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「仏」とは、何だと思いますか?

 投稿者:管理人  投稿日:2018年10月14日(日)15時25分11秒
  「仏」とは、何だと思いますか?



>>>管理人



仏性の事ですが、誰でもが普通に持っているものです、詳しく説明しても分かる人以外は分からないと思いますが、脳科学的に或は具体的に説明したいと思います。

人間を突き動かしているものです、言い替えるなら人間の生命維持機能と言う言い方も可能です。

寒いところに行った場合では『血管を収縮させて放熱しない様にさせながら、暖かいところや温かい飲み物を欲しがらせている者』と言えばわかるでしょうか?

熱いところに行った場合では『汗を出させるようにしてしかも水分を探すようにその人に指示さえ出している者です。』

その者を『命の働き』と呼んでも可能です何故なら、生命の発生装置も兼用している節もあるからです。

人間でも動物でも植物でも細胞分裂をする事から生命が発生していますが、その細胞分裂でさえも知り尽くして働かせている者と言う言い方も可能と思います。

その者を釈迦は『仏性』と呼んで、一切衆生悉有仏性と喝破した、仏性です。

牛が生まれた瞬間から牛として働く働きを言っています。

蜘蛛なら蜘蛛として、蜂なら蜂として、人間なら人間として働く働きを言っています。桜ならその花の色や臭いや咲く時期までも再現できる働きと言う言い方になると思います。

その仏性を誰でもが持っているのに、『修行しなければわからない事』を疑問に感じて仏門に入ったとされている人に道元禅師がいます。

宗教は世界に沢山の種類があるようですが、言っている事には共通点があります。

宗教の最大の眼目とは『魂の救済』だと思います。言い替えるなら人間を極楽とか天国に導く事を意味していると思います。

魂の救済の反対語は地獄になるのだと思います。

キリスト教での初めての人間の試練とは、「知恵が付く事」だと言われています、その意味は脳が発達をして脳の機能が大人になって行く事を表現しています。

現代でも人間は同じ状態を示しています、それは脳の機能が大人に近づく頃、つまり思春期頃、『自分の裸を他人に見られる事に恥じらいが生まれるという意味です。』

知恵が付くという意味は、脳の機能分化が『完成に近づく事』を意味しています。

この事をもう少し分かり易く表現するなら、人間は生まれたばかりの状態では『牛や馬と同じで』脳の機能は単体として働いています。つまり心が一つしかない状態で過ごしているといった意味になります。

ところが思春期頃になって、心が二つに分かれて来ます。

見ている自分VS見られている自分と言う風にです。この二人の自分の生で『羞恥心や劣等感』や他の感情が生まれて来ています。

人間の脳の機能を説明しているものがありますので載せたいと思います。


ウイキぺデアからです。




『スペリーの実験以前には、いくつかの研究結果から大脳の大部分は分化しておらず、代替可能と考えられていた(例:ラシュレーの等能説、量作用説)。彼は初期の実験でこれが誤りであること、すなわち発達期を過ぎると脳の神経回路がほぼ固定化することを示した。

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、『二つの脳半球がそれぞれ独立した意識を持っていることを実証した。』この研究は、左右の大脳半球の機能分化の理解に大きく寄与した。しかし、スペリーが明らかにした事実は、歪曲されたり拡大解釈されたりして世間に流布した。1981年ノーベル生理学・医学賞』


この資料の核は『人間の脳内には二つの『意識}=”人格”が同時に内在している事』です。


そうして自意識は左脳の機能ですが、右脳の機能である『命を働かせている機能であって、無意識を支配していながら、ホルモンの調節や自律神経の調節や様々な生命維持機能を働かせている人格(機能)とは『没交渉』と言う関係性から成り立っています。


左脳の機能は『自意識』の主人公です。右脳の機能は『潜在意識とか無意識を司っている』と表現した方が適切だと思います。

それで、意識と無意識の関係性を説明したいと思います。

魂の救済の反対とは『地獄である。』と先に説明しました。その地獄の状態を一つ表現します。

自律神経失調症とか現代医学では説明出来ない心身症とかは「聖書の中の失楽園」を説明すると分かります。

自意識(左脳の意識)が生命を維持している働きと仲違いした状態を地獄と呼んでも良いと思います。

眠りに入る事を詳しく説明すると、意識(左脳)と無意識(右脳)が交替制を取って成り立っている事が分かると思います、又没交渉の理由も分かると思います、又悟りを開くといった『見性』=自分自身を知る。と言ったメカニック的な事も分かると思います。

眠りに入る時、寝付きが易い人とは、意識している自分が『無意識の自分とすっと順調に交替出来る人の事を指しています。』言い替えるなら天国の近くにいる人、とも表現出来ます。左右の脳の機能がうまく同調出来ている事を意味しています。失楽園とは縁がないという意味です。

眠りに入る事が出来ない人を『不眠症』と言う場合がありますが、意識している自我意識が『無意識の自分』とうまく同調出来なくなってしまって、無意識の自分と交替出来なくなっている場合です。


眠りに入る時『意識が無くなって行って』無意識の自分が身体と心を支配するようになっています。是が睡眠に入ったという意味です。

意識が無くなった時点から、無意識の自分が交替して自分の身体も心も支配しています。従って二つの意識が同時に自身の脳内で活躍する事は無い様になっているようです。

此処が『見性体験』をする人が稀にしかいないという理由ですが、脳梁の中で交代する刹那に出会う場合があるようです。

その時の心持を表現したものに『今更お前は誰かと聞く必要など無かった』と体験者は皆同じく語っています。

もう一つ説明して置くなら神経症とかノイローゼにおける恐怖症の説明です。

聖書の中で人間が『神に疑いを抱いて』天国から追放される、という意味と同じですが、人間の脳内には高いところを高いと教えている者がいます、寒い時に温かいところを希求させているものと同じ者です。

そういった人間を内部から突き動かしている者が神に相当しています。


余り長くなってしまって、結論がぼやけてしまいそうなので、結論を書いてみたいと思います。

それは宗教の最大の目的である『魂の救済』と言った点です。

キリスト教で言うならば『幼子』です。仏教で言っても同じですが、仏教では『嬰児』と表現するようです。

天国に一番近い存在という意味ですが、脳科学的に言うなら『左右の脳の機能が同調出来ている』という意味です。

お互いの脳に存在している人格が、秩序に従って働いているという意味ですが、『神に背かない』と言う意味は、不眠症を例にするなら『無意識の意識の邪魔をしないで=神の僕となって、神に従う』という意味です。

言い替えるなら、『自意識が先頭に立って、生命維持機能と真正面から戦ってきました。』(意識)地獄に悩まされて来ました。

治った後では、自意識の意識はあまり頑張る事をしないで『生命維持機能』にお任せをしています。

自意識では自律神経とかホルモンの調節とか消化機能とかを機能させる事が出来ない事から、もう出しゃばる事が無くなっています。その背景には『自身の命の長さでさえも、もうじたばたする必要が無くなっているからです。』

その理由は『自分の命の長さでさえも、自分の生命維持機能にお任せして、その後に従っていく事にしているからです。』


全てを受け容れる事が出来るようにななる時『人生の救いが成就している事』を脳科学的に体験していたからです。


それではこういった体験を脳卒中になって自分で体験した脳科学者の動画です。



URL:https://youtu.be/ldSoKfFYKqM
 

斎藤 様へ2

 投稿者:管理人  投稿日:2018年10月12日(金)07時41分59秒
  治そうとしている事で『症状らしきもの』が生まれています。治そうとしている事が神経症の正体です。

治った後では誰でもが分かる事です。

この事が分からない貴方は、英語でもって世界中に『治っていない事を』白状している事になっていますが、治っていない貴方にはこの事さえもわからない事を『また白状している事を意味しています。』「

それは『神経症は精神病である』という事です。笑ってしまいますね!
 

斎藤 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2018年10月11日(木)09時46分49秒
  治そうとしなくなった時点をもって、神経症は治ったと表現出来ます。従って神経症の時から目的をもって生きて行く事は大事と思います。

治そうとか、治りたいとかの願望が症状を作り出しています。

脳の病気ではないと言われる所以です。
 

我々の目的は病気を治す事の一点だけだ。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年10月10日(水)06時14分24秒
  神経症とは重大な精神障害であり、我々の目的は病気を治す事の一点だけだ。
治った後に、東大入るとか、金持ちになるとか、社長になるとか嘘臭いことを言うな。
神経症、対人恐怖を治したあと、コンビニのアルバイトをやって何が悪い。
むしろその方が現実的で、話に真実性があるだろう。

水は高きから低きに流れる。その逆は決して起きない。
同じで、神経症で狂っている人間の文章は読まない。
しかし彼らは私の文章を読む。気になってしょうがないらしい。

雑用ではなくて仕事をしろかよ。精神病の患者がそんな生意気なことを言ってはいけない。
意識と言う脳の基本部分で混乱が起きているではないか。
自分が二つに割れたような、何かをしようとする時にもう一人の
自分が邪魔するだろう。あれは深刻な事態なのだ。
そのままでは人生は悲劇に終わる。

仕事だなんて言っていないで、今すぐ自分の目の前の何かの開始だ。
これが出来れば健康の証明であり、こんな所に書き込んでいる暇はないはずだ。
 

斎藤は自分の禅体験を書け

 投稿者:無為療法は参考にならない。  投稿日:2018年10月 9日(火)17時45分23秒
  無為療法 禅の講義は参考にならない。

鈴木大拙「禅仏教入門」から
    空手にして私は行ったのに、鋤がわが手にあった、
    徒歩で行ったのに、しかも牛の背に乗っていた、
    私が橋を渡らんとしたとき、見よ、水は流れず、橋が流れていた。

    これは一般には傅大士の呼び名で知られる善慧の有名な偈(げ)であり、禅の学徒が抱く見解を要領よく示したものといえよう。もとよりこれが、禅の教えのすべてを尽くしているとは決していえないが、しかしこれは、禅の志向する道を生き生きと示していると言わねばならぬ。禅の心理への知的洞察を得んと望む者は、それが可能であるとしての話であるが、 まず、この偈(げ)の真意を理解することから始めねばならない。

これを最初に読むと、禅は余りにも突拍子もない事を言うので、普通の人は鈴木大拙の本を読むことを諦めるに違いない。私も他の部分では大拙の意見を理解したが、特にこの部分はあっけにとられた。
しかし最近レディーガガの痛みが幻の痛みであり、対人恐怖、異性恐怖がガガの痛みと同じで、幻の恐怖ではないかの結論に達した時、はたと大拙の文章が理解できた。

;ガガの痛みが幻の痛みと神経症をごちゃまぜにして語る愚かさ


「 空手にして私は行ったのに、鋤がわが手にあった」と言うが、私は対人恐怖、異性恐怖の治療を48歳の時に完全放棄した。

;完全放棄したっていうなら倉田百三と一緒完全でない


実際何が起きるか興味があったが、その後起きたのは、大体対人恐怖、異性恐怖に興味を失ってしまったのだ。どんな美人の前でも、自然な会話を維持しているだろうが、そんな事はどうでも良くなったのだ。対人緊張場面でも、おそらく同じであろうが、そんな事は親愛なる脳に任せておけばよい事で、興味を失ってしまった。

;そんな事はどうでも良くなったのだといまだに気にしていてるじゃないの。これじゃ完全でないと。

結果において、空手で行ったのに、鋤はわが手にあるばかりか、既に牛の背に乗っていて、見よ、水は流れず(恐怖は到来せず)橋が流れていた(会話が勝手にズンズン進んでいた)。禅のとんでもない 偈(げ)が現実に自分に起きていたのである。


まあ、斎藤妄想劇場開幕ですか、とんでも禅だな。

斎藤氏は何でいつもどっかの本ばかり引っ張ってきて思いっきり妄想で解釈し元の本を捻じ曲げるのか、
少しは自分の禅体験を自立して書いたらどうなんだ。


 

犬の矛盾

 投稿者:賛成会KY  投稿日:2018年10月 9日(火)16時55分26秒
  斎藤掲示板第二、犬の発言に苦言しておく


【[2878] 夢兄さん 投稿者: 犬 投稿日:2018年10月 8日(月)13時24分34秒
【夢兄さんが、寂しそうだから、少しだけ、里帰りすることにしたよ。また、海姉さんに怒られてしまいそうだけど。

【解釈の違いということだけど、夢兄さんの解釈も間違っていないと思うよ。
実践の上では、正解だと思うよ。自力では、何事も成し遂げられないというのが、哀れな、ぼくたち、煩悩具足の凡夫。】

仏教が思いのままに行かない現実からの逃避手段になっとんよ、な、このこにとってさ、

それはそうとさ、この犬はよい子演じるなんとか言った精神障害じゃないのかね、海にも夢にもよい子ぶってさ、、

【だから、煩悩を無くそう、神経症を治そうとの意図を持った行動、つまりは、結果を求める行動は、全て、水泡に帰することになる。】

いい加減にさ、仏教的解釈してばかりいないでね、実践とやらしたらええじゃないの、  実践以前に、解釈がどうのこうのってるうちに会社にも遅刻するしお店しまってまうや、

【ぼくが書いたのは、理論的なことで、理論におけるぼくなりの解釈であり、実践の先に待っている、最終目的地。】

空想妄想も斎藤ゆずりかね、実践の先に待っているもんなんてあるとおもってんの、おめでたいね魚川なにがしの本に洗脳されたか?いやはややれやれじゃね、

【実践における正解、理論における正解、
個々人の学びの段階における、個々人にとってのそれぞれの正解、
さまざまな正解がある。】
【だから、お互いがお互いの正解を尊重できるようになるのが、
一番良いんだろうね。】

解釈は正解だろうと誤解だろうと実践とは世界が違う事を犬は理解していないんだよな、

【夢兄さんに足りないのは、多面的なものの見方だと思う。】

見方もおんなじだろよ、 この犬は、シドウ無難禅師を語る資格ないや、シドウ無難禅師を語るのやめえ あつかましわほんま

【じゃ、また、自分のうちに戻ります。】

神経症だかの精神障害でそうでなくとも斎藤のように自閉的なのに、自分の掲示板なんかつくってそこにうずくまってさ、ああ、なんか、そんなのみていていたいさね、


 

犬の広場

 投稿者:白猫p  投稿日:2018年10月 7日(日)00時20分0秒
  [143] 担雪埋井
投稿者: 犬 投稿日:2018年10月 6日(土)14時53分36秒   通報   返信・引用   編集済

担雪埋井


ぼくなりにこれを解釈してみると、
雪で井戸を埋めようとするというのは、煩悩を壊滅させようとすることだと思う。

でも、いくらやったって、煩悩はまったく消え去らない。

なぜかと言えば、煩悩を自力で消そうとしているから。

そこで、他力の象徴として、本物の聖人が現れる。

二人で協力して取り組むことで、
井戸の中の水は次第に冷えていき、徐々に、水の中で雪が溶ける時間が長くなってくる。
そうしていくうちに、水は段々とシャーベット状になっていき、雪が溶けなくなってくる。

そして、最終的には、雪で井戸を埋めることに成功する。涅槃の境地の達成だ。


 ↑
  ↑
   おとぎ話とはこのこった。 仏教は斎藤氏みたいに思い込んで拡大解釈するもんじゃないとさ

神は犬に神聖なる道具を与えたが、その道具を間違って使いたもう故、それにて犬は蝕まれた、たいへんたいへん、さああどうなる事やら、


HNさん助けてあげて
この犬は神経症でいる事で承認欲求を満たしてるんよね

ああ、
神よ
 

「雑用」の変なところ 

 投稿者:無為療法は参考にならない。  投稿日:2018年10月 5日(金)16時57分26秒
  雑用、雑用と連呼するんだけども、その内訳は「トイレ、和室、リビング、キッチンの掃除」どまり、批判されてるように、社会性なく、自閉的って言うけどそういう事ね、自慰行為的さね

雑用、雑用ってさ、けっして仕事とは言わんよね、そこらもね劣等感だよね、雑用、ってわざわざ用に雑をつけるのおかしいとおもわないか
 

犬 掲示版の矛盾

 投稿者:賛成会KY  投稿日:2018年10月 5日(金)16時36分59秒
  【理想の生活
投稿者: 犬 投稿日:2018年10月 4日(木)11時39分49秒   引用

管理人さんの生活は、
わたしにとって、ある意味、理想の生活です。
毎日、規則正しい生活をして、お酒もタバコもほとんどやらず、
煩わしい人間関係によって、自分の快適な生活を邪魔されることもありません。

この世の享楽に関しても、
管理人さんが享受されている享楽は、みな、素朴なものばかりです。

早朝の散歩、クラシック音楽、格安旅行、腹八分目で済ませる食事、食後の果物、英会話、英語の翻訳などで、
決して、自分の身の丈を超えた贅沢をせず、質素倹約と言っても良いほどです。

管理人さんから学ぶべきものは、
雑用だけでなく、管理人さんの生活全体だと思うのであります。】



こんな、ね、対人関係を持たず、社会とかかわりを持たず、自閉的で、自分の穴倉だけで神経症の者の悪口をたれ、間違った神経症情報を垂れ流しの、
そんな生活が理想だなんて、婆迦なのか


 

犬 掲示版の矛盾

 投稿者:賛成会KY  投稿日:2018年10月 5日(金)16時20分12秒
  【犬 投稿日:2018年10月 4日(木)21時58分11秒
 意図からなされた行動はすべて神経症を維持させる。
 なぜなら、意図=神経症だから。】

そんなんなら、ふつうの人は、どーすんのかね、斎藤君でなくてもいいかげんにしろよっていいたくなるね。
 

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