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シクハック 様へ

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 9月26日(火)07時31分50秒
  税金を恐れる必要はないと思います、税金を払わないと会社にお金は残らない仕組みになっています。税金を払った残りが会社に残って内部留保になって、資本金にプラスされて会社の底力になってゆきます。

又税金を払う他に、会社に力をつける事が出来ない事も明白な事実です。

只会社とか、利益とか、公の利益とかを考えた時、その基になる考え方には個人差があると思います。個人的にお金を増やす事を眼目にするのか?或は会社という組織にしてその組織に力を付けてゆくのかといった考え方の相違の事です。

自分個人の給料をいっぱいにして、会社自体.の利益を少なくするやり方と、自分個人の給料を少なくして、会社自体に資金力を付けるやり方があると思います。

私の場合では、若い頃は個人の資産を増やすやり方をとってきましたので、会社自体に力は付かなかったです、ですが社長個人に力があるなら、会社が困っても社長の力で何とでもなると考えていたからです。

今69歳になってみると、年金が出ますので、給料は少なくても良くなりました。おまけに家賃が年金の何倍も入って来ていますので、給料プラス年金プラス家賃となりますので、給料は少なくともやって行けています。

おかげでここ数年間で、会社に力が付きまして、決算書においては、流動資産が流動負債の役10倍くらいになりましたので、資金繰りは楽になりました。

無借金経営が出来ています。ダム経営を目指してください。
 

お世話になっています。

 投稿者:釣りバカ三平  投稿日:2017年 9月24日(日)21時29分23秒
  お世話になっております。
昨日、地区の行事がありました。朝から、昼過ぎまでの行事でしたが、私は、地域の事も、何にもやっていないので、少しは役にたとうと、役を任せて頂いていました。色々とやっている中でやはり人の視線がとても気になりました。そして、何年経ってもこれは治るものじゃないんだなと思いました。
鈴木知凖先生も、症状は、むしろ忘れない方がよい?などと仰っていた意味が分かるような気がしました。
視線が気になるのは、自分そのものの現れだから、どうにもならないのかもしれません。
無為療法の斉藤様の記事もとても参考になります。
スッキリ自分の気に入った感覚になるまで立ち上がらない。この悪い連鎖を断ち切る所にヒントがありそうです。
悩みは、当然自分自身で感じることですが、自分で勝手に作った関所を早く越えてゆきたいと思っています。
 

無為療法批判 9.24

 投稿者:とらわれからの解脱 愛読者  投稿日:2017年 9月24日(日)15時22分45秒
  <保存版シリーズ>
無為療法批判 9.24

♪♪管理人さぁ~んお元気~♪♪
♪♪♪みんなぁどうよ~♪♪おひさ~♪またまた入院体験者の書き込み~♪
無為療法神経症治せないホームページに洗脳されないでね~。♪
♪神経症さんガンバ+よろしく~♪


>[意識についての再考](無為療法ホームページから)


>神経症者の言動をみると、彼らは恐ろしく意識を多用しているのが分かる。彼らが書きつける掲示板の文章には、哲学的、心理学的言葉が並んでいて、健康な人の単純な表現からは遠くかけ離れている。私は神経症から抜け出して20年以上も経つから、彼等神経症者の文章にはうんざりします。

無為療法さんのことだよ~(笑)またこのパターンね。

>つい最近、サンフランシスコ州立大学の心理学モーセラ助教授が、意識についてユニークな発表をしており、その中で彼は「意識とは会議の通訳みたいなもので、無意識から上がって来る情報に応答しているに過ぎない」と言っている。我々の意識に対する思い入れを突き放した表現で、皆さんも驚いたに違いない。しかし、私はこれを読んで直ぐ無為療法の「無」に通じていると思った。

先生は入院日記で「無」=あるがままって教えてくれた。無為療法さん言い換えただけじゃん。みんなが良く言ってるパクリってこのことね。

>少し前までの心理学は、ホラー・ムービーのような、恐ろしげな話に満ちていたのを思い出すであろう。フロイトの無意識と言い、ユングの深層心理学と言い無意識とは深山に潜む悪魔のようだ。
>モーセラは意識とは無意識に応答しているに過ぎないと言うが、私はそれを更に進めて「意識とは脳と言う会社の正門に立っている守衛みたいなもの」と言う。毎朝出勤してくる社員(無意識からの情報)に敬礼しているだけで、一々人の顔を覚えていない。脳と言う会社を動かしているのは出勤してくる社員(無意識)の一人一人であって守衛ではない。守衛(意識)は立っていて敬礼しているだけであるから、契約社員で間に合う。

無意識だけではやっていけない意識だっているじゃないの?
事実に服従ってこと知らない。観念論者よね。

>モーセラも私も、意識はむしろ脇役であり、意識の脳全体の情報処理総量に占める割合は知れていると考える。ほとんどの情報は無意識で処理されていて、そのまま意識を通さず筋肉に命令するルートもあれば、一応形だけ意識の黒板に書きだして、意識の認可を求めるものもある。
恐らく一人の人間の脳では、毎分毎秒膨大な情報が処理されて、脳から筋肉に命令の形で伝達されているのだろう。しかしその命令の多くが意識の黒板に書きだされることなく実行されている。

そ―言えば思い出したけど入院中週3回の講話で精神分析で言う無意識と違う≪宇宙的無意識≫といってたよ先生は。だからさやっぱさ無為療法さんどっかおかしいのよね。

>だから健康世界では生きるのが楽なのだ。一々考えることなく、毎日のお決まりの雑務をこなしている。疲れるのは筋肉だけであり、神経が疲れるのは特殊な仕事をした時だけである。そんな日とは、普段慣れないことをする日であったり、上役との緊張関係や、対外折衝で神経をすり減らすような時だ。

また始まったよ健康世界。健康世界にいる人は健康世界なんて言わないってよアホか(笑)
いろんな仕事あるんだよ知らないの?また始まったよ決めつけパターン。アホか?

>こう考えて不思議でないのは、我々は人間であるが動物の一種類に過ぎないためだ。知恵は発達しているが、人間の動作の神経系統が、他の動物のそれとは異なっているとは考えにくい。動物と異なる必要がないのは、すばしこい猿の動きを見れば分かる。あるいは獲物を追って走る犬の動きを見れば分かる。人間の10倍以上の敏捷さと正確さで身をこなしているではないか。
>動物もその進化のプロセスを手繰って行くと、爬虫類、両生類、魚類に到達する。これらの動物の動きを命令しているのは、体に組み込まれた簡単なプログラムと原始的生物学的コンピューターである。我々人間と言えでもこの原点から出発しているのであって、人間だけが特別なシステムを持つ理由がない。

>神経症とはこの神経系の基本枠組みを解体し、意識一本に統合して生き直そうとしている病気に見える。そんなことは出来る分けがないから、彼等の生活は行き詰まり、地獄の底をはい回る状態になる。

病気じゃないよ。いつも思いこみで勝手に定義書き換えるから他人様とコミュニケーションとれないんだよこれじゃさ異性恐怖になるわね。
最近じゃ、自分の勘違いに気づき始めたようで病気と言わないで精神疾患なんて言い出してる(笑)

>彼らは私が雑用をしろと言うと、何をしたら良いかと聞いてくる。雑用とは犬なら、まどろみから覚めて、あくびをして、よいしょと腰を上げる動作である。これが出来ないと言うのは「私は最早動物ができません」と言っているに等しい。

雑用なんて変な用語使うからだよ(笑)
雑用なんて変な用語使う理由はさ無為療法さんが仕事してないコンプレックスでしょ?

>ある神経症者は、自分は対人恐怖が酷く、今後どんな仕事を選べば良いでしょうかと聞く。おい待ってくれと私は言いたい。仕事の前に、既にこの人は神経伝達系が崩壊しているではないか。一日中考えまくっていて、無意識からの命令が手足に届かない。無意識からの命令が遮断されると、自然な動きが消滅してしまうのだ。こんな人がどんな仕事を選んでも、とても仕事が務まらない。仕事とは自然の動きの延長であり、特別に突出したものではないからだ。

神経伝達系が崩壊なんて何もデータないくせによくもそんな神経症さんを迷宮に陥れるようなことをいえるもんよ(怒)

>無意識の命令系統が崩壊していると危険な例をもう一つ。
自動車の運転は慣れてくると、人はあまり運転は考えないで、何か別の事を考えている。前方を見ているだけで、手足は適切な動作をする。何かが飛び出て来ても、無意識脳がとっさの命令を下して事なきを得る。これを森田療法のように、しっかり前方を見て、足をブレーキペダルに置き、信号を確認しと、意識レベルで操作しようとすると、体の自動反応系統に乱れが生じ、ブレーキが間に合わなくなる。

こういうのを観念論っていうんでしょ。
運転を無意識だけでやってごらんなさいよ。もっとアクセルとブレーキ間違えて建物に突っ込む事故が多くなるよ。意識使うところは使うんでしょ?意識だけ無意識だけでもないじゃん。それこそそんなの勝手に動いてるんでわざわざ意識的にこんなに取り上げること自体、無為療法さんさ自分の言ってることを自分がやっちゃうパターンの始まりだね(笑)
こういうのって、なんかの障害?詳しい人教えて~(笑)

>もっと際どい例を取ると、体操の3回転着地のウルトラCを試みるとして、普段とは違って、今日はもう少しかっこうよくやろうと意識すると、2回転がやっとで、着地に失敗し尻餅をつく。そんなことがないように、オリンピック選手は毎日練習に励み、無意識命令系統を完成させ、それを体に覚え込ませているのである。
>このように我々の日常は如何に無意識が重要な役割をしているか説明してきた。無意識脳の縦横の活躍により、我々は前頭葉の活動を高度の判断に投入できる。健康生活とはこのように至って単純であり、神経症者のように「苦しくてもやるべきことをやる、雑用を工夫と気配りでやる」とか言っている人は一人もいないのである。

それは本に書いてあったり、掲示板の意見として書いてあったりするだけですよ~アホですか?(笑)

結論~
無為療法さんは自分自身に諭すべきことを他の人に向けていってるんだよみんな。そういうの精神医学で何と言うの?詳しい人教えて~(笑)
またまた妄想劇場~主役・無為療法さん(笑)♪
神経症さんガンバ+love♪
 

ご無沙汰をしてしまいました

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 9月24日(日)06時54分5秒
  大分、ご無沙汰をしてしまいました。管理画面に入る事が出来なかった為ですがコンピュータ関係に苦手意識がある事が原因かも知れません。

入るためにメールアドレスとパスワードを入力するわけですが、管理画面の中にしっかりと記憶されていますので、クリックするだけでOKでしたが、8月の初め頃それが出来なくなっていました。

忙しさにかまけていましたが、少し一段落いたしましたので、詳細に見てみたところ、一字間違っていました。

記憶されていた、アドレスに一字の変化があるという意味が少し解せないでいますが、今後気を付けて運営してゆきたいと思います。


このホームページを立ち上げたのは、07年9月頃ですので、もう十年過ぎた事になります。志の10パーセントも綴る事が出来ないでしまったと思っています。

宇佐先生のホームページを時々拝見させて頂いていますが、大変よく出来ていると思います。まさに素人とプロの違いを感じています。

只言い訳がましい事を書かせて頂くなら、ノイローゼ(神経症、自律神経失調症、心を病む事、人生そのものを不安の中に過ごしている事)と言った意味合いで、解決を望む人がいる限り、どちらの方面から入って行って、解決をすることも可能と考えていますので、まさの禅問答の「無門関」と同じ立場と思っています。


何処から入って行っても、解決出来る問題を『無門関』は語っていると思っています。悩みは悩む人が『勝手に自分が作っている、自分が設けた関所』と言った意味合いがあります。

こういった事に気付く事が、悩みや不安解消の糸口になる事を願って何時も書いています。

悩みに無縁な人にはあまり興味がない内容になっているかも知れません。
 

無為療法禅の講義著語

 投稿者:無為  投稿日:2017年 9月24日(日)02時18分25秒
  >禅の講義 2017年/9月/10日更新
鈴木大拙「禅仏教入門」から

”われわれがそれを詳細に、あるいは体系的に考究せんとして、それを手中に握りしめようとあがきはじめたとたんに、それは逃げ去り、その跡をもとどめていないのだ。 禅はいまいましいまでも逃げ上手である。”

私の禅の講義を定期的に読んでいる人がかなりいると思う。中には総てのファイルを見せてくれという人もいる。それはそれでうれしいが、神経症を治すと言う意味では良くない。
神経症の治りは禅の悟りと同じで、体系的に考究し手中に握りしめようと努力をしたとたんに逃げ去り、いまいましいほど逃げ上手なのです。

私は神経症の治りは一瞬であると言う。だから体系的に考究する対象ではないし、握りしめるものでもない。悟りは一瞬にして通り過ぎるが、生活の中でバックボーンとして我々を支えている。しかしそれを言葉で表現しよう、人に伝えようとした瞬間に消えてなくなる。

ではどうしたら人に神経症の治りを伝えることができるであろうか。それは禅問答のごとく、非合理の極に到達しないとならない。まず立ち上がれと言う。台所には汚れた皿があるだろうから洗ったらどうかと言う。所が神経症者は立ち上がるすっきりした理由を発見するまで立ち上がれない。

その悪い連鎖を断ち切って立ち上がった瞬間が、後から考えて悟りの一部であったと分かる。
(引用終わり)



>私は神経症の治りは一瞬であると言う。

脳の故障と主張する無為療法管理人は『一瞬の脳の故障の治り』を如何に説明するのか。

>悟りは・・・それを言葉で表現しよう、人に伝えようとした瞬間に消えてなくなる。

『それを言葉で表現しよう、人に伝えようとした瞬間に消えてなくなる』と言葉で表現しよう、人に伝えようとしてるではないか。

>ではどうしたら人に神経症の治りを伝えることができるであろうか。

『人に伝えようとした瞬間に消えてなくなる』といいながらも、この矛盾。

>その悪い連鎖を断ち切って立ち上がった瞬間が、後から考えて悟りの一部であったと分かる。

「悟りの一部であった」是だけで力量が知り得る。


真に道を求める心あらば、自らの言葉なく借物の禅の講義の如く思想遊戯省みて、すべからく菩提心を発すべし。当に知るべし光陰矢の如し。著語了


 

(無題)

 投稿者:シクハック  投稿日:2017年 9月 4日(月)21時17分15秒
  お世話になっております。
暑さもだいぶ落ち着きいよいよ秋の到来という感じですね(暑さがもうひとぶり返しあるかもしれませんが)

最近の近況としましては、ひたすら毎日仕事三昧であります。
心の中ではさまざまな不安がうごめき、頭の中ではいろんなことを考えてしまいますが。
ふらふらでも、怖くて仕方なく押しつぶされそうでも「とにかくやってゆく」と、毎日の仕事をこなしてゆく感じです。

私は個人事業なのですが、最近税務調査の連絡が入りました。何で自分が、、と思っても始まりませんし、これもまた不安です(苦笑)が、「とにかく行動をやってゆく」と毎日毎日の仕事をこなしてゆく感じです。
税金のこと考えると何のために働くのか馬鹿馬鹿しくなりますが、これも「とにかくやってゆく」と仕事をしております(笑) 実は税金対策のため今年法人化しようと計画しております。

この掲示板ですが、過去の管理人さんの質問に対する回答なども参考にさせていただいております。

ここに来られた方、下の方の入力欄に見たいページを入力すれば最初の頃のページから見られますよ(ご存知ない方いらっしゃるかもと思い)
 

釣りから帰っきて流しを見たらスッキリしました。

 投稿者:釣りバカ三平  投稿日:2017年 9月 3日(日)22時25分18秒
  自分の部屋の掃除機をかけて、ホコリもたまってしまってるので、細かい荷物を寄せて雑巾をしぼって拭く。一つ寄せては拭き、一つ寄せては拭く。釣りに行きたいのか、全部寄せてから拭けてない。流しも汚くなって、排水口の所に釣りの浮きをカッターで削った発泡スチロールが溜まってしまっているのを取り除いたり、台の上の荷物を一つ寄せては拭き一つ寄せては拭き、早く釣りに行きたくて気が散っている。全部寄せてから拭き取る。
釣りから帰っきて、夕飯を食べお風呂に入っても未だ時間があるので、コンビニで酒でも買って呑もうと帰って来たら、流しの上にゆすいだ空き缶ペットボトルが並べてあった。流しが何となくキレイなので空き缶も袋に捨てて、廊下と階段の水拭きをしてから酒を呑む事にした。2回目の水拭きをしようと思ったとき、それより汚いトイレを掃除した方のが何か変化がおこるのかな?と思いトイレ用の雑巾を絞って拭いた。マジックリンを吹きかけてこすった。最高に嫌な瞬間。何回かやったら何となくスッキリした。
やっとこ買ってきた、日本酒を飲んで、キウイのサワーを飲んだら多分自分でキウイを絞って呑んてみると美味しいのかな?とか思いました。
 

管理人さまへ~2

 投稿者:とらわれからの解脱 愛読者  投稿日:2017年 8月23日(水)19時48分40秒
  >貴方の言っている事をずっと、斎藤さんへ言っていますが暖簾に腕押しでした。どういった事を繰り返していても、どうなんだ

管理人さんは自分正しい、無為療法さん正しくないで繰り返してんでしょ、そうじゃなくってさ自分の為じゃなくってさ神経症さんの身になってみてよ、そんな小競り合いのクダラナイさレベルと違うでしょ。
無為療法さんの神経症は治るの難しい難しいって洗脳にかかってツライ思いしている人たくさんいると思うよ。
私の書き込み没にしないで皆さんに公開してね+love


 

誰の為のホームページ?

 投稿者:とらわれからの解脱 愛読者  投稿日:2017年 8月23日(水)12時24分35秒
  >斎藤さんへ言っていますが暖簾に腕押しでした。こういった事を繰り返していても、どうなんだろうと思いまして、特にひどい時以外はあまり反論する気にならなくなりました。

管理人さんはさ誰の為にさこのホームページやってるのよ?
神経症さんの為で自己満足の為じゃないんでしょ?

>主流派と言われている『森田療法』も後継者不足という現実の前にどうなってゆくのかが問われていると感じています。

だからやんるんじゃんよ。アホか?管理人さんガンバ!
 

無為療法批判 8.21

 投稿者:とらわれからの解脱 愛読者  投稿日:2017年 8月21日(月)00時44分23秒
  無為療法批判 8.21
♪♪ばぐーすばぐーすなんてね♪みんなぁどうよ~♪♪なんかむしろ入院体験者の書き込み~♪無為療法神経症治せないホームページにタヌバカされないでね~。♪チョウうける~♪神経症さんガンバ+よろしく~♪


>[苦しかった半生](無為療法ホームページから)

>私の人生で最も苦しかったのは私が25歳の頃であった。
あの頃は、大学は出たが対人恐怖と全般的不安が強くて、どの仕事も落ち着いて出来る状態でなく、あらゆる仕事に自信をなくして廃人同様であった。

先生は日記で赤文字で書いてくれたよ。私はこれだけ苦しかったんだというのを他人さんに理解してもらうのを止めてごらんなさいってさ。

>神経症の特徴として対策を取るのは熱心で、自己診断で対人恐怖は恐怖に対する訓練が足りないためと勝手に解釈した。それならエイヤーと営業職に飛び込めば一気に解決できるとばかりに、営業職を開始したが、仕事開始数日で逃げ出す恥を繰り返した。
>こんな経験を数度するともう人生の破局であり、追い込まれて感覚器もおかしくなって来る。毎日がうす暗く霞がかかっているように感じるようになっていた。何をしても上の空で、レストランで食事をした後お金を払うのを忘れて、食い逃げを疑われる始末であった。

[毎日がうす暗く霞がかかっているように感じるようになっていた。何をしても上の空]ったさどうしてそうなるのかわかんないんでしょ?(笑)

>あの頃はベトナム戦争さなかで、私の家の近くにも、あの特有の音がするヘリコプターが飛来したが、本来ならベトナム戦争の行く末を案じる自分が、薄暗い社会で虚ろに歩く幽霊のような自分になっていた。

このころの無為療法さんと現在の無為療法さんは基本変わってないところがあるよね、どこかわかる~?

>最も苦しかったのはお盆の時期で、夜になると盆踊りの音が聞こえてきたが、自分には遠い別世界の出来事に思えて、社会がどんどん遠のく感じがした。このあまりの混乱と苦しみは、後で記憶の喪失と言う形で現れた。後から考えて、大学を出てから30歳になるまでの記憶がごっそり抜けていて、自分が何をしていたかあまり記憶がない。最近アポロ13と言う映画のDVDを借りてきて見たが、このアポロ13号の月着陸ミッションの失敗と言う重大イベントを思い出せない。今の私なら、この手のニュースは絶対逃すことがないが、あの頃は恐らく夢遊病者のように、当てどもなく歩いていたに違いない。

無為療法さんは音に過敏だよね。記憶というかむしろ今同様妄想三昧が過ぎただけかもよ(笑)

>私がこの苦しい経験を書くのは、私と同じ経験を今日もしている100万人の神経症者が日本にいるからだ。彼等が日本社会に与える損失は、日本のGNPの数%に匹敵する。しかも50歳や60歳ならまだしも、これから人生が花開く20代前半の若者がこの状態であるのだから酷い。社会が最も期待している人材が、その能力をほとんど発揮せずに、薄暗闇の世界に消えて行くのを黙って見過ごすにはいかない。

100万人の神経症者ってどこのデータ?日本社会に与える損失論ずるより〇daや対〇援助の無駄使いとか〇〇やり予算の無駄使いとか〇子〇発電維持のために税金つかってることとかのほうが問題よね、なんで神経症さんばかりいじめるの(怒)

>私も含めて神経症者の多くが、対人恐怖とは努力の不足と考えてその方策を練っているに違いない。私も御多分に漏れず、努力、努力と無駄の連続を30年間して人生を崩壊させてしまった。
今私は、神経症を抜け出して23年経ち、はっきりと健康世界にいると自覚する。今から思うと、私が経験した悪夢の30年間は精神病の30年間であり、私は、もし良い薬があるなら即刻入院するべき患者であったのが分かる。

精神病と神経症の差別がわからないんだったらさ神経症治すホームページ開くなよ(怒)こっちのほうが日本社会に与える損失になるよ。

>唯一、自分の努力に関係がなかったのは、私の過ごした神経症の30年間は、日本の経済がそのピークに達した30年間であったことだ。あの頃、仕事につくのは至って簡単で、契約社員の言葉もあまり聞いたことがなかった。今日仕事を辞めても、明日には新しい仕事が見つかった。私は対人恐怖があまりに酷く、ほとんどの仕事に就くことが出来なかったが、最後に行き着いた運転手の仕事で、ついに経済的安定を獲得することに成功した。
>時代はバブル直前で、孫請けトラック運転手でも計画を立てて生活すれば、確実に貯金が出来た。まだ、日本政府も赤字体質でなかったので、失業しても10カ月も失業手当がもらえる夢のような時代であった。そんな時に蓄えた貯金が今の私を支えている。
>今の私には対人恐怖とか強迫観念とか言うものが全くない。思考判断は明晰で、何をしても失敗するように思えない。全てがツボにはまるから、生活の質が見る間に改善されて、今は健康な人以上の生活をしている。しかし、この神経症を治すと言う誰もなし得なかった金字塔に難癖をつけ、嫌がらせをし、薄暗いインターネットの世界で森田療法に集い、ひそひそ励まし合いをしているのが神経症者なのです。

[この神経症を治すと言う誰もなし得なかった]っていうからさ、神経症じゃないって言われるのが、無為療法さんには自覚できないところ、自分を振り返り客観的に判断できないところが、これはまさしくオカシイとこなんだけど、無為療法さんには伝わらないね(笑)
難癖をつけてるのは無為療法さんだよね鈴木先生にさ自分の方からはじめたくせにさアホかよ(笑)

>この人たちは、私の若いころと同様、とても仕事も出来る状態ではない。自分の人生も崩壊させているのに、立ち上がって動こうとしない。自分自身との会話に明け暮れていて、それを妨害する者に食ってかかる。強迫観念を支持するものにはへつらい、強迫観念を否定する者には逆に戦いを開始し始める。

神経症さんは自分自身との会話に明け暮れてるんだけどさ無為療法さんも同じだよ(笑)わかんないだろうけどね(笑)神経症さんは自分自身との会話に明け暮れてるから食ってかかる余裕ないでしょ。無為療法さんに食ってかかるのは治った人だよ無為療法さんがおかしい事言ってるのをわかったる人でしょ(笑)

>彼等の人生を苦しめるのは自身の脳であり、斎藤ではないのは彼等も分かっている。しかし、これほどまでに彼らを頑固にしているのは、結局彼らが精神病であるからだ。精神病とは、脳と言う判断の中枢がやられてしまった病気である。
彼等は決まって森田療法にしがみつく。何故なら森田自身が神経症の患者であるから、彼の言葉は大変聞こえが良い。あろうことか、彼は強迫観念を向上心と見誤って、神経症者に向上心を実現せよ煽っているのだから始末が悪い。

脳と言う判断の中枢がやられてしまったのではないから神経症ができるんだと先生が言ってたよ。無為療法さんは自分自身との会話に明け暮れて妄想漬けだから、一般社会で言う神経症の定義ごと自分勝手な解釈で書き替えて話しちゃうから話し手も話がすれ違うだけアホか(笑)

>では、健康な人の向上心と神経症者の向上心では何処に違いがあるであろうか。健康な人にももちろん向上心はあるが、神経症者のようにうるさく迫らない。むしろ日常の雑用に追われていて、向上心を忘れてしまっている位だ。健康な人の生活とはそれほど忙しく、おちおち向上心を考えている暇がない。それに比べて神経症の向上心は妥協をゆるさないから、現実を無視し、その実現のために今自分の前にある責任さえ放棄する。そんな人にはとても重要な仕事は任せられないし、子供がいたら子供はまともに育たないであろう。

現実を無視するのは無為療法さんも同じだよ(笑)無為療法さんは自分自身との会話に明け暮れて妄想漬けだからわかんないだろうね(笑)

>ここまで私の文章を読んでも、大方の神経症者は踏ん切りがつかない。よし分かったと言う神経症者もたまにはいるだろうが、大半は、嫌とてもこんなの聞いていられないと拒否する。しかしその両方ともダメなのである。神経症の解決は分かる分からないの問題ではなく、今すぐ、立ち上がって何かをするのです。大人なのだから、やることがないとは言わせない。

[神経症の解決は分かる分からないの問題ではなく]ってさ珍しくいい事言うじゃんそうだよ(笑)[今すぐ、立ち上がって何かをするのです]ってアホか?(笑)

>動きのない状態で、どんなに考えても所詮は狂いの世界であり、出てくる考えはゴミばかりである。このゴミの山から脱出する唯一の方法は、動きを開始することなのです。

脱出する唯一の方法と言いだすからさおかしくなるんじゃんよアホか?(笑)

>最近、脳の科学を翻訳しながら次第に学んだのは、我々は一見前頭葉だけで考えているようだが、実際は脳全体が参加しているのが分かって来た。従来は運動の中枢と考えられていた小脳の活動が、創造的思考、インスピレーションの源泉とは驚く。我々はじっと考えているから良いアイデアが出るのではなく、思考から離れて、体を動かし、何か別の動きをするから良い考えが出てくるとは素晴らしい。実際、健康な人はそれを経験的に知っている。

たまにはいい事言うじゃん(笑)

>健康な人はほとんど立ち止まって考えることはない。皆体を動かして、脳全体を使って物事を処理している。こんな簡単な事が、神経症者には分からない。考えるから困難を乗り越えられるのではなく、考えるから進退窮まってしまうのである。

健康な人だから神経症的苦しみがあるんだよアホか?

>さあ、貴方ならどうする。今日も青い顔して天井を見ているようだと、将来の見通しは立たない。

将来の見通しは立ててもその通りいくかわかんない~今日ガンバでしょ。

結論~
無為療法にだまされないでね~(笑)♪神経症さんガンバ+love♪
 

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