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左脳と右脳について

 投稿者:KY  投稿日:2020年 8月 2日(日)22時34分52秒
  左脳と右脳の役割について、分かり易い例えを思いつきました。

待合室や更衣室でスリ、置き引きに注意という張り紙を読んで意識的(自我的な面)に警戒心を抱く時は、左脳が主に働いている状態。

待合室や更衣室で後方から何か不自然な物音を聞いたり、人影が動くのを観て、無意識的(本能的な面)に、もしかしてスリか置き引きかと怪しんで警戒心を抱く時は、右脳が主に働いている状態。

これが、左脳の自我が過剰活動になって右脳の本能的な不安を排除しようと、自我が本能の不安を排除しようと激しく精神葛藤し、左脳と右脳が闘うことで、逆に不安が増幅している状態が神経症の症状。

健康な人は、不安が高じても、自我(左脳)が不安(右脳)任せの言動をしないよう、左右の脳が協調して適切な言動をしている。
 

不安障害とパニック障害の違いについて教えてください

 投稿者:管理人  投稿日:2020年 8月 2日(日)16時16分10秒
  不安障害とパニック障害の違いについて教えてください。

私は、逃げられない場所(しばらく停車しないバスや電車)かつ人が多い場所で不安を覚えてその後、症状が現れます。この場合、どちらになるのでしょうか?


>>>管理人


不安障害もパニック障害も共に神経症に属しているものです。神経症の治し方は、症状別に存在している訳ではなくて、対処の仕方は同じで良いといわれています。

ですが、この二つの対処の仕方は微妙に違うかも知れません。

不安障害は、絶えず不安に悩まされているものです。根本的に不安が『意識する事によって、自分の心を苛んでいる』と云ったものです。

それとは別に、パニック障害は、その症状が表れる時には特徴があります。それは予期不安が表れる時です。パニック障害になると云った予期不安によって表れる事です。

神経症になる事と、治る事と、治らない事にははっきりと因果関係があります。そうして神経症の原因は、人間の脳の仕組みに存在しています。

貴方が神経症というものを根本的に学ぶ時、或いは人間と云ったものを広く、深く理解出来た時、貴方は神経症の外にいると思います。

神経症の根本原因を書いて置きますので、自分で学ぶ事をお薦めしたいと思います。神経症の症状に苦しんでいる場合では、本人そのものが学ぶ他に、根本的な解決はないと思います。

人間の脳の機能を書いてみたいと思います。是は全ての宗教に通じています。特に釈迦の教えは、神経症の治し方そっくりです。釈迦の教えは『人間の苦しみは、苦しんでいる本人の中に存在している。』と喝破している事です。

そうしてその苦しみから抜ける事は、無明の闇から抜け出す事によって可能であるという事です。

人間の脳の機能です。ウイキぺデアからです。

”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球がそれぞれ独立した意識を持っていることを実証した。”

この中に書いてある、右脳の意識が人間の生命の維持機能です。言い替えるなら『命の働き』です、『仏性』です。

この意識と出会う事を『見性』=『悟りを開く』と表現します。そしてその体験を『手から手へと直に手渡しで伝えられてきたものが』”禅”と呼ばれてきたものです。

釈迦の心を直接『手渡しで伝えてきた』処から仏心宗とも呼ばれているようです。ところが、鈴木大拙博士が存命中には、インドでも中国でも、絶えて無くなって久しいと云っていました。

禅は今や日本に存在するのみ、になったと云っていました。

1,905年生まれで、1,997年に亡くなるまで、精神科医として働いていたウイーン生まれの、V.E.フランクル博士も『知られざる神』という名でのその存在を知らしめようとしていました。

禅の中で語られている『それ』の存在です。仏性です、或いは命を働かせている機能=右脳の機能の事です。

この動画で語られています。無意識の自分の機能と云っても良いです。もし恐怖症とか、不安障害の人であるなら、右脳の意識と出会うなら完治します。

漠然とした不安を、自意識に送っている者です。無明の闇を晴らす時の相手です。

脳卒中になったために、右脳の自分と左脳の自分をうまく表現している動画を載せて置きます。是は1/2ですので、2/2も探して見て頂けるならもっと良く理解出来ると思います。

URL:http://www.youtube.com/watch?v=ldSoKfFYKqM

二つの意識は、絶えず脳梁を介して情報の交換を絶えず、繰り返しています。処がこの情報の交換に違和感を抱く事が無い場合を『健常者と呼んでいるようです。』

そうしてその者と出会った感想を語っている言葉です。『今更お前は誰かと聞く必要さえもなかった。』です。

本当は、誰でもが知っている者ですが。この者と本当に意思疎通が出来なくなった場合を精神病、この者と中違いをした場合を、ノイローゼとか神経症とか自律神経失調症や、過敏性腸症候群などの検査をしても異常が見つけられない場合での症候群という事になる様です。

結論です。不安障害は心の中で何時も、自我意識が、右脳に存在している無意識からの圧迫を受けている事を意味します。何時も漠然とした不安に悩まされている状態です。死に対する恐怖症を感じている場合に通じています。

パニック障害は、高所恐怖症が『高いと教えている者とその情報の内容を』不安としているものに、通じています。予期不安を感じる場合だけ、予期不安として感じ始めるようになる事です。

対処の仕方は微妙には違うかも知れませんが、根本的な対処方法は同じです。症状に振り回されなくなった時が治った姿です。

症状としての不安は、辛いとか、大変だとは思いますが、実際には症状は、本人が頭の中に作り出したものです。その症状は『本人が避けていたいとか、感じないでいたい』と意識するところから発生しているものです。

神経症が治るという意味は『症状を受容した姿』です。

神経症が治らないという意味は『症状が気になってしまって、症状を無くそうとしたり、感じないようにする事』です。こうする事によって『症状として意識に、強く、大きくなって、固定されています。』この固定された感情が『症状』と呼ばれているものです。

治れないでいるという意味は、『症状』を、受容出来なくて、何時も排除しようとしている事を意味します。

治らない場合と、治れない場合では、心の中で悪循環が始まって、何時までもその、悪循環に終始している事を意味します。

右脳からの情報を着信拒否をしているという意味です。そうすると右脳からの情報は、大きくなって自意識に情報を送り始めるという意味です。小さな不安の状態で受け取ってしまうなら、その小さな不安はそのままで、亡くなっています。

不安はそのままにして置いて、加工しないでいるなら、そのままで消滅しています。

不安を排除しようとする事から、不安は大きくなって、更なる排除が、恐怖と云ったパニックになって、襲い掛かってくるようです。

不安は、そのままにして受け取っておくなら、大きくなる事はありません。
 

無題

 投稿者:L-  投稿日:2020年 8月 1日(土)07時58分4秒
  神経症は精神病という。其れでは一晩で治ってと言うのが一致しない。
斉藤も一晩で治ったと言うくせに、精神病という。

神経症は普通の人間が感じる事と同じ。しかし其処に留まる。囚われ閃きがでない。
統合失調の症状とは違う。普通の人間が考えもしない症状。
神経症は精神病なら医者の薬が必要であるが、全く必要がない。統合でも鬱でも薬が必要である。
神経症は薬が必要でない所を見ると、精神病と言うのは一晩で治ったが一致しない。

神経症が治れば神様になれる位の事を言うが、治った所で神様ほどは出来ない。
斉藤は独居老人の寂しさを紛らわす為のHPに成ってしまっている。
統合と同じと言う考えは自分は治った、治った人間は自分一人といいたい為の嘘を言っている。
もう神経症を治すホームページではなくなった。自慢話がしたい老人になった。

神経症者が治っては困るのである。自分だけがこの世で治ったと言いたい為。
その様に神経症を非常に治らないものと強調して難しくとらえる。
こういう人間の下にいると、次第に感化され人の痛みが分からない人間になる。
自分一人がよければそれで良いとなる。この人間は森田を30年したただの人間である。
自分の賢くないのを棚に上げている。30年目で解り治ったと言う。森田をした挙句であった。
賢いようで、余り賢い人間では無いのです。
 

「雑談恐怖」や「暇時間恐怖」こそ「神経症の本質」

 投稿者:ぐると  投稿日:2020年 7月31日(金)23時27分58秒
  一昨日はまったく「怒りの日」であった(もちろん「意味が違う」けど)。
何が?、というと「たった1つ」、この投稿のこの行の内容を「太字」にするのを忘れていたことだ。
https://9209.teacup.com/dai2keijiban/bbs/7516

> 要するに「森田」でも「無為」でも、この「暇時間恐怖」や「雑談恐怖」は治せないということだ。

これは痛恨であった。以前ほぼ同じ内容の文章を「ある板」に書いた時はちゃんとそうしていたのに!
一昨日はその前に2本投稿したのが災いして、注意が疎(おろそ)かになってしまった。
それも気づいたのが遅くて、斎藤さんの掲示板でもそうなっている。
後で気づいた時は愕然として、口惜しくて口惜しくて夜も寝られないとはこのことだ(笑)。

という前置きはさておき、昨日のこの投稿で、いちばん肝心なこと、言いたかった内容はこれなのだ。

要するに「森田」でも「無為」でも、この「暇時間恐怖」や「雑談恐怖」は治せないということだ

「森田療法」では、症状について「不問」にして作業を続ければ、
そのうち「心の転回」が自然に起こり、悩みが解決する、ということになっている。

しかし私はこれは「ずいぶん疑わしいものだ」と思っている。

悪いけどHNさんの体験談を借用しよう。自分のことを話してもいいけど、
そうすると「無為療法掲示板」の「バカ管理人」が勝手に内容を捻(ね)じ曲げて
「クルトさんは今日もそのことを悩み続けてるに違いない」とかいつまでも書いてくる。
そういうのはやっぱり不快だからな。
http://nomura.sub.jp/contents1.html

このページを見ると、HNさんは長い間「離人症」のような症状に悩まされていたらしい。
それで「森田療法」を受けたけど、退院後も「苦しいのは同じだった」とよく書いてるよね。

それが一気に解決したのは、例の「ある日玄関の靴を揃えていた時の発見」があってから。
ところでこのような「悩みの解決」「心の一気な転回」とは、
けっして「森田療法を受けた人のすべてが必ず到達できるものではない」と私は考える。
もっと言うと「森田とは無関係」、強いていえば「その人の素質と努力次第」だろうと思っている。
だから治った状態とは、必ずしも一様ではなく、人によってある程度、各々異なるものになるだろう。

それともう1つ、私はこれら「雑談恐怖」「暇時間恐怖」というのは、
「きわめて重要な神経症の症状」だと思っている。

じつは「雑恐怖」というのは「森田療法」の本などに載ってそうで案外載ってない。
「雑恐怖」なら、昔ながらの森田本(「白揚社」から出てる「森田正馬」や「高良武久」の本)にも
けっこう載っていて、古くからよく知られているようで、みなさんお馴染みなのではないか。
しかしこれは「名前がよく似ている(1字違い)」だけで、内容はもちろん全然違う。

このように「仕事や勉強などの重要な局面で起きる不安恐怖症状」ではなく「日常の一般的場面で
漠然と起きる不安恐怖」というのは、やはりどちらかというと「新しい神経症の症状」であるようだ。

度々の喩えになるけど、HNさんの「離人症」にしても、ある「特定の場面」での不安恐怖ではなく、
おそらく「一日中いつの場面でもついて回る性質」のものだったのではないか?

逆にいうと「何かに没頭した」「生きるか死ぬかの局面で、神経症どころではなかった」ということで
「神経症がどこかに行ってしまった状態」は、じつは「神経症が治った状態とはいえない」と思うのだ。
そうではなく「日常の何げない生活で不安恐怖が克服できた状態」こそ「治った境地」といえると思う。

それゆえ私はこれら「雑談恐怖」「暇時間恐怖」こそ、じつは「神経症の本質」だと思っている。
だから、猫仙人さんは「もう解決した」と書いているけど、これらの内容について、
活発な意見交換がされることは、やはりきわめて有意義なことではないかと思っています。
https://9209.teacup.com/dai2keijiban/bbs/7517

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それからつけ足し。斎藤さんがこれまで幾度と知れず繰り返してきた「健康世界」の表現について。

https://9209.teacup.com/dai2keijiban/bbs/7538

> 学校から帰って来た児童が、カバンを放り投げて近所の公園に(中略)一目散に走って行く。

https://9209.teacup.com/dai2keijiban/bbs/6898

> 子供が学校から帰って来て、カバンを放り投げて公園にすっ飛んでいく姿が健康(以下略)

「神経症が治った境地」とは、このように「赤子」や「子供」に戻ることではありません
神経症の人にとって不可能なことを言っています(ある程度参考にはなるかもしれません)。

それって要するに単なる「退行」だし、そもそも大人は子供に戻ることなどできません。
それはちょうど、斎藤さんがいくら「犬猫」や「アナグマ」が「健康世界」だと力説しても、
人間は「犬猫」や「アナグマ」になることができないのと同じようなものです。

子供の世界と大人の世界は「複雑さや社会性からして全然違う」ということを考えたら、
これは単なる、一見よくできた「それらしいおはなし」にすぎないことがわかるでしょう。
 

「北朝鮮偏向放送(笑)」

 投稿者:ぐると  投稿日:2020年 7月31日(金)23時17分10秒
  10日ばかり遅れはしたものの、西日本からは続々と梅雨明けの便りが届いている。
「北朝鮮偏向放送」ではどうなっているか知らないが、
今年もどうやらあともう数日で、ずいぶんと遅れはしたものの、ようやく全国的に夏がくるようだ。

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https://9209.teacup.com/dai2keijiban/bbs/7524

> で、私の現在の状態はどうか。あまりに長い梅雨空に気が滅入る。
> 今日は30日であるが、まだ曇りで気温は30度の届かない。
> ひょっとすると今年の夏はないのかも。

それでこちらの意見は、どうやらあまり「科学的ではない」ようだ。
この人の発言にはいつもいえることだが、ただの「その日の気分」や「思いつき」ではなく、
もう少ししっかりした論拠や思考の筋道がほしい。

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https://9209.teacup.com/dai2keijiban/bbs/7521

> ぐるとさんは、今鬱状態にあるのが分かる。悪い考えが出ては消え、
> 又出ては消える。牛が横になって反芻している状態に似ている。

人を勝手に牛にする失礼なヤツ(笑)。
それからどこでどう「悪い考えが出ては消え、又出ては消える」のかな(これまた笑)?

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ちなみに「北朝鮮偏向放送」というのはもちろん「無為療法第二掲示板」と「斎藤さん」のことだ
なぜかというと「言論統制(言葉狩り)」を行なっているからだ
https://9209.teacup.com/dai2keijiban/bbs/7450

> ”斎藤”とか”さいとう”、あるいは”管理人”が禁止用語で、書き込み拒否になります。

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引用

 投稿者:いまさら初心者  投稿日:2020年 7月30日(木)20時57分20秒
  【思考を「本当の自分」だと思いこんでいる状態は、「無意識に生きている状態」といいかえる事もできます。ここから脱却しないかぎり、痛みから解放される事はありません。わたしがここで使った「痛み」とは、感情的な痛みの事ですが、この感情的な痛みが、肉体的な苦痛と病気の、主な原因でもあります。感情的な痛みには、怒り、嫌悪、自己憐憫、罪悪感、憂鬱、嫉妬などがあります。】  

現在の認識

 投稿者:KY  投稿日:2020年 7月30日(木)12時19分37秒
  現在の認識です。

左脳が意識的、理知的に働く要素の大きい脳(言語で理解し判断する、言葉で納得したり、不安になったり、喜んだりする)で、右脳が無意識的、本能的に働く要素の大きい脳(相手の微妙な顔の表情で相手の心境を理解し判断する、声のイントネーションで、相手は怒っているとか喜んでいるとか、怖いと感じたりする)という認識です。
以上の認識も今後少しづつ変わっていくかもしれません。

虐待経験の無い、神経質性格が原因の神経症の方からすれば、私のトラウマ関係の記述には関心が無いのは重々承知ではありますが、トラウマを勉強してゆくうちに、右脳と左脳のアンバランスが生じてくるという部分では似ている面があり、一見しただけでは、神経質性格が主な原因の不安症状なのか、トラウマが主な原因の不安症状か、トラウマが専門の人でも、判断に迷うことがあると思います。
 

分離脳の解説

 投稿者:KY  投稿日:2020年 7月30日(木)10時50分54秒
  重いてんかんの症状を治すため、左右の脳梁を切断して発作を抑えたら右脳と左脳の働きが分かるようになりました。以下抜粋しました。

H.Nさんが以前から言われていた、分離脳を調べました。
左脳と右脳の調和がとれている人が普通の健常者。
左脳と右脳が時々分断される状態が、以前は精神分裂病と呼ばれていた統合失調症。
左脳と右脳が時々争っている状態(自分の症状と闘っている状態)が神経症の症状が出ている状態。というH.Nさんの解説かと思います。

分離脳に関しては、身体はトラウマを記録するという著書にもあるように、特に性的虐待を受けた人の解離性同一性障害(いわゆる多重人格、離人症)を呈したりします。
同じように、虐待を受けたことが無い神経質性格の人も、嫌な事を嫌で無くしようという激しい精神葛藤が原因で離人症になったりします。

不安やうつを呈する症状の原因には、生まれつき遺伝的に神経質性格が主な原因となっている人や、トラウマ、虐待により神経生物学的に脳が変化して起こる(不安を司る偏桃体が過活動になる)後天的なことが原因となっている人がいます。

病気、障害には、主に先天的要素の大きいものと後天的要素の大きいものがあります。
簡単にいうと、発達障害は先天的な脳の発育不全です。
健常者の脳とアスペルガーの脳をPET画像診断で比較すると違いが分かります。
虐待を受けると、発達障害と似たような症状を呈します。

例えが不適切であるというのは、重々承知でありますが、分かり易い例えとして、健康で生まれ育っても、軽度知的障害の人もいれば、乳幼児期の脳が未熟な時期に高熱を出し、その影響で軽度知的障害になられる方もいます。

私の父親は暴力暴言アスペルガーという発達障害でした。
私は、父親のアスペルガーは遺伝していなかったのですが、暴力暴言を浴びせられて育ったので、アスペルガー的言動をしていて、いわゆるトラウマ系のアスペルガーでした。
自分でいうのもなんですが、人の気持ちはよくわかり、女性が私の言動で腹を立て私に嫌がらせをしてきた時は、あぁ、あの時の私の言動が原因で腹を立てているのだなとほとんど分かります。

ちなみに、扁桃体が不安、恐怖を司る脳の部位であると分かったのは、分離脳と同じように偶然の発見で、扁桃体が病気で損傷した患者の家に刃物を持って強盗が押し入りましたが、その患者は恐怖を感じない為、堂々と対応したところ、強盗のほうがビックリして逃げ出したというエピソードからです。

分離脳の解説抜粋です。
     ↓
こうした患者を対象にした研究で、左右の大脳半球の違いが、少しずつ明らかにされてきた。例えば、左半球は通常、発話や言語の情報処理にかかわり、右半球は視覚-空間情報処理や顔の認識に特化していることが明らかになった。「実際に分離脳の研究から、左右半球はどちらも、たいがいのことはできるが、同時に、この世界をそれぞれ別の像としてとらえていることがわかりました」と、カリフォルニア大学バークレー校(米国)認知脳科学研究所の所長であるRichard Ivryは言う。この「2つに分かれた意識(dichotomous consciousness)」という概念は一般社会の注目を集め、「創造性は右脳にある」という極端な言い方が広まってしまった。

しかし、さらに分離脳患者で試験を行った結果、もっと繊細な全体像が得られた。我々の脳は、特定の仕事を特定のハードウエア区画が担うコンピューターのようにはなっておらず、むしろ、非常に太くて送受信量の多い広帯域ケーブルで複数のコンピューターがつながったネットワークのようなものに近い。つまり、活動領域どうしの接続性の良し悪しのほうが、それぞれの脳領域の働きよりも重要なのだ。「分離脳患者では、脳の特定部分に損傷を与えることなく、ネットワークの分断による影響を見ることができます」と、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の心理学者Michael Millerは説明する。
 

ぐると様へ

 投稿者:H.N  投稿日:2020年 7月30日(木)07時17分26秒
  『 以前から猫仙人さんが書いている神経症に「暇時間恐怖」や「雑談恐怖」 』と貴方が書いている神経症の症状は、理解する事が出来ます。

そしてもっと広い意味での疑問『自分は何者か?や何処から来て何処に行くのか?や、人生とは何ぞや?』と云った疑問でさえも神経症的な悩みと考えています。

そうして誰でもが感じた事があるかも知れない、漠然とした不安感や、誰でもが希求していると思われる『自身の命の永遠性』と云った事柄も同じ範疇に入ると思います。

そういった観点から、このホームページの題名を『神経症の解決、としないで人生問題の解決と致した次第です。』

神経症の解決を目指していますが、同時に禅なども学んで、無明の闇を晴らす事が出来るなら、全ての問題は一遍に解消します。こう云う事を目指したいと考えていますが、なかなか難しい事だと思っています。
 

猫仙人さんの神経症~「暇時間恐怖」と「雑談恐怖」

 投稿者:ぐると  投稿日:2020年 7月29日(水)22時11分8秒
  以前から猫仙人さんが書いている神経症に「暇時間恐怖」や「雑談恐怖」というものがあるらしい。
https://9209.teacup.com/dai2keijiban/bbs/6760

HNさんが「神経症が治った境地」の喩えとしてよく「桶狭間の戦い」「川中島の合戦」などを出している。
これはおそらく鈴木知準の影響だろうね。鈴木の本では「現在になり切った境地」の例として
「(初代)若乃花と栃錦の対戦」「八代亜紀の歌(笑)」などが引き合いに出されている。

しかしこれらの例は、いずれも「精神集中を必要とする限られた時間」
もしくは「精神緊張があってもよい、もしくは必要な場面」の話だ。
すなわち、森田得意の「絶対的境地」を持ち出した説明がうまく適用される場面だね(笑)。

ところが現代の神経症では(いや、昔からきっとそのような要素はあったに違いないのだが)
「自分の不安や悩みはそんな場面のことではない。ごく日常の場面、
あるいは普通のリラックスすべき場面でのことだ」という人も多いはずだ。
北西憲二によれば、現代ではそのような悩みを訴える患者が増えているのだそうだ。

昔無為療法掲示板に「一休さん」という投稿者がいて、この人は「メンタルヘルス岡本」シリーズと題して、
毎回毎回、じつに埒(らち)のない「森田療法に関する重箱の隅をつつくだけ」の
ただの「揚げ足取りの悪口」をネチネチ投稿していた。
斎藤さんは「森田療法の悪口なら何でも大好き大歓迎(特に昔はね)」だから全部掲載していたが、
あれはまさしく「いちいち読んでいたらバカになるゴミみたいな内容」ばかりであったから、
私は「無為療法(第一)掲示板」を覗いた時も、あれだけは「全部とばして」読んだものだ。

もっとも、あの人の書く「森田療法や発見会、鈴木知準診療所、その他の告発ルポ投稿」は
大変面白くて有意義であった。それで続きを大いに期待していたけど、
どうやら「一休さん」が槍玉に挙げたどこかの団体から訴えられたらしく続けられなくなったらしい。
おそらく本当のことを書いたのだろうが気の毒なことだ。

閑話休題。話を元に戻すが、此処で何が言いたかったかというと、
上記「一休さん」の「一連の森田療法に対する悪口投稿」の中で、1つ面白く興味深い内容があった。
それは「森田療法では『限定された重要な場面』では『現在になり切る態度』などで
対応できるかもしれないが、ただの『暇な時間』や『雑談』などでリラックスできない、といった
『それ以外の日常の何気ない普通の時間』での症状は一切解決できないのでは?」という疑問であった。
どうやら「一休さん」とやらも、猫仙人さんが書いていたのと同じような悩みを抱えているらしい。

しかしどうやら「一休さん」は、上の悩みを「無為療法」でも治せなかったらしい。
ま、これは「無為療法」が「リモート森田原法」「宇佐療法もどき」の療法であることを考えれば
自明のことではあるのだけれど、それで「森田の悪口」ばかりでなく、
あの人の批判の矛先は時に「無為療法」にも向けられ、しばしばその疑問をあれこれ書き綴って、
斎藤さんから五月蠅(うるさ)がられていたこともあった(笑)。
一説によると、現在は別ハンネでさかんに斎藤さんの悪口を書いているという噂もあるらしい。

斎藤さんの主張によると、動物とは「動く物」と書くから「動いているのが当たり前」なのだそうだが、
はたしてそうであろうか?。アナグマなどは見たことがないから知らないが、例えば猫を見てみるがいい。
むしろ逆に「いかに無駄な動きをしなくてすませるか」を考えているように見える。
https://9209.teacup.com/dai2keijiban/bbs/6970

> 健康の象徴は動きにあるのです。

これは正しい。でも

> 我々は動物に属する。広く動物界をみて、動きは嫌だという動物は何処にもいないでしょう。

いっぱいいますよ。猫に限らず、賢い生き物ほど「いかに無駄な動きをせずにすますか」を考えている。
そこに「進化」があり、人間なら社会や生活の「進歩」があるのではないですか?
それに人間は動物とは違う。人間が動物より劣るから「暇時間恐怖」や「雑談恐怖」があるのではなく、
進んだ動物だから、そのような悩みを持ちうるようになったのです。間違えないでいただきたい。

要するに「森田」でも「無為」でも、この「暇時間恐怖」や「雑談恐怖」は治せないということだ。

おそらく、昔はそのような悩みは「ワガママ」のひとことで切って捨てることができただろう。
例えば「森田正馬」に相談しても「そのようなことは生活や人生の上で大した問題ではない」で
片づけられたかもしれない。現に森田の医師でも「そのようなことが気になること自体が、問題なのだ」
「もっと苦労が足りないだけだ。もし本当に真剣に人生に取り組んでいるなら、そのような悩みなど
考える暇などない。そもそも浮かんでこないはずだ」といった類の説教しか能のない人も多いらしい。

「不安」「悩み」があるから医者に相談したのに、そのような「不安」「悩み」があるのが問題だと
逆に説教され叱責されてしまう。これでは本末転倒で、お医者に掛かる意味などないんですけどね。

じつはそのような時間での内容は「絶対の境地」でも「現在になり切る」でも治せないのである。
またここには「動き」も「雑用」もない。これには斎藤さん得意の「無」も「ゼロ」も出番がないだろう。

https://9209.teacup.com/dai2keijiban/bbs/7328

> 雑談恐怖なんて訳の分からい(ママ)神経症もある。

じっさい、斎藤さんなども「『雑談恐怖』など理解できない」と「狂い」のひとことで片づけている。
わからないものは治せもしないだろう。それでは困りますね。これでは森田の医師達を笑えない。
じつをいうと、森田の医者にもホントはそのような強迫観念がまったくわからない人も多いのですよ。
でもそれを言うなら「斎藤さんも同じ」。これでは「神経症治療の指導者」を名乗る資格などない。

そこで、猫仙人さんがこれらの神経症をどうやって根治克服した(あるいはこれからする)のか、
きわめて興味深い所です。これはみなさんも大いに関心があるとことだと思いますよ。
 

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