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蓋州の町所感

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 4月 3日(火)23時13分11秒
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   所用で蓋州(遼東半島の付け根にある小さな沿海都市)に行ってきた。
 少し時間があったので、旧市街を案内してもらった。ここは明時代の古城があり鼓楼が保存されている。

 多くの旧城内が撤去された中で、ここはまだ昔の面影は僅かに残っていた。
 路上市場の雑踏は、これも昔のまま。
 70年前の撫順城内を思い出していて、ふと気が付いたのだが、「臭い」だ。

 あの全ての生活臭を醸成した、独特の臭いが無い。つい最近の瀋陽の路地裏でも有った中国各地にあった臭いだ。これは行政が末端まで機能していることを意味する。

 小さな仏教のお寺があったので、入ってみた。
 中年のご婦人が本堂で腹這いになっている。変わった形でお祈りをしているなと思ったら、仏壇の下を拭いているのだ。よく見たら境内には塵一つない。

  掃除と言うものは、綺麗にすればするほど、小さな汚れが気になるものだ。逆にちょっと油断したらすぐ手がつけられなくなる。仏壇の下の埃が気になるところまで、ここの清潔感は向上している。

7210

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森友問題の功罪

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月31日(土)16時24分29秒
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  「権力の乱用」という最大の問題を「官僚の文書改竄」とこれに限定して卑小化することで一旦幕は下ろされそうである。

 それはそれとして、この問題の「功」の一面は、憲法改悪が少し遠のいたことだ。
 憲法改悪の一番の狙いは、武器産業の合法化と振興である。

 洋の東西を問わず、社会体制の如何を問わず、武器産業は、桁違いに儲かる商売だ。
 そしてこれが、権力と結託している。

 この産業の悲しい点は、再生産の行き先が戦争しかない。
 アメリカだけでも4000発を超えると言われる核弾頭の数。それでもなお作る。
 核拡散防止以前に核廃棄をすべきだが、それをやらない。やれない。
 逆にそれで不安を煽って、兵器産業に力を与えている。

 私はこの矛盾は、洋の東西社会体制の如何を問わないと言った。
 実は中国の「富国強兵」「一帯一路」「独裁体制強化」と「貧富の格差の拡大」は、必然に近い密接な関係がある。アメリカも似たよう問題に悩んでいる。

  近代史的にみれば、かつて日本が歩んだ道であり、今は他山の石だ。
 これを好機に、平和憲法について多角的に考えることが出来たら、森友問題は無駄でない。

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官僚の真骨頂

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月27日(火)18時32分38秒
   太田理財局長と前国税庁長官佐川氏の国会証人喚問の様子を、ネットで見た。
 さすがだ。
 太田局長は堂々としている。佐川氏は一見なよなよとしているが、芯は強いとみた。
 「官邸からの圧力」に対しては、「無い」と言い切っている。しかしあれだけ明白な改竄の履歴を残したのこそ彼のしたたかさだ。
 質問者のレベルが低いのもあって、国会は猿芝居だがそれでいい。
 捜査機関が証拠を出せるか。お手並み拝見。

 話しは関連するが、可計問題で職を追われた前文部次官の前川喜平氏の座右の銘が「面従腹背」と知って唸った。
 先に旧満州国の中国人官僚の面従腹背としたたかさを紹介したが、優秀な官僚はそうなくては。真の主人公を知っていればよい。

 暫くは、日本の官僚王国は続くだろう。政治家がぼろすぎる。
 

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安倍さん辞めて下さい

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月25日(日)16時12分47秒
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  報道によると、安部さんは行政の長として改竄の責任を謝罪していた。
それもあるが、内閣総理大臣として、職権乱用の責任が問題なのだ。
「あれは妻がやったことで知らない」という逃げ道を自ら塞いだのは立派だ。
改竄は、その逃げ道との整合性を保つために行われた。
「内閣総理大臣の妻がやった」という証拠が出たら困るから改竄したのだ。

誰が改竄を命じたか。当時の理財局局長佐川氏より上には辿れないだろう。
本当の責任者は、証拠なんか残さない。殿の為なら腹を切る忠臣が「忖度」してやった。
実際に「腹を切った」のは、国民の忠僕が、良心の責に駆られて亡くなった。
悲惨だ。
安倍さん、事実は明白です。せめて「内閣総理大臣も議員も辞める」と言った立派な言葉は実行してください。
国民の為に亡くなった方の冥福を祈るためにも。

改竄という由々しき問題すら卑小化されるほど、貴方のしたことは悪辣だ。

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尊敬する中国国家主席習近平様

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月25日(日)10時54分50秒
   日本のネットの片隅から一老人が、この度の「中国夢」への新しい門出を心から祝福申し上げます。
 併せて、僭越ながら提言させて貰いたいことがが二つあります。
 1
 靖国に中国要人の参拝は出来ませんか?
 いきなり参拝は無理でも、中国公使の靖国お花見会開催は如何でしょう。
 ここは桜の名所で、中国庶民も大勢来ています。
 歴史は不幸なことも沢山ありました。
 しかしここに眠るのは、多くが無名戦士です。彼らは親も子も妻も友もある。
 戦争が何であれ、彼らは彼らの愛する人の為に戦い命を落とした人達です。
 今年は日中友好条約締結40周年。主席の大きな度量で大国中国の寛容さを見せて下さることを期待します。
 2
 尖閣列島(中国でいう釣魚島)を共同開発しませんか?
 私はこの地域の領有に関する国際的な客観情勢は日本有利だと思っています。
 だから日本からこれを提言することはないでしょう。中国から提言するのも少し回り道がいるかもしれない。
 共同の学術調査から始めませんか?
 「一帯一路」の終着駅は日本です。
 この地域の軍事的緊張を除くことは、日中両国の平和愛好者にとって望ましい事ではないでしょうか。

 この日本の一庶民の希望が、雲の上に届くことを願いながら、貴国の更なる発展と日中両国の友好発展を念願しています。

  2018年3月19日 けんさん こと 山崎献 敬白

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癒着の風土

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月23日(金)00時37分49秒
   森友問題は今のところ、改竄を誰が命令したかが、問題になっているようだ。
 勿論これも大事だが、政治家と官僚の癒着の風土こそが一番問題だと思う。

 組織のためという美名は本来は美名では無いはずだ。
 「国民のため」その当たり前のことが出来る為には、国民も個人の良心を権力から守ってやらなくてはいけない。
 こういうことが起こると、所謂世論は皆検事席に座って、目先の目に見える不正を叩くが、視点を変えて見るのも大事だと思え。
 そうでないと「個」が埋没してしまう。

 一匹狼で裸にならないと、本当の事が言えないような風土は、私達が世論で変えなくてはいけない。個人の良心を一匹狼にしてはいけない。
 佐川氏が、役人を辞めなくても本当のことを言えるか。癒着の風土に対する国民の態度が問われる。辞めさせるのは、あの人だ。

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はい元気です

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月21日(水)13時45分3秒
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   最近は、腹は立たないが、腹の下が立って困ります。

 我不惑の年を重ねて過ぎる
 未だ知らず天命
 ようやくにして知る「三十にして立つ」

 森友問題。全然驚きません。
 私の生涯の半分は、腐った政治家と、ぼろ官僚の狭間で仕事をしていましたから。
 私もボロだったから、下っ端の実行者として、書き換えも談合もお持てなしも心付けも全然罪悪感無かった。お陰で自殺もせず、今も元気です。

 その功績かな。最後管理者の端くれになったのですが、13年間管理者をして、13段ある出世階段の一段も上れずに退職しました。

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お元気ですか 

 投稿者:にっちゃん  投稿日:2018年 3月21日(水)13時14分41秒
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  もう3月下旬になろうとしています。我が家の庭の樹高≒1.2mの鹿児島紅梅が、満開を過ぎて、桜の開花を待つ時期になっています。
ボチボチ、黄砂が目立つ4月にもなりつつあります。
黄砂は、ゴビ、タクラマカン砂漠あたりから、ジュエット気流に乗って、はるばる、日本に来るようです。この時期、車のバンパーにうっすらと、砂の微粒子の膜ができます。
微粒子が、身体によくないといわれています。

つい先日、近所の交差点で、一旦停止されましたか? で、職務質問があって、年甲斐もなく、立腹、声が大きくなりました。
腹を立てると健康に響く年に、私もなろうとしています。もうすぐ古稀です。

最近、新聞を賑わかしているのが、森友学園問題で、新聞のちょい読みですが、
国有地の払い下げで、約8億円の値引きがあって、≒1億数千万円で森友学園が購入したそうです。 値引きの適否が言われていて、国会で、問題化された中で、安部首相は、本人・家族は関係していないと言い切ったのですが、財務省出先の払い下げに関する決済文の書き換えがあったようで、国会で問題になっています。
関連して、国税庁の長官の辞任問題も起きて、辞任した前長官の両院での予算委員会での証人喚問をすることになったようです。

ホットニュースでした。

季節の変わり目で、雨模様で、少しですが、冬の方に振れたようです。
サクラが待ち遠しいこの頃です。




 

面従腹背

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月11日(日)01時12分58秒
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   撫順社会科学院の研究員は、時折街に出て庶民の声を拾い上げるフィールドワークをやっている。それに同行させて貰った時の話。

 老人に昔の話しをして貰うのだが、「漢奸」(日本人に取り入る裏切り者)という言葉が何回か出てくる。そこではただ記録するだけだが、それを元に参加者一同で研究会のとき、私も率直に「この程度の人を漢奸というなら、当時の中国人は皆漢奸でした」と言わせて貰った。

 父がよく言っていた。「満人は、なんでも逆らわずに唯々諾々と命令に従った。只一言、今は満州国だからというのが、耳障りだった」と。

 先日、調べ物をしていて旧満州国国歌を見た。「天地内有了新満州」で始まるこの歌は今でもハミングで歌える。

 調べていて驚いたのは、この中に「無苦無憂造成我國家」という歌詞があるのだ。漢字から普通に読めば「苦しみも憂いも無い我が国家が造られた」と、読める。

 この国家の作詞者は初代総理大臣鄭孝胥。彼は関東軍にも直言する硬骨漢だったそうだが、実はこの歌詞にはその反骨と恨みが込められているのだ。

 正しい中国語では、「建立我国家」である。「造成」は日本語では、宅地造成など普通に良い意味で使われるが、中国語では災難など望まないことが起こったとき使う言葉だ。

 もっと凄いなと思うのは、当時この歌を式典の度に歌わされた中国人は、皆この意図的な間違いを知っていたはずだ。それが誰一人として指摘していない。日本人に教えていない。
 一見唯々諾々と従った「漢奸」は、一癖も二癖もある硬骨漢だったのだ。

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町の評論家

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 8日(木)16時55分4秒
   タクシーの運転手さんは、日本も中国も大体話し好きである。
 彼らは仕事柄、話題も豊富だし、知識も見識もある。

 特に中国の大都市の運転手になるためには、運転以外の試験もあり、インテリが多い。
 二人だけの空間では、政治的な話題もむしろ歓迎される。

 ただ私の中国語では、議論にはならない。まず自分の意見をはっきり言って、あとは教えを請うといった態度で接すると、彼らもしっかりした意見を返してくれる。

 先日久し振りで北京でタクシーに乗って、日頃気になっている中国の汚職の天文学的数字の大きさについて話題にしてみた。

 私「中国の汚職は凄く大きいですね。私の見方は偏っているかもしれないが、あれは一種の内戦だと思っています」
 彼「汚職は何処の国にもあります。汚職を内戦というなら、日本の汚職がらみの政権交代は内戦ですか?」と、噛み合わない。
 私「重慶の汚職はもの凄かったですね」
 彼「あれは汚職でない。政治闘争です」
 私「政治闘争とはうまいことを言う。一国を動かす規模の汚職はやはり内戦でしょう」
 彼「内戦という言葉が私にぴったりしなかったが、そうも言えますね」と、暫し沈黙の後、同意してくれた。

 静かに話すと、彼らは評論家というより哲学教授だ。

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差別と偏見

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 7日(水)06時51分31秒
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   少しナウな話題を割り込ませて貰う。

 今年の「春聯」(日本の紅白歌合戦)でのコントが炎上していた。中国人女性が顔に炭を塗り黒人女性に扮し大きなお尻を付けコミカルに演じていたのが、「黒人差別」だと。

 面白いと思ったのは、「差別でない」という反対意見だ。
 「没関係、中国人は気にしていない」と言う。
  反対者に、その認識自体が差別だという自覚がない。

 中国で暮らしていて、日常生活で何かクレームをつけると、相手に「没関係」と言われて戸惑う。「お構いなく、私は気にしていませんから」と言われているようで、振り上げた拳のやり場がない。差別は見下して行われる。

 関連して思い出すのは、「支那は差別用語ではない」という論法。
 いつだったか、日本で相撲を見ていたら、画面が国会中継に切り替わり、石原慎太郎氏が党首質問をしていた。

 彼は制限時間一杯使い、持論である「支那は差別用語ではない」を展開し、最後にこれに対し「どう思いますか?」と安倍首相に尋ねていた。
 「学問的にも国際的にも差別用語ではない。自分も差別的な意図は無い」。学識と経験に基づかれた文人論客の論旨は明快だった。しかし彼はたった一つ大きな間違いをしていた。差別された側の視点を欠いたこと。差別された側の胸の痛みを「私は没関係」と無神経に踏みにじっている。
 質問の相手も場も違う。中国人に聞くべきだ。

 率直にいう。大国中国の小国に対する差別感も根強い。大国としての優越感。それは小国に対する、もどかしさ。もっと言えば劣等感の裏返しになっていないか。
 まさか芥川賞作家の文人慎太郎氏に、中国文学への無理解があるとは思えない。まさか国文学への変な優越感があるとも思えない。
 「差別」と「偏見」の裏には、往々にして屈折した劣等感の変形した優越感があり、それが民族意識を曲げ、国家間の全ての不幸の原因になっている。

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共同開発

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 6日(火)13時18分43秒
   私は、尖閣は積極的に共同開発すべきだと思っている。

 1970年代のいつだったか、この地に地下資源が発見されて、領有権を巡る対立が顕在化した。対立点が明らかということは、いいことだ。解決点も明確だから。

 これを、変に複雑化することはない。地下資源に限って共同開発することだ。

 もう一つ明るいことがある。それは、鄧小平が提唱した「棚上げ論」である。これは賢い。日本側から見たら、現に領有権があるのに「共同開発」は譲歩だが、譲歩したらよい。譲れる物を持っているというのは幸せだ。

 かつて、奪った者と奪われた者が作った悲しい歴史をここで解消しよう。

 いまや、日中両国は世界的に経済大国だ。ここで奪い合う物はない。金持ち喧嘩せず。
 仮に軍事的価値があるなら、共同開発した平和施設でそれを無力化出来るはずだ。

 地下資源は所詮限りがある。有限の資源で、無限の平和を失う愚は避けよう。
 数百年の先、掘り尽くした跡のリゾート地に「かつてここで、日中両国が地下資源を巡り対立したことがある」という記念碑が建っているだろう。

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大国外交

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 6日(火)12時24分42秒
   最近南海諸島海域が静かだ。
 中国による、軍事基地の強行建設、それを牽制するアメリカ海軍の「航行の自由」作戦。フィリピンもベトナムも主権の侵害を強行に抗議してかなり焦臭かった。

 中国外交部のスポークスマンは、「当事国同士の問題だ」と、アメリカなど西側諸国がこの問題に口出しすることを牽制していた。

 ここは、中国が大国外交を推進している、「一帯一路」の海のシルクロードの重要部分である。もし「元」の力で当事国解決をして、この平穏をもたらしたのなら、それは中国外交の成功だ。仮に関係国の権力者に裏で何らかの力が働いていたとしても、武力の覇権で解決するよりずっとましだ。

 日本の外交は、この種の「駆け引き」が苦手なような気がしてならない。
 その典型は、リットン勧告を無視して国際連盟を脱退し、満州事変に突入させた松岡外交だ。
 「満州の共同経営」という勧告の裏で仕組まれた、アメリカの腹黒さを蹴ったのは、格好よかったかもしれないが、外交としては未熟だった。松岡洋右自身回顧録の中で「外交的敗北」を認めている。
 

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尖閣問題と井上論文

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 5日(月)19時45分47秒
   私は、尖閣は日本の領土だと思っている。
 然し両方の主張の中にそれぞれ自己矛盾がある。

 日本は1895年以来内閣公布で領有権の宣言をして、国際法上有効な領土だと言っている。それは同時に、1895年以前は日本ではないということを意味しないか。

 中国側の言い分は、明の時代から中国の領土だったということ。私は国際法の専門家ではないが、これ国際的に通るのだろうか。

 仮にこの言い分を認めたとして、1895年の日本の領有権宣言を放置したのは、主権の放棄にならないか。その後少なくとも講和条約締結のとき異議を唱えるチャンスはあった。
 中国が初めてこの地の領有権を主張した時期と、この地に地下資源が発見された時期が重なるのは、中国の主張を不透明にしていないか。

 社会科学院のしかるべき地位の人と、尖閣問題で私的な場で話したとき、彼は「日本も魚釣島を中国と認めている」と、その論拠として所謂井上論文を持ち出した。

 井上論文とは、京大名誉教授が書かれた、尖閣中国領有論である。これは間違いと私はすぐ断定的に言えた。

 この論文が間違いと言うのではなく、まず日本政府の公式見解ではない。中国領有の結論に到る「帝国主義的侵略」手法についても各論がある学術論文である。それとこの論文には、日本の実効支配の詳細が述べられている。

 第三者機関例えば国際法廷に持ち出したとき、実効支配の有無が重要な判断根拠になるのと違うだろうか。だとしたら中国側にとってはやぶ蛇だ。
 この種の問題に関する最高の権威、社会科学院も明確な定見はないようだ。
尖閣に関しては、中国のインテリが冷静なのもむべなるかな。

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靖国の本質

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 5日(月)13時38分3秒
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   私は、靖国問題は本質的に日本の国内問題だと思っている。

「近い将来、中国の要人が靖国に参拝している」という私の持論は、20年近く言い続けてまだ実現していないが、その近い将来はどんどん近付いていると思っている。この持論は願望でも予言でもない。科学だ。異常状態が平常状態に戻るだけだ。

 中国では革命教育のテーマとして扱われて久しいが、中国当局自体が持て余しているのではないか。靖国で農民の腹を膨らませることは出来ない。今や多くの中国人若者が靖国に花見に来ている現実の中で、革命教育はナンセンスだ。

 対外的にも、中国の大国としての度量と寛容さを損なっているこの問題は、今こそ中国が主導で解決すべきだ。この種の問題は賞味期限がある。
「何を今更」となってからでは逆効果だ。

 大国外交を目指している中国当局に心から提言する。一帯一路は、シルクロードの終着駅日本で完結する。そこで中国指導者がお花見をしてこそ「一帯一路」だ。そこが靖国神社であることを心から望む。

 この持論は、社会科学院のシンポジウムで述べて、「ご高見です」とは言われても、非難されたことはない。

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中国の靖国報道

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 5日(月)11時05分6秒
   関係者が公人であること。時間が経っていること。それに事件がよく知られていることなので、実名で書かせて貰う。

 2003年5月18日、当時の中国公使武大偉さんが松山に来られた。愛媛中友好協会の会長をされていた、石水伴清さんのお招きに応じて来られたのだ。
 おりしも5月3日、瀋陽の領事館で、北朝鮮からの駆け込み亡命があり、その対応を巡って、国会では「中国公安に治外法権侵害があった」など言い出す議員がおり、日中間は少し緊張があった。

 日本の外務省から公使の携帯に電話が入った。電話の向こうには、「この大変な時期に何処に行っているのですか」と詰っている雰囲気があった。
 私が「外交メッセージですね」と笑いながら言ったのに対し、公使は「中国側はこの問題を重視していません」と間接的に答えられた。

 その夜の宴席。私も愛媛日中友好協会の理事として末席に座らせて貰った。昼間のこともあり、少し軽い雰囲気で公使は私の中国感を尋ねられた。私も率直に日頃思っている靖国問題について語った。

 「中国の靖国問題に対する報道は、過激で偏っている。あれを見た中国の友人は私に、日本はまた戦争をしたいのですか?と聞くから、私はいいですね、今度は徹底的にやつけてあげましょうと答えています」と言ったら、周囲のお歴々は凍り付いた。しかし外交メッセージを巧みに使う公使は、それを理解する私のブラックユーモアを正しく理解してくれた。

 「そうなんです。私達も一部右翼の動きに過敏になり過ぎたことを反省しています」と、率直に答えられた。その所為ばかりではないと思うが、靖国=軍国主義と短絡した報道は見なくなった。

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独裁者と庶民

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 4日(日)18時38分54秒
   詩経は、孔子が編纂した周時代の詩集である。その中の「国風」と呼ばれる一編は、民間の俗謡に当たる物の集成。

「為政者は民の声を、この俗謡から求めた。それがまた詩経の母体になった」と、昔北京語言学院で教わった。

 話しは変わるが、中国の社会科学院は、幾つかあるジャンルの中で、人文科学を扱う分野があり、所謂中国の「歴史認識」はここで生まれている。

 私は平頂山事件の民事訴訟を支援する団体の方とお付き合いしている関係で、撫順社会科学院の関連するシンポジウムに何回か出席させて貰った。
 私は歴史学者ではないし弁護士でもないから、研究論文を発表するようなことは求められない。それを求められても出来ないが、断片的に意見を求められることはある。

 その中で、靖国問題、尖閣問題、南京問題関連、漢奸、移民、万人抗について私見を述べたことを順に紹介させて貰いたい。

 独裁体制は、ただ圧力釜の蓋を堅く閉ざすだけでは維持出来ない。
 中国共産党も、周王朝がやったように、民の本音を拾い上げる試みは色々とやっている。
 日本の庶民の本音も、その一つだ。

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造波抵抗

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 4日(日)10時56分19秒
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   名無し、ゴキブリ、デマネット。
 短い付き合いだったが、テーマは私が2チャンネルに抱いたイメージである。
 ここを追われたことは、私にとってはむしろ勲章だ。

 「晒すぞ!」と脅迫まがいのことを言われたが、それはむしろ望むところだ。
 誹謗、中傷、脅迫は恐れないが、無視されるのが困ったから。

 造波抵抗は、船の進行を妨げるものばかりではない。これが無いとスクリューは空回りする。彼らは「埋め立て工事」とやらの業界用語で、まず私の意見を抹殺した。私はここに存在する意義を失った。

 もう20年も前、「上海」が頭についた中国関連の掲示板があった。私は「けんさん」の名前でここの常連だったが、いつも「偽けんさん」のなりすましと、「アンチけんさん」グループに取り囲まれていた。だから書きやすかった。
 ここを去ったのは、セクハラまがいの中傷である。

 「天知る、地知る、己知る」の言葉を残して去ったのは、この掲示板の論敵でもあったが旧友でもある、この掲示板の主が真相を知っていたから。

 「古本屋の常連」さんと知り合った掲示板でも、私は敵(造波抵抗)を作っている。
 私の言うことを「違う」というのはいい。しかし彼は「どこが違うのか」という私の反論に無視したままだ。だから本論は議論にならない。
  それもいい。しかし全く場違いの「セクハラ非難」が彼の口から唐突に出たとき、私も呆然とするしかなかった。「天知る地知る己知る」の世界は弁解も反論も出来ない。またその必要もない。

  「一个巴掌拍不响」(一つの掌では音は出せない)。一人で力み返ってもしかたがない。造波抵抗を待つ。

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やらせの片棒担ぎ

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 3日(土)17時48分24秒
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   やらせと知ってその片棒を担いだら、やらせよりもっと罪が重い。

 2006年、9月30日。チベット国境近くのナンパ・ラ峠で中国国境警備隊による、越境者への銃撃射殺事件が起きた。これは時事通信でも報道された事実である。

 それが_偶然_ある登山家(ルーマニアだったかな?詳しくは失念)のビデオに撮られたという映像がネット上に流されて炎上した。
 S新聞はその炎上したという「事実」を報道した。しかしこの_偶然_はあまりにも出来過ぎていた。

 好意に解釈しょう。この記事を書いたS新聞の記者は頭が悪かった。だからこの作為が見抜けなかった。

 私が古本屋の常連さんのお招きで2チャンネルにお邪魔したのはこの時である。けんさんはS新聞の記者よりは頭が良いから、この次々に起こる_偶然_の蓋然性の乏しさに疑問を持った。

 しかし2チャンネルの人達は、素直だからこの作為に疑問を持たなかった。
 「このビデオが作為の必然ならそれこそ犯罪だ」と主張するところから議論は出発した。

 議論が進行する程、偶然性は乏しくなった。挙げ句「必然で何故悪い」と居直ったとき、彼らは自己矛盾に気がついたのである。つまり論理が破綻した。

 その後がいけない。議論のプロセスを全て抹消し、私をアクセス禁止にした。
 今回こうして、古本屋の常連さんをお招きして、僭越ながら「歴史教室」を開催することになった所以である。

 古本屋の常連さんが言われるように、中国に言論の自由は無い。しかし翻って我が国の自由はどうなのか。私の見解は先に「自由とは」で述べているので、重複は避ける。
 私を抹殺したのは、自由主義社会の代表である。

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マスコミと「やらせ」

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 3日(土)16時53分49秒
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   暫く日本のテレビを見ないので、番組名を失念したのだが、NHKの時事解説番組で、解説と合わせて視聴者の意見をツイッターで紹介しているのは、まだやっているのだろうか?

 私は日本であの番組を見たとき、不思議に思ったのはあの視聴者の反応の異常な早さである。アナウンサーが喋ったとたん、まさに間髪を入れずに画面に返事が書かれる。本当にあの早さで文章が書けるのだろうか。NHKは、それをなんのチェックもせずに流すのだろうか。

 もし事前に特定の視聴者に内容を示し回答を準備させていたとしたら、これぞ「やらせ」である。仮に百歩譲って、視聴者が神業を駆使出来る人だとしたら、一般視聴者の意見とは言えない。

 所謂ネット与論という客観的意見を装った「やらせ」をやっていないだろうか。

 先日A新聞の依頼で、撫順を案内した。まずコースを説明したら、「もっと効率良く回って下さい」と言われて、私の言葉もきつくなった。「私も70年前の場所に行くのです。行ってみないと分からない場所もある。先に答えがあれば、効率という意味は分かりますが、先に答えを用意して記事にしたら、それを(やらせ)と言うのです。まず私と一緒に事実と向かい合って下さい」。

 以上は私がマスコミに対して常に思っていることである。

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人間到る処青山有り

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 2日(金)14時54分37秒
    故郷は何処と迷う浮き草の 何処の国を青山とせん

 生まれは長崎、育ちは満州、原籍広島、転勤と転居を繰り返し、住民票は何カ所で書いただろう。
 若いときは、私の妻は何処にいるのだろうと、目を瞑って日本地図の上に鉛筆を落としたものだ。
 鉛筆は高知には落ちなかったが、土佐のハチキンと連れ添って50年。先立たれて十年余。

 私も八十路を過ぎて三年。何処の国の土となるらん。最近は地球儀をなで回している。

 独り泣く 何処へ去るか 春の宵 

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元宵節

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 2日(金)11時00分6秒
   今日は元宵節ですね。

 少年の甘さや元宵団子食う

 子供の時食べた元宵団子は、こんなに美味い物はないと思いました。
 満州育ちは、懐かしいのと違うかな。

 今宵満月を見ながら亡妻を偲びましょう。

 「家に帰ったら食う物くらいあるな」と憎まれ口を叩きながら、「中国ぶらぶら」する私を、彼女は「どこへでもお行き、もう帰らなくていいよ」と可愛い憎まれ口で応えてくれました。

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梅とメジロ

 投稿者:ローラメール  投稿日:2018年 3月 2日(金)09時42分4秒
  >2006年の2月に妻が亡くなって・・・・。

そうでしたか。つらかったでしょう。

私どもは、2007年の4月に次男を亡くしました。
親思いのよい子でした。
私はかなり落ち込みました。

二人を偲んで、こんな写真を添付します。(合掌)

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古い記憶です。

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 1日(木)22時43分38秒
   あれは2007年の2月でなかったかな?

 2006年の2月に妻が亡くなって、2007年の3月から全国縦断自転車の旅に出ました。
 あの一年は、パソコンにしがみついていましたから、満州談話室もあのときからです。
 あのときは、何かの手違いでローラさんとはお会いしていません。
 昨夜、久し振りに亡妻の夢を見ました。
 砂丘を転がり落ちる彼女を、私が必死で追いかける。
 やっと追いついた私が、「一年分の運動をしたな」と冗談を言ったら、彼女が明るく笑った。
 家内も花が好きだった。

 変な夢です。今年の一月13回忌を終わらせました。
 日本語の教師といっても、周二回それも半日ですから遊びみたいなものです。
 書くのは苦にならないから、暇にまかせてこんな雑文を書いています。
 自転車で世界一周の夢は捨てていません。

 

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花はみな好き!

 投稿者:ローラメール  投稿日:2018年 3月 1日(木)21時50分38秒
  >松山近郊砥部町七折の梅は綺麗ですよ。

もちろん行きましたよ。
あれは、けんさんに尋ねてから行ったのだったかなあ??
もう昔のことで忘れてしまいました。

でも、七折の梅はまだ2分咲きくらいで淋しくて、代わりに砥部焼きの小さな器{5箇)を買ったことはっきり覚えています。(今も愛用)
人間の記憶って不思議ですね。

写真は、ヒカンサクラとクロッカスです。
歴史の授業を邪魔してゴメンナサイ。

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ごめんなさい

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 1日(木)19時13分28秒
    丁香花 避けて尿(いばり)を 流しけり
 丁香花は、紫の小さな香り高い花をつける1メートルほどの灌木。

 ごめんなさい。丁香花でした。
 同行の中国人に教えて貰ったのですが、このとき迎春花の話もしたので、勘違いしていました。
 ここで軽犯罪を犯したので印象が強い花でした。

 ローラさんは、梅が好きなのですよね。
 松山近郊砥部町七折の梅は綺麗ですよ。


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迎春花

 投稿者:ローラメール  投稿日:2018年 3月 1日(木)17時16分3秒
  けんさん、

迎春花とは黄梅の漢名です。

当然、黄色くて小さい可愛い花です。
画像は2005年2月に写したものですが、今も咲いています。

いくら北満とはいえ、6月に咲く「迎春花」は変ではありませんか?

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プライバシーと名無し

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 1日(木)15時41分43秒
編集済
   また堅い話に戻ります

+++++++++

 忠君愛国、滅私奉公の教育を受けた身で、分かり難かったのは、個人主義だった。戦後新しく登場した、プライバシーとなるともっと分かり難かった。

 教育基本法は、個の尊重を基本にしている。
 これは、教育勅語からの脱却、即ち儒教の三綱五常からの脱却でもあった。

 三綱とは、君臣、父子、夫婦の道。五常とは仁義礼智信のことである。
 教育勅語で説く忠君と、新憲法の主権在民平等の精神と矛盾したから、教育勅語は否定されたが、その精神全てが否定されたとは思わない。

 プライバシーに至っては、元々言葉すら無かったのだから、概念は更々無かった。この言葉が初めて登場したのは、1961年、例の三島由の小説「宴のあと」のプライバシー裁判の後である。

 以上前置きが長くなったが、本題に入る。以前、「古本屋の常連」を名乗る方のお誘いで、2チャンネルにお邪魔したことがある。

 ここは原則匿名掲示板だから、それなりに対処すべきだったかもしれないが、私は「けんさん」のハンドルネームを通させて貰った。
 問題はその議論の内容である。「名無し」共は群れて、恥も外聞も無く暴言を吐いた。証拠と称して、出所不明なグロテスクな写真を貼り付けた。私はその一つ一つ、蓋然性の乏しさを丁寧に論証した。

 挙げ句反論が出来なくなった彼らは、議論のプロセスを全て削除し、私をアクセス禁止にするという暴挙に出た。

 「名無し」の皆さんは、それぞれに立派な名もある、良識も有る方々だと思う。それが「名無し」で群れた途端に、品性も良識も失うのは、プライバシーに対する認識不足にある。

 プライバシーの根底にあるのは、個の尊重だ。隠れてこそこそ悪さをする権利ではない。名無し、捨てハン、なりすましを恥じなさい。

 因みに「けんさん」は私のハンドルネームであると同時に、私の83年の人生哲学から生まれた一つの人格だ。本名を名乗るほどの者でもないが、「けんさんの中国ぶらぶら」の著者は,私である。

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満州娘

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 3月 1日(木)12時08分12秒
   王さんを 待たせた雪溶け 迎春花

 私十六満州娘
 春の三月雪溶けに
 迎春花(インチュンホア)が咲いたなら
 お嫁に行きます隣村
 王(ワン)さん待ってて頂戴ね

 この歌でいう三月は陰暦です。今日陽暦3月1日瀋陽は戻り冬、白銀の世界。
 写真は2011年6月2日。東北三省自転車巡礼したとき、黒竜江省の道端で写した迎春花。







 

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自由

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 2月28日(水)19時29分50秒
編集済
   自由とは何か?戦前私達の世代は、自由=我が儘と負のイメージで教えられてきた。敗戦の第一夜、撫順はまだ満鉄も健在で、平穏だった。私が子供心に実感した自由は、灯火管制が解けた明るい夜空である。

 玉音放送は、何人かの日本人の大人も交え、防空壕を前にした広場で、息を凝らして聞いた。
 「あ~これで天皇陛下万歳と叫んで死ななくてすむ」本当にそう思ったのである。僅か10才になったばかりの少年が。

 今や日本は自由主義国家として、自由主義陣営の一翼を担っている。ただ陣営内で価値観を共有しているかと、問われるとかなり疑問がある。

 そもそも、欧米諸国の自由に対する価値観の基調は、フランス革命で血を流して得た「自由、平等、博愛」にある。

 我が日本は、自由を奪った人の為に血を流した。少なくともボッダム宣言を早期に受諾していれば、広島、長崎、満州で流した血はない。軍部が降伏を逡巡したのは、国体の維持だった。こうして天皇制は、憲法一条で象徴天皇として維持された。

 一部の人が国歌を歌うか歌わないかは、ここに基本がる。それが思想信条の自由を巡って法廷で争われること自体に、自由主義国家としての未熟さがある。

 中国は戦乱の中で、自由を捨てる為に血を流した。あの究極の貧困の中で、国民は自由よりパンを求めた。そのために独裁者に力を与えた。今や衣食足りて礼節を知る。飢えたソクラテスは、飽食を知って、自由と向かい合っている。歴史はここから動く。

 人類の歴史は、経済基盤の発展に伴い、原始共産社会、奴隷制社会、封建社会、資本主義社会、社会主義社会とマクロ的に見たら、権力は下方へ、即ち庶民の視野から見たら、自由の方向へ向かっている。
 自由とは、権力と向かい合う相対的概念である。

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嬉しいな!

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 2月28日(水)19時25分44秒
   兼やん ようこそ

 ここでは、勝手に憎まれ口を叩いています。
 それでも、読んで頂けるのは何よりの喜びです。
 今後とも宜しくお願いいたします。

 

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読ませてもらってます

 投稿者:兼ヤンメール  投稿日:2018年 2月28日(水)17時07分12秒
  今朝の愛媛新聞「書くということ」読みました。いつも読ませて頂いています。熱心な読者ではありませんので、読んだらすぐ忘れてしまいますけど(スンマセン)。今後は、ホームページに時々お邪魔させて頂きます。ありがとうございました。  

清一色

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 2月27日(火)18時43分50秒
編集済
   「 習近平新時代特色社会主義」と習近平の名を被せた政治思想が、党規約の中に盛り込まれた。これは習近平国家主席が、建国の父毛沢東と肩を並べたことを意味する。

 早速瀋陽でも党幹部の学習会の様子が報道されていた。あっと驚いたのは、出席者の服装だ。全員があの背広と人民服の中間をいく黒の「習近平服」清一色だったことだ。
 注意深くみると、テレビのアナウンサーを始め、画面を構成する中にも黒が中心をなしている。

 思い起こすのが、1992年の天安門だ。おりしも6月4日、例の事件から丁度3年。広場には赤い服が珍しかった。北京から瀋陽までの車窓には、自動車は探さないと見えなかった。

 それが、改革開放が軌道にのった1993年、広場はお花畑だった。そのときの北京語言学院の会話教本の一節。「人々はみな着たい服を買ってきてそっとタンスに仕舞い、誰かが着るのを固唾を飲んで見守っていたのです」。

 「周囲の目を見る」。清一色は権力者への忖度であり、面従腹背であり、ある日その色を一変させるのは、京劇の「変瞼」(お面を一瞬で早変わりさせる技)である。この中国人民の容易に本心を見せないお面の表裏は、庶民の「逞しさ」と好意的に解釈されるべきだろう。

 改革開放は、華やかな彩の中で進行した。「富国強兵」を目指す黒と軍艦色の習近平体制はどう進む。町の日常は何も変わっていない。しかし何かが変わる強い力を予感する。
 2018年2月26日。中国遼寧省瀋陽市のある一日である。

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独裁体制の強化

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 2月26日(月)11時18分24秒
編集済
   中国のテレビで、常務委員会で党規約の改正と憲法で定める党主席の任期5年2期の撤廃を提案していた。独裁国家で、独裁者の提案は事実上の決定である。

 ただこれで、三期目が保証されたかどうかは誰にも分からない。
 中国共産党が抱える内部矛盾、地域、民族、貧富の格差と腐敗。
 政権の運命を左右する大問題が存在するからである。

  腐敗に対する自浄作用は、曲がりなりにも機能している。

 地域と民族格差は一般論だが、「合久必分、分久必合」。即ち「合うこと久しければ必ず、分かれる、分かれること久しければ必ず分かれる」。この大国中国の離合集散の歴史の必然は避けられない。
 1989年.ソ連邦の崩壊は、大国が衰退して崩壊したのではない。大きくなりすぎて分裂した。

 貧富の格差。
 いまや中国は、アメリカと世界を二分する大国である。しかしGDP世界第二位の国民が、ベンツの横でゴミ漁りしているようでは駄目だ。
 社会主義国家にあるまじきこの貧富の格差をどう扱う。

 高血圧は自覚症状なしに進行する。独裁で心臓をいかに強化しても毛細血管の血流の詰まりが命取りになる。ある日突然にやってくる脳溢血も脳梗塞もこれが原因だ。
 格差は毛細血管だけでなく、大動脈をも脅かしている。

 満つれば欠けるのは、望月だけではない。未だに新興国という冠詞を持つ中国は発展途上国なのか。すでに満月なのか。

  大国を強く意識し、アメリカに取って代わろうとする野望が散見される限り、もはや発展途上国とは言えない。

  しかし、新月でもない。中国はやはり大国である。あの細々とした三日月ではない。
  来年は、建国70年。あの世界を制覇した元の69年の統治年数を越える。
  さらに発展を遂げるためにも、草食動物としてのマンモスであって欲しい。

  独裁国家の中で、一庶民として生きる一外国人の本音である。

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中国の独裁と自浄

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 2月25日(日)10時17分9秒
編集済
   中国は確かに独裁国家である。

 憲法一条でプロレタリア政党の一党独政を定めている。
 その体制を否定することは許されない。その限りにおいて言論の自由は無い。
  否定は出来ないが、批判は許される。一国二制度という柔軟性も持っている。

 腐敗に対する批判は、党の内外から厳しい。この腐敗の自浄は自らの手で行わないといけない。内部矛盾を内部で解決する矛盾。これが独裁国家の矛盾だ。

  先日重慶の環境問題でNHKのテレビが入っていた。工場排水の汚染で環境基準を犯している工場と被害を受けている住民の対立。許認可権を持つ党幹部の収賄の詳細を赤裸々に報道していた。
 自分の体に自分でメスを入れる「自浄」の苦しみを、他国のメディアを入れてまで敢えてやっている。

 中国の歴代政権が恐れたのは、蝗と流言飛語である。蝗は農民。流言飛語はインテリ。
 インテリがアジテーターとなり、オルガナイザーが農民を結集したとき革命は起こる。

  中国共産党もこうして革命に成功した。毛沢東はカリスマ的オルガナイザーであり、周恩来は政治委員。即ちアジテータだった。だからプロレタリア一党独政は、建国のプロセスから見ても、革命というものの本質から見ても必然の産物なのだ。国民が独裁者ということは、主権在民の裏返しとも言える。

 独政で制約した矛盾は、自らの自浄作用で取り除くしかない。自浄が機能しなくなったとき革命が起こる。これも歴史の必然だ。

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日中民族の長短

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 2月24日(土)19時26分46秒
編集済
   鵺も獏もとりとめがない動物ですが、獏というと可愛い。
  ローラさん皮肉でなく褒めて下さったのでしょうね。謝謝。

 さて教室の再開。
 中国人は、日本人の長所を異口同音に言ってくれる。
 それは「礼儀正しくて、清潔」である。そして「真面目」も必ずあげてくれる長所である。

 反面残酷とまで言わないが「冷淡、慇懃無礼」と思われている節がある。

 残念ながら、日本人の自負する「優しさ」は長所に出てこない。

 日本人が見た中国人感はどうだろう。世論調査の統計ではないが、「嘘付き、不潔」が最右翼に出てくるのではないだろうか。

 私は中国人の長所の第一は「優しさ」だと思う。これを言うと日本人は皆怪訝な顔をする。中国人自身が、あまり褒められたような気がしない顔をする。
 中国人の優しさは、庶民同士誠実に三日も暮らしたら分かる。

 中国人が自ら思う長所は、「寛大」と「率直」である。これも多くの日本人が怪訝な顔をするのではないだろうか。
 歴史認識や靖国問題で国家間の摩擦が起こる度に、多くの日本人は「中国人はいつまでもしつこい」と思っているから。

 中国人に言わせると、「侵略という重大な事実は事実とし、国家賠償も放棄した。戦犯管理所では一人の戦犯も処刑していない。それは中国人が寛大だからだ。それなのに、侵略の事実すら率直に認めようとしない政府指導者が居ることに理解が出来ない」となる。
 靖国、戦犯、国家賠償については、また稿を改めよう。

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夢を食べて生きる人

 投稿者:ローラメール  投稿日:2018年 2月24日(土)15時38分24秒
  ニーハオ!

けんさんの正体は、鵺(ヌエ)ではなく獏(バク)でしょう。(ウフフ)

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乞食への憧れ

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 2月24日(土)13時29分17秒
   暖かくなるともたげるのが、自転車で世界一周をする夢である。まだ実現していないから今でも「夢の中」なのだが。

 自転車旅行といっても、今回は少しハードルを下げて折り畳み自転車で列車やバスなどの公共機関も使い、現地ガイドも雇って、所謂輪行である。

 思えば古希を記念して瀋陽から北京800キロを行ったときは、「これが実現したらいつ死んでもいい」と思ったほど、自分にとっては壮挙だった。しかし、その後「日本縦断3300キロ」「遣唐使の道、寧波西安2400キロ」「東北巡礼、関東軍と開拓団慰霊の旅2500キロ」など次々に「夢」を実現してみると、とてもいつ死んでもよい気にはなれない。

 夢は実現したら、次の夢の肥やしにすぎない。

 夢を見ている間に好転した状況は、スマホの発達とATMの普及である。
 これに乗って、少しやってみたいけしからん夢は、「乞食」である。盛り場で尺八を吹きながら、托鉢。SNSも活用しながら、今様吟遊詩人である。

 時の流れは、確かに私の体力を奪った。しかし同時に、人様の情けにすがる順応力は進んだ。
 これが一番大事かもしれない。究極の自由を求めて、この際年齢は必ずしも負の要因ではない。

 ひたすら東に朝日に向かって走る。ある日夕日を背に日本に戻ってきたとき、次はどんな夢を見ているだろう。

 

臆病左翼

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 2月23日(金)15時29分30秒
   ローラさん。貴女に読んで頂いて感激しています。
 私にとっても懐かしい「満州」ですが、只懐かしいだけでは語れないトラウマがある。

 その屈折した思いは、大なり小なり「満州育ちの私達」には皆さん有るのではないでしょうか。
 それを出来るだけ本音で語りたい。屈折した思いに忠実に生きたい。格好良く言わせて貰えれば、これが、今の私の中国生活の原点です。

 庶民の本音は是々非々。是々非々は非々是々でもある。物事を両面から観察する態度は同じでも視点が変わると、敵を作りやすい。私が敢えて敵を作っても「世論」の視点の反対から語るかというと、「群れの中で作られた世論」が恐ろしいからです。群れたくない。

 右翼左翼というレッテル貼りは好ませんが、物事をどちらから見るかと言う意味で便宜的に使わせて貰います。

 私がある方から貰ったあだ名に「臆病左翼」というのがあります。私はまさにこれです。反体制と言う意味では、私は左翼ですが主張は自分なりに反芻したものを反面からも表現しているつもりです。

 80年の生涯の大半を中国で過ごした私は、それなりに臆病です。しかしこの生き様は私だけの物だという自負も持っています。

 悪く言えば鵺です。コウモリです。どちらから嫌われてもそれを貫きたい。
 私の真実を求めるスタンスです。
 

纏足の女性グループ

 投稿者:ローラメール  投稿日:2018年 2月23日(金)11時31分49秒
  「中国の乞食問題など」大変興味深く読ませてもらいました。
乞食は、世界のあちこちで見ました。中国、ロシア、フランスでも。
確かに、最近は洋服も小綺麗で乞食が職業かしらと思える若い女性もいました。

>昔満州で、日本人の住宅街に、纏足の女性グループがゴミ箱漁りに来ていたのを思いだす。

ああ、これは凄まじい光景ですね。
纏足を考案したのは男にちがいないのに、妻を養う力も無くなってしまい・・・・纏足の女性は畑仕事もできなかったに違いない。

これ以上書くとボロを出して、けんさんに叱られそうなので止めます。(*^_^*)

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中国の乞食問題など

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 2月22日(木)20時40分38秒
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   中国のことを語るときは、「いつ、どこで」この二つが必ず要る。
 乞食の問題も同じである。
 最近中国で乞食が急速に減った。というより私が年を取って、あまり出歩かなくなったから見ないだけかもかもしれない。
 少なくとも2018年2月現在、瀋陽の表通りでは見ない。

 1998年、友人の車で踏切待ちのとき、子供がよってきた。友人は「今日は小銭の持ち合わせがない。次は必ずあげる」と丁寧に断った。ずいぶん紳士的だなと感心したのだが、こうしないと何をされるか分からないとのことだった。

 1992年初めて中国望郷の旅をしたときは、私も小銭を常に懐に用意していた。盛り場を無事通過するための必要経費だったから。
 乞食ではないが、身体不自由者も逞しい。数年前のことだが、撫順の我が家の近くで地べたに背中をつけたまま市場街を移動している男性が居た。背中がくるまったまま成長が止まった男性も居た。彼は地下道の一段一段、両腕で登っていた。彼にとってここは山岳地帯のロッククライミングだったのだろう。
 そこで暮らしていると日常的に見た彼らも今はどうしているだろう。

 瀋陽の地下鉄で、スマートな乞食を見ることはある。身なりが悪いと改札を通れない。
 こじきではないが、ゴミ箱を漁る人は日常的に見る。それも風体卑しからぬ人が堂々とやっている。ベンツの横でだ。

 昔満州で、日本人の住宅街に、纏足の女性グループがゴミ箱漁りに来ていたのを思いだす。
 乞食も減ったが、町の喧嘩も減った。特に女性同士のプロレスまがいの取っ組み合いは見ない。

 乗り物で、年寄りに席を譲るのは、すっかり定着している。地下鉄でもバスでも私はいつも座れる。行列の割り込みも無い。逆に順を譲られるときがある。空港で係員がわざわざ私を先頭まで連れて行ってくれるのは、チェックインのとき、私の年を見て敬意を表してくれるのだろう。

 ちなみに中国の観光地は70才以上は入場料無料である。パスポートを見せて年齢証明をしようとしたら「見なくても分かります」と言われた。喜ぶべきか悲しむべきか。

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中国の覇権

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 2月22日(木)19時55分9秒
   ローラさんようこそ

 下記の歴史の流れと題した拙文は、愛媛新聞のへんろ道というコラム欄に投稿して掲載されたものです。中国は大国です。覇権国家そのものです。

 歴史の流れ
 中国のテレビで、「富強」(富国強兵)を賛美する歌を、子供に無邪気に歌わせていた。
 「豊かになって強くなる」これが今の中国の国策の中心で、民心をこれで惹きつけている。
 別の番組で、中国外交部のスポークスマンが、南海問題について「反対する国は、歴史をもっと勉強して欲しい」と言っていた。
 仮に中国が言う「南海諸島が中国であった昔」を認めるとしよう。そのまた昔は言わない。「中国の言う昔」から中国でなくなった現在までの現実をどう理解したらいいのか。
 歴史は流れている。都合の良い所だけ切り取るのは、「両極から見て判断する」中国古来の伝統的思考法と相容れないのではないか。
  強くなって武力で横車を押したら、それが覇権だ。
 私が教わった社会主義は、「富の偏在という資本主義の矛盾を解消するために生まれた」だった。しかし、今やその社会主義国家に存在する天文学的貧富の格差が、覇権への引き金になっていないか。
 日本の軍国主義は、財閥を喜ばせた。ゴルゴ13ではないが、この危機の背後で喜んでいる者がいる。歴史の勉強は、歴史の流れとその背景を学ぶことだ。格差はどこで生まれた?軍国主義の中で育った一日本老人の感慨である。
 2017年3月5日 日 掲載

 

歴史教室

 投稿者:ローラメール  投稿日:2018年 2月22日(木)16時37分20秒
編集済
  けんさんの歴史教室、拝聴しております。
その昔、山東クーリーと呼ばれた人々は本当に哀れでしたね。
満洲の地で、日本人に豊かな土地を奪われた人たちも、、。

今の中国は、乞食もいなくなりましたか?

中国は生まれた国なので、無条件に愛着がありますが、この頃は大国主義・覇権主義に向かっているのではないかとチト心配です。

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侵略の背景

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 2月21日(水)22時49分9秒
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   撫順炭鉱露天掘りは、当時私が通っていて小学校(旧日橋公園小学校、現撫順実験小学校)から北西へ約1キロ強、南台町という住宅街の外れにあり、遠足コースの一つになっていた。
 南北2キロ東西7キロ深さ300メートルの巨大な人工渓谷には、今も石炭運搬の電気機関車がおもちゃのように動いている。

 その谷底から、私達がお弁当のご馳走を広げている横で、少年工が石炭を運び揚げていた。素っ裸で真っ黒になり、額のロープに麻袋を括り付けそれを四つん這いになって運び揚げている 彼等はまさに牛馬代わり。これは虐待か?強制労働か?
 当時毎朝近くの工場の門前で少年工の募集をしていたという。彼等はその中からやっと今日の職と食にありついた、選ばれた者だったのだ。「力工」と呼ばれたこのような仕事は解放後も有ったのだろうか。私の5才下の友人は、これに従事したことがあると言う。

 「サントンクリー」これは(山東苦力)の日本語読みで、山海関を隔てて隣接する山東省から出稼ぎの流入労働者のことである。当時貧しかった東北は、近代産業を支える労働力が決定的に不足する労働過疎地だった。しかし戦乱と内乱の中で山東省の彼等はもっと貧しかった。背中に負う一枚の煎餅布団が全財産。これが宿であり家でもある。そして彼等が満州に台頭した日本の近代産業を支えた。日本にとっても、これは貴重な労働力だったが、それを受け入れる「王道楽土」は、まだはるか彼方だった。

 東北地方の冬は厳しい。比較的南満州の撫順でも零下20度c以下は珍しくない。その寒風吹き荒ぶ雪の吹き溜まりの中で、倉庫などの軒下の僅の空間に彼等はヤドカリのように一枚の煎餅布団にくるまって寝ていた。
 革命教育施設には、炭鉱労務者に与えられていた粗末なアンペラ小屋が展示されている。アンペラ小屋とは、アンペラと呼ばれた高粱殻で編んだ茣蓙のような物を、コールタールで固めた屋根と壁とで作られた小さな土間に竈一つだけある小屋のことである。サントンクリーにはそれすら無かった。

 「二畝地一頭牛老婆孩子熱炕斗」(僅かの土地、一頭の牛、嫁に子供に温かい塒)これが彼らにとって究極の夢だが、夢で見るしか出来ない夢だった。

 ある日通学途中にあった公園の道ばたで、一人の老人が行き倒れていた。彼は本当に着の身着のままだった。病になってどこからも追われたのか。横たわった彼の前には、空き缶が一つ置かれていた。
 私はそれに池の水を汲んで入れてやった。その後がいけない。遠くから石を投げたのだ。子供心に、その貧しさと不潔さがあまりにおぞましかったから。翌る日彼は冷たくなっていた。
 日本の子供から思いがけない優しい親切を受け、その後もっと思いがけない冷酷な仕打ちを受け、彼は最後に私を呪っただろう。亡くなったのは私の石の所為ではないと思うが、今でも胸が痛む心のしこりである。

 日本の満州侵略の背景には、中国社会の決定的な貧困があった。
 この貧困は侵略の結果か原因か。
 当時中国は、清の衰退後列強の侵略を受け国力は疲弊し、人民は貧窮の極限にあった.

「満州は侵略でない」と主張する人達の意見の根本にあるのは、これである。即ち中国人は奪われて貧しくなったというが、元々貧しかった。日本の満州国経営は中国人を救済したと。
「中国を侵略したのは、日本だけでは無い。日本は東亜の盟主として列強の侵略の楔から解放する為に立ち上がったのだ」とその人達は言う。

 満州国青年官吏として「王道楽土」の建国に夢を抱いていた父は、父は我が子にも「献」と名付けた。即ち満州国皇帝溥儀に我が子を献上するという意味である。
 敗戦後も、何か少しでも中国のお役に立つならと、希望して残留した。撫順は工業設備を維持するために日本人技術者の抑留を要請していた。父は技術者ではなかったが、技術者の師弟の教育に携わるということで、押しかけ女房みたいな形で残ったのである。

 そんな父を私は最後まで赦せなかった。「動機はなんであれ、他国の主権を武力で犯したら侵略だ」と。
 その主権だが、そもそも満蒙に「支那」(当時の中国への蔑称)の主権は存在しないというのが、軍部の見解だった。だから「暗愚な支那に代わって人民を救済するのが我々の使命だ」と軍部は屈折した大義名分を持っていた。

 侵略否定論にはもう一つ、「窮鼠猫を噛む」論がある。即ち経済封鎖の中で已むを得なかったという正当防衛論である。更にそれの延長で、日本の侵略突入そのものが列強に仕組まれた罠だったというのがある。
 最後の二論については、また稿を改めて愚見を述べさせて頂きたい。

 中国人は、「中国は弱かったから侵略された」と思っている。これは中国人の自虐ではない。「富国強兵」政策の根拠になっている。
 奪われた豊かな土地を取り返す。これが抗日の原点だった。
 抗日戦争のとき作られた軍歌「松花江上」を下記URLに紹介する。是非観賞して頂きたい。故郷を追われた者の哀調を帯びたメロディーは、シューマンの「流浪の民」を思わせる名曲である。

http://www5d.biglobe.ne.jp/~nihao/ongaku/sungali.htm

 

遼源万人抗

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 2月20日(火)12時31分39秒
編集済
  撫順北西郊外遼源というところにある通称万人抗です。正式には「鉱人墓」と呼ばれています。2009年撫順郊外を自転車で回っていて、「あれこんなところに、らしい物がある」と立ち寄りました。
 ここは200体ほどの埋蔵遺体が掘り起こされ、それが屋根付きの大型体育館のような建物に整然と保存されています。
 掘り起こす前の写真があるのですが、小さなピラミット型の石造りが整然と並んでいて、これは立派なお墓です。掘り起こす方が背徳行為でないかと思いました。
 遺体がみな若いのですが、説明によると、「過酷な労働で平均寿命が短かった」とありました。しかし出稼ぎの労務者に老人がいるはずがない。
 宿舎は電流を流した鉄条網で囲まれ、軍用犬が巡回して逃亡を防止していた。と別の説明にありました。しかし、ここは出稼ぎ労働者の飯場なのです。彼らは逃げたくても逃げる場所もないし、そもそも逃げる気なんか無かったはずです。逃げることは死を意味していましたから。厳重な包囲は外部からの侵入防止です。
 ここで強く印象に残ったのが、給与明細と入り口に置かれた首に縄を巻かれた男の銅像でした。給与明細は記憶なのですが、確か30円以上だった。満州国参事官として高級取りだった父親月給200円位でなかったでしょうか。30円は労務者としては高給です。
 首に縄をつけられた男は、当時どこにでもいた、漢奸と呼ばれた裏切り者。日本側から見たら協力者。彼はここで、口入屋また置屋みたいな存在で30円の大半をピンハネしていたのでしょう。
 肝心の給与明細が手元にありません。近いので、近日行って調べてきます。

 追加
 実は以前私自身が、遼源万人抗について少し書いていました。下記URLがそうです。
http://www.ken-san.jp/burabura/zatukan/kansou.html#toraisimannin
  

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撫順の万人抗

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 2月19日(月)01時34分57秒
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   撫順は満鉄(南満州鉄道)が経営した当時東洋一を言われた大規模露天掘りを初めとして、液化石油、軽金属などで一大工業都市でした。今でも工業都市です。
 そこに炭鉱労務者を酷使して死亡者を使い捨てにして埋めた所謂(万人抗)が有ると言われています。「言われている」と言ったのは、誰もそれを見た人が居ないからです。
 私も1992年戦後初めて撫順に行ったとき、現地ガイドに「万人抗を見たい」とお願いしたのですが、「工事中」ということで見ることが出来ませんでした。
 その後ほぼ毎年のように撫順には行っています。2009年から2010年までは撫順の師範学校で日本教授もしていました。しかし中国人が誰も知らない。
 タクシーの運転手が連れて行ってくれるのは、「平頂山惨案記念館」です。
 ここは確かに通称「万人抗」になっていますが炭鉱関係の万人抗とは違います。1992年ここは工事中でした。
 何故こんなことになっているか。
 例の朝日新聞の「中国の旅」本多勝一の記事の中で、伝聞で書いた25万人?という数字が一人歩きしている節がある。これは中国共産党とは関係ありません。
 因みに平頂山惨案記念館に、炭鉱災害とその死亡記録が掲示されているのですが、それによると1907年(開鉱)から1931年満州国建国以前まで24年間の死亡者は、10489人です。これには、その後敗戦まで14年の数字が含まれていません。この数字も決して小さいとは言えませんが、朝日新聞の記事との乖離が大きすぎる。
 中身は見ることが出来ませんが、分厚い犠牲者の名簿が展示品の中にある。これは満鉄が犠牲者に見舞金を支払った記録です。
 それと労働公園の丘に立派な犠牲者の殉難碑が建っています。碑の記載では建設の由来を明記していませんが、(中国が建てたようにも読める)これは満鉄が建てた物で、東公園小学校(私の母校)の裏にあったからよく覚えています。少なくとも犠牲者を抗に放り捨てるようなことはしていません。
中国共産党の革命教育施設の資料から見ても、撫順の万人抗は真っ白です。

注 25万人?と(?)をつけているのは、原本は日本にあり記憶の数字です。
10489人は写真に撮っていますが、字が小さいので掲載しません。

 殉難碑



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要塞と生き埋め

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 2月17日(土)19時46分16秒
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   2011年5月から6月にかけて、漠河から黒竜江省一帯の旧関東軍要塞地帯を回ってきました。東寧、虎頭は列車を使いましたが、他は自転車で巡礼しました。
 そのとき孫呉にある勝山要塞での話です。ガイドの説明によると要塞構築に携わった労務者2万人が機密保持のため全員最後に生き埋めにされたと言うのです。
 孫呉の駅前には、民間の革命教育施設が、有料の見世物小屋みたいになっています。この手の施設のどこにでもある、斬首の写真となにか蝋人形みたいなおどろおどろしい物が有って20元。
  ここで、元解放軍戦士という男の話しによると、自分の父はここで要塞工事に従事し、他人の嫌がる死体処理をしていたお陰で、最後まで生き残ったそうである。
 まさか一人で二万人の死体処理をしたのではあるまい。二万人も生き埋めになって何故一人の遺体も出てこない。埋めた証人が生き残っているのにだ。
 私は敬愛する中国共産党の為に暗澹たる気持ちになった。
 聖なる革命を汚すな。こんな出鱈目な革命教育施設で。

  勝山要塞の要塞砲

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針小棒大

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 2月16日(金)23時29分10秒
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  中国の社会風土に対する私の考え。

 私は、企業人としての実務経験がありません。財務諸表の見方も知りません。
 しかし、中国政府の統計数字は、中国政府自体が眉に唾を付けて見ていた節がある。
 2000年、中国のGDPが総額で初めて1兆ドルを越えたときです。時の首相朱鎔基は政府の下部機関からの数字を信用せず、企業の財務諸表を直接求めたそうです。

 21世紀に入って、中国のGDP総額は右肩上がりで20兆ドルを越えたのですか?
 改革開放が軌道に乗ったのが1992年。この量の変化は,その後経済に対するする意識の質的変化をもたらしていないでしょうか。少なくとも今は欧米と共通の企業会計の土俵は有るはずです。
 私も知りたい。
 Teddyさんの現役時代と言えば、「黒でも白でもネズミを取ってくれたらよい猫」と外資を積極的に受け入れたときですね。
 1993年私も退職して少しその気になったことがあります。
 しかしそのとき既にジャイカの中国担当の業務の大半は、撤退支援でした。多くの企業が中国の社会風土に適応出来なかった。

 数字に対する針小棒大は、性質は違いますが南京問題など中国各地にある革命教育施設にもあります。
 そちらは、整理して稿を改めたいと思います。

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中国の社会風土

 投稿者:Teddyメール  投稿日:2018年 2月16日(金)21時08分28秒
  けんさん、こんにちは:

私は現役時代、欧米、中国双方で企業買収、投資の交渉をした経験があります。
双方とも実態以上に自らを良く見せたいとの態度は同じでしたが欧米の場合は
間違いの説明をしてはならないと言う規律と言うか規範と言うかその種の風土
が感じられました。その点、中国は異質な感じをまぬがれませんでした。
良く二重帳簿の存在が指摘されることがありますが、中国企業の実態把握は
至難だと実感した記憶が鮮明に残っています。日本と中国は異なる社会風土の
国なのだと痛感しています。

 

中国の汚職

 投稿者:けんさんメール  投稿日:2018年 2月16日(金)11時39分39秒
   私は、中国の汚職は社会風土的な物と、体制的な物と二面から考察する必要があると思って居ます。
 社会風土的なものとは、先に少し述べた「コネ」に由来する物です。
 地位は権力であり、権力は金であり、そこに介在するコネ。それが賄賂であり腐敗の原点となっている。
 現政権は、規律違反でこれを徹底的に叩いている。しかしモグラは叩けても、風土そのものの変革は難しい。
 90年台はまだあった、例えば不法滞在を解決する為の公然と介在した非正規手数料、今はありません。白紙の領収書による公金横領も影を潜めた。
 然し、何兆、何千億という国家予算規模の汚職はどう見る。
 私は、これは「匪賊同士の内戦」だと思っています。モグラ叩きはその風土を封じる為なのです。
 勿論こんな巨像の実態に接することは出来ません。独断です。しかし庶民のミクロの視点から冷静に見た社会像は、ガリレオが粗末な天体望遠鏡で天体運行を観察して、「それでも地球は回っている」と言ったのと同じで、偏見だとは思っていません。

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