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狂いとはやたら言葉が多い事

 投稿者:斎藤  投稿日:2017年12月 4日(月)05時28分39秒
  これだけ無駄な言葉を書きつけるとは、脳の中がガラクタでいっぱいに詰まっていることを
意味する。悲しい事だね。神経症とは重大な精神病であり精神障害だ。
健康な人はこんな文章を読んでいる暇がない。少しでも給料が上がるように必死だ。
 

管理人さんへ

 投稿者:  投稿日:2017年12月 3日(日)19時26分17秒
  お返事ありがとうございます。長い文章にも関わらず読んで頂き感謝です。
後から自分で僕の文章を読み返してみるとなんか少し矛盾してることを自分で言ってるように思えました(苦笑
恐らく、意識地獄の気持ちもわかるし無意識のことの理解が出来て板挟みになってると思います。
長い間時間がかかってるので理解が見受けられるということで嬉しく思います。この神経症の7年間はとても
切ないほどあっという間に空白のように感じます。時間感覚が異常に早くなったというか、、

離人症を治そうとしない、管理人さんの話されてることその通りだと思います。
昨日までの自分は離人症は生活に支障をきたすからなんとかしないとと言う心持ちでおりましたが
管理人さんのお話を知ったおかげで離人症を治そうとしないのが大事とわかります。
今現在、特別離人症を治したいとは思わなくなりました。なんかそのままで良いやと思えます。
というより意識上にその事があがってこないというか、、
僕は、不安をそのままにするべきだ、と気付いていましたが僕の足りなかった点は
良いイメージだけを受け取り、悪いイメージを拒んでいる所にありました。悪いイメージに
そこまで突っ込むことは減ったけど、常にやはり追い出したいなとか良い気持ちだけ欲しくなります。
試しに、悪いイメージも特別意識せず良いイメージ同様受け取るようにしたら心地よい感じに
なりました。ですが、その時も心のどこかで不安に思います。←その不安も受け取るようにしました。
今は神経症を治したいと思うのではなく、本来の無意識に触れたいと思ってます。
ですが心のどこかでわだかまりがあります。それも拒まず受け取ります。なんとか対処したくなりますが
そのことも受け取ります。今こうして文章を打ち込んでる時も懐かしい匂いをほんの少し感じています。
まるで昨日の自分とはなんか違うように思います。なんか意識地獄の癖と管理人さんのお話がどっちも
わかり格闘してる感じです。でもその感情も対処せず受け取ります。
ただ、今なんか心が迷走していてよくわからなくなってます。昨日までの僕は悪いイメージを拒んでいたので
今の僕は、不快感を感じつつ受け取るようにしています。やはり悪いイメージもきちんと受け取れるようになってから無意識にどんどん自然と触れていけるということなのでしょうか?いきなり無意識に切り替えれるのではなく
悪いイメージも受け取れるようになりある程度、無意識に移るにはそのまま時間経過が必要なのでしょうか?
今少し懐かしい匂いが少ししているのでもどかしいです。今まで現実のこと(目の前のこと)より
頭の思考だけ見ていたので今目の前の自分が見てる景色、集中力は薄いです。ですが意識して目の前を見ることはなく、思考も意識上のことを考えてるのではなく、受け取り、感覚としては無意識に頭に浮かんでることを眺めてる感じでした。
やはり、7年間不安に絶対的な縛りを感じていたので怖いという気持ちもあるのですが、それも対処せず
他の悪いイメージ同様、そっと受け止めるべきでしょうか?

今の僕に足りない点、実践等ありましたらもう少々お願い致します。
 

神経症とは論争で治すものではない。

 投稿者:斎藤  投稿日:2017年12月 3日(日)19時01分24秒
  狂いからの脱出であっておのれとの闘いです。
しかも論争をする脳が問題を起こしている。このぐるぐる回りの迷路から脱出したかったら
、今は夕飯の時間だからさっさと食べて、片づけてとどんどんやる事。
 

由 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2017年12月 3日(日)18時50分58秒
  かなり長い間、神経症を患っているようですが、その長い時間分は神経症に付いて考えが進んでいる様に見受けられます。

神経症を解消するためには、症状に捕らわれていてはかえって遠回りになります、もう離人症は治らないと諦めてください。

その諦めが確定するなら、治りの日は近くなります。治したいという気持ちが強くて、一生掛けても治したいと思うなら、貴方の神経症は一生治らない事が確定するかも知れません。

症状の改善を望む事が無くなった時から改善が進んでゆきます。

そうして症状の改善を全く望む事が無くなった時が完治した時です。
 

管理人さんと斎藤さんのやりとりについて 投稿者:景色 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2017年12月 3日(日)18時33分36秒
  『これはお互いに、相手の症状を治そうとしあっている行為ゆえに、争いになる。
他人の症状を治そうとするから他人と争いになる。 』

この指摘は当たっていないと思います。私は斎藤氏を治そうとは思っていません、斎藤氏の主張が道を外れていないならば『いい諾々』というし、間違っている事を主張するなら『それは違うのではないか?』と言っているだけです。

他人の神経症を治す事はほとんど不可能に近いと思っています。稀に治る事があるといった程度と思っています。
 

先ほどのつづきですが

 投稿者:景色  投稿日:2017年12月 3日(日)18時30分35秒
  斎藤さんと管理人さんのやりとりは、お互いに相手を教育しようとされてますよね。
自分が自分の症状を治しというのも、それと同じ事になりませんでしょうか。
自分の中の自分が未熟ゆえ、自分で教育する。
他人を教育で納得させられるなら、自分相手でも同じです。
ただ、自分で自分を教育するとなると、苦しみは半端ない。
ですが、人は苦しみで身にしみなければ、自分の在り方を変える事はなかなか出来ないので、神経症者はこれをやっている。
 

わかりません 投稿者:理解不能 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2017年12月 3日(日)18時25分41秒
  『 苦しみを悪とするなと言いながら、神経症者の味わう苦しみは悪いものとして治そうとするんですね。
世の中に存在する苦しみの1つだとは思えないのでしょうか。  』


貴方の言いたい事が良く理解出来ないでいますが、同じ人生を生きてゆく中で苦しみが喜びに替わる道(生き方や考え方)があるのならその方が良いかも知れないと思っているだけです。
 

つづき 投稿者:不思議な話ですね様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2017年12月 3日(日)18時19分55秒
  『自分の心配が出来ない人は、他人に心配かける。
他人には自分の心配をさせてもいいが、自分に自分の心配をさせてはダメ。
あなたがたは、それを健常者と言っているように思う。
神経症者がなぜ、みんなに疎まれるかというと、自分で自分の心配してるからではないんでしょうかね。 』


と貴方は書いています、他人に教えたいと思っても、なかなか思うようにはいきません。自分の不安を解消する方法は『、不安を嫌なものとして嫌う事や、安心する事を良い事として求める心を捨て去る事』と思っています。

安心を求める心が大きい程、又不安を嫌う心が大きい程『大きな不安に出会うと思います。』

大安心の境地とは『不安も厭わずに、大安心も求めない時の』心の状態の事です。自分が自分の心に善し悪しを付けないでいる時の事です。

もっと分かり易い言葉で表現するなら『自分が自分を忘れている時の事です。』具体的に表現するなら『自分の心が”今”安心しているのか?、不安なのかさえもすっかり忘れ果てている時の事です。』

時が来れば、そういった時節が来たなら、考えていなくともわかるようになります。すっかり忘れ果てていたとしても分かります。健常者以上の健常者と言った意味合いが此処に在ります。
 

すみません

 投稿者:  投稿日:2017年12月 3日(日)11時41分6秒
  何度もメールを送ってしまい、すみません。お仕事で忙しいようでしたのでやはり先に文章を送ってしまいます。
ハードなスケジュールだと思うので、余裕が出来た時にじっくり返信を頂けると嬉しいです。
僕も神経症、離人症の症状があり、教えてgooの方で離人症のことを調べていたら管理人さんの回答を見つけて
それを色々読ませて頂いて、心に響くことがありメモもさせて頂きました。調べたらホームページもあることを知り、今こうして書き込めることをありがたいと思います。最初は質問で安心を求めて神経症の僕が個人的に悩んでる内容をつい書こうとしてしまいましたが、管理人さんのトップページにて口には出さないようにと書いておりましたので、我慢します。(とても言いたいですが)まぁ、大丈夫と言われたいという部分があるのですが、それは置いておいて話をさせて頂きます。
僕は今20歳で、神経症の症状が生活にひどく影響してきたのが、13歳の中学2年生の春の5月ごろからでした。
ですが、12歳の7月の頃、学校を親の事情で引っ越しで転校することになり、新しく引っ越してきた地での
学校生活があまりうまく行かなかったところから、常に少し不安がるようになってきました。
引っ越しする前の12歳の7月までは神経症ではなく無意識でとても良い思い出と言えるほど幸せに12年間生きていました。
(日常生活にそこまで支障をきたさない程度に元々少し神経質や思い込みがありましたが)
教えてgooの回答で管理人さんの文章をかなり色々読ませて頂いたのですが、思春期で深く考えれるようになってから
発症しました。それまでは思考も子どもだったというのもあるのですが、自分が普段雑な性格でギャグ漫画のことをばかり
考えているような単純なこどもだったので無意識が働いて幸せに生きれていました。
ですが13歳の頃、強いストレスを感じ環境も関係していますが、元々自分にあった神経質な部分が爆発的に
出てきてしまいました。最初は、不安なことを取り上げて考え、「これは◯◯だから大丈夫」という風に一つ一つ
自分で大丈夫だと理屈付けて落ち着かせを行なっていました。落ち着かせをした時は一瞬収まったように思えましたが
時間が経つとすぐにまた同じことを繰り返していました。今思えばここであるがままでいるべきだったのですが
僕は過剰反応してしまい安心を求め必死に考え込んで大丈夫だという答えを脳内で探したり落ち着かせをしました。
ですが、落ち着くことはなく考えれば考える程どんどん不安になり、さらには関係ないことまでも不安になってしまいました。最初はまだ、現実的な問題?で悩んでいたはずだったのが、いつのまにか不安を考えすぎて妄想の不安になってきてしまってました。この時は13歳の8月でした。この時点で健常者だった13歳の4月以前が遠く感じ、
絶対的な不安の縛りを感じました。それでも不安を考え続け、13歳の10月に一気にひどくなり、もう明るかった性格がかなり元気を無くしていました。それでも当時の僕は当然神経症についてよくわかってなかったので不安は解決させたいと思い
ひたすら考えまくりました。大丈夫という根拠を、妄想で悩んでることなのに探していました。でも今でも少し探したいという気持ちはまだ残ってしまっていますが。13歳の冬から引きこもるように毎日不安を考え脳が疲弊しても酷使をずっとして、冬の14歳になった頃くらいから脳機能の低下を激しく感じました。(不安を考えるのが脳疲労で鈍くなった)
ですが、脳がその状態でも不安感が勝り考え続けてしまいました。14歳の春くらいから離人感が出てきて、今も離人症で悩んでおりました。(離人症と知ったのも最近ですが)不安の強度はそれ以降、一定なのですが何年も同じ不安や色々連鎖で湧き出てくる不安をを、絶対大丈夫な理由を探して考え続けていました。ですが18歳になってもまだそのままでした。
18で社会人になっても神経症で不安にかられ仕事がうまく行かなくなって精神科に行って、強迫性障害と診断されました。うまくいかず仕事を辞めたり転職したりを繰り返して、今は体に優しい主婦がするようなパートのお仕事をして心に余裕が出来ています。(神経症を治すというより好きなことをしようと思っています。)
18歳までは、知識もなくどうしていいかわからず中学の時のように不安の相手ばかりをしていましたが19歳の頃から
経験を積み、不安をそのままにするべきだという理解が出来てきました。田舎に住んでるのですが精神科医の先生とも
話があまり合わなかったので病院は何度かしか行ってません。薬も服用してません。
不安をそのままに少しでもしようと思ってから、かなり行動の幅も広がり、元気も少しずつ出てきました。
(離人症、強迫観念はありますが)でもまだ不安や悪いイメージをそのままにできなかったりもしますが。
考えすぎて、脳の栄養がかなり不足してると思いビタミンBやナイアシン、良質なタンパク質など
摂取しておりましたが、根本が意識地獄が原因だということが管理人さんのお話でわかりました。
不安を比較的そのままにしてきたおかげで不安の強度は落ちていますがまだ大丈夫だと思いたいという
気持ちが出てきてる段階でした。なので学生の頃と比べたら落ち着いてるのかなと思います。
そのような現在、昨日管理人さんのことを知り、初めて色々話を読ませて頂きすごい分かるということがたくさんございました。ほとんどの話がわかりました。いろんな事をしたり経験のおかげで最近頭の視野が広がってきたおかげか
何年か前の僕じゃわからなかったと思うことが、管理人さんの無意識の話や数々の回答が頷けました。
少しばかり元気を取り戻してきていて成長している実感はあったので今の僕だからわかると思いました。
ですがまだ離人症が結構影響していたのでそれが課題だと思い調べたことがきっかけで管理人さんを
知りました。まだ、強迫観念や悪いイメージが現れると癖で落ち着かせたり逃げたりするのが残っていたので、
不安に右往左往せず、管理人さんの言っていたことを実践してみたら意識地獄から抜けて、無意識の感覚がチラチラ感じました。(気のせいかもわかりませんが)同時に子供の時の世界の匂いを感じました。ですが一瞬だけでまた
意識に戻ってしまったりしてます。やはり長年思い込んでいた不安などがこびりついてるような感じもあり
不安なので答えを求めたりしていました。恐らく、管理人さんの話されてることを継続して実践できたら良くなるなと
思うのですが、長年の癖で意識地獄が当たり前と思ってしまい、結構無意識に移ろうとすることに抵抗があります。
無意識に移ることがなんか「自分を騙している」ような気がして...意識の感覚が7年支配していたせいで
無意識の方が間違ってるという風に勝手に思えてしまいます。頭のどこかではちゃんと不安の内容は妄想とわかっています。でも、大丈夫という答えが欲しくて、、神経症の内容もこれだけでも管理人さんに話したい!とか思ってしまうし
何が何でもこれの答えがでないと気が済まない!とか思ってしまうのですが、不安の強度がすごい強いわけでは
ないので、管理人さんの通り右往左往しなければなんとかなると思います。勇気というか、管理人さんにそのまま突っ走れ
と言ってもらいたいのか自分でもわかりませんが、この神経症の意識地獄の最期の抵抗という風に見えます。
管理人さんにいうことが実践できそうでも、それをどうしてもしつこく邪魔してくるものに今境目にいます。
答えを求めてしまってて...こだわりというか、、なんか自分でもよくわからなくなってますが、
とりあえず、漠然とした不安が、絶対的な不安という感じに思えて、、その不安がやはり一番に立ち
ほかの不安以外が信じ難くも思ってしまいます。今の自分を裏切るようで、、自分の不安は特殊だとか
これさえ解決すれば、とかどうしても自分の納得がほしいとか自分の不安は特別とか言い訳をしたくなりますが、
管理人さんの言うことを実践し始める所で躊躇していました。管理人さんのお話は内容はかなりわかったので実践は出来ると思います。それといつも意識でコントロールしていたので無意識になることが怖いです。
無意識になった後どうしよう、、とか考えてしまいます。今は今で突っ走るべきでしょうか?
不安は不安のまま、というにはその気になれば出来る段階まで来てると思います。
大変長くなりましたが僕の今までの13歳から20歳までの神経症のことを話させて頂きました。
僕の身近の周りの方にも、由くん(僕)は深く考えれるねと言われたり自分でもこの神経症を通して人間として
グンッと成長しました。視野も広がり向上心もあり結構そういう面では自信がつきました。
すみません、言い忘れてたのですが僕は理想が高くて良いイメージだけを考えようとしていたり
しました。が、悪いイメージも過剰反応せず全部受け取ったら負担が減りました。
12歳までの子ども時代がとても幸せで楽しかったので、その思い出を時折思い出し、
僕はまたあの頃のように生きたいと思っています。この経験や自分の成長を生かしたいし
ここで絶対くたばりたくない気持ちがあるので7年かなりきつい思いをしましたが
この試練を突破したいと思います。最後に、、

どんな神経症の不安もあるがままに、良いイメージも悪いイメージも受け取って丁度の感覚を大切して
いけばよろしいでしょうか?僕の話を聞いて思ったことやアドバイス等
出来ればお願い致します。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2017年12月 3日(日)09時37分20秒
  すみません、自分こちらのホームページで
投稿が初めてなのでよく送り方がわかっていないのですが、
先程の文章は無事届いてますでしょうか?
良ければお時間あるときに、質問どうぞという風に言っていただけると
嬉しいです。色々送ってしまいすみません。
 

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