらゆるものの捉え方が変わりました。
病院には行っているものの、統合失調症と診断されて渡された薬はもう半年も飲み続けていますが、案の定全く効果は得られません。
このまま無意識を意識する状態に慣れてしまい、普通の状態に戻れなくなってしまわないか怖いです。
無意識の意識について親や担当医の先生にも話しましたが、全く理解してもらえず、ただただ薬だけが増やされていく日々す。
周りに味方がいません。
どうしたら無意識の意識を克服することが出来ますか。
直接的な答えでなくてもいいので、ヒントでもあれば教えてください。
人生がかかってます。
厚かましい内容と乱文失礼しました。
 

納得です。

 投稿者:風子  投稿日:2019年 5月11日(土)21時11分16秒
  >今のあなたは、感謝している自分(良い人を生きてる自分)に、酔っている状態です。
だから目が覚めないんですよ。
つまり、自分を意識して生きているという事ですよ。
これが神経症でしょう。

↑すごく納得します。自分に酔っている自覚はありませんが、
周りの目を気にして、自分を生きていない。周りを意識しているということは
自分を意識していることですものね。おっしゃるとおり、それが私の
神経症の理由なのでしょう。


>他人の目など気にせずに。
そして、他人に感謝しすぎない事です。
人は対等ですから、相手に感謝し過ぎると、相手に依存する事になり、
この場から離れられなくなりますよ。

↑教えを頂いたので、純粋に感謝の気持ちを伝えただけですが、
一方で、この意味はよく分ります。確かにこのサイトに
精神的に頼っていた部分はあります。


神経症から、つい不明な部分を明らかにしないと気がすまない
ところがあるので、質問ばかりしていました。
そうですね、もう皆様からたくさん気付きを頂いて、そろそろ自分の足だけで
歩き出す頃ですね。

貴方様には気付かせて頂き、ありがとうございました。と、
ここはやはりお礼を言わせてください。


また、人生問題にぶつかって質問したいことがあったら、こちらに来ますので、
その時は、どうぞ宜しくお願いいたします。


今までありがとうございました。皆さま、どうぞお元気で!
 

高2の女子です。吹奏楽部です。

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 5月11日(土)07時25分43秒
  高2の女子です。吹奏楽部です。

私は今手の震えに悩んでいます。
本当に誰でもいいので助けてください。

きっかけは音楽の時間でした。
小学校、中学校と得意だったリコーダーで手が震え始めました。あれ?と思いながらもまぁ治るだろう。と考えていたんですが、その後も手の震えは治りませんでした。そして手の震えが気になってからリコーダーの指が回らず、思うように吹けなくなってしまい、テストでも先生に「そんなんで緊張してたらダメだよ笑」と言われました。友達にもあまりにも震えるので驚かれたり、毎回好きだった音楽の時間が地獄の1時間になりました。
なんで震えるのかは、自分でも分かりません。
ストレスが凄かったり、緊張してたり、自覚症状のある手の震えもあるのですが、全く緊張してるつもりはないただの練習の時も指がプルプル震えています。

そして私は吹奏楽部に入っています。
私の学校は代々イベントで手話付きの合唱をすることになっていて、初めは楽しくできていたのですが、厳しく追い詰められて練習する度に、手が震えるようになってしまいました。自分でもびっくりするほど震えて歌うにも手の震えが気になりすぎて歌えません。
横にいる先輩や友達にもガン見されるので死にたくなります。
明日も練習があります。本当に逃げ出したいです。

手の震えなんて今までなかったので、高校生になってからなんです。

色々気にしてしまい、今は本当にすぐに手が震えます。この前は人にスマホを構っているとこを覗かれただけで、親指が震えて止まらなくなりました。

助けてください。
一刻も早くどうにかしたいんです。


>>>管理人


治すのは簡単です、貴方は治らないように治らないようにしています。神経症というものがありますので少しだけ学んでみて下さい。

貴方が治る為に必要な事を書いてみたいと思います。神経症の症状は沢山種類があります、そうしてその沢山ある症状の種類の間には何も関連性はありません。

処がそういった症状が、症状として発症する事になるきっかけには、同じ原因が存在しています。

その同じ原因とは『意識する事』です。従って貴方が治るという意味は『意識しないで、リコーダーを演奏する』ですが、一度こうなった場合では、意識しないように気を付けて、又意識して演奏をするようになると思います。

もう少し神経症を説明してから治し方を書いて置きます。貴方と同じような症状を『書痙』と呼んでいます。人前で字を書いた時、人の目が気になってしまって、手が震えてしまって字が書けなくなってしまう現象です。

気になって、家に帰って一人になって字を書いたところ、意識してしまって手の震えが出てしまって、やっぱり字が書けなくなってしまう現象です。

今度はどうにかしようとして、両手で字を書いてみましたがやはり、字を書く事が出来なくなってしまう現象です。

意識して手の震えを抑えようとして、やはりと言うか、手が震えてしまう事がその症状になっています。

意識性の問題を悩むといった現象を、総称して神経症と呼んでいます。

この手の震えが、執刀する医師に現れた場合では、その医師の気持ちは大変なものがあると推察出来ます。


もう一つ例を挙げて置きたいと思います。それは吃音です、本当は誰にでも経験がある事なのですが、吃音になってしまう人は飛びぬけて、上手く話をしたいと意識する人です。

普通の人(健常者という意味)は口ごもったりした場合では、頭を掻いて失敗したと笑って済ませています、それが出来なくて真剣に悩んで『吃音から抜け出そうとしている人だけ、本当に吃音になっています。』

さてあなたの手の震えですが、吃音の場合では、長年吃音で苦しんできた人が、一発で治る方法があります。それは専門用語で、『逆説志向』と言う方法です。

その実績と言うか原理は、どんな治療をしたり学習をしたりしても良くならなかった患者に、吃音で話をする機会『演劇での吃音者の役』が割り当てられた事が在ったようです。

その時の吃音の人は『いくら努力をして吃音の役をやっても、吃音が出なかった。』という事が在ったようです。

吃音が発症するきっかけとは、吃音ではなくてうまく話をしようとした場合だけです。吃音で話をしようとするなら、吃音はでなくなって治まっている様です。

是と同じです、貴方の手が震えて、リコーダーが演奏出来なくなった時には、『手をもっと震わせて演奏をするようにしてください。』

手が震えないようにした時にだけ手が震える現象ですので、手を振るえるようにしたなら出なくなったり、手の震えが治まったりする現象と云う言い方が出来ます。

つまり神経症の症状とは、症状を受け容れたくない、とする人間の計らいが身体とか、心に影響を及ぼしている現象という事が言えます。

神経症の治りとは、その症状を受容した場合だけです。その症状を受容した場合に限って、その嫌っていたものは症状にはなれなくなっています。つまり症状が消滅した事を意味します。

心理的な表現をするなら、症状らしきものが、意識には上がって来なくなった事を意味します。言い替えるなら『症状にはなれなくなってしまう事』を意味します。

この段階まで来た時を完治と表現します。治った事も神経症だった事も忘れてしまっているからです。
 

風子様

 投稿者:あなたは病気(異常)ではない  投稿日:2019年 5月10日(金)11時08分14秒
  > 学ぶことはいけないことですか?

そんな事は自分で決める事です。
この一言が余分なんですよ、あなたは。
他人が何を言おうが、既にあなたの答えは出ているはずです。
その自分を自覚し、その自分のままに生きれば良いんですよ。
他人の目など気にせずに。
そして、他人に感謝しすぎない事です。
人は対等ですから、相手に感謝し過ぎると、相手に依存する事になり、この場から離れられなくなりますよ。
自分を生徒という立ち位置に置くと、前進出来なくなりますよ。
今のあなたは、感謝している自分(良い人を生きてる自分)に、酔っている状態です。
だから目が覚めないんですよ。
つまり、自分を意識して生きているという事ですよ。
これが神経症でしょう。
 

学ぶことはいけないことですか?

 投稿者:風子  投稿日:2019年 5月 9日(木)23時57分23秒
  直人様、辛抱強くお返事頂きありがとうございます。知識で感情を説得することは無駄であることは理解しています。日常のいろいろな場面で、症状は不問。目の前の目的を達成することだけを意識してみようと思います。無理やりにでも。


>>今のあなたのように、答えを求める行為が、今のあなたの状態を長引かせているのだと…こんなところでグダグダ言ってないで、今の自分という現実を受け入れて生きたらいかがですか。

だからそう言われてしまうと、そこで理解がストップしてしまうのですよ。PDには元も子もありません。
質問しては、こうすれば治るんだ、と思ってやっていてはどんなやり方でも治らないことくらいは、私でも理解しています。
○○会でも治っていない先輩から同じようなことを言われました。「現実の自分を受け入れる」「今の自分。それが答えだ」などの言葉が、結局また雲を掴むようなもので終わらせてしまう。その先の理解に進ませないのです。とても勿体ないことです。

この掲示板では、その先の踏み込んだ話が聞けます。良き先人から質の良い回答を得ることでしか、本当の知恵は得られないと思います。こちらでの回答の質の高さは、他ではあまり見かけません。神経症のことをきちんと学ぶことはいけないことでしょうか?
「神経症者としての」希望を持った生き方を知りたい、治る治らないは今の私には付随的なことです。そして、この1ヶ月で随分心の置き方が変わりました。有難いことです。貴方様の愛は感じております。これも有難いことです。
 

強迫性障害について。 私は強迫性障害ほどではないけど

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 5月 9日(木)19時15分54秒
  強迫性障害について。
私は強迫性障害ほどではないけど、強迫観念のうち加害恐怖と被害恐怖が強く、元々その毛があったのですが仕事のストレスをきっかけに過剰化してきました。

頭の中に浮かんだ嫌な思考がずっとグルグルして、又それが長く、なにかをしてても記憶に介入してきやすいです。
例えば、はさみを見るとそれで自分の陰部を切ってしまう想像をして、それが毎日毎日続いたり、症状が出て今で一カ月近くたちます。かなり辛いです。

心療内科で相談したんですが、症状が今まで説明がつかなかった中、症状が酷似してたので強迫性障害かもしれないことを相談すると、何言ってんの?風のしかめっ面をされた後、あまり話も聞かれずに「違いますね」とだけ言われました。
違うなら違うで代案を出してほしいし、実際に事実として症状が出てるし、酷似してるのも事実なのにそういわれても「じゃあどうしたらいいの?」とかなり本末転倒で、終いには「確認行為するから余計悪化する」と言われ、「こっちが悪いの?」となってしまいました。

どうしたらいいんでしょうか?曖昧な質問ですみません。こっちは解決したくて行ってるのに、、と。しかも次の診察は一カ月後だそうです。かなり長いですよね。症状がほぼ完治した人の行く間隔ですよ、、、(笑)



>>>管理人



神経症そのものをもっと深く突っ込んで学んでみて下さい、神経症には様々な症状が有ります、そうして症状同士の繋がりこそ在りませんが、症状として発症するきっかけには一つの繋がりと言うか、関係性と言うか関連性があります。

貴方が行った心療内科の先生が、どの程度の先生かは分かりませんが、そういった医師の間でも『神経症』に付いての知識とか理解とかは様々なようです。

まして神経症の原因という事や、治るという事の原理とか治らない事に付いての原理とかも、今の精神医学会においては、殆ど手付かずと言う状態や或は5、60年前に比べたなら進歩するどころか退化しているような状態だと思います。

科学が進んで、何でも出来るような錯覚に陥っているような現代ですが、『なぜ心が苦しくなるのか?さえも今の精神医学は解明出来ていません。』

その証拠になる事は、医師達の中での自殺率が一番高い医師と言えば『精神科医』がダントツの一位を保っています。その理由が今書いた中に在ると思っています。

何故心が苦しくなるのかさえも学ぶ事なく現場に放り込まれた医師ですので、自分の事となっても対処の仕方が分からない可能性が大きい事が原因ではないのだろうかと思っています。

心を癒す立場の医師達がその原因と解決方法を教えて貰えない環境にあるという意味です。

神経症(ノイローゼ)を治すという事は、治った人には分かる事が在ります。いくら優秀な成績で学校を卒業したり、医師としての試験を通過したとしても、神経症の発症の原理とかカラクリが分からなくて、従って治し方とかも、治らない原理とかも知らない人が医師として君臨したところで、原因を知らない人が根本的な治療など出来るはずがない事は明白だと思います。

hm0********さんも過去に治っていますので、参考にするなら大変有効な意見だと思います。

医師の常套句です『神経症の原因は解明されていませんが、早期治療で早く良くなります。』

そうして薬漬けが始まるようです。薬では神経症は完治しない様です、行けたとしても寛解が限度のようです。また逆戻りするかしないかもわからない状態という意味です。

神経症の原因を先に書いて、治るという意味を書いて、治し方も書いてみたいと思います。

人間が何故神経症になるのかの原因は、脳の高度の発達と思います、或は脳の機能分化の結果と思います。そうしてなる人とならない人の違いとは、その人の環境から来るものと、その人本人の性格傾向から来るものが原因だと思います。

脳の機能分化という事が書いてあるものがありますので紹介したいと思います。

ウイキペデアからのコピーです。


『”ロジャースペリー 分離脳』
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究
ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”』


もう一つ紹介します、是は右脳と左脳が交替制を取りながら、健常者としての毎日が無事に過ごされている事を語っています。処が脳卒中になってしまって右脳の自分と左脳の自分が語られている用紙です。是を見た後では神経症の説明がたやすくなります。


又脳内に意識或は人格が二人存在している事をしっかりと証明している、脳科学者の動画を載せて置きます。

URL:https://youtu.be/ldSoKfFYKqM?t=18
もし出ないようでしたら、ジル.ボルト.テーラ脳卒中と検索して下さい。

このように一人の人間には人格が二つ存在しています。この二つの人格の機能が違って、又その違いを知らないで悩んだり苦しんでいる様子を、仏教では『無明=無知』として、人間を励ましています。

神経症の症状は違っていても、治し方は一緒です。その理由は『心の矛盾を悩んでいる事』を症状として感じているからです。

自意識とは、左脳の機能ですが、生れた時にはマッサラな脳です。何も知らないでいる脳という意味です。

右脳の意識は言葉を持っていない機能から成り立っています。そうして永遠からやって来て又永遠に帰って行く機能から出来ている脳です。

そうして細胞分裂の順番から、ありとあらゆることを知っている機能から成り立っている脳です。言い替えるなら『命の働きとして機能している脳だと言ったら分かり易いと思います。』

牛や馬にもあるものだと思います、生れた瞬間からスッと立ち上がって、歩き出したり走り始める機能そのものを言っています。食べ物の種類も心臓や肺臓を働かせることも知っている機能と言っても良いと思います。

恐れとか不安とか安心する事も内蔵している機能です。心を自由に扱ったり身体も自由に扱ったりしています。

こういった二つの脳の機能が、齟齬を起こす場合があります。この齟齬を身体の機能の何処に起こすのかで、付く名前は変わって来ます。

ホルモン系統に違和感を抱く場合、消化器系統に違和感を抱く場合、神経系統に違和感を抱く場合などですが、それぞれ自律神経失調症とか、難治性の、、症候群とかにもなっている様です。

又二つの意識が心とか行動に感情的な齟齬を引き起こす場合では『感情障害とか強迫障害』とかに分けられているようです。

この強迫行為が貴方の今の状態と思います。

その他にも自分の行動に違和感を抱く場合に、字を書く事の場合では書痙、口を開いて話をすると言う場合では吃音と云うようです。

話が長くなりましたので、そろそろ結論です。


右脳の人格とは『無意識の主人公です。』心の矛盾とは『無意識の自分と仲違いをしている事を意味します。』

強迫行為も、吃音も書痙も、症状こそ違いますが治し方は一緒です。

吃音の治し方は吃音で話をする練習をする事です。是を逆説志向と言っています。

書痙の治し方も一緒です。手が震えるようにしながら字を書く事です。

症状らしきものが現れる場合では、その症状を嫌わないようにして行動するのです。

神経症が治らない理由は、症状を嫌ってしまって、症状の無い自分でいようとして却って自分の意識に固くその症状を固定させています。

パニック障害でも同じです、パニック障害のの症状が怖くて『症状の除去を願っています。』この為に却って予期不安を起こしてしまって、パニックを呼び寄せています。


神経症は全て同じです、吃音の自分が嫌で吃音ではない自分を志して『全てが自沈しています。』

神経症の症状はまやかしです、神経症の治りはあります。処が治したいとか症状の除去からの治療は返って治らない事が保証されています。

神経症の治りは、本人の望みとは反対になっています。吃音が嫌だと思っている人に『吃音で話なさい』になっています。実はこれが最短に治るやり方です。

神経症とは『症状を取り去りたい心が』症状を呼び寄せていて、更に固く固定をさせている事です。


従って治った時には『嗚呼、症状は在っても良かったんだ!と感じた時です。症状が有っても無くともどっちだっても良い。』と思えた時が治った時です。

その時に成ったら、症状を取りたいと言って、意識する事が無くなっているからです。意識して症状を取り去ろうとしていない時には、意識の中には症状ではないものに変化しています。是が症状の消滅を意味しています。

聞きたい事が在ったら答えたいと思います。
 

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