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(無題)

 投稿者:とらわれからの解脱 愛読者  投稿日:2017年 7月15日(土)15時43分51秒
  間髪入れぬ動き  投稿者:斎藤  投稿日:2017年 7月15日(土)12時59分41秒
  >「間髪入れぬ動き。 の反対が『青い顔をしてじっと天井を見ている生活』ではないのでしょうか?」
>が異常なのだな。停止しているか、むやみに動くかでその中間がない。
>全て意識に従って動こうとするから、そうなる。

全て無意識に従って動こうとするのも同じことよね。

>健康な人は何かを処理していても、意識は何か別の事を考えている。

心はほったらかし~(笑)

>これだから健康世界は楽で、たのしいのです。

楽もありゃ苦もあるさ~(笑)
またまた、妄想のはじまり~(笑)

>誰が間髪入れず動いているだろうか。いるとしたら発狂している人だ。

もし、神経症者が発狂してるとしたら、発狂してると言う意味がない~言ってもわかんない~(笑)
病気扱いするんだったら病気の人に普通の医者は狂いだといわないのね。

>それを鈴木が指導して、沢山の人を神経症のままにした。

そういうのならさデータくださいな。
データ出なければ、妄想~(笑)

>健康世界とは常に動いている世界なのです。知りたかったら貴方の周りの人を見れば良い。誰が停止してじっと考えているだろうか。

みんな、動いてるよ~みんな息してるよ~(笑)

じっと考える場合はじっと考える~ケースバイケースというのを知らないのね(笑)

>そんなのがそばにいたら気持ちが悪いでしょう。

無為療法さんの脳の中にはそうだってことでしょ。ほかのみんなは聞いてみなきゃ分からないでしょ、それを押し並べて全部そうだそうに違いないと決めつけるのを妄想っていうのね(笑)

>子供だったら、学校から帰るなり、カバンを放り投げて公園に走っていく。これが健康な子供なのです。

無為療法さんの脳の中にはそうだって思い込んでることでしょ。子供のことは子供に聞いてみなきゃ分からないでしょ、行きたくない子もいるだろうし、家でゲームする子もいるだろうし、現実はさ。

またまた自分本位の思い込み決めつけ癖中心ね(笑)現実に足をおろしてね(笑)みんなの見本になるようにさ。無為療法さんガンバ(笑)




 

(無題)

 投稿者:とらわれからの解脱 愛読者  投稿日:2017年 7月15日(土)15時40分6秒
  間髪入れぬ動き。  投稿者:斎藤  投稿日:2017年 7月14日(金)19時38分50秒
>鈴木を経験した神経症者はこの言葉を頻繁に言う。一般社会で間髪入れずに動くであろうか。
そんなことをしたら危なくてしようがない。もちろん一瞬で判断して動く時がたまにはある。
道路で危険な目に合うときがそうだ。しかしそれは自然に出た間髪入れぬ動きであって、神経症を
治すための動きではない。皆さんも経験していると思うが、一瞬の動きをする時は、脳から無意識の命令が下っている。その命令は動物全体が共有しているもので、訓練するものではない。

それならじゃいいんじゃん。

>鈴木に習った間髪入れぬ動きを会社で実践したらどうなるか。人は貴方を見ているのです。
おかしな動きをすれば、人は貴方がおかしいのではと疑い始める。

人は貴方を見ているかどうかわからないでしょ。はい、妄想のはじまり~。人は貴方がおかしいのではと疑い始めるかどうかわからないでしょ。はい、妄想のはじまり~。現実にいきてね~(笑)

>そう思った瞬間、
もう間髪入れぬ動きなんか、恥ずかしくでできないはずだ。自分でも不自然と思っている
のを、会社で敢えてやるなんてそんな度胸は普通ない。

恥ずかしくでできないなんて暇ないの忙しい時はさ。

>だから鈴木の卒業生は皆その後行方不明になっている。入院中に出来たと思ったこと
が退院したらできない。不自然な動きだから、何時か忘れ去られる。残ったのは神経症と言う
相変わらずの狂いだ。

卒業生したから行方不明でしょ。無為療法さんみたいに神経症ネタでしかコミュニケーションとるのもありだけどさ、皆生活に追われローンに追われ、そんな暇ないんじゃないの。

病気扱いするんだったら病気の人に普通の医者は狂いだといわないのね。

 

(無題)

 投稿者:とらわれからの解脱 愛読者  投稿日:2017年 7月15日(土)14時46分24秒
  無為療法批判 7.15
入院体験者で~す。無為療法ホームページで自身なくしちゃったそこのあなた限定、神経症の人を励ましたいから書いたよ。無為療法ホームページで怪しい先入観念持たないでね~。少ない夏休みなんとかいこう~。みんなぁ~よろしくね。

(無為療法ホームページから)
>[神経症世界と健康世界の比較]

>ムードスウィング 心のほったらかしって書いてあるよ
>治ったの錯覚 心のお手本なしって書いてあるよ
>治癒像    心のお手本なしって書いてあるよ。セルフイメージの幻想ともあるよ。
>鬱       またまた決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない
>強迫観念    またまた決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない
>フラッシュバック 神経症じゃないよね。
>神経症の自覚 そうじゃなくおかしいとわかるから苦悩するんでしょ。精神病と混同ね。
>体感愁訴    またまた決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない
>不安       心のほったらかしって書いてあるよ
>改善期待度    心のほったらかしって書いてあるよ
>時間の移ろい またまた決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない
>疲労度    またまた決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない
>希望       またまた決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない
>心の向う方向1 心のお手本なしって書いてあるよ
>心の向う方向2 心のお手本なしって書いてあるよ
>悲観度    心のほったらかしって書いてあるよ
>治す模索    心のほったらかしって書いてあるよ
>自分に対する命令 心のほったらかしって書いてあるよ
>自分との対話 心のほったらかしって書いてあるよ
>迷い またまた決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。迷う場合は迷うっしょ。
>準備 またまた決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。
>予期恐怖 心のお手本なしって書いてあるよ。こわい場合はこわいでしょ。それで何か。
>思考の混乱 心のお手本なしって書いてあるよ。混乱の場合は混乱よね。それで何か。
>動き1 またまた決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。
>動き2 またまた決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。時と場合によるよね。
>決断 またまた決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。時と場合によるよね。
>挑戦 またまた決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。時と場合によるよね。
>人間関係 またまた決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。時と場合によるよね。
>友人 またまた決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。時と場合によるよね。
>仕事の円滑度 また決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。時と場合によるね。
>意識の集中 心のお手本なしって書いてあるよ。
>工夫、気配り また決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。時と場合によるね。
>心の操縦 心のほったらかしって書いてあるよ
>文字 また決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。時と場合によるね。。
>せわしなさ また決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。時と場合によるね。
>日曜 また決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。時と場合によるね。
>連休 また決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。時と場合によるね。
>親 また決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。時と場合によるね。
>やるべき順序  また決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。時と場合によるね。
>怠け心 心のほったらかしって書いてあるよ
>向上心 心のほったらかしって書いてあるよ
>自意識 心のほったらかしって書いてあるよ
>各種療法 また決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。場合によるね。
>あるがまま 幻想と悟るだからどうなの?それから先よね。ポイントはさ。
>計らうな 心のほったらかしって書いてあるよ
>薬 また決めつけ妄想のはじまりね。みんなもそうとは限らない。
>満足度 心のお手本なしって書いてあるよ。

いかに、無為療法ホームページが断定と決めつけで観念的で現実離れした妄想で凝り固まってるかみんなぁわかったぁ~(笑)みんなぁ、やりたいことやろう~!



 

無為療法の斎藤氏

 投稿者:ホンダ  投稿日:2017年 7月15日(土)11時50分57秒
  ↓は無為療法の斎藤氏のことでしょ。

「争うし、攻撃的だし、批判的だし
つまり神経症の脳が興奮しているのが分かる。
健康な人は穏やかだ。神経症の人の怒りはすごい。
健康な人間は他人に絡む暇はない。忙しいのだ。
頭の狂いは爆発的怒りを生じさせる」
 

無為療法批判 7.14

 投稿者:とらわれからの解脱 愛読者  投稿日:2017年 7月14日(金)17時54分5秒
  無為療法批判 7.14
入院体験者で~す。無為療法ホームページで神経症の人を励ましたいから書いたよ。無為療法ホームページで怪しい先入観念持たないでね~。みんなぁ~よろしくね。

(無為療法ホームページから)
>[真の神経症治癒とは] (後半)
>これに対して間違った治癒とは

> 症状が消滅したと喜ぶ
>   症状の消滅が達成されるとは神経症妄想の成功であるから神経症は続く。
→それならさ、神経症が治った状態妄想・健康世界妄想もおやめになったら。

>   症状があっても動けるようになったと報告する
>   症状を意識した状態で動くとは意識の分裂を意味している。動けるではなく強引に動いているのであり、間もなく鬱状態に沈む。
→動いた時には、分裂どころでなく分裂してるかどうかナンチャラねそんな暇ないっしょ。運転なら運転に集中してるんでしょ。症状のまま運転、症状のまま仕事で全治ですと日記で言われたよ。

>    走り回って雑用をする
>    一般社会で奇異に感じる活動は病気の延長である。真に健康を回復すると動きは自然であり、必要以上には動かない。動く時も緩やかで落ち着いている。

動く時も緩やかで落ち着いているってさ、(笑)そういう時もあるし、そうでないときもあるでしょ。そういう感じでさ、なんかこうであるのが正しい的に観念的になんかこうだこうあるのだと決めるから、おかしくなるんのじゃないの。

>    ある人を師として崇める
>   師は自分の脳である。その場における最も適切な判断を下すのは己の脳であるから、自分以外に師を求め、その助言により治ったと言う場合は神経症である。

助言により治ったら、治ったでいいんじゃない。

>    ある療法により治ったと認識する事
>    神経症は一生をかけて療法を求める病気であるから、療法をしている内は治っていない。

神経症は一生をかけて療法を求める病気だなんて、治ってないショウコでしょ。そんな変な説で皆さんを惑わさないでください。無為療法ホームページが社会にかける迷惑は甚大であることのひとつだよ。

>神経症なんか忘れてしまったと言う場合
>    神経症を忘れてしまったと強弁しているのであり、背後には強迫観念が迫っている。神経症は忘れる事では治らない。
   →
治ったから忘れたんでしょ。神経症なんか忘れてるかどうかナンチャラねそんな暇ないっしょ仕事で忙しければさ。

>仕事、勉強、その他を必死にやっていたら神経症が治ったと報告する場合
>    必死に何かをしていると短時間だけ神経症を忘れる事がある。しかし神経症が戻るのは時間の問題である。
  →
神経症が戻るかどうかは人による。ケースバイケース。無為療法さんの神経症妄想でしょまたしても。(笑)


>社会の模範行為をする、他者に尽す
    己を忘れて他の人に尽せば神経症が治るであろうと誰でも考えそうだ。神経症はモラルの問題でもなければ我がままの問題でもない。

確かにモラルの問題でもなければ我がままの問題でもないさ。でもさ、動けるからいいんじゃないの。

>恐怖の中に突入していっぺんに解決した
>    恐怖の中に突入して一挙に神経症を解決したいと神経症になると誰でも考える。しかし皆失敗している。神経症を解決するには、時間をかけた脳内の配線の組み換えが必要になる。

神経症を解決するには、時間をかけた脳内の配線の組み換えが必要になるということと逆のこと、つまり、一瞬で治るっていってなかったけ?
無為療法さんは、過去自分がいってたこと何の断りなしに逆のこといいだす癖あるよね。

>治るか治らないかは二者択一
>神経症の治りは体の病気の回復と同じと考え勝ちであるが、そうではない。神経症とは脳の狂いであり、脳は電気回路で動くコンピューターであるから、治るか治ってないかの二者択一で、脳のスイッチがどちらを決定するかで決まる。

神経症とは脳の狂いではないでしょ。本に書いてある、よく読みなよ。脳の狂いだったら、外科的手術で治るはず、そんな話聞かないよ。


>負の遺産
神経症は生物学的理由があって起きている為に、完全治癒は存在しない。だから無為療法の治癒の状態にあっても、今後も注意して生きていかないとならない。そのため次の行為を禁止する。
    異性恐怖の人間が敢えてそれにチャレンジする行為
    書痙の人が敢えて人前で文字を書く行為
    パニック障害の人が敢えてパニックを起こす状況に飛び込む行為
    強迫行為の人が強迫行為を起こす状況を作ってどれほど治っているか試す行為
    激しい恐怖を起こす状況に自ら飛び込む行為

ほんとにビビットくればするし、そういうシツエーション場面だったらするだろうしね。
後の2つはたしかにそうね。ここはそう思うわ。珍しく同意ね。確か先生がこれのようなこと講話でいってたな。ここはいいと思う。
だけどさ神経症は生物学的理由があって起きているんじゃないって本に書いてある、よく読みなよ。

>不安をもてあそんではならないのである。我々の扁桃体は健康な人のそれより不安爆発をしやすい。だから自分に自信がない状況で度胸試しをしてはならない。

不安をもてあそぶかどうかナンチャラね(笑)そんな暇ないっしょ仕事で忙しければさ。


>治癒の質を高めるには
>神経症の完全治癒が存在しないのなら、現実的な選択しかない。それは車の安全運転に似ている。人生の安全運転に心がければ殆ど神経症を再発させる事なく、人生をまっとうできる。もし現状を不満と考えて、神経症を根こそぎに除去しようとすると、その瞬間から貴方の人生は神経症で崩壊してしまう。

治癒の質なんてないでしょ。神経症の完全治癒が存在しないのならってさ、またどうしてこういううふうに決め付けるかなあ。同期で入院した人がみんな治ってるって現実が無為療法さんにはないからって、そういう決めつけ妄想いい加減気づいたらどうよ。(笑)


いかに、無為療法ホームページが断定と決めつけで観念的で現実離れした妄想で凝り固まってるかみんなぁわかったぁ~(笑)信じるか信じないかはあなた次第で~す(笑)

 

神経症者の本質

 投稿者:斎藤  投稿日:2017年 7月14日(金)14時33分51秒
  私の掲示板に次のように書き込まれて神経症者の本質を
突いていると思う。

「争うし、攻撃的だし、批判的だしつまり神経症の脳が興奮しているのが
分かる。健康な人は穏やかだ。神経症の人の怒りはすごい。
健康な人間は他人に絡む暇はない。忙しいのだ。
頭の狂いは爆発的怒りを生じさせる」

神経症者の怒りの爆発は尋常でない。神経症が治った者、
健康な人はクダラナイことで怒らないのです。
やる事がいくらでもあるではないか。
こんな所で争っている暇はない。
 

無為療法批判 7.14

 投稿者:とらわれからの解脱 愛読者  投稿日:2017年 7月14日(金)03時03分7秒
  無為療法批判 7.14
入院体験者です。無為療法ホームページで神経症の人が自信なくしてほしくないから書いたよ。よろしくね。

(無為療法ホームページから)
>[真の神経症治癒とは]

> 無意識が生活を支えている。
>特に考えることなく、生活の細々とした雑用を的確に処理出来る。
>(神経症者では考えに考えて、しかも何も出来ない)

無意識もいいけど、そればかりじゃ駄目でしょ。
無意識だけだったら、車の運転もできやしない。ぜ~んぶ無意識に任せて運転できんの?
仕事上でも無意識にミスするという経験ないのかね。入院日記には、四方八方気を配っていきなさいと赤インクで良く書かれたもの。
普通に経験上わかることを観念でこうに違いないと断定するからさこんなに頑固な感じ柔軟心欠いた感じになるのさ。
神経症治るっていうのはさ心をこういうのが良いのだと決めることからお別れするってことでしょ。無為療法さんは頑固に決めてますよって。無為療法さんさそれじゃ駄目でしょ。

神経症者は考えすぎて出来ないこともあるよね。それはそれでいいじゃん。いちいち責めないでいこうよ。特に考えることなくってていうけどさ、考えなければならない時には良く考えるって、入院日記で教えられたよ。第一ね療法とか関係なく普通にわかることとしてもおかしいでしょ。

> 思考がストレートである
>神経症特有のぐるぐる回り思考が解消されている。強迫観念を相手に一日中同じことを考えている)

神経症者はぐるぐる回り思考のこともあるよね。それは普通の人もそうだし。神経症治癒とは関係ないみたい。それならさそれでいいじゃん。これもさいちいち責めないでいこうよ。

>フラッシュバックの頻度と強さが大幅に改善されている
>フラッシュバックを地震に例えますと、無感地震は毎日起きている。震度2以下の弱い地震は3日に一度位。震度4から5の強い揺れは3ヶ月に1度。6強の家が倒壊するほどの地震は殆どない。

入院体験も、講話でも、本でも、この言葉「フラッシュバック」を聞いた事ないんだけど、無為療法さんってホントニ神経症なのかしら、他の精神疾患の中の神経症的状態だったんじゃないのかしら、、神経症の皆さんはそんなことがあるという前提観念を持たない方がいいと思うの。

>雑用がどんどんできる
>特に日曜に家の中の雑用ができる。健康な人以上にできるであろう。やった後にはすがすがしさが残り、次の用にと活発に動く。彼等は雑用が全く出来ないで、家の中でごろごろしている。そんな人間に努力とか仕事とか勉強だとか言う資格があるであろうか)

この言葉「雑用」ってなに?「雑用」でない用って、本命の用になるの?
どんどんできるっていうのは、そう思う。
けど、できないときもあるでいいんじゃない。

> 鬱状態の消滅
>たまに襲う震度5程度のフラッシュバック直後では短時間鬱状態になるが、日常では鬱状態は殆ど死語になっている。    (多くの神経症者は慢性の鬱状態になっていて、健康な世界がどんなものかが分からなくなっている)

神経症は必ずしも鬱であるとは限らないでしょ。こういう前提持たない方がいいよ。

>症状の消滅
>症状は殆ど消滅している。しかしそれに喜びを感じない。(あ、症状が消えたと空ろな顔をした人が叫ぶ。空しい狂いの世界だ)

症状は消えたかどうか云々気にしいは、まだまだ、どっぷり足が浸かってるショーコ。
空ろな顔をした人が叫ぶ。空しい狂いの世界ってさ、これ無為療法さんの想像のお話でしょ。ちょっと、妄想しすぎのしかもそれを本当かのように思い込みしすぎ。
かなり痛いよ。
神経症者は狂ってなんかいないよ。みんなガンバ!

>療法が存在しない
>この療法があったからここ迄到達したの認識はない。あるとすれば、一切の療法を放棄しているだけである。 (森田療法によりこれだけ動けるようになったと言う。動けるようになったではなく、更に心が分裂して、ますます家から出られなくなっている)

治ったら忙しくてそんなこと考える暇ないでしょ。

>日常生活が健康な人と同じである
>会社、学校、友人関係、家庭内の活動において、殆ど健康な人と変わらない。(私はこれだけ社会で活動していると自慢げに言う人がいる。真の健康状態とは必ずしも人と交わることではなく、一人で自分の部屋にいる時に無意識が活発に作動して、次から次と何かを処理している状態である。しかし今までこれを表現をした人はいない)

自慢げに言う人が許せないのね、トッフルとか目の敵よね。必ずしも人と交わることではなくなんてさ、これ無為療法さんの言い訳でしょ。
治ったら忙しくてそんなこと考える暇ないでしょ。

>頭の回転が速い
>神経症になる以前の自分に回帰している。仕事の処理も速いし、勉強もどんどん進む。(神経症の解決とは所得の増加と同じ意味がある)
>間違いが減り記憶力が改善する
>神経症者の仕事は間違いが多い。強迫観念が邪魔しないから間違いが大幅に減少する。(精神エネルギーの95%を神経症治癒に費やす人が正確な仕事が出来るわけがない)
>決断が早く正確である
日常迷う事は殆ど無くなる。決断が正確であるからビジネスで成功しやすい。(健康世界では決断したの意識がない。神経症では決断しようとするが強迫観念が邪魔して出来ない)
>友人が増える
普通の人間関係を回復する。人間関係は不即不離の中庸を行く。
(友人の数が問題なのではない。活動が増えて人に信頼されるようになると自然と人が近寄ってくる)
>行動半径が広がる
    同時に沢山の仕事が処理できるようになるから交友関係、行動半径が大幅に広くなる。

ぜ~んぶ、人によるでしょ。ケースバイケースでしょ。
神経症の治癒と関係あるなら、ちゃんとしたデータだしなさいよ。妄想ばかりしないでさ。

>社会に迷惑をかけない
>家庭の悲劇が解消される。職場の一員として溶け込む。仕事、勉強、日常活動で社会をリードする。(神経症者が社会にかける迷惑は甚大である)

これはさこの無為療法ホームページが社会にかける迷惑は甚大であることですよ。



 

無為療法批判

 投稿者:とらわれからの解脱愛読者  投稿日:2017年 7月12日(水)23時26分31秒
  無為療法批判(入院体験に基づく批判)

神経症が治った状態(無為療法ホームページ)

1 心が自由になる
心が一個所に停滞する事無く自然に自分の外に向かっていて、自分が今何を考えているかの意識がない。

→心が自由になるとは、外にも内にも向かう。意識がないとかなんとか断定できないことだ。

2 時間の経過が早い
一日が終わるのがとても早く感じられるし、疲れを感じなくなる。

→そんなに、断定できないのだ。速く感じないこともあるし、疲れを感じることもある。

3 関連の書類を読まなくなる。心理学の本や哲学書、森田療法の本は興味が無くなる。敢えて言えば自分が一冊書きたくなる。

→そんなことは人によるでしょ。

4 やる気が起きる人生が楽しくなり、やる気が起きる。

→やる気とは関係ないと本に書いてあるのだ。
確かめたら、本当だった。
やる気が起きるかどうかナンチャラ言う心に関わらず最も急がれる事やりなさいと本に書いてあるのだ。
本のいうとおり本当だった。

5 症状が消える
症状は消えているが、消えた状態を忘れている。

→消えると書くのは症状は存在するという前提があるに等しいでしょ。
症状は消えたかどうか云々気にしいは、まだまだ、どっぷり足が浸かってるショーコ。

6 心が平らになる
神経症時の様な激しい落ち込みや、ふっと気持ちが高揚して治ったのではないかの不自然な喜びはない。

→落ち込みのまま気持ちの高揚のままと本にあるよ。
平らになるなんて断定でききれないのでしょ。
言いきれてしまうのは、観念的なショーコでしょ。

7 判断が正確になる。強迫観念の攻撃が消滅するから判断が正確になり、仕事、勉強、生活の質の向上はめざましい。

→そんなのも、人によるし、ケースバイケースでしょ。

8 注意、気配り、工夫がよみがえる。脳が健康になるから、生命本来の注意深さが戻る。

→脳は健康なのよ。神経症は。
精神病と神経症の違いを良くこの本を読んで勉強してほしいのね。

9 鬱が消える。決断不可能、自信喪失が消えて体が軽くなる。

→神経症は必ずしも鬱であるとは限らないでしょ。

→「治った状態」はこれであると断定できないのだ。
そういう決めつけがありすぎるところ、いかがなものかだ。観念的なショーコね。
道元さんの禅の講義してますが、道元さんの柔軟心とは違うのじゃないの。

なぜこれ書いたかっていうと、無為療法ホームページで
神経症の人が自信なくしてほしくないから。よろしく


 

もうすぐ。

 投稿者:自然Yukiko  投稿日:2017年 7月12日(水)22時04分20秒
  じれったくなる。
みんなわかっていること。
私はやっと気付いている。
自分の周りのこと。
でもはっきりわかることがある。
前世、今世、来世。
何億の虫から一人の人となり、恐れ渦巻く中、今世の課題をクリアーできたら。
あの時味わった、皆と共にいるしあわせ、永遠の感覚、私は今一人でいますが。
あの喜びは味わってしまいました。
管理人様の言われようとすること、わかるのです。
右脳の働きは神からの、創造の力です。
比較ではなく、天上天下唯我独尊。です。
今更、ビョーキをあげつらってどうなることですか?
環境におかれたらそうなります。
どれだけ抵抗できたか?
そこんとこの問題です。
私は、私を、愛しています。
 

「自分」「心」という迷信

 投稿者:人間  投稿日:2017年 7月12日(水)13時10分4秒
  幽霊のように科学的に存在を証明できないものを迷信といいますが、
「自分」「心」なども、その寸法、位置などを測定したり、
形を撮影したりして存在を証明できないので迷信と同類です。
存在しない「自分」「心」を作るものは何なのか?
結局「自分」「心」を作っているのは言葉と論理を操る脳機能の働きということになります。
存在しない「自分」「心」を存在するものと錯覚して、
その錯覚した「自分」「心」を変化させようと脳機能が働いても、
「自分」「心」は存在しないのですから、「自分」「心」を変化させることは不可能です。
 

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