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無意識

 投稿者:あるがままの世界  投稿日:2018年 3月26日(月)16時07分57秒
  無為療法HP・人生問題HPで、、、、何度も何回も、、、無意識と繰り返すから、鵜呑みにした神経症者が運転を実行して事故を起こした者がいた。

こういう記事はあらためるべき。
 

近況報告です

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 3月19日(月)07時52分18秒
  大分ご無沙汰をしています、自分の事を余り書く事をしなかったのですが、昨年の11月3日に今まで住んでいた住宅を壊して、新築住宅を作りまして、完成をして、引っ越しました。

間借りをしていた先の住宅が、少し狭かったこともあって、家内の足が大変悪くなってしまって、最悪の時には、いざり状態になってしまって、住んでいる部屋におまるを買ってきて据えた日もありました。

幸いな事に、一週間位でおまるはかたずける事が出来ましたが、足が悪い状態は続いています。

生まれてこの方、掃除とか洗濯とか食事の支度とかはやった事はなかったのですが、(鈴木診療所に入院した時では自炊でしたのでやりましたが)

最近は家内の調子が悪いために、朝だけは茶碗洗いをしています、そうして家中の掃除を日曜日の日課としてやるようになっています。

今まで家内一人でこなしてきた仕事内容ですがこの他にも自分の会社の経理資金繰りと、事務所の掃除もやってくれていました。

手分けをして、家内の仕事の量を分担して、負担が軽くなるように工夫をしています。
 

第二掲示板を作成しました。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月15日(木)05時38分49秒
  この掲示板は原則書き込み自由ですから、夜中に起きて好き勝手に
書いても、直ぐ掲示板に表示されます。

無為療法第二掲示板
http://9209.teacup.com/dai2keijiban/bbs

最近元気ある神経症者専用の掲示板がなくなってしまった。
以前はHNさんの掲示板が元気あったのですが、一休さんの一部危険書き込みが
コピーされて、プライバシーを侵害された人から告訴されそうになって以来、
この掲示板もチェック制になり、活気がなくなってしまいました。

5チャンネルの掲示板も問題がある。大体5チャンネルの維持管理がどうなっている
のか、いい加減で使い難い。一部活気のある掲示板もあるが、森田療法の
それと違って方向性がない。ただ、患者が右往左往して苦しみを書いているだけ
で、救いがない。

掲示板の活気を保つには、患者が自由に書ける事、その中に治った人が
乱入しても、それを受け止めて活気ある論戦を維持することが必須です。
治った人を遺棄し、あるいは治った人が入ると、スーッと消えて行くようでは
人生は明るくならない。
 

うつやパニックなど薬を必ず処方されますが対象治療で根本的なものは治らないと聞いたことがあります。

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 3月13日(火)18時25分53秒
  うつやパニックなど薬を必ず処方されますが対象治療で根本的なものは治らないと聞いたことがあります。

うつの症状やパニックでも薬を飲まずに治ったという方もいますがそのような方いますか?


>>>管理人


うつやパニック等の本当の原因が分かるなら、薬では治り難い事が、理解出来ます。またうつやパニックが治るという意味とか理由が分かるなら、薬なしでの治る理由が分かります。

うつとかパニックの原因は『現実にはない不安とか恐怖に』恐れおののいている事を意味します。人間の進化を語るうえで、残念な結論というべきかも知れません。

人間の苦しみの原因は、脳の機能の発達にその源を見つける事が出来ます。人間が生きている世界は二つの世界が交差して出来上がっています。

一つの世界は『真実の世界です。』この世界には不安とか恐怖が無い世界です。争いも望む事が無くなる世界です。平和に満ちて、安楽に満ちている世界です。その代わりに『われ=我』も存在しなくて無私とか無我とかに覆われた世界、と言っても良いかも知れません。

処が今書いた世界とは対照的な世界があります、『われ=我』が主人公の世界です。無我も無私もなりを潜めた世界です。争いが多くなって、欲と得で釣り合いを取ろうとしている世界です。見返りを求め過ぎている世界観、に覆われた世界です。

今書いた二つ目の世界観で、生きている事がうつやパニックになる原因と云えるかも知れません。人生に不安を感じていて、生きている事にも不安を感じていて、死に対しても不安を感じているといった世界観に覆われた世界です。

従って薬を飲んだとしても、心底では不安とか恐怖心が大手を振って荒れ狂っています。

薬なしでも治る場合とは、真実の世界に目覚める場合です。お互いに儚い命として思いやる世界観に目覚める事です。

うつとかパニックの場合では、この人生に不安と恐怖を抱いて生きています。処がこの人生には安楽な世界が存在しています。心静かな世界です。迫り来る死によっても、覆す事が出来ない安楽な世界です。

今書いた二つの世界には境目がありません、どうか今書いた内容によって新しい安楽の世界への扉を見つけて頂きたいと思います。
 

斎藤氏の今日の言葉より

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 3月13日(火)07時27分50秒
  今日の言葉


?生死を賭けた治療行為の停止

神経症は、治療と言う強迫行為を死ぬまで止める事が出来ない精神病です。


という出だしで始まっています。森田療法でも同じです。症状の除去という目的で斎藤氏でも誰でも、森田療法に取り組むなら、症状は猶更ひどくなると思います。

こう言った取り組み方をした人が斎藤氏です。治るどころか治る事はなかったようです。

この言い方は神経症を治すつもりで『雑用をする』と治らないと同じ意味です。

ただ単に(見返りを求めることなく)雑用をすると、治っていると同じ意味です。

森田療法は治らない事を納得させる事を眼目にしています、それが不問の意味です。治るとか治らないとかを言う事が無くなった時に治っている事を納得をさせる事が森田療法の眼目です。

雑用療法と同じです。只やる事が治る事につながっています。
 

森田療法の眼目

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 3月11日(日)18時49分26秒
  森田療法の眼目は治癒の放棄です、或は症状の軽減の放棄です。要するに治る事を諦める事です。これがいわゆる『症状を口にしないでいる事=不問』という意味です。

症状を口にしない生活が徹底される時『症状が在っても無くなっても、どちらでも良くなる』といった前提が確保されると思います。

こう言った状態に持って行く事が出来たなら、治るというゴールは目の前だと思います。


森田療法での『不問』が徹底される時、もう殆ど治癒の為の学びは終了していると言っても過言ではありません。

私の場合では『二か月間を掛けて学んだ事は、症状が出たとしても出なかったとしても、ひたすら口にしないでいる生活』の基礎を学ぶ事が森田療法の全てだったと思います。

逆に症状を取り除こうとしたり、症状を軽減させようとする事は、真っ逆さまに神経症になる道ををひた走っている事を意味しています。

治そうとしなくなった時点が『神経症の場合では完治』を意味しているからです。
 

鈴木知準先生の言葉

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 3月11日(日)07時50分46秒
  ほんの二か月間でしたが、鈴木知準先生の言葉を聞きました。あまり物覚えが良くないほうでしたが『今に分かる時が来たらピタリと分かると思いますので、今は分からなくとも良いですから聞いて置くように』といった出だしで話が始まっていたように記憶していますン。

昔の事とか、誰が何を言ったとかという事を覚えている事に自信がありません、記憶力が弱いという意味ですが、先生の話はこういった「覚えていなくとも良いですよ」といったニュアンスが含まれていた事で、逆の意味でプレッシャーが掛かる事が無かったもので反って記憶に残っていたようです。

そういう意味ではやはり治療者としての、先生の腕は確かだったような気が致します。先生のお陰で治った人は沢山存在していると思いますが、先生に感謝しないでいる人も沢山存在していると思います。その最たる人が『斎藤氏』と思います。

鈴木先生のお陰で治ったと『傍から見たら理解出来ます。』が本人にその自覚がないようですので、やはり鈴木先生の腕は確かだったと思います。

分からない人も分かる人も両方とも存在しているように思います。
 

自分の言葉がない。

 投稿者:斎藤  投稿日:2018年 3月 6日(火)11時25分32秒
  それをやっているあいだ、仕事の工夫とかが止まってしまうんですね
よく鈴木知凖診療所の外来相談で『ぐじぐじ言うのを遠慮して必要なことにチョロンと入る
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自分の言葉がない。人の言葉の反復であって病気の回復の兆しもない。
病気が治るとは極めて個人的な体験であり、風邪あがり、インフルエンザ上がりでも、人それぞれ
違う経験をするから、表現の多様性が見れられ読んでいて面白い。
しかし、神経症と言う最も難しい病気の回復する様子を、鈴木の言葉から
引用するなんてこれではだめだ。これを嘘と言う。
 

文句は最大の敵

 投稿者:釣りバカ三平  投稿日:2018年 3月 5日(月)23時59分35秒
  ご無沙汰しております。いつもお世話になっています。
ふと、思った事がありましたので投稿させていただきます。
なかなか仕事の能力が向上しない。やってはいるが、あいだに文句を言ったりなんだりが多い。確か、打撃の神様川上哲治が『愚痴は最大の敵』とか書いているのを思い出しました。それをやっているあいだ、仕事の工夫とかが止まってしまうんですね。よく鈴木知凖診療所の外来相談で『ぐじぐじ言うのを遠慮して必要なことにチョロンと入る』と何回も指導を受けました。今更ながら、最も大切な自分に必要な言葉を何十年も前に教えて頂いていたのだなと、その言葉を脇に置いて仕事に取り組もうと思います。
 

うつ病は治りますか?

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 3月 4日(日)20時01分15秒
  うつ病は治りますか?




補足
パニック障害もあり、毎日地獄です



>>>管理人


治ってみた時に振り返ってみたなら、なんという事もないものだと思いますが、治るとか治らないとかという段階では、どっちの方向性が良いのかという事すら分からないでですので大変だと思います。

うつの原因を現代の精神医学では、特定出来ていない現状があると思います、その結果が、治るのか治らないのかがまだはっきりと言い切れない表現であある『寛解』という表現で示されていると思います。

現代の精神医学が、鬱の原因を特定出来ているならば、寛解を通り越して『完治』を指し示す事が出来ると考えている者です。又如何いった方向性が悪くて、どういった方向性が良いくらいの指示が出来ると思います。

何故ならば『寛解』の意味は、良くなるかも知れないし、悪くなるかも知れないといった響きが感じられるからです。

素人ですが、精神的な苦しさを味わって、完治した経験がありますので、その経験から書いてみたいと思います。

うつの原因は自身の『生命の源の意思』との戦いだと思います。つまり自分自身の”生命の働き”と戦っている事が原因といった意味です。

またうつに近いものに、自律神経失調症とか過敏性腸症候群とか、難治性の心身症があると思います、また神経症の各症状とかもありますが、原因は一つです。自身の内部抗争が原因だと思います。

内部抗争という意味から説明したいと思います。人間が安らかで幸福に満ちた状態を天国とか、極楽という風に表現していると思いますが、初めにこの意味から説明したいと思います、

天国とか極楽を解いているものに、キリスト教とか、仏教とかがあります。その教えの究極なところは、永遠の命を獲得する事、或は死によっても滅ぼす事が出来ない『幸福感の確立』=「生死の問題の解決」が掲げられています。

人間の限りある命の最大の苦しみである、死の超越といった命題が宗教の後押しをしているために、昔から人間は最大の犠牲を払って、宗教の後押しをして来たものと思われます。

聖書の中で語られているものの一つに、『失楽園』がありますが、この意味がうつの原因と思います。或は神経症とか、ノイローゼとか、先に書いた自律神経失調症を始めとする難治性の心身症の原因という意味です。

失楽園の意味は、”神”を疑うという意味ですが、仏教の中の禅では、神と言わずに『命そのものの働き』或は”それ”と表現しています。

”それ”との出会いを『自分自身を知る体験=見性=悟りを開く』と表現しています。又このの経験によって得た内容を『生死の問題が解決する』と表現しています。

失楽園という意味は、子供時代では、脳の機能分化が未発達のために、明日の事を思い煩う事などはなかった、というほどの意味だと思います。

思春期頃、人間の脳が大人の脳になって、右脳の機能と左脳の機能とに、はっきりと分かれたといった意味合いと思います。

此処が大事なところですので、人間の脳の機能に付いての、科学的な研究成果を載せて置きます。要点は『右脳の機能は、生命維持機能を司っていて、生命を守る為に『自分自身を監視している事』が挙げられると思います。

そうしてその機能は『自意識よりも優先される場合もある』という説明をして置きます。火事場のくそ力を出してくれる者という言い方が可能だと思います。

或は火急な場合では、自意識の能力では間に合わない時には、『”自意識”をさて置いて、自意識の知らないうちに行動が終わる時もあるようです。』目にゴミが入るような場合とか、直感で判断する場合とか、ひらめきとして自意識に教えて呉れる場合とかです。

自意識(左脳)には当然一人の人格が存在していますが、右脳にも一人の人格が存在しています。お互いの連絡は脳梁の中で取り合っていますが、普通では没交渉の間柄です。

処が見性した人達の見解では、もう既に知っていた存在であったと、全ての見性体験者は語っているようです。

右脳に生命維持機能を司っていながら無意識を司っている人格が一人、左脳に言葉を持っている顕在意識という人格が一人といった、研究成果の為にノーベル賞をもらった人を紹介した文章を貼ってみます。

ウイキペデアからのコピーです。


『”ロジャースペリー 分離脳』
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究
ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が 『それぞれ独立した意識』 を持っていることを実証した。”』

右脳の意識は、遺伝子レベルで、人間(あらゆる生命体でも同じ)であらゆる”個体”としての生命維持機能、熊なら熊としての生命活動、蜘蛛なら蜘蛛ととしての生命活動、桜なら桜としての生命活動、ソメイヨシノならソメイヨシノとしての生命活動という意味です。

仏教の言っている仏性の事です。

この場合での右脳の役割と左脳の役割を脳卒中の為に『体験的に体感した脳科学者の動画を載せて置きます。

URL:https://youtu.be/ldSoKfFYKqM?t=18
もし出ないようでしたら、ジルボルト、テーラ脳卒中と検索して下さい。

思春期頃、二つの分かれた脳の機能は、一つは顕在意識として表に出て、もう一つは『無意識の奥に隠れてしまって』分り難くなってしまいます。

この為に思春期頃から神経症を始めとしてノイローゼとして、人間は悩みが深くなってきたのだと思います。脳の機能分化によって、見ている自分の他に『見られている自分』としての恥ずかしいといった感情を、聖書ではイチジクの葉として表現しています。

今日はここまでにして置きますが、興味があるようでしたならこの続きを書いてみたいと思います。
 

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