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神経症の治り

 投稿者:TM  投稿日:2018年 1月17日(水)18時57分52秒
  神経症はここの管理人が書いておられることを読んで、知的に納得しても、治ることはありません。
神経症が治るのは、生活上のことで悪戦苦闘してい最中だけです。

 

カウンセリングはだめ

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 1月17日(水)12時43分54秒
  カウンセリングとは患者を餌にして医師らしい者が金を儲ける方法でしょう。
神経症とはもっとも難しい心の病であり、誰もカウンセリングはできない。
 

再掲 対面で食事をした時、緊張で頭が震える症状って何?

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月16日(火)19時56分36秒
  評価が高かったものを載せています。  質問日時:2014/09/22 13:02
回答数:7件
.

真剣に悩んでいます。よろしくお願いします!

私は会社員(一応管理職)、40歳女性です。
症状はここ5年ほどでひどくなったような気がします。

あれ?と症状を意識し始めたのはここ5~10年ほどでしょうか・・・。


「対面すること」に対してとても緊張してしまいます。
※緊張するときとしない時があるので困ってしまうのですが・・・

一番は、対面で食事をする事です。

気にしなければいいと思うのですが
食事している様子を見られているような気がして目が見れません。
食事を口に運ぶ瞬間、ブルブルっと手と頭が震えてしまいます。
まさに地獄で味などわかりません・・・。

口に入れてしまえば平気なのですが
口に入れる瞬間が病的にまずい気がします・・・。

会社の上司と仕事で外出をした際
対面で食事をしたのですが、途中で食べられなくなってしまいました。
食べ物に箸まではつけられるのですが、「口」に持っていくとブルブルしてしまいます。

それに似たのが
・対面でタバコを吸う
・対面で字を書く(字は対面じゃなくても見られているだけでブルブルです)

そうですね、じっと見られることに苦手なのかもしれません。
隣同士で食事をするのは全然平気です。

ちなみに不安感があって2年ほど前から病院に通ってお薬は飲んでいます。
※薬では症状はよくなっていないです。

先生からは、そういう事がある前に飲む「頓服」を支給されましたが
あまりよくはなく、事前に対面することがわからない場合も多いので
できれば訓練か何かをして直したいと思っているのですが
いい方法はないでしょうか・・・。

病院ではカウンセリングを勧められましたが
カウンセリング料が高くて手が出せません・・・。

どうにか個人で訓練するいい方法があれば教えて下さい!
よろしくお願いいたします!



>>>管理人



回答日時:2014/09/24 05:24
   .
訓練する事は逆効果になると思います、学ぶなら『神経症』の原因と解消方法と思います。そう言っている私の場合では、14歳から発症をして18年間の悪戦苦闘の末に完治した経験があります。

この経験をした中から貴方にアドバイスをしたいと思います。

神経症のメカニズムを知る事は、貴方にとって直接的な効果はないと思います、という意味は『頭では分っていながら身体が付いてこない事』が神経症にとってのジレンマだからです。

さりとて、原因がわからない事で、尚更落ち込みが激しくなるということもあると思いますので、一応そのジレンマである矛盾という意味からもそのメカニズムを説明して置きます。

神経症の原因は『心の矛盾』が原因です。この意味は『意識している貴方』VS『意識していない貴方』が意識の根底で『出番争いをしている事』が原因です。

誰にでもある普通の事です。此処のところが分る時、貴方は神経症に置いての、症状に悩む事が止みます。

人間は進化の過程で、脳が発達して来ました、この脳の進化によって神経症や自律神経失調症や、うつなどといったノイローゼの状態が生まれています。

これは簡単な言い方をするなら、意識していない時には出来ていた事が『意識した途端に出来なくなる』という現象です。

『無意識で(意識していない時)、出来ていた事が』意識する事によって出来難くなる、という意味です。

訓練するなら『意識性を学ぶ事』ですが、こう言った事を学ばせてくれるところを余り知りませんが『森田療法』を学ぶ中や『禅』を学ぶ中に、あると思いますが、兎に角時間が掛かり過ぎるという欠点があります。

即効性がありながら、確実性が在る方法がありますので書いて置きます。それは逆説的指向という方法です。

意識する事によって『意識した内容』が出来難くなる事を、逆手に取る方法です。貴方の場合では『食事している様子を見られているような気がして目が見れません。食事を口に運ぶ瞬間、ブルブルっと手と頭が震えてしまいます。』

という場合に『もっと(意識的に)ブルブルっと手と頭を振るわせてやろう』とする方法です。震えが止まらないようなら、もっと意識的に震わせるようにする方法です。

貴方の手や頭の振るいは『貴方の意志の力では止める事も、とめないようにする事も出来ない事』が分ります。震えさせようとした途端に震えは止まります。

身体と意志は通じない事が分ります。


『・対面でタバコを吸う・対面で字を書く(字は対面じゃなくても見られているだけでブルブルです)』という場合も同じです。貴方が意識的に『震えさせてやろう』とした瞬間から震えさせる事が出来なくなります。

神経症の場合『意識性を悩んでいる事』を意味しますが、キーワードは『症状を受け入れる事』が、治るきっかけになります。何故なら『症状として意識する事が、症状にしているからです。』

誰でもが感じている、誰にでもある事を『本人の性格的なものや、本人の感じ方や考え方』が拒否反応をして、受け入れないようにする事がきっかけになって症状として顕れているからです。

不安感にしても同じです、誰でもが何時でも感じている事ですが、不安感を追い出そうとした時から不安感は大きくなり始めています。是が不安障害のきっかけになって不安傷害が確定します。

この不安感から特に強く逃れようとした時『パニック障害』にまで発展する場合もあります。こう云った事をきっかけにしないようにするキーワードが『受容=受容れる』です。

何を受容するのかというと『雑念』です、誰にでもが絶えず湧き上がっているものが『雑面』です。

こう云った雑念にいちいち取り合って『問題にする事が』神経症の症状になっています。

貴方が神経症の外に出た場合を書いて置きますので、参考にして下さい。

今迄は沸き上がる雑念の内『「対面すること」に対してとても緊張してしまいます。食事している様子を見られているような気がして目が見れません。食事を口に運ぶ瞬間、ブルブルっと手と頭が震えてしまいます。

それに似たのが
・対面でタバコを吸う
・対面で字を書く(字は対面じゃなくても見られているだけでブルブルです)』

といった事柄が特に気になっていましたが、神経症的な考え方の対処を出来るようになってからは、『沸き上がる雑念』を問題にしなくて良くなりました。

沸き上がる『雑念』は一過性のものであって、特に問題にしないでいると『湧き上がっては消えてゆく性質がある事が分かります。』この為に、不安などいろいろな『雑念』が湧き上がってきたとしても取り立てて問題にしなくなっています。

雑念の相手をしないでいる時、症状と感じていた事柄は全て『自分が頭の中に作り出していた幻』であったことが分ります。

現実にはなかった事柄を『受容れたくない一心で』頭の中で症状にして、現実の世界であるものと錯覚をしていた事が分ります。

沸き上がる『雑念』に過敏に、或は過剰に反応する事がなくなって『安楽な心持が持てる様になっています。』

症状としていた事柄は、『在ってよし、無くともよし、もうそんな事よりも』楽しくおいしく食事をする事に夢中になっています。仕事も忙しくなってなって、そう云った事に構っている事の方がもったいない感じになっています。

毎日毎日有り難いという忙しさで満たされています。となります。

good
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この回答へのお礼

書き込みありがとうございます。

完治されたのですね!良かったですね。
頂いた内容は、「そうそう!」と共感できるものばかりでとても嬉しかったです。

>無意識で(意識していない時)、出来ていた事が』意識する事によって出来難くなる

 まさにその通りなんです。意識しなければどうもならないのですが・・・
 (ちなみに男女とも症状が出ます)


>もっと(意識的に)ブルブルっと手と頭を振るわせてやろうとする方法

 できるかな~。できるかな~。余計に見られるような気がして怖いです。
 でも似たような差し支えのない動きにしてやってみます!


そうですね、結構余計な事を考えてしまいがちなので
早く満たされる毎日になりたいです!

本当にありがとうございました(^-^)


 

もちろん個人差あるとは思いますがパニック障害って平均的にどれくらいで治りますか?

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月15日(月)20時41分56秒
  もちろん個人差あるとは思いますがパニック障害って平均的にどれくらいで治りますか?


>>>管理人


本人次第です、本人が絶対一生かかっても治そうとするなら、一生治らない事が保証されます。その逆に治らなくても良いやとするなら『たちどころに治っています。』

その理由を書きます。

パニック障害が神経症だからです、神経症とは『意識した事が思い通りにならなくて発症しているものだからです。』従ってパニック障害を治そうとするなら、神経症を学ぶ事が大事です。

神経症は『意識する事によって、望んでいる事が遠のいて行く』これが現実です。吃音の人ならうまく話しをしようと意識したとたんに口ごもってしまうといった症状が出ます。意識しない状態なら『吃音になる前と同じで』普通に話が出来ます。

また書痙という症状が在りますが『うまく字を書こう』と意識をした途端に字が書けなくなります。意識しないで書くならかけるのですが、その事が分からないでいます。

神経症を治したいと思うなら『症状の改善を諦める事が近道になります。』変な言い方ですが本当です。

もし吃音を治したいと望むなら、『吃音で話をする練習をすれば』たちどころに治っています。書痙を治したいと思う時も一緒です。書痙で字を書く練習をするなら手の震えは止まっています。

是と同じでパニック障害を治したいと望むなら、パニックになるように望む事です、それだけでもうパニックになる事は無くなります、もしパニックに襲われるようなら『貴方の望みが弱いからです。』

貴方のパニック障害が治った姿を書いて終わりにします。

貴方にはもうパニック障害の症状は出なくなっています、もしも出たとしても貴方は、気にならなくなっています。何故ならば『パニックの症状が出るとか、出ないとかには関心が無くなっているからです。

パニック障害が治らないと思って苦しんでいる今の貴方は、症状が出るとか出ないとかに一喜一憂していて、是だけに関心を示して、他の事をほっぽり出しているだけだからです。

貴方のパニック障害が完治した姿とは、『パニックの症状が出ても良し、出なくとも良し』になっています。この意味は症状と思っていた事柄は『誰にでもある事』だったことを了解しているからです。

嫌う余り『心から追い出しを図ろうとして、返って絶えず頭の中にパニックの症状を作り出しています。』そう言った症状を受け容れたために、同じような症状らしきものが、症状ではないものに変化しています。これが症状の消滅です。

従ってパニック障害だった事も、治った事も大して大事な事ではなくなっていますので、なった事も治った事もすっかり忘れ果てています。この段階まで来た時を『神経症の本治り』と呼んでいます。

従って治らなくとも良いや、と今思う事が出来るなら『今もう治っています。』治す必要が無くなった、と思った時が治る時です。
 

パニック障害できく治療法を教えてください

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月15日(月)19時43分46秒
  パニック障害できく治療法を教えてください



>>>管理人



パニック障害は神経症に含まれている様です。神経症になるメカニズムと治るメカニズムを書きますので参考にして下さい。

また神経症の症状は其々似ても似つかないように見えていますが、その実、原因とか発症するきっかけとか、治るきっかけなども同じですので、自分の症状だけではなくて、神経症のメカニズムにも興味を持つ様にすると治りが早くなると思います。

神経症が発症するメカニズムは『意識の停滞』が原因です。心が流れなくなるという意味です。メンタル面が弱いという意味に通じています。

治る治療法という事ですので、この線から書いてみたいと思います。
神経症を治すという意味は、意識した事によって出来なくなったり、或は不安になったり、不安が高じて恐怖症になったり、恐怖感のとりこになったりする事から離れるという事だと思います。

こういった症状から離れるという意味は、いつまでも心の中にそういった症状から離れたいという願望を抱き続けていなくなる事を意味します。

不安にならないように強く望む事が『逆に不安を呼び寄せて、不安以外が眼中になくなる状態を』作り出していると思います。こういう場合の対処方法に『逆説志向』というやり方があります。

意識する事によって、望んでいる事が手に入らなくなる状態が神経症です。貴方が安心を求める事によって不安感とか恐怖感とかに包まれています。貴方の望んでいる反対を望む事によって、今まで手に出来なかった安心感を取り戻す方法です。

この方法が『逆説志向』です。貴方が不安を嫌って安心したいと望む時には『もっと不安よ来い、或はもっと大きな恐怖感よ来い』と望む事です。貴方が望む事によって手に出来ない安心感を、不安感に包まれようとした場合には逆になるといった方法です。

貴方が不安感に押しつぶされないためには『もっと大きな不安感』を呼び寄せようとする方法です。

いつかこの方法に依らなくとも貴方が不安をものともしなくなる日が来たら、その時には貴方は『不安感とか恐怖感とか』を受け容れた事によって『不安感とか恐怖感』が意識に上がる事が無くなった事を意味します。

その時が来たら貴方は『パニック障害になった事も治った事もすっかり忘れ果てています。』

貴方が受け入れを拒否したために、貴方は不安感のとりこになっているからです。受け容れてしまうならもう意識には上がる事は無くなります。此処まで来た時に貴方は、『パニック障害が完治した』と表現出来ます、何故なら『パニック障害の症状が出たとしても出なかったとしても、もうそんな事なんかどっちだっても良くなっているからです

パニック障害の症状の有り無しよりももっと他の事に興味とか、関心が移っているからです。
 

精神病を根絶することは不可能ですか?

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月14日(日)20時05分51秒
  カウンセラーや精神科医でも治療しきれない精神疾患を治すのはやはり自分自身ですか?

そして博愛主義ですべての人を愛そうとする人はやはり病みやすいと思いますか?

所詮資本主義の日本ではやはり精神病の人間は搾取される運命にあるのですか?

自己啓発、スピリチュアル、様々な類のものはすべて怠惰な弱者から金を巻き上げるためにあるもの?

もしそれがイエスなら、精神病を根絶することは不可能ですか?


>>>管理人


精神疾患の分類とかその分類に則っての原因が今の精神医学では特定出来ていないといった現実があると思います。『心の苦しさ』と言ったテーマでさえもはっきりと特定出来ている医師或は専門家もいないように見受けられます。


現代医学が何故?原因が特定出来ないのかは分かりませんが、私が昔ノイローゼ(神経症)になって、治った経験からそういった精神疾患に付いての考察を書いてみたいと思います。

精神疾患の原因は、人間の脳の構造にあると思います。その脳の構造とは脳内に『人格を二つ有しているからです。』この原因によって脳内(心の中)で二つの心の間に争いが始まっているからと考察出来ます。

脳内の二つの人格の機能(働き)を書いてみたいと思います。一つは『自我意識』ですがこの”意識=心”は余り説明する必要はないと思いますが、精神疾患になって病む事があるのはこの『心』ですのでそう言った観点から少し説明したいと思います。

自意識という心は、生まれた時には存在していないかも知れません、この心は成長するにつれて学びながら大人になってゆくと考えられます。人生の観察者としては全てが初めての経験として学んでゆく者としての機能だと思います。

他方もう一つの人格としての心は、生まれる前から働き始めている機能です。命として授かった瞬間から全てを知り尽くして働き始めている心(機能)の事です。細胞分裂の仕方とか順番までも全て知り尽くして働いている者です。心臓の働きも消化器関連もホルモン関連も全ての働きを知り尽くして働く者(機能=心)と言っても良い存在と思います。髪の毛でさえも赤くも白くも黒くも出来る者です。

自意識=心が病む事を精神疾患と呼ぶのだと思いますが、脳の成長が関係していると思います。一般的に多い現象は、思春期頃が説明し易いと思います。人間として悩みが始まる頃だと思います。他人と自分を比較する事に始まって、恋愛感情とか恥ずかしいといった感情が沸き上がるようになって来ます。

聖書の中で『イチジクの葉で自分の身体を隠す、、、」と言った現象になって来ます。神に疑いを持つようになるはイコールで、脳内の自身の命の働きに疑いを持つは繋がっています。

思春期頃に脳の機能分化は完成に近づきます。これが精神疾患が増えるきっかけとなります、何故なら『心が二つに分かれる事を意味するからです。』見ている自分と、みられている自分という風にです。この二人に分かれた自分の心が相争うようになる事を精神疾患と呼んでいるのだと思います。

自意識と違う方の心は『無意識の世界に深く潜ってしまって姿を現す事が無くなりますが』誰でも気づく形で姿を現す事があります。火事場のクソ力を出す時や、危険が迫って急ブレーキを踏む場合などです。或は目にゴミが入りそうになる時などです。

自身を常に見守っていて、危険が迫った時などでは『自意識に任せる事などしないで、無意識の自分が急遽出て来て解決してくれています。』慣れた作業をする場合も同じです、ハンドルを握って悪路を走った場合とか、自転車の運転をする場合では『自意識は出ることなく、無意識の自分に心と体を預けています。』無意識による自動運転と言った状態です。これだから疲れる事なく長時間労働が可能となっています。

精神疾患と言った形態にも様々な状態、症状が在ります。

この前に無意識の底に隠れた自分の心『無意識の意識=自身の生命の働きと言った機能』についてもう少し説明します。この機能は『生命維持機能』ですが、人間の生命維持機能は複雑を極めていると思います。

生体としての生命維持機能(ホルモンや消化、循環器系等=主に生命維持に関する生体反応)この者との仲違い(疑う事)を自律神経失調症とか、過敏性腸症候群とか、現代医学では治す事が難しい病名が付いていながら検査では異常なしが出ている病名という事を意味しています。

行動様式とか、行動自体とか、行動に伴う疾患を神経症と呼んでいると思います。この原因は『無意識の自分と仲違いになっていて、無意識の行動に入る事が出来なくなった状態を意味しています。』吃音とか、書痙とか強迫行為とか、不眠症なども含まれると思います。

意識と無意識は交代制になっている事で、正常な生活が保たれていますが、自意識過剰と言った状態になっていますので、無意識からの交代要請が働いています。この交替要請が『何処から押し寄せているか、分らない得体の知れない漠然とした不安=医学が発達していない時代では、罪悪感=罪の意識=仏教では業』という事になると思います。

もう一つの精神疾患ですが、鬱とか躁鬱とか躁とか、統合失調症という事になると思いますが、

原因は二つの心の内部抗争とか出番争いとかが原因だと思います。「心の争いとか、矛盾とか、分裂」を悩む事が精神疾患の原因という意味です。

精神疾患の苦しさとは、一概に言うなら『生き難さ、生き難い想い』が主流を占めていると思いますが、是こそが精神疾患の心が苦しい原因です。

何処から押し寄せているのか分からない、漠然とした不安感とは、無意識の自分からの『交代要請とか、魂の救い』を表しています。無意識の自分とは、生まれる事も無くて死ぬ事もない永遠の命を持っている存在として『自意識に働きかけています。』

西田哲学の中では、主客未分の状態における直接的な経験、或は「絶対矛盾の自己同一」と言った言葉で言い表しています。

禅では生死の問題が解決すると表現しています。

精神疾患の根底に存在する疑問や不安は死に対する不安に他なりません。この不安が根底からひっくり返って『自身が永遠そのものの命だった事』を実感する体験となっています。
 

義務感を押し付ける教育

 投稿者:  投稿日:2018年 1月14日(日)18時27分29秒
  これは、人が愛される為には条件がある、という条件付きの愛を教えているに過ぎない。
現に、キチガイとは口を聞く価値さえない、などというのは、世の中には愛される価値がない人間がいると言っている事と同じであり、こういった対応してくるような人の話は聞けるはずがない、というのが、ある意味では人間としては正常な反応である。
だから、人をキチガイ扱いする人の周りからは、最終的には人が消えていく事になる。
 

タバコを1本吸わないと便が出ません。健康のためにも吸いたくはないです。いろいろ試しましたがなかなか‥

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月14日(日)18時10分20秒
  タバコを1本吸わないと便が出ません。健康のためにも吸いたくはないです。いろいろ試しましたがなかなか‥


>>>管理人


赤ちゃん用の粉ミルクを飲んでみてはいかがですか、コップ一杯ですぐに下痢が始まると思います。又粉ミルク健康法というものも学んでみると面白いかも知れません。今の医学での癌は死の病となっているようですが、加藤清氏の療法では、現代医学が見放したがん患者でさえも救っているようです。

粉ミルク療法の詳細をありがとうございます。そのとおりでしたが、1点だけ補佐させていただきます。

1988年1月13日午前9時、大阪府警が6か所の健康再生館に家宅捜査に入りました。

抵抗した加藤清氏は検挙。

その後、何人ものひとが参考人で呼ばれました。

旭川の氷点作家三浦綾子さんが「治療はほんものです、この灯を消してはなりません。」と全国へ呼びかけため、大阪府警は困惑。
加藤氏は略式基礎で罰金刑となり、上告を断念した結果で終わりました。
ちなみに三浦綾子さんは62歳に直腸癌であと半年の命と宣告されたものが、加藤氏の治療で73歳まで作家活動をされました

世の中には、役立つ健康法であっても、医師会の酷い圧力等によって、裁判所までもが手を握って、治らないがん治療を守って行こう(自分の保身)と言った行動が勝ってしまう現実があるようです。


実践された方は大絶賛で、誰もクレームをつけていないのに。。。
 

神経症は脅しでは治らない

 投稿者:  投稿日:2018年 1月14日(日)16時12分52秒
  こうでなければ一生神経症だと言われたところで神経症は治らない。
脅しに屈する事が出来ないのが神経症だからだ。
見返りのご褒美につられないのが本来の神経症だ。
だからご褒美で釣る事が出来ない。
脅しは一方的なものであり、本人が納得出来る状況ではない限り、脅しで効果を出す事は不可能だ。

神経症者は自身をおかしいとわかっている。
けれども、他人からキチガイに見られない為に生きているわけではない。
神経症者が欲しいのは、他人からの承認ではなく自分自身からの承認である。
自信とは本来はそういうものだ。
だから他人からキチガイと言われたところで何の意味もない。

神経症者とは、自身の中にある義務感に対して違和感を持った者である、とも言える。
義務感を義務感のままに生きる事に違和感を感じる為に動けなくなる。
色んな場合があるが、人が大人になってから勉強をし始める場合、子供の頃とは違い、勉強に義務感もなくなり、ただ単にやりたい事を自由に出来る環境である為、勉強する事が苦にならないという状況になる。
人は、本来、自身の中の義務感から解放されれば、自ら進んでやるようになる。

神経症が完治したものは、治る前の自分を何とバカらしいと言うが、神経症が治ったのは、治る時期だったから治ったのであり、今わかる事は今だからわかる事である。
だから人生に無駄はない。
 

義務感を意識づけすると人はなかなか出来ない

 投稿者:  投稿日:2018年 1月13日(土)12時14分21秒
  親が子供に、勉強をやれと言うほど子供は勉強が嫌いになる。
本来、人は、義務感で生きるものではないからだ。
神経症者に雑用をやらせるのは、親が子供に勉強を自ら進んでやる方向に持っていく難しさと同じだ。
子育ての難しさと同じだ。
だから、愛を持って接する必要がある。
最終的に、人は愛によって動かされるものだ。
 

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