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大勢の前で話すと震え、急にパニックになります。

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 2月 6日(火)20時24分31秒
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  大勢の前で話すと震え、急にパニックになります。

中学生です。

先日、授業で1人ずつ1分ほどの
スピーチをするものがあったのですが

そこで声が震えて聞き取れないくらいになってしまいました。

もともと積極的な方ではなく
いわゆる"コミュ障"なのですが
今まで(1か月前くらいまで)はなんとか
しっかり聞き取れるくらいで話せていました。
しかし先日のスピーチでは
異常に緊張してしまい声が震えて自分でも今何を言っているのかよく分からず
今でもその時のことはあまり思い出すことができません。

また3日ほど前から勉強中や授業中などで
急に軽い過呼吸のような状態になりクラクラすることがよくあります。

また同時によく分からない不安?のようなものが襲ってきてしばらくその状態が続きます。


1ヶ月前くらいまで本当に暗くて「死にたい」と毎日思っていて

でも今はその気持ちを自分でなんとか消して
勉強に打ち込んでいる…というときに
このような感じになってしまいました。

またいつこういった状態になるのか と考えると不安になってしまいます。



(ちなみに1か月前に(今も)悩んでいたことは
友達ができないということです。)


質問です

1. この症状はなぜ引き起こされるのですか?

2. こんなことでスクールカウンセラーや担任の先生に相談してもいいのですか?

3. この状態にならないようにするにはどうしたらいいのでしょうか…

文章がまとまっていませんが
回答していただけると嬉しいです。


>>>管理人


若いうちは沢山の事に悩むと思います。

1. この症状はなぜ引き起こされるのですか?に付いては、”人間の意識性の問題”というものがあって、誰であっても大なり小なり影響を受けています。

優勝が掛かった一打を打つといった場合、優勝がちらついた方がそう言った意識性の問題に躓いてしまって、失敗する確率が高くなると思います。


2. こんなことでスクールカウンセラーや担任の先生に相談してもいいのですか?に付いては貴方の自由と思いますが、先に書いた『意識性の問題』を学ぶ内に解消すると思います。

3. この状態にならないようにするにはどうしたらいいのでしょうか

是は一緒に考えてみたいと思います。『優勝が掛かった一打を打つといった場合、』にどうしたら優勝出来る、会心の一打が打てるのかという問題に通じています。

或は人前で字を書こうとして手が震えてしまって、どうしてもうまく書こうとするあまり、両手で字を書こうとしても手が自由にならなくなって、ついに字が書けなくなってしまう場合があります、この場合を書痙と呼んでいます。神経症の症状の内の一つです。

或は意識した状態で話をする機会があって、どもってしまった経験からドもらないように意識して話をしたところ、上手く話が出来なくなってしまう場合があります、この場合を吃音と呼んでいます。同じく神経症の症状の内の一つです。

こういった神経症そのものを学ぶ事が良いかも知れません。


今の医学では『神経症になる原因は分かっていませんが、早く医師の元に行って、早く治療を開始するなら、早く良くなります。』が精神科医たちの宣伝文句になっていますが、原因が分かっていないと正直に言っている通り、神経症の完治とかを説明する事が出来ていません。

従って、何故?神経症になってしまうのか。治るという事は如何いう事なのか?或は治らないという事は如何いう事なのか?こういった簡単な疑問でさえも「現代の精神医学」は説明する気はないように見受けられます。

37年前に神経症が完治した経験から、今こうやって書いています。

神経症になる原因とは、『無意識の自分がやっていた事を、そうとは知らずに自意識がやろうとしている事』が原因で発症しています。

人間は誰でもが『自意識と無意識が』交替をする事によって恙ない毎日の生活を守っています。

この交替制が余りにも順調に行っていて、交替制になっている事でさえも気づかない場合を健常者とか、健康人とか、心が健康な人、と表現しています。

自転車に乗る場合では、習い始めは、自分の意識をすべて自転車乗りに集中しています。乗れるようになった場合では『自分の心=自意識は』自転車の操縦に使う事が無くなっています。自転車は正に自分の無意識に任せていますので、自転車の運転は意識などを使う事なく『自動運転』となっています。

話が長くなりますので簡単に終わらせるために、先の優勝が掛かった一打の説明で締めくくりたいと思います。

優勝が掛かった一打を。会心の一打にするために必要な条件とは、自我意識が出ないで一打を打つ事の中に在ります。言葉を替えて表現するなら『自分の無意識に任せて一打を打つ事です。』

他の言い方をするなら、『没我、或は無心の境地で打つ』ことが必要になると思います。

プロゴルファー等が、会心の一打が打てるようになるために、禅を学ぶ事が在るようです。禅のなかには「東洋の無の境地とか、無心、或は無為自然」と言った、自分の意識が入り込む事のない世界観を学ばせるためのテキストがあるからです。

自意識は計らう事=当てにする心で出来ています。

無意識の自分は無功徳=当てにしない心で出来ているからです。

禅問答は『計らう心=当てにする心』では解けないように仕組まれています。

無功徳の心が発動するという意味は、(優勝を欲しがらないで)すっと手に入れよ!という意味になります。

『貴方の場合に適用するなら、スピーチの場であるなら的確な題材を準備して話す態度に注意して、声の大きさとか、分かり易さとかに気を配って、そのスピーチに全力をつぎ込む事が出来るようにする事が大事だと思います。』

そう言った事柄に気を使う事なく、


(ちなみに1か月前に(今も)悩んでいたことは
友達ができないということです。)


質問です

1. この症状はなぜ引き起こされるのですか?

2. こんなことでスクールカウンセラーや担任の先生に相談してもいいのですか?

3. この状態にならないようにするにはどうしたらいいのでしょうか…

と考えるのは、貴方が計らいの心で考えている事の表れだと思います。
 
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