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宇佐先生の講話

 投稿者:TM  投稿日:2017年12月 9日(土)21時08分30秒
  こんにちは。

宇佐先生の講話をご紹介します。

http://sanseikai.org/sept.html
 

抗うつ剤の副作用が怖くて薬が飲めません。何

 投稿者:管理人  投稿日:2017年12月 9日(土)20時46分15秒
  抗うつ剤の副作用が怖くて薬が飲めません。何か対処法はないでしょうか?

22歳女です。
現在不安障害と不眠症で心療内科に通っており、抗不安薬を2種類ほど服用しています。
ここ数ヶ月前

めまいや動悸などの症状がひどく、耳鼻科や内科で検査を受けたのですが特に異常はなく、結局自律神経系のものだと診断されました。
その不調が引き金になって過呼吸の発作を起こすことも、それを避けたくてつい安定剤を一日の処方量より多く服用してしまうことも多々あり困っていました。
そしてその旨を今日かかりつけの心療内科医に話したところついに(?)、ジェイゾロフトという抗うつ剤が処方されました。(処方量は1日1回0.5錠)

実は数年前に同じ病院で、同じかかりつけ医からレクサプロという抗うつ剤を処方されたことがあります。
ですが、その時0.5錠しか飲んでいないのに酷い副作用が出てしまい、その記憶が完全にトラウマになってしまいました。
副作用は下痢、異常なほどの発汗(服がびしょ濡れになるくらい)、吐き気、動悸、意識朦朧というものだったのですが、調べてみたところ『セロトニン症候群』という症状とピッタリ当てはまることが分かってしまいました……。しかも副作用の中では重度の症状に部類されるようで……。

私自身も確かにその場しのぎで安定剤に頼るのではなく、長期になってもいいから根本的な治療がしたい、と思っていました。
ですが、あの副作用で倒れた時のことを思い出すと、どうしても飲む気になれません。

今回処方されたジェイゾロフトというお薬はレクサプロとよく似ている、副作用は出づらいが同時に効果も実感しづらい、とお医者さんが仰っていました。
その言葉が逆に怖くて……よく似ているならまた同じような副作用に苦しめられるのでは?と考えてしまいます。
それに副作用が少ないはレクサプロ処方時にも言われましたし……。

この副作用への恐怖心、どうすれば良いでしょうか?
血迷ったのか処方量の0.5錠を更に半分に割って、この量から体を慣らしていくしか……なんてやってる始末です。意味があるのかは分かりません。

本当に困っております。
何か良い対処法を授けてくだされば、大変有り難いです



>>>管理人


不安障害と不眠症は共に神経症に属しているものと思います。神経症には発症するきっかけが有ったり動機が存在しています。そのきっかけとか動機が理解出来て、神経症そのものを良く理解出来るなら神経症の外に出る事も可能と思いますので、治るという事、治すという事を人(医師)任せにしないで、自分で学び取ってほしいと思います。

神経症の症状には、様々な症状が有ります、そうしてそれぞれの症状には何の関連性もありませんが、共通点があります。その共通点とその裏側に潜む原因を学ぶなら、神経症を乗り越える事が出来ますので学んで下さい。

神経症の症状に付いての共通点とは『意識した事』ですが、ともに共通している点は『嫌な事だとして受け入れを拒否している事柄です。』嫌なもの(事)として認識をする事によって、追い出しを図ろうとする事で『自分の心に深く刻み込まれてしまう』と言ったジレンマが出来上がっています。

その心に刻まれた事柄が症状になっています。心から追い出しを図ろうとする事によって反ってトラウマとして、或は脅迫観念となって、或は予期不安となって、或は意識地獄状態になって、自分の心が苦しめられるようになっています。

その苦しさから離れるために「薬を必要としています。」その薬の役効は苦しみの中和と言ったら良いと思います。心に湧き上がる感情を感じ難くする効果から成り立っています。

神経症は精神疾患ではありません、それは貴方が医師の元に行って確認済みと思います。神経症の特徴は症状を嫌って、症状を感じないように工夫を始めるところにあります。

神経症には完治が存在しますが、その完治をした感じはとても分り難くなっているようです

神経症の症状とは『誰もが感じている事柄』です、只嫌う事によって、何でもない事柄(心に感じている事)がとてつもなく異常なものと感じてしまっているだけです。ですので完治をした場合でも、同じく感じています。只言える事は症状ではないものに変化をしています。

神経症が治ってみた場合『今まで症状として感じていたもの』は同じく存在していますが、症状ではないものに変化をしています。倉田百三が治らずに治ったと表現しているものと同じ事を言っています。

同じく脳内で感じていた事柄が、嫌う事をしなくなったお陰で、トラウマともしなくて、強迫観念ともしなくて、意識地獄になる必要さえなくなって、『ただ湧き上がっては消えて行く只の感情』に変化をしています。『つまり予期不安』になる事が無くなった状態を指しています。

症状となっていた、同じ感情が、今は受け容れる事が出来るために、症状にまで大きくなる事はなくなっています。この段階まで来た時『症状は、夢幻となって』胡散霧消しています、つまり症状としては成立出来なくなった状態を指しています。

症状を思い出そうとしても、症状そのものをすっかり忘れ果てた状態になっていると言った意味合いです。その時になったなら、神経症だった事さえもすっかり忘れてている事を意味します。

そうなる為にやるべき事は二つあります、一つは症状を口にしない生活です。森田療法では「不問」と表現します。症状を口にしない生活が身に付く頃には症状が有っても無くともどっちでも良くなっている自分に気が付くと思います。

もう一つは禅を学ぶ事が良いと思います。神経症になるような人は自分自身とか人生とかにも想いを巡らせる性格で、しかも人生にも疑問を感じていると思います。生きる事自体にも不安を覚えていたり、人生そのものにも疑問を抱いていると思います。

その答えたが、禅を学ぶ中に存在しているからです。自分は何処から来て何処に行くのだろうか?といった答えが分かる時、神経症が完治していることを実感します。

何故なら自分が疑問を抱いた時には、その答えを知っている者がその疑問を抱かせていた事を知るからです。疑問を抱いた者と、疑問を抱かせた者が出会う時全ての疑問は胡散霧消していると思います。
 

狂いとはやたら言葉が多い事 投稿者:斎藤氏 に付いて

 投稿者:管理人  投稿日:2017年12月 5日(火)06時28分12秒
  『 これだけ無駄な言葉を書きつけるとは、脳の中がガラクタでいっぱいに詰まっていることを
意味する。悲しい事だね。神経症とは重大な精神病であり精神障害だ。
健康な人はこんな文章を読んでいる暇がない。少しでも給料が上がるように必死だ。  』

と言ったご指摘を貴方から受けました、有り難い事です。翻って貴方のホームページの翻訳記事を見ますと、なかなかに神経症の解決とは無関係な記事が沢山ある様な気が致しますが、当方の気のせいでしょうか?

神経症が治る道しるべになるなら、長かろうと短かろうとどっちでも良いと、私は考えていますが、貴方の記事もとても長々としていながら、神経症とは関係ないものがとても多いと感じています。

貴方の翻訳記事が神経症の解決には何の意味がないというなら、『 これだけ無駄な言葉を書きつけるとは、脳の中がガラクタでいっぱいに詰まっていることを
意味する。悲しい事だね。神経症とは重大な精神病であり精神障害だ。
健康な人はこんな文章を読んでいる暇がない。少しでも給料が上がるように必死だ。  』

といった内容は貴方が、貴方自身に向かって言っている言葉なのかも知れませんな!
 

由さんへ

 投稿者:  投稿日:2017年12月 5日(火)05時30分27秒
  今のあなたに必要なことは、ここのホームページから理解して得た内容があったとしても、いちいちそれを報告して感謝を示す必要はない。
理解した事があったなら、それを実践に変えてください。
報告をしに戻るほどに進めなくなります。
というのがまず一点。

あと下記。

>最初は質問で安心を求めて神経症の僕が個人的に悩んでる内容をつい書こうとしてしまいましたが、管理人さんのトップページにて口には出さないようにと書いておりましたので、我慢します。(とても言いたいですが)まぁ、大丈夫と言われたいという部分があるのですが、それは置いておいて話をさせて頂きます。<

大丈夫と言われたい部分があり、それを置いておくとありますが、これでは他人に対して、大丈夫と言って貰いたいと思う気持ちは消えません。
だからこう考えてみてください。
あなたは他人が言う大丈夫だと言う言葉に納得出来る自信がありますか?
他人の言葉には納得出来ない確信が、もしもあるのなら、あなたは他人を信用出来ないのだから、それを自覚し、他人に承認を求めるだけ時間を無駄にするのだ、と納得してください。
そうすれば、他人に大丈夫だと言われたい欲求は、少しづつ消えていきます。
それだけでも、治るまでの時間短縮が出来ます。
まずは自分が何を信じているのかに自覚を持ってください。
あなたは他人の言葉に納得するのは無理でしょう?
これが二点目。
 

斎藤様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2017年12月 4日(月)19時59分48秒
  貴方は神経症には完治が無いだの、精神病だのとの賜っているようですが、神経症には完治はあります。それはすべての治療を放棄した時です。

或は治す事を諦めた時と言っても良いと思います。すなわち『症状を受け容れた時の事です。』

世界中で神経症が治ったのは、只一人再投資だけと言っているのは、神経症ではなくて天皇の息子といった主張を誰が何を言っても譲らないで主張している妄想の逞しい病気の人と同じ扱いの方が良いのかも知れませんね!

神経症になるメカニズムも治るメカニズムも分かっている人もいると思います。貴方が分からないからと言って、神経症になる動機も、治ってゆく動機も存在していない訳ではないと思います。
 

論争すべきは自分の脳です。

 投稿者:斎藤  投稿日:2017年12月 4日(月)09時47分6秒
  精神病の患者が論争するほど阿保らしいことはない。論争すべきは自分の脳です。
神経症者はその脳を持っている限り苦しみが続くのです。
だから自分の敵は自分の脳だという事が分かるでしょう。しかしその狂った脳も治って、
斎藤のようにスッキリ動くようになった。
斎藤の脳のパフォーマンスがすごいですよ。狙いが良く当たる。当たると収入が増える。
人も斎藤に近づいて来る。何故なら頼れる男だからです。
 

管理人へ

 投稿者:  投稿日:2017年12月 4日(月)08時21分43秒
  おはようございます。
この度は僕の長いお話を聞いて頂き、色々と
お言葉もくれてありがとうございます。
本来の生き方に戻った後もこうして人のために親身になって出来る方をすごいと
思います。正直僕もその感覚が完全にわかり、いわゆる健常者?(まぁもともとそうですが
元の感覚を取り戻してからだと、普通はその人の話を聞くのは嫌になると思います。
でもその導きや気づきに辿り着けず、苦しんでる当時は物事の何よりもとても苦しいです。
良くなってからだと神経症はすごい単純なことのように思える気がします。(まだなんとも言えませんが
でも神経症になり、この状態でここまで気づくのに時間がかかったということはなんだかんだ言って神経症(心の論争)は
難しいことと思います。

また、言葉が多くなってしまいましたがタメになるお話、経験等を聞かせて頂き
本当にありがとうございました!!
 

斎藤様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2017年12月 4日(月)06時38分6秒
  貴方も通った道ではないのですか。何で否定出来るのですか?

貴方が治ったという事実は、『神経症とは重大な精神病』ではない事の証ではないですか?
 

狂いとはやたら言葉が多い事

 投稿者:斎藤  投稿日:2017年12月 4日(月)05時28分39秒
  これだけ無駄な言葉を書きつけるとは、脳の中がガラクタでいっぱいに詰まっていることを
意味する。悲しい事だね。神経症とは重大な精神病であり精神障害だ。
健康な人はこんな文章を読んでいる暇がない。少しでも給料が上がるように必死だ。
 

管理人さんへ

 投稿者:  投稿日:2017年12月 3日(日)19時26分17秒
  お返事ありがとうございます。長い文章にも関わらず読んで頂き感謝です。
後から自分で僕の文章を読み返してみるとなんか少し矛盾してることを自分で言ってるように思えました(苦笑
恐らく、意識地獄の気持ちもわかるし無意識のことの理解が出来て板挟みになってると思います。
長い間時間がかかってるので理解が見受けられるということで嬉しく思います。この神経症の7年間はとても
切ないほどあっという間に空白のように感じます。時間感覚が異常に早くなったというか、、

離人症を治そうとしない、管理人さんの話されてることその通りだと思います。
昨日までの自分は離人症は生活に支障をきたすからなんとかしないとと言う心持ちでおりましたが
管理人さんのお話を知ったおかげで離人症を治そうとしないのが大事とわかります。
今現在、特別離人症を治したいとは思わなくなりました。なんかそのままで良いやと思えます。
というより意識上にその事があがってこないというか、、
僕は、不安をそのままにするべきだ、と気付いていましたが僕の足りなかった点は
良いイメージだけを受け取り、悪いイメージを拒んでいる所にありました。悪いイメージに
そこまで突っ込むことは減ったけど、常にやはり追い出したいなとか良い気持ちだけ欲しくなります。
試しに、悪いイメージも特別意識せず良いイメージ同様受け取るようにしたら心地よい感じに
なりました。ですが、その時も心のどこかで不安に思います。←その不安も受け取るようにしました。
今は神経症を治したいと思うのではなく、本来の無意識に触れたいと思ってます。
ですが心のどこかでわだかまりがあります。それも拒まず受け取ります。なんとか対処したくなりますが
そのことも受け取ります。今こうして文章を打ち込んでる時も懐かしい匂いをほんの少し感じています。
まるで昨日の自分とはなんか違うように思います。なんか意識地獄の癖と管理人さんのお話がどっちも
わかり格闘してる感じです。でもその感情も対処せず受け取ります。
ただ、今なんか心が迷走していてよくわからなくなってます。昨日までの僕は悪いイメージを拒んでいたので
今の僕は、不快感を感じつつ受け取るようにしています。やはり悪いイメージもきちんと受け取れるようになってから無意識にどんどん自然と触れていけるということなのでしょうか?いきなり無意識に切り替えれるのではなく
悪いイメージも受け取れるようになりある程度、無意識に移るにはそのまま時間経過が必要なのでしょうか?
今少し懐かしい匂いが少ししているのでもどかしいです。今まで現実のこと(目の前のこと)より
頭の思考だけ見ていたので今目の前の自分が見てる景色、集中力は薄いです。ですが意識して目の前を見ることはなく、思考も意識上のことを考えてるのではなく、受け取り、感覚としては無意識に頭に浮かんでることを眺めてる感じでした。
やはり、7年間不安に絶対的な縛りを感じていたので怖いという気持ちもあるのですが、それも対処せず
他の悪いイメージ同様、そっと受け止めるべきでしょうか?

今の僕に足りない点、実践等ありましたらもう少々お願い致します。
 

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