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総括

 投稿者:  投稿日:2017年 6月29日(木)21時29分5秒
  苦しみの意味というのを、齋藤さんの掲示板に書いたので、良かったら読んでください。  

不愉快な世の中

 投稿者:斎藤  投稿日:2017年 6月29日(木)08時34分16秒
  バニラエアーと言う格安航空が障害者を這いつくばってタラップを
登らせたとあった。私の近所の眼鏡屋に行ったら、担当の人間は
言葉を話しても、私と目が合う事がなかった。近所の格安のスパーに
行くとレジの女性はいつも客に命令口調だ。牛丼屋に行くと昨年
までは、日本人であったが最近は2人とも中国人だ。

10年ほど前に北海道に行ったとき、格安航空に乗った。空港の担当
女性の不愉快なことったらありやしない。以後格安航空は御免に
した。甲府に行ったときホテルチェインに泊まった。この時のフロント
の女性は大声でお経を唱えるように何かを私に説明した。以来
このホテルチェインでは決して泊まらない事にをした。

最近このような不愉快な出来事が多い。これは一重に我々が安い価格
を求めているからだろう。やらさせる方はたまらないから、荒っぽい
態度で反撃する。ならこっちもと言う事で社会はギスギスする。
何処かに解決策はないものかと思うが、これが事実とあきらめるか。
 

ずっと思ってきたこと

 投稿者:  投稿日:2017年 6月28日(水)23時55分54秒
  わたしは、自分が生きた証みたいなものは残したくありません。
道しるべは残しません。今ここだけで十分です。
過去の経験や思い出は、今生きる為のただの知恵になれば、夢として消えていきます。
常に一人歩きだし、わたしは人を引っ張ったりしません。
感謝を意識してしまうと人は無意識に縛られます。

未来はわかりませんが、これで最後になりますように♪

 

 投稿者:TM  投稿日:2017年 6月28日(水)23時08分27秒
  「心は絶対整えたらいかんわけです。心という言葉を言うてさえもいかん、もう一切今日からは、ご自分の中に言葉を持ち込まない、文法を持ち込まない、という風になさって、中はただ感覚と感情の世界だけ、にしてしまわれるんですね。これは、ふせぎようがないです。感覚と感情の世界、困ったなー、というところまでにしておいて、後はすぐ外の事柄にさっそく取り組んでいらっしゃいますように」  

「悟り」とは

 投稿者:TM  投稿日:2017年 6月28日(水)23時06分59秒
  ・自己意識が、完全にこれが自分だという姿を闇の中に没してしまったとき、そこにある他者意識そのものが、そこに何が見えようと、見えている事実そのものが究極の悟りに他ならない。
・肝心な生活がどっかにいってしまう。一番愚かな姿。
・これが自分だということが全くそこにみえてこない。それが真に綺麗な悟りの状態、あるいは真実に生きる姿。
 

神経症

 投稿者:TM  投稿日:2017年 6月28日(水)22時25分23秒
  神経症は「自分」がいてなるもの、つまり「自分」を意識している状態ですから、「自分」意識が無くなると神経症は無くなる。
「自分」意識が無くなるというのは、死ぬという意味ではなくて、自忘です。例えば、何かに気を取られている時とか、何かをミスしないようにしている時は「自分」ではなくその対象に意識が向かっているので「自分」を意識していないのです。
したがって、しばらく「自分」以外に意識が向かっていても、その直後に「自分」への意識が戻ると、また神経症が始まるわけです。
 

自然Yukikoさん

 投稿者:  投稿日:2017年 6月28日(水)21時56分24秒
  わたしの昔の話をします。自己確立を知る前の話です。
10数年前、神経症真っ盛りで仕事してた時の話です。
神経症は苦しかったけど、その状態で、仕事する事への感謝やら、目の前の世界に対しての感謝やらも同時に持ちすぎていて、自分が苦しんでいる事に気づけなかった。
自分が寂しかった事にも気づけなかった。
自分の事を含め、ある意味で、誰の事も信用できずにいたのに、その事にすら気づけなかった。
わたしは人の縁に恵まれてるなあといつも感謝していた。
神経症がひどくなるほどに、不思議と自然に積極的に人と関わるようになった。
今は、その頃とはまた違うけど。
とにかく前しか見えていなかったから。
苦しいままに目の前に生きていた。
今もまだとても寂しいです。自分の中の闇は解放されましたが、まだそこに向きあっている途中なので。
ある時、たくさん泣けました。
そこから、今までの自分が、ある意味で、一変しました。
今の自然Yukikoさん見てると、自分の過去に少しダブります。
とても頑張りすぎているように見えます。
感謝や愛などを意識しなくて良いので、自分の中の闇を解放してあげてください。
存在そのものが愛です。これしかありません。
人間の年齢は関係ありません。
年齢に拘りを持つ心は、それだけで自分を無意識に抑え込む洗脳になっています。
 

初めまして。

 投稿者:風船玉  投稿日:2017年 6月28日(水)15時08分56秒
  インターネットの「教えて!goo」を閲覧していたら、大きくうなづける回答者がいつも同じ方だったので、遡って調べているうちに、こちらに辿り着きました。私も管理人さんと同じ、新潟県民です。これまで、人に嫌われたくないばかりに、人に優しくしてきました。ブレまくりの人生です。4年ほど、不安と対峙しているうちに近頃、今は人生のルネッサンス期なのかも、という思いに至りました。もう40代後半ですが、まだまだ道半ばです。いろいろ学ばせて下さい。宜しくおねがい致します。  

今日も元気に。

 投稿者:自然Yukiko  投稿日:2017年 6月28日(水)09時16分41秒
  愛という文字は心を受ける、受ける心、と思われます。
巣もごりの雛、母親に懐かれた幼児を連想させます。
疑うことのない素直な心になります。
生きていくことは大変なことで、苦しい状況に置かれることも多々あります。
このサイトを見つけて心が受け入れられることを知りました。
是非続けて頂きたいと思います。
巨きな心の中で今こうして生きていられることを、自然という偉大な恩恵を感謝します。
今までの苦しみは自ら選んだものなのでしょう。
前を向いて歩きたいと思っています。
 

管理人さん

 投稿者:神経症  投稿日:2017年 6月26日(月)09時07分46秒
  23日の齋藤さんの言葉は冷たくて怖い。
この言葉はとらわれになる。
なぜこのような言葉を掲載するのですか。
神経症者だけが問題視されるのはおかしい。
 

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